ジェネシス
「……? ……あれ?」
遊園地のバイキングに揺られた後の様に意識が朦朧としている。
おぇ……気持ち悪っ。
朦朧とする意識を無理やり覚醒させて……周囲を見渡す。
「……へ?」
思わず変な声が出てしまう。
……ここはどこだ?
目に映った光景は……生い茂る草花と木々。無数に生えた木々の葉が太陽の光を遮っているのか……周囲は薄暗く、肌寒い。
うーん……ここは森だ! これだけ木々が生い茂っているんだ。間違いなく森だろう。
問題……どこの森だ? 自宅の近所にこんな場所あったか? 大学のサマーキャンプ? いや、あれはサボって単位は落としたはず……ってか何で森にいるんだ?
(お目覚めですか? マスター)
幻聴まで聞こえてきた……これは本気でヤバイな。
思い出せ……。俺はなぜこんな森にいるんだ?
直前の記憶は……
そうだ! 新しいオンライゲームのβテストを始めようとして……って何で外にいるんだよ!?
ヤバっ!? シュバルツさんとアリアさん達に連絡しなきゃ!?
慌ててズボンのポケットに手を突っ込んでスマホを取り出す。
……あれ?
取り出したスマホは……明らかに俺のスマホとは別機種だ。
うぉぉぉぉ!? 訳わかんない!! どういう事!? 何が起きたんだ!? ここ何処だよ!!
(ここはミッドガルド大陸中央部。暁の森です)
……ん? 誰だ?? 幻聴ってここまでハッキリと認識出来るのか?
(幻聴ではありません。私はマスターのナビゲーターです)
――!?
あれ……これって幻聴じゃない? マスターってひょっとしなくても俺のこと?
(はい。マスターとはブリッツ様のことです)
なぬっ!? ……ブリッツ?
ちょっと待て……状況を整理しよう。
えっと、俺は何でここにいるんですか?
(ここは新しい世界ジェネシスです。マスターは創造主より選ばれこちらにやって来ました)
新しい世界ジェネシス……そして俺の名前はブリッツ?
あれ? これってアレだ! 絶対にアレだ!!
異世界転移だ!! しかもゲームの世界に行く的な!?
マジか!? 俺ってひょっとして……選ばれた勇者的な?
ヤバイ……興奮してきた!?
(ゲームの世界ではありません。ここは新しい世界ジェネシスです)
うん。オッケー! ここはゲームの世界じゃなくて、新しい世界ジェネシスね! んで、俺はこの世界で何をすればいいの? 魔王的な存在を倒せばいいのかな?
(いいえ。マスターは希望溢れるジェネシスの大地にて願いのままに新たな人生を歩んで下さい)
ふむ……願いのままにか新たな人生を歩むか。
この世界の名前はジェネシスだったよな? ジェネシスオンラインと何か関係あるのか?
えっと……この世界ってモンスターがいたり、魔法を扱ったりとかって出来る?
(はい。ジェネシスには様々なモンスターが生息しております。クラスに応じて魔法を扱う事も出来ます)
おぉ!? ちなみに……レベルとかもあったりする?
(はい。マスター。ございます)
おぉ!! レベルがあるのか!
この時点で俺はこの世界を大いに気に入った。
――ステータスオープン!
………
………
………
声に出さなきゃダメなタイプ?
「ステータスオープン!」
………
………
………
えっと……すいません。自分のレベルの確認方法教えて下さい。
(了解しました。まずは左手にお持ちの端末をご覧下さい)
左手にお持ちのって……これスマホじゃないのか。
スマホの様な機械……端末に目を落とすと、普通に"ステータス"と言うアイコンがあったので押してみる。
名前:ブリッツ
クラス:開拓者(LV1)
サブクラス:未設定
生命力:100
精神力:10
腕力 :10
耐久 :10
敏捷 :10
魔力 :10
神力 :10
運 :10
攻撃力:10
防御力:15
所持金額:100G
装備品
左手:なし
右手:なし
頭:なし
腕:なし
体:開拓者の服
足:開拓者の靴
装飾品:なし
アクセサリー:なし
[ユニークスキル]
神童
(獲得出来る経験値が増幅する)
おぉ!? ゲームなどでよく見かけるステータス欄が端末に表示された。
ユニークスキル? 神童? 何か良さげな効果だけど……なんぞこれ?
