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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
八章
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怒りの夢

 私服に着替え、一時間ほど街を歩いた弦気だったが、結局やることがないことに気づき、制服に着替えてまた施設へと戻ってきていた。

 弦気はその立場上セントセリアに派遣されることも多かったので、今更この街を見て回って楽しいことなどなかった。心情的な問題もあったのだろう。


 弦気は待ち合い室の椅子に腰かけ、新聞を読んでいた。

 大々的に報道されている記事はやはり先日のスレイシイドでの事件についてだった。

 AnonymousとNursery Rhymes間での大規模な抗争。

 中心街はほぼ壊滅。民間人及び自衛軍の死者数が5万人を超えた大事件。

 この事件は世界的に報道され、自衛軍は無能という世間の認識と、Anonymous、Nursery Rhymesなどの反社会組織に対する大衆の嫌忌はより拡大することとなった。


「チッ」


 名だたる将達の当たり障りのない謝罪コメントを読んで、弦気の口からは思わず舌打ちが出た。

 確かに、Anonymousのアジトがスレイシイドの地下にあった件については弁解の余地もなかった。しかし、Anonymousの組織的機能の維持において、民間の企業が一枚噛んでいることは疑う余地もない。


 弦気はどうしようもない怒りを壁にぶつける。


「クソッ! こっちはハナから命がけなんだぞ……!」


 新聞を置いてあったテーブルに投げ捨て、彼は椅子に深く座る。

 彼は置かれてあるコーヒーメーカーに目が止まったので、立ち上がってそちらに向かった。


 するとその時、施設内に女の悲鳴が響いた。悲鳴というより、泣き叫ぶ声。

 これはあの娘の声か……? 何かあったに違いない。

 そう思った弦気はすぐさま待ち合い室を出ると、悲鳴の方向に振り向いた。悲鳴が聞こえてくるのは、先ほど愛花と亀井が消えていったあの扉の奥だった。


 弦気は駆け出し、すぐに扉のドアノブを捻った。しかし鍵がかかっている。


 なぜ鍵を。

 弦気は疑問に思ったが、考えている暇はない。能力を使役し、彼は扉を拒絶する。

 スゥと弦気の体が扉をすり抜けていき、彼はいくつもの部屋に通じる廊下に出た。

 一度そこで立ち止まり、悲鳴が聞こえて来る方を探る。廊下全体に響く凄惨な叫び声はどこから聞こえてきているか分からなかった。


 彼は片っ端から部屋を探していくことにした。

 一部屋一部屋扉を開けて行くと、弦気はとうとう亀井と愛花のいる部屋を見つける。


 案の定その叫び声は愛花のものであり、彼女は裸でベッドに拘束され、涙を流しながらバンドで固定された肌色の四肢をなんとか動かそうとしていた。

 亀井は部屋に入ってきた弦気を見て驚いた顔をしている。


「何をしている!」


 胸ぐらを掴み、怒号を上げた彼に亀井はひぃと悲鳴を上げた。しかし、その声は未だ続く愛花の叫び声にかき消される。


「み、御堂中将……。こ、これは最大脳波及び各神経系の検査ですよ……!」


「……これが検査だって?」


「は、はい……。毎日やっていることです」


 弦気は眉間にシワを作った。

 愛花に視線を移すと、彼女は見開いた目から涙を流しながら、叫び声を上げて途切れ途切れの呼吸をしている。

 こんな拷問まがいのことを毎日だと?


 弦気は騒ぎを嗅ぎつけて他の部屋から集まってきた白衣の男達を一度見回すと、亀井に視線を戻した。


「なぜ裸にする必要がある」


「それは薬の投与と電極パットを付けるためで……」


 見ると、彼女の体にはいくつもの電極パットが貼り付けられている。そして腕には一本の点滴が刺さっていた。弦気がそのまま点滴バックに視線を移すと、そこには「HSC」の文字があった。

