最上級職
ジェネシスの世界に来てから136日目。
一昨日は王都から3日程離れた荒野まで遠征に赴き、討伐推奨レベル80の甲冑を身に纏った一つ目巨人――ギガンテスロードを討伐。
そして、俺のレベルは遂に念願となる60へと到達した。
遠征から戻った俺は一目散に冒険者ギルドへと向かった。
ふふん♪ やっとレベル60だよ。
レベルが60に到達すると最上級職へとクラスアップが可能となる。
義賊からクラスアップできる最上級職は以下の3クラスだ。
マスターシーフ
探索能力に長けており、盗賊に必要な要素を全て兼ね備えている。
生命力◎精神力◯腕力◯耐久◯敏捷☆魔力○神力△運★
トリックスター
奇抜な行動で敵を翻弄する。変則的なアタッカー。
生命力◎精神力◎腕力◯耐久△敏捷★魔力◎神力△運◎
ストライダー
孤高の旅人。強靭な精神力にていかなる試練にも打ち勝つ万能職。
生命力◎精神力★腕力☆耐久◯敏捷☆魔力○神力○運◯
流石は最上級職。どれも魅力的だ。何よりも名前がカッコいい!
悩むに悩み抜いた末に俺は腕力が一番高い"ストライダー"へとクラスアップをする事に決めた。最近は野良でのパーティーを組む事も禁じられており、チームメンバーとの遠征以外はほぼソロが主体となっているので孤高の旅人と言うのも悪くはないなとも思えたのも要因の一つだった。
鼻歌交じりに冒険者ギルドへ到着すると、多くのプレイヤーで賑わう1階に脇目も触れずにクラスアップが出来る"女神の間"が存在する3階へと足早に向かった。
◆
「ブリッツ様。クラスアップを行いますか?」
俺は肯定の返事を返す。
「それでは、ブリッツ様こちらの女神の像に触れて、なりたいクラスを念じて下さい」
女神の像に触れると
(汝はどのクラスを望みますか。
汝は、"マスターシーフ"、"トリックスター"、"ストライダー"から選ぶことができます。
汝がなりたいと思うクラスを強く念じなさい)
壮大な女性の声が響く。
"ストライダー"になりたいと強く念じます。
女神の像と端末が突然強く光始めた。
(おめでとう……い……す。汝は、"ストライダー"……道を歩……とを認証……ました。この希望溢……ジェネシ……大地にて、汝……冒険に幸が……あらん……)
――ん?
な、何だ? 前回と感覚が……
端末の光は収束する事なく、更に輝きが強まり……俺の意識は遠ざかった。
◆
………
………
………
……ん?
――ここは何処だ?
気付けば周囲は暗闇に包まれていた。全身からは全ての感覚が消え失せている。
――な、何が起きた!?
自分の置かれている状況が全く把握できない。
――クッ!? ……頭が……脳が……痛い。
状況を整理しようと直前の記憶を必死に思い出そうとするが激しい頭痛に襲われて思考する事を拒否してしまう。激しい頭痛に苛まれて苦しんでいると、頭の中に突然幼い声が響き渡る。
『おめでとう! ブリッツ! 君はこの世界で誰よりも早く最上級職へのクラスアップを果たしたね。その業績を讃えてキーストーン"成長の宝玉"を贈呈するよ。"成長の宝玉"はこの世界ジェネシスを完成に導く為のキーストーンの一つだよ!』
……キーストーン? 成長の宝玉?
それよりも……貴方は誰だ?
頭の中に響く声は聞き慣れたナビゲーターの声でも、女神の間で聞こえる壮大な女性の声とも異なっていた。
『ボクの名前は" "。人々から忘れ去れられた存在だよ! キミ達がいずれ全てのキーストーンを集める事が出来れば出会えるかもね。どうかその日までこの世界で絶望に包まれる事なく願うがままに希望溢れる路みちを進むんだね!』
頭の中の気配が消えて行く。
……え?
