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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
八章
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いつかの夢

 夢咲愛花が弦気の元に押しかけてきた翌日。


「如月大将、どういうことなんですか!」


 自衛軍総本山、セントセリア中枢。御堂弦気の拳がオフィスの机に打ち付けられた。

 部屋の入り口付近には検査衣の少女、夢咲愛花が佇んで弦気を待っている。

 しかし、弦気は彼女のこと……、つまり自身の拘束具について抗議しに、わざわざ中枢まで足を運んできたのである。



「どうもこうもあるか。お前はもう、学生ではないのだろう?」


 そう言われると弦気は押し黙るしかない。学校を辞めたのは彼の思慮不足であった。元々学生特殊部隊という立場にあった弦気は、学業という本分を利用して自由に行動することができた。しかし、その学生を辞めてしまえば自衛軍に拘束されてしまうのは当然だったのだ。


「ですが……、僕はAnonymous対策部署に配属されていたじゃないですか」


「龍帥が死に、確かにAnonymous対策部署の全権は酒井中将に戻った。だから酒井中将にもちゃんと話をつけておる。正規の書類が欲しいのなら用意してやるぞ、弦気」


 如月大将の鋭い眼光に、弦気は眉をひそめた。

 Anonymous対策部署から外され、夢咲愛花の護衛を務めるとなると、彼の目的は達成できなくなる。

 何もかもがうまく行っていなかった。


「だからといってこれはないでしょう……。

 父に加え、補佐の古谷までもがAnonymousによって殺された……。少しは僕の気持ちを汲んでくれてもいいじゃないですか」


「学生気分とはこのことだな。復讐と断罪は違うのだぞ弦気。正義を履き違えるな」


 履き違えているのはどっちだ。

 言いかけて弦気は言葉を飲み込んだ。そして俯く。


「…………」


 御堂龍帥が死んで、その息子が復讐を考える可能性は誰でも考慮できる。補佐が死んだこのタイミングで押さえつけられたのは、如月大将がその不安定さを見抜いていたからだった。


「……失礼しました」


 一例して、弦気は部屋の出口に向かう。


「その娘は龍帥の忘れ形見……。お前が面倒を見てやれ。これは如月大将としてではなく、龍帥の友だった者からの頼みだ」


 如月大将は軍靴の音を強く響かせる弦気に、背後からそんな言葉を投げかけた。

 弦気は一度足を止め、顔を上げる。すると、出口付近に立つ夢咲愛花と目が合った。

 その無表情な瞳に彼は妙な苛立ちを感じて、少しつま先に力が入った。


「……分かりました」


 それだけ言って、彼はオフィスを後にする。



ーーー



 弦気はセントセリアへの移住を決めた。

 丁度、スレイシイドの事件で住む家を無くした人々や、安全に不安を持った人々が続々と移住の手続きを済ませている。補助金の恩恵もあり、思わぬ形でセントセリア拡大計画は加速した。


 弦気は、それにあやかってというわけではなく、夢咲愛花護衛のため、安全なセントセリアでの生活を余儀なくされたのだった。


「いいんですか、弦気さん」


 荷物を新しい部屋に運び終えた弦気を見て、愛花は言った。


「いいんですかって、何が?」


「セントセリアに移住することまでは強制されてなかったはずですが」


「送られてきた詳細の書類で君の行動にかけられた制限を確認させてもらったけど、あんなのセントセリアに住めって言ってるようなものだったよ」


 血液検査、血圧測定、心電図検査、神経超音波検査、脳波検査……、彼女が施設に赴き一日に行わなければならない検査の数は平均して28から30。

 それに加え、食事制限や毎日こなさなければならない課題が彼女にはある。


 体内に埋め込まれたマイクロチップのGPS機能により、許可を取らなければ自由に外出することもままならない。

 その他多数の彼女に関する事情が、セントセリアでなければ条件をクリアできないことばかりで、もはや弦気にセントセリアに住んで護衛しろと言っているようなものだったのだ。


「私の護衛を断ることはできなかったのですか?」

 