(ユニークとは、全ての開拓者様に一つだけ付与される他者とは異なる特別なスキルとなります)
へぇ……なるほどね。獲得出来る経験値が増幅されるって大当たりの予感! ゲームの世界であれば……積み重ねた時間と努力の結果……つまり経験値! そしてレベルは最重要項目の一つだからな!
そうと決まればまずはレベル上げだ!!
って……戦うにはまずは武器だよな。
俺って武器は持ってないの?
(はい。マスターは現在武器を所持しておりません。武器をお求めならば、ここより西へ進んで街道を北上した"暁の村"にて購入する事をお勧めします)
オッケー! それじゃ、暁の村へレッツラゴー!
◆
ナビゲーター指示に従って歩くこと30分。
道中大きなネズミやウサギの化け物を見かけたが、パッシブモンスター(攻撃を仕掛けて来ない)なのか、睨まれはしたが襲われる事は無かった。苦労することもなく辿り着いた暁の村はロッジの様な木造の建物と畑が建ち並ぶのどかな田舎景色の村であった。
一刻も早く装備を整えたい俺は村の人々に話しかけることなく、ナビゲーターに武器屋の場所を聞いて向かう事にした。
(マスターこちらがよろず屋となります)
ナビゲーターに案内されて日本の商店街で見かける古びた金物屋の様な佇まいをした建物の中へと足を運んだ。
「らっしゃい!」
よろず屋に入ると元気なおっさんの声が俺を迎えてくれる。
「あ……あの……武器を欲しいのですが……」
おっさんの元気の余りの良さに少したじろいでしまう。
「お!? 見かねえ顔だな! ひょっとして開拓者かい?」
このおっさんは何でイチイチ声が大きいのだろう……。
……開拓者? 確かさっき見たステータス欄で見かけたような?
「はい。開拓者のブリッツです」
「驚いた!! ホントに開拓者様かい!? ってことは、あの予言はホントなのか……。よくぞ、こんな辺境の村へいらっしゃった。品揃えは良くないですがゆっくりと見ていって下さい」
おっさんは少し驚いた後に態度が若干畏まる。
あれ? ひょっとして開拓者って凄いクラスなの? やはり俺は選ばれた勇者だったのか!?
(マスターと同じく創造主に選ばれてジェネシスに来た者達、全ての初期クラスが開拓者となりますので、マスターが特別という訳ではございません)
……え? 俺以外にもジェネシスに来ている人っているの?
(はい。おります。マスター以外にも20万人ほどがジェネシスに選ばれて来ております)
……20万人!? 何か特別感が急激にダウンしたな……。
えっと、この世界に来たきっかけは世界の名称から考えてジェネシスオンラインのβテストがキッカケだろうから……ひょっとして――
「……開拓者様? 開拓者様!!」
「わわっ!?」
おっさんの大事が思考が中断される。
「開拓者様。それで、本日はどの様な武器をお望みですか?」
あ!? そうだ! 俺ってここに武器を買いに来たんだった!?
「あ、すいませんでした。えっと……所持金が100Gしかないのですが、この金額の範囲内で購入出来る武器はありますか?」
「100Gですと……お売り出来る武器はこちらになりますね」
そう言っておっさんが並べた武器は……
古びた鉄製の剣にナイフの様な頼りない短剣、木の棒の先っちょに鉄製の鏃を付けた槍、他にも木製の鈍器や弓矢に杖と言った……そんなにも格好が良くない様々な種類の武器であった。
んー……どうしようかな? 最初はオーソドックスに剣にしようか? それとも……
ねね? この世界ってモンスターを倒したらお金を獲得出来るの?
(はい。正確には倒したモンスターから得られる素材を売却する事でお金を得ることが出来ます)
なるほど。ちなみに、ここにある武器ならどれでも……さっきのネズミの化け物程度なら倒せる?
(はい。マスターの実力次第ですが、可能です)
なるほど。
「すいません。この40Gの短剣を下さい」
どうせ序盤の武器なら直ぐに新しい武器に乗り換えるだろう。と言う理由から俺は一番安い短剣を購入した。
「毎度あり!」
こうして無事に武器を手に入れた俺はおっさんへの挨拶もそこそこによろず屋を出て、経験値を稼ぐために先ほどのネズミの化け物が闊歩していた草原へと向かった。
◆
暁の村から徒歩で5分。
無数の大きな青いネズミの化け物が闊歩する草原へと辿り着いた。
ねね? あのネズミの化け物って今の俺でも勝てる?
(はい。マスター。対象のブルーラットの討伐対象レベルは1です。マスターの勝算は高いです)
なるほど。次に質問だけど……あのネズミを攻撃すると、周りのネズミも襲って来る?
