炎の子守唄
上空およそ100m。そびえ立つビル郡の隙間を塗うようにして、自衛軍大将と神話級魔獣は激しい空中戦を繰り広げていた。
時折ビルの一角を削る高火力の攻撃の応酬が、地上の戦線をも覆しかねない被害を招いている。
一ノ瀬空刃の能力、空への執着は地面から離れて宙に浮いた物を自在に操ることのできる念力型の操作系能力である。
この能力によって、空中戦で一ノ瀬の右に出る者はまずいないと言われている。
自衛軍大将という地位に就き、今でこそその能力が知れ渡ったが、その前は彼の能力は猛威を振るい数多の悪を葬った。
そして一ノ瀬空刃、彼はこうも呼ばれていた。
空の王、と。
……だが、その能力を持ってしても神話級ファフニール、レンガとの戦いは長引いていた。
一ノ瀬の能力は地上からの高度が高ければ高い程威力を発揮する。しかし、空へ空へと繰り出そうとした一ノ瀬に、レンガがついて行くことはなかった。
レンガの方も、さらに高いところで戦った方が速度も攻撃の威力も存分に発揮できるというのに、それをあえて避けているのは神話級のバトルセンスなのか。
とにかく上空100m程度では、まだ幼子とは言え神話級レベルの推進力を操ることなど到底不可能なのだ。故に、一ノ瀬は苦戦していた。
レンガの放つ火球も、時折空へ受け流すことに失敗して、地上に被害を出してしまっている。
しかし、しばらく続いていたその戦いは予期せぬ形で終わろうとしていた。
レンガの、一ノ瀬に対する明確な害意が無くなったのである。
唐突に攻撃を止め、挙動不審になったレンガを見て、一ノ瀬の方も思わず攻撃の手を止めていた。一ノ瀬が操っていたビルの瓦礫や車、電信柱なども空中でピタリと止まっている。
「キュルルルルル!! キュゥゥルルルル!!」
先程まで上げていたつんざくような咆哮とは打って変わって、レンガはそんな鳴き声を上げた。そしてレンガは一ノ瀬を無視して、街の空を更に高度を下げて旋回し始めた。
(急になんだ……?)
一ノ瀬は追撃を考えたが、レンガに害意がなくなった以上、深追いは更に被害を出すことになる。この高度ではレンガを一撃で屠る火力は出せないからだ。
戦わなくていいならそれに越したことはない。
彼はレンガの後を追いつつも様子を見ることにした。
その時、一ノ瀬の耳につけていたインカムに無線が入る。
『Nursery Rhymes、撤退していきます……!』
その内容に一ノ瀬は疑問を抱く。
彼はこの状況、Anonymousが劣勢と瞬時に見抜いていた。なぜなら、この飼い馴らせていないのだろうファフニールを戦場に繰り出すくらいなのだから、相当切羽詰まっているのだと推測していたのだ。
Anonymous幹部の数からしても、これはNursery Rhymes側の奇襲。
故に彼の優先順位は、一般市民の救助の次にAnonymousの殲滅が来て、そして最後にNursery Rhymesの殲滅だった。
街に被害が出る故に神話級ファフニールを任された一ノ瀬だったが、地上を指揮する天井峰の方も自分と同じ判断を下すだろうと確信していた。しかし、どうにも戦況は複雑なようだ。
その時、一ノ瀬の視界に一人の女が映った。
その女はビルの屋上から一ノ瀬をだるそうな目で見据えながら、ゆっくりと大きな溜息を吐いた。
(あれは……、Anonymous幹部の溜息……!)
ーーー
一方地上、E地区では千薬と天井峰の戦闘が続いていた。
お互いに無傷。だが、天井峰は激しく息を切らし、千薬の方は宙に浮かせていた血が残り1リットルまでに減っている。そしてその白衣もボロボロになっていた。
「ハァっ……! ハァっ……!」
「やはり老いたな、空言」
「お前の方こそ……! 千地谷……! ハァハァ……! それほどまで血を使って、老いぼれ一人倒せんか!」
槍状になった無数の血が天井峰に飛来する。
天井峰は大きく高く飛び、それを回避したが血の槍は追尾してくる。
「ハッ!!」
天井峰は大きく手を薙いで、眼前に迫った血槍を空間ごと削り取った。
そして着地。
「ハァ……ハァ……」
千薬は攻撃に回す血と防御に回す血を複数に分けて、それを体の周囲に纏う。
老いたとは言え、天井峰は自衛軍大将。しばらく戦場から離れていた千薬が侮れる相手ではなかった。
千薬が全盛期の力を出せていたなら、勝負はすぐについていただろう。いや、それは天井峰にも言えることかもしれない。
射程範囲の関係で、現在は千薬が押していた。
天井峰の能力にかつてのキレはない。
空間設計。その能力は、老いた天井峰にはもう使いこなせないものになっていたのだ。
『Nursery Rhymesの軍勢、撤退していきます……!』
ふと、天井峰の胸からそんな無線機の通信が響いた。
「……」
「……」
二人の間に沈黙が訪れる。
双方、思考のために後ろに下がって距離をとった。
(……なぜここでNursery Rhymesが?)
