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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
七章
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近づく子守唄

 ネオスレイシイドビルディング。

 高さ200mを優に超えるそのビルの屋上で、俺は展開された戦線を双眼鏡で眺める。

 Nursery Rhymesに加え"協会"の連中が南西ゲートをあっさりと突破して、自衛軍はそれを後から追う形になっていた。


 奴らは予想通り、アジトの入り口を知っているみたいだ。約50人のうち半分ぐらいが自衛軍に対応し、そしてもう半分は、進路を4つに分かち、それぞれ入り口のある方向へと向かっている。破壊の限りを尽くしながら。


 南西ゲートから、混沌の波紋が広がっていく。


 Anonymousはこの街の機能にかなり頼っている部分がある。奴らはそれを知っていて暴れているのか、それともただイカれてるのか。

 どちらにせよ、厄介だ。俺達はもう、この街にはいられない。


「敵、バラけました」


『りょ。丁度こっちも入り口の封鎖が完了したよー』


 ネクタイにつけたインカムから発せられる声に、俺は返事をする。

 俺は屋上のフェンスに引っ掛けた街の地図を目で追いながら、奴らの位置と照らし合わせていく。

 メンバーが最初に待機している場所には赤いマーカー。合計5つのアジト入り口には何も記されていないが、B地区の入り口にヒキサキさん、Cにリリーさん、Fにダルマさん、Hに火矢さんと羅針(らしん)さん、そしてJには百零さんが配置されている。

 この人達は基本的に動かない。入り口の死守に努めてもらう。


 百零さんがいるJ-32のポイントは、例のカフェがあって、一番大人数での侵入が容易い入り口である。

 俺達がアジトに入る時は、基本的にここからだ。


 誰がどこを守るかを決めたのは、俺ではなく執行さんだった。

 俺が考えるのは、みんなをどう動かすかだけ。メンバーに合ったポジションはみんなの能力を知っている執行さんが適任だ。


「皆さん聞こえますか?」


 それぞれに音を届けて、音が届いているか確認すると各々の返事が返ってきた。

 俺自身も、みんなの声がちゃんと聞き分けられるのを確認した。


「敵は、B、C、F、H、それぞれ入り口のある地区に向かって進んでいます。J地区の入り口はノーマークですが、百零さんは離れないでください。自衛軍の対応に回ってる後衛がそのうち雪崩れ込んできそうです」


『了解』


 "観測者"は特定のモノを感知することと、その感知範囲はズバ抜けているが、その分人口密度が高くなったりすると、精密性に欠けてくるらしい。

 最初は、俺が常に把握する敵の地点(ポイント)を"観測者"と同期して、それで連携を取ろうかと思っていたのだが、その問題があるためボツとなった。


 腕時計を見る。

 このビルの屋上に辿り着くまで10分ほどかかったから、レンガの到着は後長くて10分程。


 広範囲の索敵感知は中々に神経を使うし、体力の消耗も激しい。

 それに加えて指揮だ。だが、俺がやらないと壊滅は目に見えている。

 今から最低一時間。なんとしてでも持たせてやる。


 そう思って、俺は大きく息を吸い込んだ。


「顔面パンチさんは現在B-16付近から入り口に向かっている敵を叩いてください。敵は四人です。住宅街なので、一つ隣の筋から高火力の技で一網打尽に出来ると思います。タイミングが来たら俺が合図を出します」

「月離さんとロゴスさんはC-68から動かないでください。直に敵が来ます。5人です。目の前の角から見えるので、待ち伏せしておけば月離さんの能力施錠(スキルロック)で先手をとれると思います」

「因子さん。敵は10人です。配置(マーカー)から少し離れてるので、急ぎめでF-44に向かってください。どこか高いところに登れば敵の集団が見えるはずです。先に動いて"因果領域(バーサステリトリー)"で敵の動きを止めてください」