現在あのネズミはパッシブモンスターだが、近くの仲間が攻撃されると敵対……つまりリンクしてくる可能性もある。
(近くで戦闘をして、誤って攻撃が命中すると敵対しますが、それ以外で敵対する事はございません)
なるほど。リンクはしないっと。
足元に落ちている小石を拾い上げる。
ねね? この小石を投げてぶつけたらダメージって入る?
(はい。軽微ですがダメージを与える事は可能です)
なるほど。って事は、この石を投げれば釣れるって考えていいのかな。
最後に……戦い方について何かアドバイスあったりする?
("コマンドアタック"と念じて武器を振るえば対象を攻撃する事が可能です)
え!? そうなの!? 聞いといて良かったぁ。
ひょっとして……弓矢とか買っててもコマンドアタックを使えば適正に攻撃出来たの?
(はい)
うぁ……そうなんだ。短剣を選んだ理由は値段もあるけど、一番扱い易そうってのもあったんだけどなぁ。
まぁ、過ぎたことを悔やんでもしょうが無い! 今は短剣で頑張ろう!!
んじゃ、早速いってみますか!
俺は足元にあった小石を拾って青鼠に投擲する。
シャッ! 命中!!
「キュー! キュー!」
小石が命中した一匹の青鼠がヨダレを垂らした口元から鋭く尖った前歯を覗かせてこちらに走ってくる。
――コマンドアタック!
短剣を持って右手が滑らかに動いて眼前に迫った青鼠の眉間を突き刺す。右手に表現し難い感触が伝わると、青鼠は悲鳴をあげて後方へと怯む。
チャーンス!! ――コマンドアタック!
……? お!?
短剣を持った右手は1秒程のタイムラグ(硬直)後に再び青鼠の眉間に追撃の刺突を放つ。
「キュー!」
青鼠は全身を跳躍させて鋭い爪の付いた前足で引っ掻こうとしてきた。
ふっ! させるかよ! 身を翻して迫りくる爪の一撃を躱そうとするも……
あれ? 身体が動かない? ……あ!?
2秒程のタイムラグ後にようやく身体が動いたと思えば、眼前に迫った爪をされる術はなく、咄嗟に庇った左手を引っ掻かれる。
「うぁぁぁぁぁ!!」
テンパった俺はコマンドアタックを使うのも忘れて、短剣をがむしゃらに振り回し何度も青鼠を切り裂く。切り裂かれ悲鳴をあげた青鼠は最後の力を振り絞って大きく跳躍。鋭い牙の生えた口を大きく開けて迫りくる。
「うぁぁぁぁ!?」
咄嗟にローリングと言うにはお粗末過ぎる動きで右方向へ転がる。
――コマンドアタック!
「キュー!?」
右手に持った短剣が青鼠の首元に吸い込まれていくと、青鼠は一度身体を大きく震わせるとその場に倒れ込んだ。
ハァハァ……勝てたのか?
(はい。マスターおめでとうございます。無事ブルーラットを討伐しました。ブルーラットの亡骸に端末を向けると素材を獲得できます)
俺はナビゲーターの声に従い横たわる青鼠に端末を向ける。
すると……青鼠は光に包まれて消え去った。
端末に目を向けると。
戦歴
経験値を3獲得
ブルーラットの毛皮を獲得
ブルーラットの肉を獲得
と表示されている。
おぉ!? 素材って亡骸を漁らなくていいんだ! 鼠の亡骸にナイフをザクザクと突き立てるシーンを想像してたよ……。
さてと……次の鼠に挑む前に確認しとかないとな。
ねね? コマンドアタックで攻撃した後って身体が動かなくなるとかある?
(はい。コマンド使用後は一定の時間身体が硬直します)
……先に言えよ。つまり、オンライゲームで言うとクールタイムがある感じなのか? もう一つ質問いい? コマンドアタックを使わなくても敵にダメージって与えられるの?
(はい。命中させた時の力、場所などによってダメージは異なりますがダメージを与える事は可能です)
コマンドを使うと自然と身体が動いて適正なダメージが与えられるけど、使用後に硬直する。コマンドを使わなくても攻撃は出来るけど精度は落ちる。でも、硬直はしない。そんな認識でいいのかな?
(はい)
よし! システムは大体理解出来た!
こうして俺はコマンドを使った攻撃と使わない攻撃を織り交ぜながら、日が暮れても青鼠狩りをひたすら続けたのであった。