な、何!? 何が起きたの?
混乱に包まれる中、再び俺の意識は暗転した。
◆
「……ブリッツ様?」
………
「ブリッツ様?」
――!?
目覚めると、目の前には心配そうな表情を浮かべた薄毛の男性――女神の間を担当する冒険者ギルドの職員の顔が見えた。
「……あれ? ここ何処?」
「ここは冒険者ギルド王都大支部の女神の間です。ブリッツ様はクラスアップを果たした後に突然倒れられました」
……そうだ! 俺はクラスアップをしていたんだ!
「あれ? 俺はどの位倒れていたのですか?」
「1分にも満たない僅かな時間です。大丈夫ですか?」
そっか……。さっきのは何だったんだ? 連日の戦闘が祟って寝落ちしちゃったのか?
「あっ!? はい! 大丈夫です! えっと……そうだ! サブクラスも変更したいのですが、よろしくお願いします」
俺は人前で寝落ち? ――倒れてしまった事に妙な恥じらいを感じて口早にサブクラスの設定をお願いした。
「はい。かしこまりました。それでは、ブリッツ様こちらの女神の像に触れて、なりたいサブクラスを念じて下さい」
気を取り直して、再び女神の像へと触れる
(汝はどのサブクラスを望みますか。
汝は、"戦士"、"闘士"、"騎士"、"僧侶"、"魔術師"、"僧侶"、"狩人"、"従者"、"暗殺者"、"忍者"、"義賊"、"踊り子"、"罠師"から選ぶことができます。
汝がなりたいと思うサブクラスを強く念じなさい)
壮大な女性の声が響く。
"アサシン"になりたいと強く念じる。
女神の像と端末が突然強く光始めた。
(おめでとうございます。この希望溢れるジェネシスの大地にて、汝の冒険に幸が多くあらんことを)
ふぅ。三回目だけど、相変わらずこの儀式って緊張するな。
私は端末でステータスを確認しました。
名前:ブリッツ
クラス:ストライダー(LV60)
サブクラス:アサシン(LV1)
生命力:1107
精神力:1487
腕力 :722
耐久 :483
敏捷 :781
魔力 :424
神力 :423
運 :485
攻撃力:1152/1089
防御力:1316
所持金:101,460G
装備品
左手:黒龍の顎+9
右手:漆黒の短剣+9
頭:深紅のバンダナ+9
腕:黒龍の籠手+9
体:盟約の鎧+11
足:+2
装飾品:盟約の指輪
[アタッチメントスキル]
体術スキル。
[ストライダースキル]
孤高の魂。
(180秒間全てのステータスを大幅に向上させるが、その間仲間からの支援を一切受けることが出来ない。再使用には3,600秒の時が必要となる)
ストライダー基礎魔法習得。
(ストライダーが扱える基礎魔法が習得可能となる)
[アサシンスキル]
ハイド
(気配を絶って自身の姿を視認しづらい状態にする)
ハイドアタック
(ハイド状態中に限り対象に与えるダメージが増加する)
よしっ! 今度は意識が遠退く事もなくクラスアップに成功だ。一部ステータスが減少しているのは、サブクラスのレベルが1からなのが理由だろう。まぁ、サブクラスのレベルならすぐに30に出来るので問題は無い。
今回のクラスアップのコンセプトは攻撃力の強化なので、概ね予想通りの結果となり非常に満足であった。
薄毛の男性職員にお礼を伝え、足早に女神の間を後にした。
さっきのは夢だったのかな?
んー……今から新クラスを体感する為にフィールドに行こうかと思ったけど……寝た方がいいのかな?
でも、夢にしては記憶がハッキリと残ってるんだよな……。
確認の為に端末のアイテム欄を覗くと……
――!?
そこには"成長の宝玉"と言う見慣れぬアイテムが確かに収納されていたのであった。
夢じゃ無かったのか?
