温もり
『はい。ソラです』
唯一フレンドリストに残った名前の主――ソラさんの声が端末から聞こえてくる。
「ブリッツです。今少しお話いいですか?」
『うん。ちょっと待って今チームハウスにいるから、チムメンに聞いて、こちらから連絡するね』
「そうか……そうだよね。わかった。待ってるよ」
端末の会話を切断する。
こちらから連絡するか……。このパターンは知っている。
折り返しの連絡なんて来ないんだ……そして、フレンドリストから名前は消え去るんだろ……?
別に期待をしていた訳じゃないから……。
そっか……俺はもう誰からも……この世界からも……必要と……むしろ邪魔な存在でしか無いのか……。
どこに行こうかな……。この街から……王都からからは出よう……遠くがいいな……。
どこに……どこに……
帰りたい……帰りたいよ……。あのつまらないと感じていた日常に……英雄でも無く、勇者でも無い……ただの本田悟に……
絶望に覆われる中ただただ……その場で……街の片隅で……座り込んでいると……
ピピピ ピピピ ピピピ
端末が電子音を奏でる。
……?
端末の画面を見ると、先程話したばかりのソラさんからだった。
律儀に断りの連絡かな? 本当に良い人だな……。
『……もしもし。ブリッツです』
「ごめん。お待たせ。ソラです」
端末からはソラさんの明るい声が聞こえてくる。
『あぁ。ソラさんか。先ほどは突然変な事を言ってすみませんでした』
「ん? 時間もあるしチムメンの了承も取ったから、こちらのチームハウスで話を聞こうと思ったのだが、もういいのか?」
……え? 今ソラさんは何て言った……?
『え? いいんですか? 話だけじゃなくて、チームハウスに入ってもいいんですか?』
「そっちが嫌じゃないならいいよ」
嫌な訳が無い!
『わかりました!すぐに行きます!』
俺は咄嗟に返事をして……ソラさんの気が変わる前にソラさんのチームハウス――@ホーム☆のチームハウスへと向かうことにした。
その場から立ち上がり、街の中を駆ける。
やっと……やっと……人と話せる!
嬉しさの中街を駆ける中……重大な過ちに気付いた!?
慌てて端末を取り出して、ソラさんへと連絡をする。
「ソラさん! すいません! @ホーム☆のチームハウスってどこですか?」
『えっと、今どこ?』
端末から苦笑混じりのソラさんの声が聞こえてくる。
「住居区の南側です」
『そしたら、噴水のある公園わかる? そこを東門の方へ歩いて赤い屋根の建物が見えたらそれの斜め向かいのメゾネットタイプの建物の左端がうちのチームハウスだよ。迎えに行ってもいいけど、どうする?』
噴水のある公園……それなら分かる!
「大丈夫です! 行けます!」
場所は分かった! ここから近いぞ! 後は走るのみだ!
2分後に恐らく@ホーム☆のチームハウスと思われる建物の前に到着した。
「ブリッツです! 到着しました!」
端末を操作してソラさんに到着を告げると
『あいあい! 今行くね』
ソラさんの優しい声が返って来た。
その場で待っていると……ドアが開き部屋着だろうか? ラフな姿に身を包んだソラさんが姿を現した。
「いらっしゃい」
ソラさんは笑顔で俺を迎えてくれた。
「突然押しかける様な形になってすいません」
「まぁまぁ、とりあえず上がりなよ」
ソラさんに促されて@ホーム☆のチームハウスへと足を踏み入れる。
@ホームのチームハウス☆はベオウルフのチームハウスとは違い……一軒家の様な内装であった。
ドキドキしながらソラさんの後に続いくとリビングの様な部屋に通された。
リビングには……端正な顔立ちをした獣族の男性――確かとみみさんだっけ? と青いショートカットのエルフの女性と、黒いロングヘアーが似合う凛とした態度の女性が椅子に座っていた。
ソラさん以外は……特に青い髪のエルフの女性は俺に対しての敵意の眼差しを隠そうとしない。
「本日は遅い時間に突然の訪問してすいません。"ベオウルフ"のブリッツです」
「アオよ」「クローディアです」「とみみっす」
