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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
七章
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不穏な子守唄

 アジトに帰った俺は最初にロールの部屋に向かったのだが、彼女は部屋にいなかった。だから部屋に置いてあった俺の端末だけ回収して、俺は救護室に来ていた。

 そして千薬さんに傷を治療してもらっている。


「なんか、今日は人少ないですね」


 いつもは怪我人が溢れている救護室だが、今日はほとんど人がいなかった。

 なので、俺は千薬さんにつきっきりで治療をしてもらっている。この程度の傷なら、千薬さんは簡単に治すことができるのだ。ただ、忙しくて一人に多くの時間が割けない場合がほとんどなので治療に時間がかかることも多い。

 この前見せてくれたように、自分の怪我とかはさらに早く治せるらしい。

 あの血の能力と合わせた応用技だったりするのだろうか。


「一週間前から急に忙しくなってな。アジトの構成員はほとんど出払っている」


 千薬さんは俺の肩から胸にかけて包帯を巻きながら言った。


「ロールもですか?」


「確かそうだ。執行が直々に任務に行こうとしていたくらいだから相当だぞ。短期間にこれほど忙しくなるのは創設以来初めてじゃないだろうか」


「へぇ」

 

 じゃあ俺もこうしてはいられないな。執行さんの所に行って仕事を貰うべきか。

 でもほとんど出払ってるなら、まともな人と組めないかもしれない。流石にソロで任務には行く気にならないし。

 ここはロールの帰りを待つのもありかもしれないな。


 ……ロールには言わないといけないことがある。学校をやめるということ。

 自衛軍に潜入するという長期任務も……ボスに言って取り消してもらわなければならない。


「そういえばセンってどうなったんですか? Nursery Rhymesの」


 ふと気になったことを聞いてみた。

 千薬さんが連れ帰って、その後彼女はどうなったんだろうか。


「ああ、センか。あいつはAnonymousの一員になった。端末のコードネーム一覧にも追加されているぞ」


 俺はポケットから端末を取り出し、コードネーム一覧を開いてみる。すると、そこにはセンの名が確かにあった。他にも何人かのコードネームが追加されている。

 連絡先一覧の方にはセンの名前はなかったので、おそらく端末を与えられていないのだろう。


「どういうことですか?」


 てっきりセンは千薬さんの玩具にでもなったのかなと。

 あの戦いっぷりを見て以来、俺は千薬さんに対してそんなイメージを持っている。


「それがな。セン、来い」


 そう言って千薬さんは手をパンと叩いた。

 すると、すぐに救護室のドアが開いて赤髪の女が入ってくる。その女はセンだった。

 白いカッターシャツの上に、ピンクのカーディガン。そして膝までの白いスカートを履いて、彼女は看護師のような格好をしていた。


「呼びましたか? 千薬」


 透き通った声。開いたドアの前に立って、センはこちらを見ている。

 彼女は豹変していた。

 好戦的な目つきと狂気の笑みが印象的だったが、今の彼女の表情にそれは見られない。

 どこかおどおどした雰囲気に変わっており、なぜか幼くすら見えた。


「どんな拷問したんですか?」


 俺は一応彼女に警戒しつつ、千薬さんに尋ねる。

 性格が完全に変わる程の拷問を行ったのだろうか。

 不死鳥の能力を持つ彼女だ。生半可な拷問では音を上げないと予想される。

 千薬さん。何をしたんだよ。


「私も本来なら彼女の体を使って色々研究してみたい所だったんだが……」


「……?」


「センは目覚めると記憶を失っていた。今の彼女には最低限生活出来る程度の知識しかない。流石の私も研究材料にするには気が引けるというものだよ」


「ああ、なるほど。敵の細工ですかね」


「そうだな。捕まった時のことを考えて、元々何らかの細工が脳に施されていたのだろう。特にセンは自害もできないからな。こうでもしないと情報の漏洩を防げない」


「それで、Anonymousで保護することにしたんですね」


「ああ。元々強力な能力者だ。捨て置くには惜しい。拾った責任で私が世話をするハメになっているがな」


 記憶を失っているならそれはそれで使いようという訳だな。

 でももし記憶が戻ったら?

