ベオウルフ……
ふぁ!?
こ、これは……あのアリアさんだよな……
そうか……そうだよね。この世界に来れたきっかけがジェネシスオンラインンのβテストなら、アリアさんやシュバルツさんも来てるか。
さてさて、どうしようかな?
んー……ねね? この張り紙の書いた主とコンタクトって取れるの?
(不可能です)
あ!? そこはアナログなんだ。確かに周囲を見渡すと、パーティーメンバーの募集だろうか? 求人主の名前を大声で叫んで探している人の姿がチラホラと見える。
んー。やっぱり知己の人がいた方が心強いよなぁ……。
とりあえず悩んだ俺はアリアさんの張り紙の下に『3時間後にまた来ます! ブリッツ』とだけ記載して、買い物に出掛ける事にした。
王都の広い街を見て回るだけであっさりと3時間は経過。
あちゃー……6時間後にしとけば良かったな。
とりあえず魔法だけでも……と思い、ナビゲーターの案内に従って魔法屋を目指した。到着した魔法屋は俺のファンタジーなイメージを大きく覆して、大型の本屋の様な店舗であった。
店内には規則正しく並べられた本棚の中に無数の本――魔法書が陳列されていた。
ナビゲーターの指示に従って盗賊の基礎魔法の魔法書が陳列されている本棚の前へと移動した。
現在俺が習得出来る魔法は4種類あるようだ。
・ライト
(周辺を炎属性の光で明るく照らす)
・アラーム
(敵が触ると、大きな音を発する罠を仕掛ける)
・ウィンド
(殺傷力のあるつむじ風を起こし、前方の敵にダメージを与える)
・ウィンドヒール
(優しい風を起こし、周囲の者の生命力をわずかに回復する)
価格はどの魔法書も1,000G。手持ちは7,390Gあったので、4冊全てを購入した。ちなみに、「ブックカバーをお付けしますか?」と聞かれることもなく、使用したら魔法の習得と共に消え去ってしまった。
魔法を使いたいな……とムズムズとしながらも、一応アリアさんに宛てた約束の時間は少しばかり過ぎていたので、冒険者ギルドへと一度戻ることにした。
冒険者ギルドへ戻った俺は例の張り紙が掲載されている掲示版の元へ向かうと……
……ハッ!?
例の張り紙の前には鉄製の鎧を身に着けた金色に輝く髪を高い位置で一房に纏めた女性が――鬼の形相で仁王立ちしていた。
うへ……あれって多分アリアさんだよな? あの顔……絶対に怒ってるよ……。
このまま回れ右をして冒険者ギルドから立ち去ろうかとも思ったが、意を決して声を掛けることにした。
「あ、あの……」
「何かしら?」
金髪の女性はこちらを食い殺すかの様な視線で一瞥してくる。
「ア、アリアさんでしょうか?」
「そうですわ! そういうお前は……ブリッツですか!!」
「……はい。お久しぶり……でいいのかな?」
リアルで会うのは初めてなので、挨拶の言葉に少し詰まる。
「ふふっ。お久しぶりね……って今何時かしら!!」
「え……えっと……16時05分?」
「そうですわ! 正解です! って!! この張り紙を書いた時間は何時だったかしら?」
「……12時」
「マーベラス! 声が小さいのはマイナスポイントですが正解です。それで……12時の3時間って何時かしら?」
「……15時です」
長い……この拷問はいつまで続くんだ……。
「マーベラス! それで……」
その後もネチネチとした説教は30分程続いた。
◆
ある程度文句を言ってスッキリしたアリアさんと二人で冒険者ギルドを出て近くにある軽食屋に入った。
席に着くと俺はオレンジジュースを、アリアさんは紅茶を注文してからこれまでの経緯を話し合った。
アリアさんはこの世界――ジェネシスに巻き込まれた時、王都の街中で目覚めたらしい。俺は森の中だったのに……最初から王都とか当たりじゃね? と思ったが口には出さなかった。
アリアさんはその後も王都の中でこの世界の仕組みや同じくジェネシスに喚ばれた人々――プレイヤーからの情報収集に注力していたらしい。この世界に喚ばれたキッカケがジェネシスオンラインンのβテストと気付いたアリアさんはジェネシスの謎の解き明かす為には、ベオウルフ……そしてシュバルツさんの存在が不可欠と感じている様だ。そして日夜冒険者ギルドに網を張ってシュバルツさんとベオウルフのメンバーの情報を集める日々を続けていたらしい。
「へぇ〜。大変だったんですね」
「そうよ! 大変だったのよ! ってあんた何で他人事なのよ!」
んー。アリアさんって顔は整っているのに……残念な結果だ。
「あはは……いや他人事じゃないですよね。これからは、俺も手伝いますよ」
「手伝いますって……あんたはベオウルフのサブリーダーとしての自覚が……はぁ〜」
アリアさんが額に手を当てて盛大にため息を漏らす。いや、別に今はベオウルフじゃないし……サブリーダーの自覚言われても。