青い髪のエルフの女性――アオさん、黒いロングヘアーの女性――クローディアさん、そしてとみみさんは素っ気なく名前だけを口にした。
「んで、今回はどうした? 話があるそうだが?」
不穏な空気を気にすることもなく、ソラさんはあっけらかんとした態度で口を開く。
「話しがあるって訳でもないんですが……」
そこから俺は事の顛末を話した。
アスラン山から命辛々に王都へ帰還した事……ベオウルフのチームハウスが崩壊していた事……"ベオウルフ"のメンバーと話そうにもチームメンバーリストはほぼ白紙状態になっていた事……。
そんなにも話す気は無かったのに、一度口にしてしまうと、俺の独白は止まらなくなった。
王都を歩けば見知らぬプレイヤーから罵詈雑言を浴びせられ、いきなり殴りかかってくるプレイヤーもいた事も話した。
フレンドに話そうとフレンドリストを開くと、かつては100名以上の名前が記載されていたのに8件まで減ってしまった事も……数少ないフレンドに連絡を取るが、応じないか応じたとしても罵詈雑言を浴びせられた事も……。
悔しさが……恐怖が……言葉となって俺の口から途絶えることなく溢れ出た。
最後には、途方に暮れてフレンドリストの末尾にあったソラさんの名前を見て、ダメ元でフレンド会話をした事を伝えた。
独白を終えて一息付くと……今度はソラさんから質問を受けた。
「なるほどね。次はこちらから質問をいくつかいいか?」
「俺の分かる範囲で良ければ」
「まずは、パイロン…白龍神との戦闘内容について教えてくれ」
「ソラさんはあいつの名前を知ってるんだ。あぁ、そういえばアスラン山を超えて王都に来たんでしたっけ。
えっとですね、戦闘の内容ですね。まずは王都を出てから俺たちはかなり早いペースでアスラン山を目指しました。道中のモンスターも出会えば瞬殺でしたしね。
王都を出てから12日目にはアスラン山の山頂付近に辿り着いたので、そこで一度休息をしてから白龍神に挑みました。作戦としてはバフで全員を強化してから遠方からの400人による一斉攻撃です。俺もその時は弓矢を構えて攻撃しましたよ。
3分位して、あいつがいきなり吼えて魔法や弓矢による弾幕の中からこちらに飛来してきました。
シュバルツさんの防御力はユニークスキルの影響とレアリティの高い装備品で固めていた為、当時3,000を超えていました。そのシュバルツさんが先頭に立って白龍神の攻撃を受け止めようとしたのですが、わずか2撃で消滅しました。
そこからは、全員恐慌状態ですよ。"転移"も使えなくなりますし……分かります? 自分達が最強と信じていたリーダーがわずか2撃で消滅したんですよ。そこからは白龍神による一方的は蹂躙です。ブレスで前線のタンク部隊がまず瓦解して、アスラン山から退却する俺たちを追撃してきて、戦闘開始から10分もしない内に"ベオウルフ"は壊滅しました。
俺は偶然最初のブレスの爆風に巻き込まれて吹き飛ばされたけど消滅は免れたので、白龍神が東へ……今思えば王都に向けて飛翔した後にアスラン山を降りて急いで王都へと戻って来ました」
あの時の恐怖を……絶望を思い出しながら……出来るだけ正確に状況を伝えた。
「なるほどな。次に何で白龍神に挑んだ? 白龍神のレベルは知らなかったのか? ブリッツはLV60を超えてたんだっけ? それでも、勝てるLV差じゃないだろ?」
ソラさんから矢継ぎ早に質問がされる。
あ!? そうか! ソラさんは俺のレベルを知らないのか……。
そこから話さないといけないのか……。
チームルールではレベルの件は口外禁止だけど……もはや禁止していたシュバルツさんの名前もアリアさんの名前もチームリストには載っていない。
もはや……口外しないと言うルールを守る必要もないだろう……俺は全てを話す事にした。
「まずは、ソラさんが思い違いされてる事から説明しますね。シュバルツさんやアリアさんからは、誰にも言うなと言われてましたが、今更なので言いますね。俺のLVは92で"ストライダー"という盗賊系の最上級職です。シュバルツさんはLVが78で"ロード"と呼ばれる騎士系の最上級職でした。他にもアリアさんとかチーム内で幹部と呼ばれているメンバーは全員LV70オーバーでした。