 そう考えると俺は処分しておくべきだと思う。いや、不死身だから処分できないのか。

 まあ、千薬さんがちゃんと監視しているなら大丈夫……と信じたい。


 俺はセンに視線を向けた。すると彼女は困ったように微笑んで、首を傾げた。

 全裸で笑いながら戦っていた彼女を思い出しつつ、俺は千薬さんとの会話を続ける。


「必然的に千薬さんの助手になったわけですか」


「ああ」


 ひとしきり治療が終わって、千薬さんは俺の背中をポンと叩いた。

 俺はそれを合図に立ち上がり、上着を羽織る。

 傷は完治とまでは言わないが、"治癒加速(アクセル・ヒール)"によって痛みは引いていた。

 ここまで治ればもう十分だ。傷を気にせず動くことができる。

 元々切り傷だけだったので、千薬さんも治しやすかったことだろう。


「でも、そのセンなんですけど。記憶を失っているフリをしてるってことはないですか?」


「それはないな」


「なぜ?」


「記憶障害による決定的な症状がいくつか見られるからだよ」


「なるほど」


 千薬さんは医者だ。その辺りは彼女が真っ先に疑うべきことであって、とっくに確認済みということか。


「治療ありがとうございました」


 言って、俺は救護室を出た。




 救護室を後にした俺は、観測塔兼モニタルームへと向かっていた。

 アジトの中心部分にあたるその部屋は執行さんが管理する組織の中枢だ。

 ここに動員されている構成員はアジト内人口のおよそ3割。ほとんどが非戦闘員である。


 モニタルームに着くと、ここもいつもより人が少ないことが分かった。

 薄暗い部屋を(せわ)しく人員が書類を抱えて右往左往する。

 数十のモニターが、部屋の前方によく分からない画面を表示している。部屋は映画館のように奥の方が低くなっていて、段差をつけることでどの位置からも前方のモニターが見えるようになっている。