「千薬さんはF-44に向かってください。因子さんとの連携お願いします。そこが一番敵多いので気をつけてください。もし早めに片付けば、D地区の混戦に乱入して適当に掻き乱してくれると助かります」

刃刃(はじん)さんはH-18に向かって待機しててください。敵には入り口まで素通りさせて、火矢さん達との交戦が始まった後、背後からの奇襲をお願いします。H地区の入り口に向かう敵は四人です」


 言い終えて、フーと息をついた。

 それぞれから返事が聞こえ、動き出したのを確認する。何人かは俺に指示されて不満有りげな返事だったが、それでもこの状況、従わないわけにはいかないのだろう。


 今のは、宵闇さんに言われて練習するようになった技術である。

 俺は音列(おんれつ)と呼んでいる。要するに同時に別の言葉を話すことのできる技術だ。


 それで、俺はこんがらがらないようにそれぞれ伝えたい人にだけ音を届けている。ネクタイのインカムで繋がっている執行さんには全部聞いてもらっているが、もしかするとうまく聞き取れなかったかもしれない。


 いや、それはないか。

 執行さんの能力は"高速処理(ラピットプロセス)"。彼女は常人の数倍の速度で思考することができるのだ。それがAnonymousの中枢管理を任せられる所以でもある。

 詳しくは知らないが、中枢には執行さんにしか処理できない高性能機器がいくつもあるとか。

 そんな執行さんが五人同時に話された程度で混乱する訳がない。



 それにしても、一言二言なら音列は簡単だが、やはり会話になると厳しいな。一方的な会話でも、五人でギリくらいか。

 かなり体力と頭を使う。俺に執行さんの能力が加わればいいのに。


 慣れればもっと人数を増やせるかもしれない。技術的には同時に違う音を出すだけなのでそこまで難しいわけじゃない。


 俺は地図にマーカーで敵の軌跡をなぞっていく。

 敵の勢力は、奴らの性質から考えてもっとバラけて動くと思ったのだが、案外固まっていてやりにくい。


「月離さん、ロゴスさん、敵が進路を変更したので逆方向からC-78に先回りしてください。十字路の、パン屋がある角の筋から敵は現れます」


 最低でも四人で固まって動いているので、単一で向かわせるこちらが圧倒的不利だ。

 顔面パンチさんみたいな高火力型の能力なら、不意打ちで一掃もできるのだが、今のメンバーにそれができる者は少ない。


 だからこちらも数人で向かわせたいところだが、連携できる人が少ないので状況に応じてローテーションさせる必要がある。


 よって、現在待機中のメンバーは多い。

 序盤の展開で千薬さんが後ろの奴らをどれだけ散らせるかで動かしやすさが変わってくるだろう。

 千薬さんには医療にも回って欲しいけど、今は大事な戦闘員だ。これがどういうことかというと、戦闘不能に陥った負傷者は切り捨てるということである。

 これはさっきの会議でも話した内容なので、みんなも理解してくれているはずだ。


 さて、しかしこうまで統率されていると、Nursery Rhymesと"協会"の連携だとは思えなくなる。あっちの(トップ)にはそれだけのカリスマ力があるのだろうか。



