激戦の子守唄
顔面パンチが一撃を躊躇うことは無い。
セツナとの戦闘が始まってからおよそ五分、彼は3度目の"一天剛撃"を放っていた。
砂を蹴ったような、そんな勢いで街が削られる。それに巻き込まれたセツナは衝撃によって発生した土煙に紛れる。
顔面パンチの正面60度に放たれた衝撃波によって、住宅街は押し退けられていた。まさに一線を画した威力だ。
直撃すれば死は免れない。
しかし、その"一天剛撃"を受けてなお無傷の相手と顔面パンチは初めて相対していた。
二度目と同様に、彼は土煙の側面から現れ、迂回しながら顔面パンチへと接近する。
「ハッハァー! 無駄だ無駄!」
再度"一天剛撃"
これで顔面パンチが能力を使ったのは四度目となった。
味方への被害を少しも考えない威力。考えられないというのが正しい。
敵の侵入地点から一番近かったB地区でなければ、被害はさらに甚大だっただろう。
死音は、一番避難が早く、顔面パンチが気兼ねなく暴れられるであろうポイントに、彼一人を単独配置していた。
そのおかげで今のところ死傷者は少ない。
しかし戦線としての結果は良い方には働かなかった。
セツナという男。彼が顔面パンチを一人で食い止めているこの状況は、死音としてはよろしくない。
セツナは"一天剛撃"のタイミングでまた大きく後退する。
単発で高火力を発揮する顔面パンチの"一天剛撃"は、一撃に慎重になる故に、見切られやすい性質がある。
大半の能力者は見切れても対応する術がないのだが、セツナにはあった。
彼の能力は"刹那の鎧"。
一時的に自分の周囲に強固な障壁を出現させる能力だ。展開時に己の内側から発生する障壁は、周囲を押しのけるため攻撃にも使える。そしてその障壁の中に他者を引き込むことも可能だ。
顔面パンチはセツナの能力を四度の"一天剛撃"で見極めていた。
二度目の攻撃でどんな能力かを理解し、三度目で再確認、四度目でさらなる考察をした。
攻撃を受ける際に後退するということは、障壁を以てしても至近距離での直撃が危険と判断しているのか。それとも能力使用後に顔面パンチ同様、少しの隙が生まれるから距離を取るのか。
どちらでもいいと吐き捨てて、彼は結論を出した。
能力での戦いは不毛になる。続ければ回数制限のある顔面パンチが不利になるだろう。
また土煙が晴れて、その中からセツナが現れる。
顔面パンチは口元を歪めて言った。
「こんなもん、つまんねーよ」
「ん?」
「能力はやめにしようぜ。素手の殴り合いをしよう、セツナ」
顔面パンチは大胆な男だった。ホルダーから全てのナイフを引き抜き、その場に放って顔面パンチは一歩踏み出す。
かかってこいよとジェスチャーをし、ファイティングポーズを取る。
彼は切迫した殺し合いでも、こんなことをしてしまう男だった。
セツナはにやりと笑う。
彼もストリートファイトには自信がある。元々Nursery Rhymes所属であるセツナは、戦いを楽しむためにここに来たのだ。
最初の段階でセツナも、顔面パンチとの持久戦はつまらなくなると踏んでいた。
故にこの提案は喜ばしい。セツナはこういった、敵をあえて信用して行う殺し合いが嫌いではない。
彼は白いコートとトレーナーを脱ぎ捨て、タンクトップの鍛えられた肌を露出する。
同様に、顔面パンチもジャンパーを脱ぎ捨て上半身の肉体美を見せつけた。
「お前にあえて嬉しいぜ、セツナ」
「ハハッ! 俺もだァ!!」
セツナは軽いフットワークでツーステップ、顔面パンチとの距離を詰める。
顔面パンチも両手を顔の前に構えてステップを踏む。
そしてセツナが顔面パンチに飛びかかった直後。
"一天剛撃"
早いタイミングで放たれた顔面パンチの拳の先に収束される粒子。
微塵の警戒もしていなかったセツナの目が大きく見開かれる。
障壁は当然、間に合わない。
セツナもろとも、景色が吹き飛んだ。
雷が落ちたような衝撃音に地響きが伴う。
一帯が見渡せるようになってしまった壊滅寸前のB地区に一陣の風が吹き抜ける。