そして、シュバルツさんの"王者の加護'を受けると、チームメンバーは全員1割程ステータスが高まります。つまり俺は実質的にLV100を超えたステータスになっていたと思います。そして――」
「ごめん。ちょっと待って!」
必死に話していたが……ソラさんの言葉に遮られる。
「ごめん。ごめん。何でそんなにもレベルが高いの?」
あぁ……遠征の件も、知る由もないか。
「そうですね。こちらも他言無用のチーム内での秘密事項何ですが……。えっとですね、ジェネシスには白龍神ほど強力でなくても、高レベルでフィールドにいるモンスターは存在します。
例えば、王都から北に向かった雪山には"ダルマルモス"と呼ばれる討伐推奨レベル95パーティー推奨レベル89の大きな牙を生やしたマンモスの様なモンスターがいます。これを500人で攻めて弱らせ最後のトドメのみ俺たち幹部が小隊を組んで刺します。そして、小隊リーダーが端末をかざすと小隊メンバーにのみ経験値を獲得できます。
また、そういうモンスターは稀にレアドロップで装備品を落とす事もあり、非常に強力な装備品が手に入ります。こうした戦闘を繰り返す内に幹部連中のみが高いレベルになって行きました。
またLVが60を超えた辺りから次回のレベルアップに必要な獲得経験値が飛躍的に上がり、通常の戦闘をしているだけではレベルが上がらなくなってしまいます。そしてレアドロップ品を拾うと更に強い物が欲しくなります。
こうなると歯止めが効かなくなってしまい、次へ次へと強敵を求めて戦う事が日課となっていきました。
でもフィールドに存在する高レベルなモンスターはそんなにも多くは居ません。ダンジョンにでも行けば別ですが、ダンジョンは人数制限もありますし、今更自分のレベル相応の敵からのドロップ品や経験値では満足できませんからね。
こうして、王都から行ける範囲のフィールドの高レベルモンスターを狩り尽くした俺たちが次に狙った獲物が白龍神でした。
初めての3桁レベルの敵への挑戦でしたが、今までもLV98の敵を倒した事もありましたし、その時はまだ余力がありました。
俺たちは白龍神のレベルを聞いて、勝てるのか勝てないのか何てことは一切考えず、LV150もの敵を倒したら経験値がいくつ貰えて、どんな強力なドロップ品が手に入るのだろうかということしか考えてませんでした。
これは言い訳になりますが、相次ぐ連勝と周囲からの羨望と期待を受けて、周りが見えていなかったんだと思います」
自分の思い丈をぶちまけたが……伝わったのだろうか?
沈黙の時間が続く……。
沈黙が俺の心を責め立てる……。
そんなにもダメな事なのか? この世界の仕様に……ルールに則ってプレイ……生きただけじゃないか!
「それに、俺はブリッツ何て名前じゃないし! 本田悟って名前の大学生だし! ジェネシスの世界は現実だとは分かっていたけど、選ばれた俺たちは死ぬ事何て無いと思ってたし! ここってゲームの中なんだろ? 違うの? ソラさん教えてくれよ! 助けてくれよ! 俺達が全て悪いのか? より強い武器があったら求めるし! 効率の良い稼ぎ方がわかったら実践するのは悪い事なのか?!」
気付けば俺は泣きながら……心の中を叫んでた。
恥も外聞も捨てて……ただただ……心の中を叫んだ。
そして……気付けば俺は意識を失っていた。
◆
太陽の匂いがする……暖かな温もりがする……
目覚めると……そこは知らない天井だった。
……?
ここは……どこだ?
久し振りに熟睡したせいか……妙に体が軽い。
昨日は……えっと……
――!?
そうだ! ソラさんと連絡を取って……それからソラさんの家――@ホーム☆のチームハウスに招かれて……。
……うげ
昨日の自分の失態――号泣シーンを思い出す。
絶対に引かれたよな……。だって……ほぼ初対面だよ?
多分俺の方が年下だけど……いきなり泣いて……叫んだんだよ?