 半径2kmに渡る集音のフィールドに、俺の神経は徐々に圧迫されていく。

 限定的に聞きたい音といらない音で分けて、消耗を減らす。俺は感覚的に、音にマーキングをすることができるのだ。


 耳だけじゃない。

 音は聴覚以外の五感でも感じることができる。

 すべての感覚で、フィールドを把握していく。


 最初の接触は顔面パンチさんだと推測する。合図まであと五分程度だろうか。

 住民の被害は考慮しない。この戦いが終わればAnonymousはこの街から撤退することになるだろうと、執行さんも言っていた。


『死音くん、たった今自衛軍の援軍がセントセリアを出たわ。大将二人とその他大勢がこの街に来る』


 インカムからそんな執行さんの声が聞こえて、俺は思わず「はあ?」と声に出してしまった。彼女の背後からも慌ただしい声が響いていて、モニタールームの混騒が伺える。


 嘘だろ。いや、おかしくない。このタイミングなら、AnonymousとNursery Rhymesを一網打尽にできるのだ。

 そしてAnonymousのピンチに自衛軍の本拠地が狙われる心配はない。


「時間は?」


『今からおよそ30分後くらい。遠距離転移を繰り返してる』


 クソ、セントセリアからだってのに早すぎるだろ。


「こちらの援軍は?」


『だめ。幹部で連絡がついたのは煙だけ。他の戦闘員も今から30分は絶対にかかって、間に合わない。

 だからこっちは私の独断で中枢周辺の重要機器とデータを適当に抹消する。私達が全滅したとしても"観測者(オブザーバー)"の管理機能だけはなんとか残したいから、それは……』


 後半ブツブツと始めた執行さんに、俺は口を挟む。


「そこらへんは全部任せます」


 この街で戦っている俺達が死んだとしても、主力はほとんど外にいる。支部を使えば復旧もできるだろう。時間はかかるにしても。

 だけど、そのことは俺にとってクソほどどうでもいい。

 執行さん、一見落ち着いているようで、この状況に結構やられているらしい。

 処理が追いついていない。

 執行さんにばかり頼っていられないな……。


「……分かりました。こっちは任せてください。なんとかします」


 俺は執行さんの心情を読み取って、そう言った。


『……、じゃあ、お願いしよう。ごめん。一応インカムは繋いでおく』


 あの執行さんがあっさりとそう答えたのを聞いて、俺は正解だったと内心で頷く。

 やはり彼女も切羽詰まっている。今、アジト内のあれこれは彼女にしかできないのだ。


「了解です」


 端末で時間を確認する。

 時刻は6時すぎ。もうすでに暗くなってきていて、目の前の景色は徐々に彩られていく。

 喧騒を知らない無知な光彩は、市民に避難の警報が行き届いていないことの証明だ。

 少なくともこの都心半径2kmにおいては、鳴り響くはずだった警報音を俺が消した。

 自衛軍の仕事をより増やすため。さらなる混沌に、数で劣勢な俺達が乗じるためだ。

 レンガの到着まではまだ時間がかかる。


 敵勢のマーカーを順番になぞり、味方の位置は脳内で把握する。立体的に、それぞれの位置に俺がいるような感覚。

 目をつむり、視界から入ってくる情報をシャットした。


「顔面パンチさん。そこで止まってください。進行方向から見て一つ右の筋、約10秒後に敵と重なります。攻撃の準備をしててください」


『オーケー』



ーーー

ーー



 顔面パンチ。

 このコードネームは、秘密結社Anonymousの幹部であるですとろいが付けたものである。

 由来といえば、初対面でハイドの顔に一撃を加えたのをですとろいが目撃したからだ。


 いつの間にか定着してしまったコードネーム。顔パンと略して呼ばれることも多々ある。

 本来、意にそぐわないであろうそのコードネームを、彼が受け入れているのは自信の裏付けでもあった。

 そして、彼自身感性にズレがあるというのも大きい。


『今です』


 現在戦線の指揮を務める死音から、彼に合図が送られる。

 体勢を低くして、合図を待っていた顔面パンチは能力を解放した。


 "一天剛撃(ワンタイムインパクト)"


 低い姿勢から目にも止まらぬ、まさに音速以上の速度で突き出されたその拳から、一瞬空間が歪んだように虚空が"ズレ"る。

 そして、遅れてやってきた衝撃波が目の前の民家を消し飛ばした。

 いや、目の前の民家だけではない。その向こうの筋からも遥かに超えて、住宅街が吹き飛んでいく。

 上空から見れば、積もった埃に強く息を吹きかけたようだった。

 

「ハァ……、ハァ……」


 スタミナを消費して、彼の息が軽く切れる。


 彼のこの能力は少々特殊だった。強化系と操作系のどちらにも当てはまらないが、どちらかといえば強化系に近しい。

 強化系は身にあらゆる生き物の能力を宿すことができる能力だ。しかし、ただ体表を硬化させたりする能力も強化系に属したりするので、身体になんらかの力を付与する形の能力は強化系という認識が広まっている。しかし、厳密には違う場合もある。

