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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
六章
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瞬く闇

「治療はこれが最後だからね。キミと関わってることがバレたらやばいんだから」


「ああ、すまない」


「というかこの子は何者なの?」


「Anonymousの構成員だ」


「支部? 本部?」


「本部だな」


「はぁ、もう最悪。キミAnonymous抜けたんじゃないの?

 てゆーか私の立場分かってる? 一応自衛軍お抱えの医者なの。これがバレたらクビじゃすまないって」


「お前はそうやっていつも危ない橋を渡っている」


「……もういい。お金はいつもの方法で」


「ああ。あと、棺屋に俺が呼んでると伝えてくれ」


「別料金ね」


 そんな会話で俺は目を覚ました。光が眩しい。ぼやける視界の隅で白衣の女性が部屋から出ていくのが見えた。

 そして俺は病服でベッドに横たわっていた。左腕には点滴の針が刺さっている。


「彼女は?」


「……医者兼、情報屋だ」


 傍らに立っていた宵闇さんに聞くと、彼はそう答えた。

 俺は辺りを見渡す。どうやらここは病院のようだが、宵闇さんが運んでくれたのだろうか。


「あれからどれくらい経ちました?」


「半日だ」


「そうですか」


 俺はむくっと起き上がり、邪魔な点滴の針を引っぺがす。

 体の節々が痛むが、数日何も食べてないにしてはそれほどでもない。

 おそらく、栄養補給の輸液かなんかを注入されたんだろう。体は動く。


「俺、どうですか? 見込みありそうですかね」


 一番気になっていたことを、俺は体の調子を確かめながら聞いた。


「ああ、悪くない。修行を続けよう」


「……またあの部屋ですか?」


「いや、あれはもういい」


 それを聞いて安心する。


「じゃあ次の……」


 言いながら俺はベッドの下にあった靴を履き、ベッドを降りた。立ち上がった瞬間目眩がして、少し硬直する。


「そう焦るな」


「俺の服は……」


 眉間を抑えながら辺りを見渡して服を探す。


「服なら捨てた」


 捨てた? あれはロールに選んでもらったやつだったのだが。まあ……、また選んでもらえばいいか。


「代わりに俺の服を持ってきてある。サイズは少し大きいが」


 宵闇さんはベッドの上にカバンを放った。

 中を開けてみると、ジーンズとシャツと黒いパーカーが入っていた。


「着替えろ。まずは飯だ」



ーーー



 この胸がスッとしたような感覚はなんだろうか。

 部屋から出たら宵闇さんのことは絶対に殺してやろうと思っていたはずなのだが、今は感謝の気持ちすらある。

 喉に詰まっていた泥が取れた気分だ。


 向かいに座る宵闇さんと俺は、町の高級レストランで品のない食事をしていた。

 ライスの空き皿が積もり、運ばれてくる料理を次々と平らげていく。

 俺は萎縮してしまった胃に無理やり肉を詰め込んでいく。向かいの宵闇さんも、久しぶりに飯にありつけたというような食いっぷりだ。


「結局、俺ってどれくらいあそこに閉じ込められてたんですか?」


 食事も一段落ついたところで、俺は聞いてみた。

 宵闇さんはジーンズに長袖のシャツという格好をしていて、先程まで着ていたジャンパーはハンガーにかけられている。


「一週間弱だな」


 そんなもんか。もっと閉じ込められていた気もするのは、あの空間だったからだろう。


「これからはどうするんですか?」


 まさかこれで終わりってことはないだろう。またキツイ修行が待っているはずだ。

 そう考えるとげんなりだが、なんでも来いという気持ちも俺にはあった。


 そうだな、と宵闇さんは唸る。

 その間にウェイターが机の上の空き皿を片付けていった。


「実戦経験を積んでもらう」


「実戦……ですか」


 どんな拷問まがいな修行をさせられるのかと構えていたが、思っていたのと違った。

 実戦ときたか。


「溜息からお前のデータが送られてきたが、あまりにも場数が少ない。基礎能力は多少心許ないとはいえすでに十分だ」


 実戦経験の少なさは自覚している。

 ロールとは難易度の低い任務ばかり行っていた。それは俺がリスクを嫌ったからである。だから、戦闘になるような任務の経験はかなり少なくて、対人経験に関してはほとんど皆無だ。

 模擬戦とかなら訓練でしっかりやっていたけど。


「でも実戦って言っても、手軽に殺し合えるなんて相手いませんよ」


「殺し屋が徒党を組んだ組織がこの街にはある」


 前にも聞いたことがあるな、それ。


「そこなら相手は簡単に見つかるだろう。お前には、そこでしばらく殺し屋をやってもらう」


「分かりました」


 躊躇いなく答えた俺に、宵闇さんは少しだけ眉をひそめた。

 俺自身、即答できたことに驚く。


「最初のうちは俺も付いてやるが、最終的には一人でやることになる」


「分かりました」



 宵闇さんが会計を済ませて、俺達はアパートに戻った。

 俺の体力のこともあって、今日明日は休息することになった。

 