「ところで……それだけ情報収集に注力してたなら……ひょっとしてアリアさんって今レベルはいくつですか?」
装備を見る限り、初期装備では無いのでレベルが1ってことは無いと思うけど……。
「私のレベル? 11よ! クラスアップも果たして現在のクラスは戦士よ。一応ベオウルフのサブリーダーとして、シュバルツ様との再会を果たした時に恥ずかしく無いように最低限のレベルは確保してるわよ! そういうあんたはいくつよ?」
11なんだ。
「俺ですか? 17ですね。先ほど盗賊にクラスアップしました」
「……は?」
アリアさんが大口を開けてフリーズする。あれ? 聞こえなかったのか?
「俺のレベルは17ですよ」
「え!? ちょ!? あ、あんた……あり得ないわよ!? いや……あの戦闘馬鹿のブリッツなら……でも17よ……」
アリアさんは面白い位に狼狽して何やらブツブツと独り言を呟く。
「アリアさん? ……アリアさん! どうしたんですか?」
「……ハッ!? あんた本当にレベル17なの?」
「はい」
そんなにも驚くレベルなのか? どうすればいいんだろ? 端末に表示されたステータス画面を見せればいいかな? 端末を操作してステータス画面を開いてアリアさんに差し出すと
「バカ! 端末の画面は他人には見えないのよ! あ!? そうだ!」
バカって……。酷くね? 差し出した端末も押し退けられるし……。
ピコン!
突然端末から軽快な電子音が鳴る。
ん? 端末を覗き込むと……
アリアからパーティー参加の要請があります。承認しますか?
承認と書かれたボタンを押すと……
(アリアのパーティーに加わりました)
ナビゲーターの声が頭の中に響いた。
へぇ……パーティーってこうやって組むんだ。と感心していると……
「うぁ……本当にレベル17なのね」
アリアさんは端末の画面を覗いて嘆息する。そうか、パーティーを組めば端末から相手のレベルが確認出来るのか。それにしても、うぁ……って酷くね?
「えっと……そんなにも珍しいのですか?」
「そうね……私の知る範囲だけど現在王都で一番レベルの高いのはゲイルってプレイヤーなんだけど……そのプレイヤーでもレベルは13よ」
へぇ。王都にプレイヤーって何人いるんだろ? これだけ大きな街だから……1,000人はいるのかな?
「でも俺のレベルが高いのはユニークスキルの影響だと思いますよ?」
「へぇ。ちなみにどんなユニークスキルなの?」
「えっとですね……獲得できる経験値が多くなるスキルです」
「へぇ……そんなユニークスキルもあるのね」
アリアさんは頬に手を当てて何やら納得をしている。
「アリアさんのユニークスキルはどんな効果なんですか?」
「え? 私? 私のユニークスキルの効果はあんたには関係ないわ」
アリアさんは狼狽したかと思えば、逆ギレの口調へと変貌する。
俺も教えたんだから、アリアさんも教えろよ……。とは思ったが、正直そこまで興味も無かったので追求はしなかった。
「それでアリアさんはこれからどうするんですか?」
「そんなの決まってるじゃない! シュバルツ様と再会を果たした後にベオウルフを立ち上げる事に全霊を注ぐのよ!」
アリアさんは誇らしげに胸を張って会心のドヤ顔を浮かべる。
えっと……具体的には? とは思ったが話が長くなりそうなので聞き流す事にした。
この日を境に俺のソロでの活動は激減。異世界――ジェネシスで再会を果たしたアリアさんと共に王都を拠点に活動する日が続く事となった。
◆
王都に来てから5日目の朝。
ふぁ〜。眠い……。昨日もレベル上げに励み過ぎた……。
王都に来てからの俺の生活パターンは午前中は午前専用のフレンドと経験値稼ぎの冒険に出掛け、午後からはアリアさんと少し打ち合わせをした後にアリアさんの経験値稼ぎを手伝って、日が沈むと夜専用のフレンドと経験値稼ぎに励み……日が変わる頃になると夜行性のフレンドと経験値稼ぎに励むと云う戦闘漬けよ日々を送っていた、
その甲斐も報われてレベルは25まで成長。現在王都では他者を寄せ付けぬ圧倒的な高レベルプレイヤーとして名前もそこそこ馳せてきた。
昨日パーティーを組んだ狼族の闘士のプレイヤーはかなりハイセンスなプレイヤーだったなぁ。回避だけなら王都でナンバーワンだろうな……と昨日組んだ狼族の男性プレイヤーの動きを思い出しながら、今日は誰と何処で稼ごうかなぁ……とか思考していると。
ピピピ ピピピ ピピピ
枕元に置いてあった端末が呼び出しの電子音を奏でる。
端末の画面を覗くと……アリアさんからの着信――フレンド会話の申請――だった。
はて? こんな朝から何だろ? 約束の時間はいつも通り昼過ぎのはずだけどな?
