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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
六章
78/156

眼前の闇

 どいつもこいつもナイフが好きだな。

 そんなことを考えながら、俺は何もない空間から唐突に投擲されたナイフをナイフで弾いた。 

 切れた頬からは血が流れ、着ている宵闇さんのジャケットはズタズタになってしまっている。


 棺屋と俺の模擬戦は、能力を使わないというルールを用いて行われる……はずだったのだが、開始5秒でそのルールは破られていた。

 それは宵闇さんが決めたルールだったが、俺と棺屋の暗黙の了解がルールを上書きした。

 宵闇さん自体もこうなることは分かっていたのかもしれないが、それとなくやりすぎるなよということを示唆したのだと俺は考えている。

 それとも「存分にやれ」という意味だったのだろうか。

 どちらにせよ、普通の殺し合いにまで波及したこの模擬戦が止められていないということは、そういうことなのだ。


 俺はちらと腕時計で時間を確認した。この模擬戦が始まってからそろそろ一時間が経ちそうである。


「ハア……、ハア……」


 戦闘は中心街から離れて、壁の外の人気のない旧市街地で行われている。

 ここはかつて大規模なマフィア間の抗争によって使い物にならなくなった土地だ。今ではゲートの外に切り離されて、自衛軍の管轄ですらなくなっている。魔獣なんかもたまに現れるらしい。


 つまり、遠慮なく音撃をぶちかませる場所だ。

 しかしこれまでに放った合計5回の音撃に、手応えはなかった。

 

 俺は奴の能力を推測する。暗殺に特化した能力……という割には音撃の射程外へと一瞬で移動する機動力。そして姿が見えなかったり見えたり。

 だが、一定以上近づいてこないということは、音撃を警戒しているに他ならない。近づきすぎるということがないのは、回避しきれない範囲を見極めているということ。

 そして何より厄介なのは、奴の音がちょくちょく途切れたりすることだ。戦闘中、しばらく音が聞こえないなんてことが起こりうる。


 これらから察するに、棺屋の能力はおそらくロールの『捨て猫(ストレイキャット)』のような、身体能力の強化に加えてなにかしらの能力が備わった強化系だと予想する。それか能力重複者か。