 俺は忙しそうに複数のキーボードを操作する執行さんの背後に立った。

 後ろに立っても俺に気づかず作業を続ける執行さんを見て、俺は声をかけるのをやめることにした。


 適当に開いてるパソコンを見つけ、俺はそれの前に座って任務履歴の画面を開く。

 ここで誰が待機状態なのか確認することができるのだ。

 個人個人の任務履歴を見るには毎日変わるログインパスが必要だが、誰が待機しているか確認するだけならログインは必要ない。


 俺はあいうえお順で表情されるコードネームに上から目を通していく。

 本当にほとんどのメンバーが任務に行っているようで、待機中は6,7人だけだった。

 ボスも詩道さんも溜息さんもいない。

 さらにです子さんや百零さんも任務に行っているということは、相当忙しいということだ。

 そういえばニューロードでです子さんとあった時、複数の任務を抱えているとか言っていたな。

 そんなに忙しかったなら教えてくれればよかったのに。


 これは流石に俺も手伝った方がいいかな。ソロが嫌だとかの文句も言ってられなさそうな状況だ。

 丁度そう思った時、執行さんが俺の存在に気づいて立ち上がった。


「ん? そこにいるのは死音くん……!?」


 手前にあった邪魔な椅子を乱暴に退かして、執行さんはこちらまで歩いてきた。

 執行さんのいつも整ってる髪の毛はボサボサで、目の下にはくまができていた。激務を体現している。


「お久しぶりです」


「もー、帰ってきてたなら教えてよー!」


「さっき帰ったとこですよ。それにしても凄く忙しそうですね」


「いやいや忙しいってもんじゃないでしょ、これは。もはやワークテロを疑うよ。ワークテロを!」


 忙しすぎておかしなテンションになっている執行さんは、語気が偉く強かった。


「そういえば休暇届け、提出されてなかったんですよね?」


「ああ、それは事情を把握してたからいいよ。その代わりロールには普段の二倍くらい働いてもらったけど」


 うわ、申し訳ないなそれは。


「じゃあ、仕事ください」


「いや、任務の方は大体リザルト待ちだから死音くん一人に任せられる仕事はもうないよ。後は支部に投げれば何とかなると思う。私はその整理ですごく忙しいんだけど」


「じゃあ俺って」


「休んじゃっててオッケー」


「なんか複雑な気分ですね」


 みんなが忙しく働いてるというのに俺は。

 まあ休ませてもらえるならそうさせてもらうけど。


「なら、これカフェのマスターに渡してくれない?」


 俺が踵を返して部屋に戻ろうとした時、執行さんはそこらへんにあった分厚い書類を俺に押し付けた。

 まとまっていなかったので、何枚かがひらひらと床に落ちていく。


「分かりました」


 返事して、モニタールームの出口まで向かう。

 するとその時、丁度視線の先にあった扉が勢い良く開かれた。

 そしてそのままモニタールームの中に入ってきたのは、百零さんだった。


「執行!」


 彼の声が部屋に響き渡る。


「あれ、百零もう帰ってきたの」


 執行さんの言葉を遮って、百零さんは目の前のデスクに積まれた書類を盛大に地面に薙ぎ払った。


「え? ちょ、なにしてんの?」


 なにやら百零さんは苛立っているようだった。

 あらゆる書類をぶちかましながら、彼はこちらまで歩いてきた。


「死音か。お前がいるのはせめてもの救いだな」


 そう言って、彼は俺の手からも書類の束を叩き落とした。

 そして百零さんは執行さんと向かい合って言う。


「"観測者(オブザーバー)"に今すぐ接続してくれ」


 "観測者(オブザーバー)"はAnonymousの機密の1つだ。感知能力の頂点と聞いているが、俺も詳しくは知らない。


「知ってるでしょ。"観測者(オブザーバー)"は私の権限でもボスの許可なしじゃ使えない。何があったの? 百零がそこまで取り乱すなんて」


 執行さんは眉を寄せて答える。

 俺もいつもと違う百零さんを怪訝に思っていた。

 何かあったのだろうか。


「許可がなくても繋げるのは知ってる。いいから早く。責任は俺が取るから」


 百零さんは執行さんの両肩をガシっと掴んで言った。そこにいつものおちゃらけた雰囲気はない。

 それに折れて、執行さんは目の前のパソコンと向かい合った。百零さんの至って真面目な表情に、執行さんも事の尋常ならざるを感じ取ったのだろう。


「で、どうして"観測者"を?」


「どれくらい時間があるか知りたい」


「どういうこと?」


 モニタールームの前方ディスプレイの画面が全て切り替わって、何やら脳のような3Dグラフィックがしばらく表示される。その"脳"が数回転した後、画面がまた切り替わった。

 表示されたのは無数の赤い文字列だ。


「追って話す。エリアSN-315から320までの表示を頼む」


「いやちょっと。そこは確か自衛軍基地付近でしょ? そんなとこに侵入したら逆感知される可能性がある」


「いや、あそこの街道レーダーと通信アンテナの破壊任務はすでに完遂されてる。今あそこの機能は半分以下だ。逆感知に人員は割けない」


「んん? その報告受けてないんだけど。というかその任務、です子が持っていったやつだよね?」


 執行さんが俺の方を見て言う。

 俺はその説明をした。


「あ、ニューロードでです子さんに会った時、その任務なすりつけられました。そういえばリザルト出すの忘れてましたね。すいません。でもそれ、昨日のことですよ?」


 そもそも組織用の端末も持ってなかったからリザルトなんて出しようがなかったんだけど。


「うそん。なら侵入も可能かも」


 執行さんがカタカタとキーボードを素早くタッチすると、画面の文字列が切り替わって、違う文字が表示された。

 ひたすら数字の並ぶ羅列で、俺には何がなんだか分からないが、執行さんはそれを凝視している。


「なんか結構な数の人間がスレイシイド方面に移動してるみたいだけど、これって大規模な移住……じゃないなぁ。かなりスピード出してるし」


「そいつらは大体どれくらいでこの街に着きそうだ?」


「およそ1時間くらいかな」


「クソ、早いな」


「ねぇ百零、これってどういうこと? 何が来てるの?」


「Nursery Rhymesだ。執行、至急戦闘員を帰還させてくれ」


「は? いやいや……え?」


 執行さんのそんな反応も仕方がなかった。

 俺も表情にこそでなかったが、内心では百零さんの言葉に驚愕していた。


「戦闘員の帰還って……奴らが攻めて来るわけじゃないでしょ?」


「攻めてくるんだよ。奴らはあの基地の街道レーダーと通信を俺達が破壊するのを把握していた」


 嘘だろ?