 そうして勘違いされやすいのが顔面パンチの持つ"一天剛撃(ワンタイムインパクト)"である。


 能力名から想像できる通り、彼のそれは単発式の能力だ。

 

 一日に撃てる数は決まっている。

 発現時から絶対的な威力を持つこの"一天剛撃"は、当時7歳だった顔面パンチの人生を狂わすのには十分な、行き過ぎた能力だった。


 "一天剛撃(ワンタイムインパクト)"には、顔面パンチが生み出し、磨いてきた様々な応用法があったが、この時、彼は純粋にその威力を遺憾なく発揮していた。


 土煙が上がり、瓦礫の山となった一帯を彼は見渡す。

 あまり調整できないこの能力を、何も気にせず放ったのは久々だった。

 いくらかの爽快感と、少しの苛立ちにも似た感情が、彼の中に渦巻く。

 顔面パンチは土煙の先を睨む。


「いやー、いきなり二人も殺られるとは思わなかったなあ! 俺が庇わないと逆瀬川の旦那も死んでたっしょこれ」


 晴れた土煙から現れたのは、白いコートに金髪逆毛の男と、レザージャケットにオールバックの男だった。

 金髪の男の片手にある極彩色の仮面を見て、こちらの男はNursery Rhymesの人間だな、と顔面パンチは思った。

 オールバックに、鷹のような目をした男は顔面パンチにも見覚えがあった。

 現"協会"の会長。逆瀬川。


 これは当たりを引いたな。


 それが顔面パンチの感想だった。


「逆瀬川の旦那、先進みな。あいつは俺がやる」


「ああ、そうさせてもらうぜ。そいつとは相性が悪そうだ。俺はJ地区に向かう。どうしてか誰も向かってないみたいだからな」


 逆瀬川は踵を返し、その背中に翼を生やし、瓦礫の中を逆方向に飛翔した。

 顔面パンチはそれを見て一歩前に踏み出したが、耳元に死音の制止の声が響いてその場に留まった。

 同時に金髪の男も顔面パンチに向けて一歩踏み出し、牽制していた。


「俺の名前はセツナ。頼むぜぇ、顔面パンチさんよ。俺の血を滾らせてくれ」




―顔面パンチVSセツナ―



ーーー



 J地区、ポイント32にある町外れのカフェ。

 カフェの外にテーブルと椅子を出して、百零は呑気に珈琲を啜っていた。

 当初こそ彼も慌てたが、こうして戦いが始まってみると彼は平静に戻っていた。


 彼は責任という言葉が大嫌いだ。実のところ、指揮を死音に移せて彼は安心していたのだ。

 思考と責任の足かせを外した状態こそが、百零は最高のポテンシャルを発揮できると思っている。

 そういう意味で、彼はベストポジションに落ちついた。好き勝手するために幹部という地位は便利だが、ただ言われたことだけをやればいい下の地位も、時には捨てたもんじゃない。


「ここのコーヒーを飲むのもこれが最後かもしれないなあ、マスター」


「拠点を移せばまた飲めるさ」


 寡黙なマスターも百零の会話に付き合う。


『百零さん、空から敵が来ます。カフェの入り口に立って正面10時の方向です』


 死音の言葉で、百零は椅子から立ち上がった。


「お客だ。マスターは下がってな」


 言って、彼は背中の太刀を引き抜いていく。

 空から飛翔してくる何者かを見据える。

 徐々に大きくなっていくその姿は、百零にとって見覚えのあるものだった。


「おーいおい、ありゃあ…………逆瀬川じゃねーかよ」


 かつて共に"協会"を立ち上げた仲間。


 ハズレ引いたなあ。

 それが百零の感想だった。



―百零VS逆瀬川―


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