「ああ、できなかったよ」


 部屋に積まれた段ボール箱を見回して、弦気は布団の入った段ボールを見つけ出す。

 ガムテープを剥がして布団を取り出すと、彼はそれを部屋に運ばれてきたベッドの上に放った。

 段ボール箱を解体し、荷物を片付け始めた弦気を見て、愛花も段ボール箱に手を伸ばした。そんな愛花の手を弦気は押しのける。


「君はいい。ベッドにでも座っててくれ」


「すいません。私のせいで色々と」


 全く感情の篭っていない声に弦気は目を瞑った。

 まるで人形みたいだ。気味が悪い。

 弦気は内心で悪態をつく。


「謝ることはない。君がいなくてもどうせ如月大将は何かと理由をつけて俺を部署から外すつもりだったさ」


「どうしてですか?」


「それは……」


 弦気は口ごもる。愛花は小さく首を傾げた。


「あまり言いたくないことですか?」


 「いや」弦気は掠れた声で言ってから、間をあけた。

 自分のことを話す気は全くなかったが、少し意地の悪い気分になったのだ。

 今自分がおかれている状況を話せば、この無表情な少女は少しでも申し訳ない気持ちになるのだろうか。


「大切な人が死んだんだ。二人も。

 一人は俺の父、君もよく知る……御堂龍帥」


「そのことは私も聞きました」


 表情も変えずに言った愛花を見て、弦気は顰蹙した。

 仮にも父に世話になっておいて、悲しそうな顔ひとつもできないのだろうか。


「……そうか。じゃあもう一人は、俺の幼馴染で……、俺の……いや、俺の幼馴染だ」


「大切な人だったんですね」


 無感情な声。彼があまり愛花に良い感情を持っていないのも、そう感じる理由かもしれない。

 愛花の方は一応弦気のことを最大限考慮して言葉を紡いでいた。


「そうさ。それで、その幼馴染を殺したのが、俺の親友なんだ……」


「……親友、ですか」


 弦気に語気の強さを合わせ、相槌のテンポを変えていく愛花。


「ああ、信じられないだろう? 本当に仲の良い、親友だったんだぜ」


「信じられませんね」


「その親友はAnonymousに入ってて、俺達はずっとそれを知らなかったんだ」


 夢咲愛花を困らせてやろうと思っていたのに、いつしか弦気は涙を堪えて話していた。


「しかし、それがなぜ弦気さんが部署から外される理由になるのですか?」


 最初の疑問に戻ってきたところで、弦気は瞳の涙を乾かした。


「……この上なく憎いからだよ、Anonymousが……。その、親友が……。

 如月大将は俺の目的が復讐になっているのを見抜いている」


「復讐、ですか。復讐とはどのようなことをするのでしょう」


「……殺すんだよ。父さんが、凛が殺されたのと同じように」


「その親友さんもですか?」


「……ああ。そうだ」


 この少女と話すと、思考が誘導されてしまうんじゃないだろうか。そう感じた弦気は思わず言葉を訂正する。


「いや、違う」


「何がですか?」


「何もかも分からない。俺はどうしていいのか分からなくなっていたんだ。俺はとにかく風人を殺してやりたいとも思うし、なんとかしてやりたいとも思う。だから……」


「だから……?」


 答えを無理やり導かれる感覚。頭に血が上りそうになる。なんなんだこの娘は。

 弦気は同時に恐怖も抱いていた。この少女の得体の知れなさに。


「……こんなこと、君に話すことじゃない。片付けをするからあっちに行ってくれ。そこが君の部屋」


 弦気はふすまの向こうを指差して言った。2kの間取りの部屋は、2つの洋室をふすまで仕切っている。


「分かりました」


 返事をすると、愛花はそちらの部屋まで行ってベッドの上に座り込んだ。


「……プライベートもクソもないと思うけど」


「構いません。私のことはあまり気にかけてくださらなくても結構ですよ」


 なんなんだ。

 そんな言葉を圧し殺し、弦気は片付けの作業に戻った。


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