最上級職へクラスアップを果たしたプレイヤーに起こる強制イベント?
んー……シュバルツさん達も後遠征を2〜3回したらレベル60だよな? その時にでも聞いてみようかな。
当時の俺はこの世界――ジェネシスは半ばゲームの世界と思っていたので、特に深く考えることは無かった。いずれアリアさんあたりが教えてくれるだろうと楽観的に考えて、まずは新クラスの性能を確かめる為に冒険者ギルドで馬を借りてフィールドへと飛び出したのであった。
◆
ジェネシスに来てから160日目。
ここ1ヶ月は遠征に次ぐ遠征の日々であった。俺以外のメンバーもレベルが60を越えて最上級職になった事から、狙う獲物のレベルのインフレ化が加速。最近では討伐推奨レベルが95のマンモスの様なモンスター――ダルマルモスの討伐にも成功した。また、10日程前にチームランクがAランクへと昇格し、“転移“と言う一瞬にして王都に帰還出来る機能が解放された事も遠征の成果を加速させた。
その成果の果てに俺のレベルは92へと達し、シュバルツさんやアリアさんを始めとした幹部メンバーのレベルも70を超えていた。
現状、王都にはベオウルフのメンバー以外に最上級職――レベル60を超えるプレイヤーの存在は確認されていない。はっきり言ってアリアさんの発案した遠征システムはチートの様な存在だろう。本物のオンラインゲームであれば、バランスブレイカーだ。即修正だろうなと感じた。
そして本日。
ベオウルフとしてミッドガルド大陸での最後の仕上げとなる遠征が執り行われた。
「ベオウルフの勇士達よ! 本日! 我々は遂にアスラン山脈に生息する白龍神へと討って出る!!」
「「「おぉー!」」」
チームハウスのエントランスに集められたメンバーにシュバルツさんが演説を始める。
アスラン山脈の白龍神……その存在は王都に住む者であれば誰もが知っている最強の存在だ。
「かの敵は強大だ。討伐推奨レベルは未踏の三桁……150だ! しかし!! 我々なら勝てる!」
「「「おぉー!」」」
「今回の遠征には過去に前例の無い最大規模となる700名体制にて挑む!」
「「「おぉー!」」」
「苦しい戦いになるかも知れぬ……しかし!! 我々は勝利を勝ち取り!! そして! 白龍神を討った暁にはいよいよ……この大陸を飛び出し新たな大陸へと進出する!!」
「「「おぉー!」」」
場の空気は最高潮を迎える。
「白龍神を見事打ち倒し! 最強チームであるベオウルフの名を世に馳せるぞ!! それでは皆の者! 出陣だ!!」
「「「おぉー!」」」
シュバルツさんを先頭にベオウルフ総勢713名がチームハウスを飛び出した。
アリアさんの意向もあり、ベオウルフの存在の大きさを知れ渡らせるため、まるで軍隊の様に規則正しく並び王都の街中を闊歩する。
おぉ!? 見てる!? みんな見てるよ!
ウヒ!? 何か恥ずかしいな。
金属の鎧の擦れる音が……713名の足音が王都の街中に響き渡る。
700名を超えるプレイヤーがベオウルフの証であるチームアクセサリー――銀のマントを羽織って街中を歩くのは想像以上に壮観であった。
――お!? あれは!
歩んでいく通路の脇に知った顔――ソラさんを見つけた。
「お! ソラさんじゃん! んじゃ行ってくるねー。一応、保険と!」
俺はかつてシュバルツさんとアリアさんに暴言を吐いたお気に入りのプレイヤー――ソラさんにフレンド登録を申請した。
やべ!? 列を乱した事がバレたのか……ソラさんの存在に気付いたのかアリアさんがこちらを睨み付ける。
俺は咄嗟に列に戻って何食わぬ顔をして王都の中を闊歩したのであった。
この時の俺はこれから起きる悲劇を知らなかった……。