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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
六章
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消えない闇

 飯を食わせて貰い、水も飲ませてもらった。その後すぐに俺は眠ってしまったので俺はこの街に来てから4度目の夜を迎えていた。


「帰らなかったな」


 宵闇さんは椅子に腰掛けて言った。

 この部屋に電気はない。あるのはろうそくの火だけ。


「……はい」


 長い沈黙だった。ろうそくの火はときおり大きく揺れる。

 明かりはお互いの顔をかろうじて照らす程度だ。


「人はなぜ生きるのか」


 ポツリと呟いた宵闇さんを俺は見やる。


「…………」


「これほど結論を出すのが難しい疑問はない。永遠の命題だ」


 そうだろうか?

 難しくはない。少なくとも俺は宵闇さんに聞かれれば即答できる。

 死にたくないから、生きるんだ。


「お前を、鍛えてやる」


 そう言われて俺はしっかりと宵闇さんを見た。


「……いいんですか?」


 すぐには答えられなかったが、俺は言った。昨日のあの言葉は俺の心に突き刺さったままだ。


「部屋の前で死なれても困るからな」


 死ぬ気はなかった。宵闇さんも分かっていただろうけど、あの言葉を受けてなお帰らなかった俺に彼の方が折れてくれたのだ。


 ……いや訂正しよう。帰らなかったというのは語弊がある。

 厳密には、俺は帰れなかったのだ。

 宵闇さんの指摘を受けて、核心を突かれて、俺は一時的に気力を失った。ただそれだけだったのだが、宵闇さんは勘違いをしてくれたらしい。勘違いをして、折れてくれたらしい。

 勘違いではなく、俺の心情が分かったうえで受け入れることにしたのかもしれないが。


 なんにせよ、先に折れたのは俺だったので、素直に喜べていない。

 だけど、それとは関係なしに俺は宵闇さんの修行を受けてみたいと思っている。

 過程がどうであれ、こうして宵闇さんに修行をつけてもらえることになったんだから結果オーライだ。


「ただし、俺が5日で見込みが無いと判断したら、その時は帰ってもらう。いいな」


 宵闇さんは言った。

 5日で俺は見込みがあるということを認めさせないといけないらしい。 


「分かりました」


 俺が返事をすると、宵闇さんは立ち上がった。俺は彼を見上げる。


「じゃあ、ついてこい」


 俺も立ち上がる。

 今から始めるらしい。正直、鍛える気分じゃなくなっているといえばそうだ。

 俺は宵闇さんと話がしたい。色々話を聞いて、考えたいことがある。

 でも俺は黙って宵闇さんの後について行った。


 部屋を出ると、宵闇さんはすぐ隣にある部屋のドアを開けた。

 俺は後ろから中をのぞき込んだが、真っ暗で何も見えなかった。


 人の気配はない。当然だ。宵闇さん以外このアパートに住んでいないのだから。


「死音」


 宵闇さんは俺の方へ向き直って言った。


「はい」


「ゆっくり考えてみろ。お前の弱さを。お前の敵を」


 それだけ言うと、宵闇さんは俺の胸ぐらを掴み、部屋の中に俺を投げ込んだ。

 俺は玄関に尻もちをつく。ドアの向こうの宵闇さんは俺を見下ろしていた。


「鍛えるのは心だ」


 バタンとドアは閉められ、俺は暗黒に閉ざされた。


 宵闇さんがしたいことがよく分からなくて、俺は一度立ち上がり、ドアノブを……。


 ドアノブはなかった。


 手を伸ばし、正面をまさぐる。だが、扉にさえ触れられない。

 振り返ると部屋の中に窓があった。

 そこから漏れる微かな光。しかし、その光もやがて"黒"に飲み込まれ、完全なる闇に俺は包まれた。


 どういうことだ?

 再び俺は手を伸ばしてみる。ドアノブには触れられない。一歩前に踏み出してみたが、なぜか進めない。

 押し戻されるような感覚。


 なんだこれは……。

 気づけばドアの向こうの音も聞こえなくなっている。

 いや、音は部屋の中にもない。


「あ」


 自分の声は聞こえる。

 なんだこれは。一体何が起きてる?

 閉じ込められた……のか?



 一度深呼吸する。

 ドアノブに触れられないのは宵闇さんの能力が影響しているのだろう。

 宵闇さんが俺をこの部屋に閉じ込めた。

 そう考えていいだろうか。

 でも何のために?