うぅ……ここって@ホーム☆のチームハウスだよな……?
って事は……顔を合わせるしか無いよな?
意を決して……ドアを開けると、すぐに見慣れた光景――昨日号泣したリビングへと繋がった。
リビングにはお揃いの部屋着を身に纏った、ソラさんとアオさんとクローディアさんととみみさんが談笑していた。
うわ……何か本当の家族みたいだな。
ベオウルフのチームハウスでの日常を思い浮かべる。
チームによってここまで雰囲気が違うのか……。
「あ!? おはようございます」
何とか朝の朝の挨拶を告げる。
「「「「おはよー!」」」」
四人から笑顔で挨拶が返ってきた。
ど、どうすればいいんだ?
「ブリッツさんの朝食もあるから早く座って!」
その場で立ち尽くしているとアオさんが空いてる椅子を指差した。
……朝食?
「いいんですか? ……ありがとうございます」
頭を下げてから指定された席に座ると、キッチンから「残したら許さないけどねー」とアオさんから軽い脅迫が飛んできた。
白ご飯とみそ汁と簡単なオカズが2品ほどが各自の前に配膳された。
うわ……和食だ。
美味しそうな和食にお腹が刺激される。
みんなが席に着くと……
「「「「いただきます!」」」」
ソラさん達が手を合わせて合掌する。
「あ!? いただきます!」
俺も慌てて合掌をした。
ベオウルフのチームハウスでは……専属の料理人がいた。チームメンバーは基本無料で食べられるのだが……ここまで美味しく……暖かい朝食では無かった……。
一口、一口を大切に噛み締め……朝食を食べる。
「そういえば、@ホーム☆さんのチームアクセサリーって服なんですね。初めて見ましたけどいいですね!」
ソラさん達の部屋着はお揃いだ。胸にはチームシンボルが施されている。ベオウルフのチームアクセサリーは銀のマントだったけど……こういう部屋着もいいなぁと感じた。
「ん? ちゃうよ。チームアクセサリーはこれ」
ソラさんはそう言うと、左手にはめられている黒のリストバンドを見せる。
「これはただの部屋着だよ」
ソラさんは笑いながら言う。後ろから「ただの部屋着ではない! クロちゃんが愛情込めて刺繍してくれた部屋着だ!」とアオさんが叫んでいた。
手作りなんだ……。
「あ!? そうだったんですね。すいません。……でも俺って"ベオウルフ"しかチームは知らなくて……こういうチームもいいですね!」
心の底から……幸せそうなソラさん達が羨ましく思えた。
「昨日、今日と本当にありがとうございました!」
朝食も終えて、一息付いたのでその場で立ち上がり……誠心誠意込めて頭を下げた。
「んー。別にいいよ。それより、これからどうするの?」
ソラさんは片手をヒラヒラと振り、あっけらかんとしている。
これからか……。
朝食を食べている間……ソラさん達を……@ホーム☆のメンバーを見ていて……俺はある決断をした。
「そうですね……王都には居づらいのでしばらくは北にある連邦都市グランシアを目指して旅に出ようと思ってます。一度、俺自身の目でジェネシスの世界を見て回りたいので」
俺も……ソラさん達みたいに……この世界を楽しみたい!
ゲームとしてのジェネシスでは無く……現実世界としてのジェネシスを謳歌したい!
そして……いつの日か……俺もこの人達の輪に……。
「そっか。まぁ、ブリッツは俺達より強いし大丈夫だとは思うけど無理はするなよ?」
ソラさんはやはり笑顔で何も言わずに背中を押してくれる。
「はい! ありがとうございます! ジェネシスの世界を見て回って、本当の意味で成長できたら俺も@ホーム☆に……いや何でもないです。本当にありがとうございました!」
その場で立ち上がり再度頭を下げ、玄関の方へ向かった。
「ブリッツ!! うちの入隊審査は相当厳しいぞ! しっかり自分を磨いて来いよ!!」
ソラさんが笑いながらは手を振って見送ってくれる。後ろでアオさんも「フッフッフッ! 地獄の入隊審査だよ!」と笑いながらを手を振ってくれた。
こうして俺の本当の意味でのジェネシスの世界での冒険が始まった。