「もしもし。ブリッツです。アリアさんおはよ――」
『ブリッツ! 至急冒険者ギルドに集合だ!!』
捲し立てる様に早口で話すアリアさんの声に朝の挨拶も遮りられる。
「え? ちょっと? どうしたんですか?」
………
………
………
フレンド会話はすでに切断されており、当然返答は無い。
むぅ……朝っぱらから何?
多少気分を害するが、アリアさんが収集してくるのは有益な情報が多く、蔑ろにも出来ないので……渋々と朝の準備を整えて冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドに到着すると、アリアさんがいつも座っている指定席である右奥の談話コーナーへと向かう。
あれ? 珍しいな。いつもは不貞腐れた表情で椅子に座っているアリアさんが今日に限っては直立不動に立っている。
「アリアさん。おはよ――」
「遅い!!」
端末での会話に続いて俺の爽やかな朝の挨拶は遮られる。
んー。悪い人じゃないんだけど……今日は流石にヒスり過ぎじゃない?
アリアさんの態度に不貞腐れながらも、気にしたら負けだ! と心の中で唱えていつも座っている椅子へ向かうと……
「ブリッツ! 久方振りだな!」
全身をフルプレートに包んだ王者の威厳を纏った金髪碧眼の男性が声を掛けてくる。
「……え?」
「ブリッツ! シュバルツ様がお声を掛けて下さったのだぞ! 返事は!!」
アリアさんがいつも通り騒いでいる。……って、シュバルツさん?
「ふっ。アリア。そんなに大声を出したらせっかくの美貌が台無しだぞ?」
金髪碧眼の男性――シュバルツさんが俺ではとても言えない歯が浮くセリフを自然と口にする。
「シュ、シュバルツ様! お見苦しい姿をお見せしてしまい大変失礼致しました!」
アリアさんは俺には決して見せぬ恥じらいの表情を浮かべる。
「シュバルツさん。お久しぶりです」
「うむ! ブリッツよ! お前の噂は遠く離れた街々まで轟いている! ハッハッハ! 非常に誇らしい存在よ!」
シュバルツさんは大袈裟なまでに手振りをつけて誉めてくれた。
「はぁ……ありがとうございます」
俺は恥ずかい様な、誇らしい様な……複雑だ。
「シュバルツ様! ベオウルフ結成の準備は整っております!」
アリアさんは片膝を付いてシュバルツさんの顔を真っ直ぐに見つめる。周囲のプレイヤーがそんなアリアさんを遠巻きに見ているが……本人はシュバルツさん以外の存在が見えていないのか、全く気に留めない。
「うむ! 苦労をかけたな!」
「それでは……」
アリアさんは希望に溢れる輝く眼差しでシュバルツさんを見つめる。
「うむ! 本日! この時を以って! この地にベオウルフを立ち上げる事を宣言する!」
「はっ!」
「……はい!」
畏まるアリアさんの後方で……気恥ずかい気持ちを抑えて俺も肯定の返事を返した。
ジェネシスの世界に巻き込まれて15日目。
こうして、後にジェネシス最大のギルドとして名を馳せるベオウルフが結成されたのであった。