顔面パンチは積もった瓦礫の上に立って、虚空を見つめた。
「わりぃな。相手してやりたかったんだが」
そう言った彼の表情は少し寂しさを思わせた。
ーーー
逆瀬川、百零、棺屋。この三人は旧友であった。
かつて殺しを生業としていた彼らは、ある仕事でトリプルブッキングしたことによって知り合う。ここで初めて彼らは共に仕事をすることになる。
意気投合した彼らはチームを組んだ。
元々単独で恐れられ、それぞれ名のしれた殺し屋だったので、彼らのチームは裏の世界ですぐに有名になった。
しかし、しばらくして殺しの方向性が合わないことに気づいたチームは解散する。
解散後、業界の仕事回り良くするために、そして自分がより良い仕事にありつくために、彼らは"協会"を設立した。
そのうち逆瀬川は"協会"の管理者になる。棺屋は"協会"への出入りはほぼなかったが、時に仕事を回した。
そして百零は"協会"で淡々と仕事をこなすようになった。
そんな中、百零がAnonymousに属することになったのは、彼がAnonymousの首領である「ハイド」の殺人依頼を受けたのがきっかけだった。
ハイドに挑んで敗北した百零は、彼に誘われてAnonymousに所属することになる。
そうして逆瀬川、百零、棺屋の三人はそれぞれの道を歩んでいった。
そして今、幸か不幸か二人の男が再び巡り合っていた。敵として。
「最近ずっと椅子に座ってるらしいな、逆瀬川。腕はなまっちゃいないかい?」
「実力は詰められたかもしれねぇな、百零」
「馬鹿言うな。昔から俺の方が強かったろ」
「言ってろ。悪いが久々に戦うからな。楽に殺してやれなかったらすまん」
そこから先の会話はなかった。
逆瀬川は足元の石を百零に向けて蹴り放ち、空高く飛翔する。
百零にその石は届かない。眼前で、見えない壁に阻まれて石は地面へと落ちた。
逆瀬川の容姿は空に登るに連れて変貌していく。
強化系の能力は、訓練することで形態を分けることが可能になったりする。
服が破けたり、色々と面倒な一面もある強化系は、変身途中の、まだ人型の状態で形態変化を止める訓練をするのが定石だ。
今、逆瀬川は鷹から鷲へと姿を変えつつあった。羽毛を体中から生やし、元々鋭かった眼がさらに奥へと食い込んでいき、鼻先からくちばしが伸び、ミキミキと音を立てながら変貌していく。
彼のように巨大化してしまう強化系の能力は、ときたま魔獣に間違われたりするのが難点だ。
強化系"黒翼鷲"
漆黒の双翼を展開し、巨大な鷲となった逆瀬川は空中で停止すると、そこから百零の姿を見下ろした。
高さおよそ300m。今の彼の眼には、地面のコンクリートのきめまでしっかりと視認することができる。
その鋭い瞳で百零をしっかりと標的に定めると、彼の獲物を仕留めるための降下が始まった。
二度三度翼をはためかせ、体勢を安定させる。
一瞬で最高速度まで達した逆瀬川は、前方に現れた見えない壁を察して大幅に空を迂回した。
百零の能力。"空間固定"である。
逆瀬川は見えない壁を、わずかな気流の変化によって察知する。
百零の能力に捕まらないためには、百零が反応できないスピードで動くしかない。
逆瀬川の行く先行く先の空間が固定されていく。
百零は、逆瀬川の動きを予測して能力を使わなければならない。そして彼は同時に多くの空間を固定することはできない。一定サイズの"面"で固定する彼の能力は、同時に展開出来てもせいぜい五つ。
故に、上空で広く動くことができる上に、強化系の逆瀬川の能力とは相性が悪かった。人間の動体視力では、強化系の反応速度にはついていけない。
しかし百零には、逆瀬川が加速と変身のための距離を取らざるを得ないことは理解していた。
逆瀬川が最初に降り立ってしまったのは、百零が仮面をつけていたために、近くに行くまで彼が彼であると分からなかったせいだ。
だが、それ故に展開が遅れたことを逆瀬川は後悔しない。殺し屋に真っ向勝負なんてモノは存在しないが、逆瀬川と百零、友人同士の間には存在するのだ。
