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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
八章
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始まりの夢

 自衛軍、スレイシイド街道中間支部。

  御堂弦気はおぼつかない足取りで救護室から出た。閉まりゆく扉の隙間からは負傷した隊員達のうめき声が聞こえている。支部に残された医療班がわずかで、治療が間に合っていないのだ。

 彼は倒れこみそうになったのを壁に寄りかかって留まった。


 スレイシイドの事件から2日が経つ。スレイシイドでは、中心街のほとんどが燃え尽き、数え切れない死傷者が出ていた。

 復興、救助向きの能力者が各地からスレイシイドに派遣され、そして弦気は街道中間支部に強制送還されていた。

 彼には別の勤めが言い渡されたのだ。


 額を抑え、壁に寄りかかっている弦気に一人の女性が駆け寄る。それは彼のクラスメイトであり、学生特殊部隊の仲間でもある大橋瞳であった。

 

「弦気……、大丈夫……?」


「触るな」


 瞳が伸ばした手が肩に触れる前に、弦気は言った。

 瞳は伸ばした手をピタリと止め、その手をゆっくりと引く。


「弦気……」


 瞳の消沈した声に、弦気はハッとなる。


「ごめん……。違うんだ瞳。今は放っておいて欲しいだけで……」


「ううん。分かってる……。分かってるんだけど……」


 瞳の、(こら)えていた涙がはらりと頬を伝う。彼女は踵を返し、弦気が進む方向とは逆の方向に去っていった。


 弦気の父である御堂龍帥の死に続き、古谷凛というかけがえのない存在の死。そしてその凛を殺した死音が親友の風人であったという事実。

 スレイシイドでの抗争。街の崩壊。


 それらが重なって、弦気の心はすでにボロボロになっていた。涙を拭いながら去っていった瞳もしかり。

 しかし、父の死を、凛の死を、そしてあの風人の無感情な眼差しを目の当たりにした弦気は、瞳以上に傷付いていると言って良かった。

 行き場をなくした憎しみは、弦気の中で膨れ上がっている。


「風人……、なんで……」


 壁を支えにして、彼は重い体を手配された部屋にまで運ぶ。途中ですれ違った人々にも彼は無愛想に挨拶した。


 弦気に手配された部屋は女兵舎の1階にある。

 部屋に入り、弦気はベッドに身を沈めた。

 彼の心理的状況に関わりなく、明日からはまた別の仕事が始まる。

 自衛軍も今、決して余裕のある状況とは言えなかった。


「弦気さん」


「……!」


 唐突に現れた声に、弦気は素早く振り向いて反応した。

 そこにいたのは齢15くらいの少女。艶のある真っ直ぐな黒髪を腰まで伸ばし、身長は弦気とは頭1つ分くらいの差があった。


 彼女は検査衣のようなものを着ており、両腕には無数のガーゼが貼り付けられている。色白い顔は整っており、やけに透明感のある少女だった。


「君は……誰だ?」


 弦気はその少女を訝しげに見つめる。

(どこから入ってきた? いや、元々いたのか?) 


「私の名前は夢咲愛花です」


 その名前を聞いて弦気は目を見開いた。

 夢咲愛花。かつて父である御堂龍帥がセントセリアの中枢で護衛していた少女。

 そして……、彼女が"特異点(シンギュラリティ)"と呼ばれる重要な存在であることは弦気も知っていた。

 弦気は"特異点"がどのようなモノなのかまでは知らなかったが、要塞都市とも呼ばれるセントセリアの中枢で、当時大将だった弦気の父が護衛に付いていたくらいなのだから、夢咲愛花が何か特別な力を持っていることは理解していた。


「夢咲愛花だって……? どうして君がここに……? 護衛は?」


「護衛はあなたです。お父さ……御堂龍帥の後任に、その息子である弦気さんが選ばれました。今日から一緒に暮らしてもらうことになります」


 弦気は上から新たに言い渡された特別重要任務のことを思い出していた。詳しくは聞かされていなかったが、その任務がまさか夢咲愛花の護衛だったとは。


 弦気は眉をひそめる。夢咲愛花の護衛は今の彼にとって束縛を意味する。護衛によって動けなくなれば、父の仇は当然討てなくなるし、まだ彼の中で処理が追いついていない風人についても自ら関与できなくなるということである。


 父が夢咲愛花の護衛をしていた頃は、家に帰ってくるのが月に一回あるかどうかだった。

 つまり、それだけ護衛として夢咲愛花に付きっ切りだったのである。ほとんど部屋に引きこもって遊び相手になっていたという話だ。

 弦気は当時、夢咲愛花に多少の嫉妬心を抱いていた事を思い出した。


「聞いてない、そんなこと。……この部屋まで一人できたのか? この支部はこないだ襲撃を受けたばかりなんだぞ。今は残ってる人員も少ない」


「私がここにいるのは、Anonymousがスレイシイドから撤退したばかりの今、この付近の地域こそが安全だと判断されたからです。この部屋までは一人で来たわけじゃありませんよ」


「……そうか。でも俺にはまだ直接任務が言い渡さたわけじゃないんだ。今来ても俺に君を護衛する義務はない。送るから帰ってくれ。どこから来たんだ? 管理病棟? 研究棟?」


 今は一人になりたい。そういう思いで弦気は愛花を突き放そうとする。

 実際には近づいて、乱暴にその手を掴んで外に連れ出そうとした。


「私にはすでに弦気さんと行動を共にするようにと、如月さんから伝えられています」


「……」


 弦気の動きがピタリと止まる。


「でももう夜だ。俺がまだ詳しいことを聞いてないんだから、君は一度戻ってくれ。

 それともベッド一つのこのワンルームで寝食を共にするのか? 歳もそんなに離れてるわけじゃないのに」


「あなたは慣れていると聞きました。私の方も構いません」


 少女の頑なな態度に、弦気は苛立ちを堪えて息を飲み込んだ。

 

「……分かった。もう勝手にしてくれ……」


 弦気は彼女の手を離し、再びベッドに座り込んだ。そして両膝に両肘をついて頭を支える。


「はい。よろしくお願いします」


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― 新着の感想 ―
[一言] こ、ここにきて、くっっっっそ精神がすり減ってるここにきてラブコメ()が再開するのか... ちょっと、いやかなり同情するわ...
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