ーーー



 棺屋万里(ひつぎやばんり)。裏の世界では名のしれた殺し屋で、俺も何度か名前を聞いたことがある。

 彼はとにかく暗殺に特化した能力を持つらしく、金さえ渡せば赤子から老婆まで、誰でも殺すらしい。


 そんな彼が、宵闇さんのアパートを訪ねてきた。丁度休息の日を終えた次の朝のことだった。


「久しぶりじゃん宵闇。また老けたなー。わざわざ呼び出してどうしたよ」


 棺屋は俺と同じくらいの身長に、灰色がかった髪。耳には目立つ銀のピアスが嵌められていて、ゴワゴワした紺のジャケットを着ていた。年齢は30後半くらいだろうか。

 良い歳したおっさんが随分とチャラついた格好をしている。

 俺とは一瞬だけ目があったが、彼は宵闇さんの元まで歩んでいった。


「"協会"で仕事がしたい」


 宵闇さんはベッドに腰掛けたまま言った。棺屋はそんな彼の前に立つ。

 おもむろに懐からナイフを出し、それを手で弄んでいる。

 俺は警戒したが、宵闇さんはまるで意に介していない様子だ。


「んー、宵闇がか?」


「いや」


 部屋の片隅の椅子に座る俺に、宵闇さんは視線を投げた。


「あのガキね。まさか育ててんのか?」


「そんなところだ」


「へぇ、面白そうだな。いいぜ、手配してやるよ。一つ貸しだぞ」


「貸しはあいつが返す」


 宵闇さんは俺を指差して言った。棺屋は肩を竦めると、ポケットから長財布を取り出して、その中からさらに一枚のカードを引き抜いた。


「"協会"のメンバーズカードだ。俺は加入しているだけで、あそこでは仕事をしたことないんだけど、多少顔は利く。話もつけといてやる」


「頼む」


「つーか宵闇ならこんなのなくても"協会"に入るくらい容易いんじゃねーの」


「隠居した身で名を振りかざすとロクなことがない」


「あー、でも確かに今のその顔じゃあ宵闇だって見分けつく奴もそういないだろうな。変に目立つと追手がうざいし。

 そんなこと気にするなんて、暗死の宵闇様も落ちたもんだぜ。まあいいけど。んじゃ、俺これから仕事だから」


「分かった」


「"協会"の場所は分かるよな?」


「ああ」


「OK」


 棺屋は踵を返し、部屋の出口へ向かう。

 しかし、棺屋は何を思ったのかいきなり俺にナイフを投擲してきた。

 俺は身を捻ってそれを避け、瞬時に壁に突き刺さったナイフを引き抜く。そしてそれを棺屋に向けて投擲しようとしたところで動きを止めた。

 宵闇さんの視線による制止に気づいたからだ。


「へぇ」


 棺屋は楽しそうに笑うと、部屋を出ていった。俺はそれを見送ってからナイフを地面に落とし、宵闇さんが上着を羽織ったのを尻目に見る。


「"協会"って所に行くんですか?」


「ああ、ついてこい」



ーーー



 殺し屋達が集い、組織としての力を持ってしまった殺人集団。通称、"協会"。

 最初は請け負った仕事(ころし)の協力などが目的だったのだが、そうして人が集まって行くうちにいつしか組織化してしまったらしい。


 "協会"はニューロード中心街のセントラルビルの12階から14階をオフィスにしているらしく、ビル自体も"協会"が経営していると宵闇さんは言う。

 "協会"はAnonymousとは違い、会員になれば組織が請け負った仕事を下請けすることができるというシステムだ。

 Anonymousは雇用という形なので、一応ノルマがあったりする。


 そして現在、俺と宵闇さんはそのビルのエレベーターに乗っている。 

 宵闇さんは自然体だが、俺はフードを被って顔を隠している。口元もマフラーで隠しているので、どこか落ち着かない気分だ。


 チーンという音がなって、エレベーターは12階に止まった。


「着いたぞ」


 エレベーターのドアが開いて視界に入ったのは、綺麗な受付カウンターだった。

 通路の先に扉があり、その手前に受け付けがあり、カウンターに座る二人の受付嬢が微笑んでいる。

 右を向くと、中心街の景色が広がっており、数人がソファに腰掛けてコーヒーを飲んだりタバコを吸ったりしている。


「普通、ですね」


 カウンターまで進んでいく宵闇さんの後を追いながら俺は言った。宵闇さんは答えない。


 カウンターの前までつくと、受付嬢は席を立って一礼した。対応する受付嬢は左の人だ。


「ご来社ありがとうございます。本日はどのようなご用件でしょうか」


「会員登録をしたい」


「大変申し訳ございません。我が社では受付での会員登録は行っておりません。会員登録をされるのでしたら……」


 宵闇さんは受付嬢の言葉を遮りつつ、ポケットからメンバーズカードを取り出した。


「話は通ってるはずだ。確認してくれ」


「失礼しました。確認させていただきますので少々お待ちください」


 受付嬢は宵闇さんからメンバーズカードを受け取ると、それを見ながら側にある電話をとって二言三言話した。

「はい、分かりました」そう言って受話器を置くと、彼女は再び俺達に向き直る。


「会員証をお返しいたします。確認いたしました所、棺屋様の紹介ということでよろしいでしょうか?」


「ああ」


「かしこまりました。では、案内させていただきます」


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