 言っていたじゃないか。考えろ、と。

 つまりこれは修行と考えていい。俺を強くするための何かだ。


 でも考えることが修行?

 そんなことで強くなれるのか? こんな何もない真っ暗な部屋で。 


 俺はそんなことを疑問に感じながら、靴を脱いで部屋の奥に進んでいく。

 が、何かに躓いて俺は転んだ。


 何に躓いたのか分からないが、今転んだことで、俺はどちらにドアがあったのかさえ分からなくなってしまった。

 完全なる闇。何も見えない。

 いくら待っても目が慣れることもなかった。


 もう一度辺りを見渡す。

 俺は闇に包まれていた。





 息が詰まる気がした。

 音もほとんど聞こえない。そして視界は全て黒。目を開けても閉じても同じ景色。

 あれからどれくらい経っただろう。

 数分? 数時間?


 分からないけど、やはりそれほど経っていないだろう。

 暗闇がこれほどまでに恐ろしいものだとは思わなかった。


 俺は今すぐこの部屋から抜け出したいという気持ちでいっぱいだった。


 壁を蹴ろうとしてみたが、壁に蹴りは届かず、たまらず放った音撃も無駄だった。

 この空間は宵闇さんの能力によって密閉されていて、内部からの脱出は不可能。

 そして一切の光は閉ざされ、水も食料もない。


 何をすればいいんだ?

 何をすればここから抜け出せるんだろう。いつまでここに閉じ込められるんだ俺は。


 宵闇さんの言葉を思い出し、口に出してみる。


「ゆっくり考えてみろ。お前の弱さを。お前の敵を」


 こうも言っていた。


「鍛えるのは心だ」


 何が言いたいんだ。

 溜息さんでももっとマシな説明をするぞ。

 それだけ言われても何をすれば言いかなんて分からない。


 一寸先も見えないこの状況。まさにお先真っ暗ってやつだ。

 だが俺には希望がある。

 5日間。5日以内に宵闇さんに見限られたら、俺はこの闇から解放される。つまりこの闇は無限ではないのだ。

 もうそれでもいい。宛が外れた。こんな修行なんの役にも立たない。

 帰りたい。


 帰りたい……。そもそも、なんで俺がこんな思いをしないといけないんだ。

 なんで、強くならないといけないんだ?


 この世の大抵の人間は強くならなくても生きていける。人を殺す技を磨かなくとも生きていけるのだ。

 俺はそっち側にいたはずなのに、今やこんな訳の分からない状況に身を落としている。


 今更? 仕方ないこと? 何度もそれについては考えただろって? またごちゃごちゃ言い始めたなんて考えるか?


 俺は普通に生きたいだけだったんだ。能力もいらなかったし、このAnonymousという環境も、ロールも溜息さんもみんな……。


「いらなかった!!」


 蝕まれて行くのがわかった。

 闇に、心が。分かりつつも、俺は叫んだ。


「全部いらなかった!」


 本心? 分からないけど、視界がなく音も聞こえないこの状況。不安と闇で心が満たされていく中、声を出すとそれが紛れる気がした。

 唯一、俺の声が。俺の音が闇を晴らす。しかし同時に腐っていく。


「もういいでしょう! 分かりましたから! 出してくださいここから!」


 宵闇さんの言うとおりだ。

 俺はもう本心が分からない。何がしたいのか分からない。本当に日常にすがりつきたいのか、人と触れ合うことを望んでいるのか。分からない。


 なら最善を選べばいい。


 宵闇が教えてくれたAnonymousを抜けてどこかでひっそりと暮らすってやつだ。もうそれでいい。


 考えるってそういうことだったのかもしれない。

 強くなることが無意味だと俺に思い知らせるためのこの空間なのだろう。


 これが答えなんだろ?

 俺を鍛えようってのも嘘だ。こうして俺を虐めたかっただけだろ。俺にリアルを見せたかっただけだろ。


「出せ! ここから俺を出せ!」

 

 叫ぶ。音撃を全力で四方に放つ。


「クソったれが! 聞こえてるのか! ここから出せ宵闇!!」


 俺は叫び続けた。


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― 新着の感想 ―
[一言] いや...キミにとって暗闇は大した問題じゃなくないか? この際だしエコーロケーションの訓練しようぜ
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