 弦気は目を見開く。


「HSC……、まさか感情制御の薬を……?」


 HSC。弦気はその違法薬物の名前を思い出していた。

 HSCとは感情の波をほぼ一定に制御する精神薬である。主に殺し屋などが使うと彼は聞いていた。


「え、ええ。そうですが……。聞いていなかったのですか?」


「馬鹿な……。違法だぞ……!」


「ですが、特別に許可をとって……」


「今すぐ夢咲愛花を解放しろ」


「な、何を言ってるんですか! 愛花ちゃんはまだ検査の途中で……」


「これのどこが検査だ! おかしいだろ!」


 弦気は亀井を押しのけ、愛花の元まで進む。そして彼女の体を固定するバンドと、張り付けられているいくつもの電極パットを剥がす。

 電極パットを剥がすと、彼女の叫び声は徐々に収まっていき、やがて彼女は気を失ってしまった。そんな愛花に弦気は近くに畳んであった検査衣を被せ、肩に担ぐ。


「御堂中将、愛花ちゃんがいなければ能力開発の躍進は遂げられない!」


 弦気は能力開発という言葉に眉をひそめる。

 愛花がどんな存在かはまだ把握できていなかったが、とにかく能力開発の進歩の下に彼女の犠牲があったことを確信した。

 これはいくら彼にとって愛花が煩わしい存在であったとしても、看過できることではなかった。


「だからなんなんだ。感情を制限してこんな拷問みたいな真似……。非人道的すぎるぞ!」


「そこまでにしておけ! 弦気!」


 その威圧感に、弦気は今更気づいた。彼が振り返ると、そこには四つ星のバッジ。


「……如月大将」


 弦気は彼が逆側の扉から入ってきたのだと推測する。

 この中の誰かが中枢に連絡して、如月大将は駆けつけてきたのだ。


「あなたは知っていたのですか? このことを」


「当然だ。ワシが指示したのだからな」


「……こんなこと、許されるはずがない」


「ただ一人の苦痛で大勢が救われるのだ。それがわからんか?」


「だからって……。それは思考停止でしょう」


 少ない犠牲で多くを助ける。弦気はこの自衛軍の理念が好きではなかった。


「思考停止だと……? そもそもお前はその少女が何なのか知らんだろう!」


 バチン、と。如月大将の周囲に雷の一閃が走った。

 弦気は引き下がらない。如月大将を睨んだまま言い返す。


「教えてくれなかったのはあなたです」


「そうだったな。なら、教えてやろう……。

 その少女は能力者達の血肉を集めて形成された人ならざるもの……、Anonymousの卑劣極まりない人体実験によって生まれた合成人間(ハイブリッド)だ! そして、強力な力を持っておる!」


「……!」


 弦気は絶句する。

 彼は肩に担いだ愛花に視線を移してみるが、色白の少女は普通の人間にしか見えなかった。


 合成人間(ハイブリッド)とはつまり人工的に作り出された人間ということなのか。

 しかし感情の制御を必要とするということは、彼女にも意思があるということ。

 そして作られただけなら、この娘に罪はない。

 弦気の中での決定はすぐに下される。


「それが、この娘がこんな目にあう理由になりますか?」


「我々が研究の対象にする理由にはなるだろう」


 それを聞いて、弦気はしばらく黙りこくった。

 何もいう気にはなれなかった。しかし、ここで話を終わる気も彼にはなかった。


「如月大将、あなたは俺にこのことについての同意が得られないことを知ってて、あえて隠していたんじゃないですか? そして俺が今、この娘に対してなんの関心も持たないことをわかっていたから、束縛という意味で俺に護衛を任せたのでしょう」


 如月大将の眉がぴくりと動く。


「図星ですか」


「なら弦気、お前はなぜこの少女がここにいるか知っているか? Anonymousではなく自衛軍に」


「知りません」


「5年前、お前の父、龍帥が奴らから救い出したからだ。この意味が分かるか?」


「救い出した……? 意味なんて関係ない! それでこんなことをしてるなら僕らはAnonymousと同じじゃないですか!」


「我々がAnonymousと同じだと? それは違うぞ弦気!」


「何が違うんですか!?」


「奴らはその悪しき目的のために、我々は正義のために……。目的が違う!

 そもそも、この研究について言えば本人からの同意も得ておる」


「感情を制御して、同意ですか? ふざけるな!」


「…………」


 如月大将は先ほど愛花が横たわっていたベッドに視線を移す。そこに倒されている点滴バッグの文字を見て舌打ちをした。


「これじゃ何が正義なのか分からない!」


「だろうな……。復讐という考えを持つお前には、一生正義のなんたるかなど理解できん! 自分のことを棚に上げて随分と偉そうに語るものだ!」


「なに……?」


「弦気、お前は父とは違って物事を見極める力がないようだ」


 バチン、バチン。如月大将の周囲にほとばしる光の一閃が次第に増えていった。


「夢咲愛花は検査を続けなければならない。亀井に渡せ」


「……嫌です」


「ならば」


 バチン。

 弦気の横にあったベッドが弾けた。


「力ずくになるが、構わんな?」


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