(死音達がうまくやったか。いや、それにしてもここで撤退はおかしい)
睨み合うこと数十秒、すぐにお互いの思考は重なった。
(……とにかく、こいつを倒さない限りは話にならん)
(早めにこいつを片付けた方が良さそうだな)
ーーー
「おかしい」
俺、ロール、百零さん、ボスの四人は、現在アジトの廊下を歩いて地上へと向かっていた。太ももをやられた百零さんは俺がおぶっている。
「なにがですか?」
おかしいと呟いたボスに俺が聞き返し、ボスの仮面には三人の視線が集まっていた。
「死体を見てみろ。この数をです子が殺れたとは思えない。死体の傷跡もおかしい。刺殺がほとんどらしいが、殴り殺されたような死体もチラホラと見かけられる」
立ち止まったボスに合わせて、俺とロールも立ち止まった。
「……みんなです子さんが敵だと思っていなかったから、油断したんじゃないですか」
だとしても時間が足りないか?
「それはないだろ。俺がです子を通した時間から考えて、この数を殺るには時間が足りない」
「ですよね」
そもそもこの数が殺される最期までみんななんの抵抗もせずに殺されたとは考えにくい。
ロールがしゃがんで幾つかの死体に触れた。
「よく見ればここらへんのは殺されてから結構時間が経ってる死体ばっかりだわ……」
「です子じゃないな」
つまりです子さん以外にも、アジトに侵入していた奴がいたということか。それもです子さんより早く、誰にも気づかれずに。何人かは分からないが。
「まあ、雑魚の一人や二人、放っておけばいい」
ボスは言う。
確かにこのメンツなら……というかボスがいれば誰が来ても怖くないってのはあるけど、何か違和感を感じる……。
思えば執行さんとの通信が途絶えたのは、俺が棺屋を倒した直後。その時点で気づいたわけだから、執行さんはもっと前に殺られていたのかもしれない。
しかしそうなると、敵の侵入のタイミングがわからない。です子さんが侵入したのはおそらく俺が棺屋と戦うために集音のフィールドを切った後。
なら、集音をしていた時に敵の侵入があったということになる。それはありえない。
「ちょっと待ってください」
そう言って、俺は集音のフィールドをアジト全体に広げてみる。アジトの構造は複雑で、精度はかなり落ちてしまうが、時間をかければ人がいるかいないかくらいなら分かるはずだ。
しばらくしてアジト内の感知が終わる。
「誰もいません。誰一人として」
おかしい。地下何層にも渡るこのアジトの人間を全員殺したのか……? どうやって?
「まあいいんじゃねーか? このアジトはもうおじゃんなわけだし、さっさと上の敵散らしてテキトーに撤退すれば」
百零さんがそういった丁度その時、俺の端末が振動した。煙さんからの着信だった。
俺は通話をスピーカーにして出た。
「はい」
『死音か? そっちはどうなった?』
「ボスと合流してなんとかなりました。色々あったんですけど、説明は後で……
」
『そうか。それでNursery Rhymesと"協会"の軍勢が撤退し始めたんだな。俺達も退くなら今だ』
「え?」
Nursery Rhymesと"協会"が撤退?
『どうした?』
それは……、一体誰の命令なんだ。
です子さんがそんな司令を出すタイミングはなかったはずだ。
突如、煙さんとの電話の向こうから爆発音が響いた。
その振動はアジトまで伝わってきて、パラパラと天井から砂が落ちてきた。
「何があったんですか……?」
『……第二避難シェルターが爆破された。ありゃあ相当数死んだぞ』
嘘だろ……? 何が起きてるんだ。
「煙、地上の人員に撤退を伝えろ。デリダ支部で合流だ」
ボスはそう言って歩き出す。それに合わせて俺達もまた歩き始めた。
『了解』
「どの道この街にはもう用はない。今更何をしてこようが無駄だ」
直後、また煙さんの背後で爆発音が響き、アジトの中が揺れた。
さらに連続して爆発音が響く。
『今度は第二セントラルビルが爆破された。やべぇぞ、中心部のビルがどんどん爆破されていってる』
「……です子」
「です子が用意した別のシナリオか。死んでも人を殺したかったらしい」
俺達はエレベーターに乗り込み、地上へ向かう。
エレベーターはゴトンゴトンと音を立て、やがて地上に着き、いつものカフェに出た。
中心街から離れているカフェには爆発の影響はない。
立ち上る煙と、連続して起こる爆発を俺達は遠目から眺めた。
「あの付近にいるメンバー、やばいんじゃない……?」
ロールがそう言った直後、立ち昇る煙が四方に散り、その中で炎が舞った。
爆発とは少し違う。俺は目をよく凝らし、それをまじまじと見てみる。
炎は上空で螺旋状に広がり、やがてそれは双翼の形と成す。
煙から現れたのは、巨大な不死鳥だった。
「ピィィィィィィィィィィイ!!!」
甲高い鳴き声が街に響く。
俺はすぐにそれがセンであることを理解する。同時に俺の頭に突っかかっていたもやも晴れた。
センはアジトに最初からいた。いつからか分からないが、記憶を取り戻してです子さんと連携していたのか。
「前に見た時よりずっとデカい……」
「死を糧に成長したか。これは厄介だ」