百零が狙うのは逆瀬川の体力切れ。行く先行く先の空間を延々と固定し続け、逆瀬川が自分の元へたどり着くまでの距離を稼ぐこと。
彼は逆瀬川の軌道を予測した、見えない迷路を頭に形成しながら能力を使用する。
逆瀬川はその予測を上回る反応で百零との距離を徐々に詰めていった。
傍から見れば逆瀬川が空でおかしな踊りをしているように見えるが、その実態は接戦だ。
百零も一瞬の判断を誤れない。限界まで見開かれた目はかすかに充血している。
達人同士の戦いは、常に相手の動きを予想する。それは勘であり、培ってきた感覚であり、才能だ。そんなあらゆる要素をものにした強者達は、もはや未来予知に近いくらいのレスポンスを披露する。
百零は逆瀬川の"最短"を潰す。
逆瀬川は"最短"を"再構築"する。
そして、彼らは切迫した。
百零は背中の太刀に手を伸ばした。
逆瀬川の鉤爪が迫っている。
自分を閉じ込めるように、百零は四方の空間を固定。が、5つ目の面が間に合わない。
逆瀬川の鉤爪が頭の上から迫る。
次の瞬間。
抜刀。
百零は固定していた空間を解除して、太刀の抜刀を可能にした。
固定されていた空間が解除され、思わぬ位置からの攻撃に逆瀬川は目を見開いた。
生じる迷い。そのまま迷うことなく振り下ろせば、逆瀬川の鉤爪は百零の脳天を砕いていたに違いない。
そして逆瀬川は百零の一太刀を浴びた。
血しぶきと共に、逆瀬川はゴロゴロと百零の背後に勢い良く転がっていく。
「ハァ……ハァ……。ほら、なまってるじゃねぇか」
百零が振り向くと、急所を切り裂かれた逆瀬川はすでに絶命していた。
ーーー
最初に敵と接触したのは顔面パンチさんだった。
顔面パンチさんによる初撃で敵二人の死亡を確認。生き残った二人のうちの一人が百零さんの元へと向かった。
会話を聞いていて分かったのは、向かった奴は"協会"の会長である逆瀬川だということ。
しかし奴が百零さんと当たってくれるのは嬉しい誤算だ。百零さんは"協会"の創立者の一人と聞いたし、逆瀬川との関わりも当然あったはず。それならある程度の戦い方は分かるだろう。
顔面パンチさんの戦闘が始まったのとほぼ同時に、月離さん達の戦闘が始まっていた。月離さん達はうまくやったようで敵の殲滅に成功している。
やはり月離さんの能力施錠は強い。味方がいて、ちゃんとハマれば負けることはないだろう。
「因子さん、7:3で敵が分裂しましたが、そのままF-44に向かってください。7人に減りました」
『了解』
「千薬さん、F-66に向かってください。敵3人をなるべく早く殲滅したらF-44の因子さんのところまでお願いします」
『分かった』
時刻を確認する。
レンガの到着はそろそろか。大将二人が到着するまでにある程度戦況を整えたい。
それも援軍しだいだが。
H地区の戦闘はまだ始まらないな。距離があるからか。
数人動いてないし、こちらから向かわせるべきか?
マーカーで地図をなぞりながら俺は思考する。
そんな時、ふと後ろに音が現れた。
俺は勢い良く振り返る。
「なんかおかしいと思ったら、お前が司令塔やってたのか。ということはやっぱり宵闇は感づいてたんだな」
振り向いた先には、白いマスクを顔につけた男が立っていた。
灰色がかった髪と、銀色のピアス。そしてその紺のジャケットを見て、俺はそいつが誰だかすぐに理解した。
俺が気づいたのを察して、そいつは白いマスクを外しておどけたように一礼する。
「棺屋……、万里……!」
「ハ、呼び捨てかよ」
棺屋万里。
俺の前にいたのは、最強の殺し屋の一人だった。
「お前……、Nursery Rhymesの人間だったのか」
白いマスクに視線を移して俺は言う。
「そんなことどうでもいいだろ?」
クソ、こんなところでこいつと。最悪だ。
俺が離れたら戦線はめちゃくちゃになる。
「俺と踊ろうぜ、音使い」
ー死音VS棺屋万里ー
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