 よりにもよってほとんどアジトに人がいないこのタイミングでNursery Rhymesの襲撃?


「いやいや、それでもおかしくない? 敵はアジトの場所も知らないはずだよ。例え情報が漏れていたと仮定しても、ニューロードとスレイシイド間の最短ルートを確保する必要はない。それならスレイシイドに拠点を立てて奇襲かける方が効率的だもん」


「やってくるのはNursery Rhymesだけじゃない。奴らは"協会"そのものを雇って戦力を上げてる。つまり、あれは"協会"の人間がこっちに来るためのルートだ」


「……うそ。それってかなりやばいじゃん」


 そう言った執行さんは手に持っていたマグカップをデスクの上に乱暴に置き、再びパソコンと向かい合う。そして素早くキーボードに何かを打ち込み始めた。


 "協会"がNursery Rhymesに雇われたって、一体どういうことだ。

 それに、そんなことなんで百零さんが知ってる。


「それってどこからの情報ですか、百零さん」


 立ち尽くしていた俺は思わず口を挟んだ。その質問には執行さんが答えた。


「今はAnonymousに属してるけど、百零は"協会"創設者の一人だよ。だから"協会"関連の情報は一番百零が早い」


「なるほど」


 サラっとすごい過去を持ってるな。百零さんも。

 でも昨日一昨日まで"協会"にいた俺にその情報が来てないのはおかしくないか?

 古株や中堅以上のスコアラーにしか話がいかなかったのだろうか。確かに、あんな強引に会員になった俺と宵闇さんは信用できなかったかもしれない。


「執行、一時間以内にどれくらい帰還させられる?」


 モニターの画面がまた別の文字列に変わったのを見て、百零さんはそう尋ねた。


「今回は遠出が多くて、主力はほとんど連絡さえできない位置にいる。ボスの帰還はまず無理だね、これ」


「マジかよ。ハイドは詩道と行動してるんじゃないのか?」


「いや、忙しすぎて二人共別の任務行ってる。詩道さんの帰還も多分期待できない。高確率で連絡つかないだろうから」


「詩道がいないのはかなり痛いな……」


「とりあえず連絡のつく近い所から帰還命令だしていく。時間はかかると思うけど。

 というか、この事態って絶対内部に裏切り者出たってことだよね」


 裏切り者。

 その言葉を聞いて真っ先に浮かんだのはです子さんだった。

 俺にあの任務を持ちかけたのはです子さんなのだ。です子さんはニューロードで任務をしていたし、彼女ならこのタイミングで"協会"を動かすこともできる。

 だから、俺は思わず彼女の名前を呟いた。


「です子さん」


 百零さんの瞳が俺に向けられる。


「あいつじゃない」


 はっきりと断言されて、俺は言葉に詰まる。

 執行さんも百零さんに同調した。


「です子は裏切らないと思うなぁ。この状況、私はです子が利用されたと踏む。とりあえず彼女にも連絡してみるよ」


 この二人がそこまで言うなら、です子さんという線は薄いのだろう。

 まあ、裏切り者が誰かは後でいい。

 今はこの状況をどうするかだ。


 しばらく、百零さんは考え込むように黙っていた。

 執行さんはカタカタとキーボードを叩く。パソコンとモニターを通じてモニタールームの人間にも状況が伝わったらしく、彼らは騒ぎながらも作業を一変させた。


「とにかく執行、今アジトにいる連中を全員第二会議室に集めてくれ」


「……分かった」


「一時間……いや、二時間で出来るだけ戦える奴を帰還させてくれ。残ってるメンバーでなんとか時間を稼ぐ」


 

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