 最初で音撃の火力を見せたのは失敗だったな。

 でも、なぜか棺屋は俺の能力を知っているような節がある。

 宵闇さんが俺を死音と呼んだから、それでバレたのだろうか。それだけでバレたのなら、俺の名前も結構売れたもんだ。

 まあでも、発現であれだけの災害を起こした俺がそのままAnonymousに入ったんだからそれも必然か。


 なんとか息を整えて、俺は一度周囲を見渡した。

 感じる視線。未だに一度も奴を振り切れていないというのは問題だ。

 戦闘開始の時に、すでにお互いが視界内にいたことも俺に不利に働く条件である。


 本来、俺の能力はこういった正々堂々のタイマンには向かない。

 だから一時間も後退し続けて、一度でも振り切れていないという現状は勝機がないも当然だ。

 フィールドは悪くないんだけどな。


 と、思っていると後方100mくらいの地点に奴の音が出現した。

 立ち並ぶ廃ビルが囲む一本道。範囲を絞れば音撃が届くには届く距離だが、威力に期待はできない。おそらく無駄だろう。

 振り返ると、そこにはやはり棺屋が立っていた。


「疲れた。やめだやめ。いくら俺でもそうもバリバリに張られちゃ面倒だ。能力の相性がお互いに悪いしな」


 100m先で特に声も張らず言う。俺に聞こえるのが分かっているのだろう。

 完全に警戒を解いてこっちへ歩いてくる棺屋に対して、俺は体をそちらに向ける。

 警戒は解けない。不意打ちを狙っているかもしれないからだ。

 宵闇さんに判断を仰ぐべく、俺はポケットのケータイに手を伸ばした。

 そんな時、廃ビルの後ろにかかっていた雲から、太陽が顔をのぞかせた。その眩さに、俺は一瞬だけ目を瞑る。


「……!」


 次の瞬間、棺屋は俺の背後にいた。

 ピタリ、とナイフが首筋に当てられている。しかし殺気がなかったので、俺は音撃を撃つのをすぐに諦めていた。

 両手を上げて降参する。どうやって移動したのかは分からないが、転移能力(テレポート)のようだった。

 そんなことできるなら最初からやれよ、と思ったが、できない理由があったんだろうか、と今更遅い考察をする。


「お前、こっちの世界に足を踏み入れたのはいつだ?」


 棺屋は落ち着いた表情で言ったが、少しだけ心拍数が上がってるのを見るに、今の移動はそこそこ無理のあるものだったのだろう。

 条件があったのだろうか。クソ、油断した。

 切り札の一つや二つ、隠してそうな男だったのに。


「……能力が発現したのが半年ちょっと前です」


「それからAnonymousに入ったのか?」


「そうですけど」


 答えていいのか迷ったが、俺は言った。

 もうすぐ冬休みが終わって学校が始まるが、何もかもどうでもよくなってる自分がいる。


「お前は然るべき世界に来ちまったって感じだな。宵闇が目をかけるのも納得だぜ」


 棺屋はナイフを懐にしまって言った。

 俺はどうもこの人が好きになれなさそうだ。特に理由というのもないが、強いて言うなら初めてあった時に攻撃されたってのが大きいかもしれない。


「どういうことですか?」


「全盛期こそ過ぎたが、俺はこの領域に辿り着くのに30年かかった。まあ、そういうことだよ」


「なるほど。でも今みたいに、本気を出したら俺なんて相手にもならないんでしょ?」


 謙遜したが、内心俺は棺屋にも負けていないと思っている。


「本気を出さないといけないってのが問題なんだよ」


 やれやれといった様子笑いながら棺屋は俺の先を歩いた。街に戻るのだろうか。

 ふと、俺の端末が振動する。

 宵闇さんからの着信だった。


「はい」


『終わったみたいだな。棺屋に変わってくれ』


 言われて俺は棺屋に端末を手渡した。


「宵闇か、終わったぞ」


 棺屋は言う。端末から宵闇さんの声が聞き取れる。


『相変わらずひねくれてるな。あれだと死音の訓練にならない』


 宵闇さん見てたのか。

 この晴天でも宵闇さんの"暗視"は使えるらしい。


「目的に沿った戦いをするのも癪だったしな」


『予定が狂う』


「俺をあてがったのはミスだったな。だけど楽しかったぜ? それなりに」


『そうか。……まあいい、一応礼を言おう。死音に変わってくれ』


「あいよ」


 棺屋に端末を投げ渡されてムッとしたが、俺はそれを耳に当てた。

 耳に当てる必要はないが、違和感があるので電話するときはこうしている。


『疲れたか?』


「いえ、それほどではないです」


 視線の先でどんどん遠ざかっていく棺屋。

 俺の視線に気づいたのか、彼は一度振り返ってにやりと笑ってみせた。そして、角を曲がって姿を消した。


『そうか。ならです子に変わるぞ』


「え?」


 です子さん?

 いきなり出てきたその言葉に俺は戸惑いを隠せなかった。

 すぐに端末からあの無邪気というか、元気な声が聞こえてきた。


『やっほー、死音くん。調子はどう?』


「どうしてそこにいるんですか、です子さん……」


『どうしてって、仕事だよ仕事』


 です子さんが仕事……?


「珍しいこともあるもんですね」


『失礼な! この前私と仕事でこの街に来たことあるでしょ!』


「仕事なのはわかりましたけど、どうして宵闇さんの所にいるんですか? まさかまた宵闇さんを連れ戻す任務ですか?」


『いやいや違うよ。また別の仕事なんだけど、丁度死音くんがいることだし、シェイドしようかなって。というかなすりつけようかなって! いやー、複数かかえてるんだよね、任務』


「ええ……」


 今俺が修行中なのはです子さんも知ってるはずだろう。

 また迷惑な人だ。


『とにかく早く帰って来てよ、宵闇の部屋に。じゃね!』


 言うだけ言って、彼女は電話を切った。



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― 新着の感想 ―
[一言] ずっと僕が思ってたことを言ったな ナイフしか出てこないw
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