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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
六章
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瞳の闇

 ゴトンゴトンと体が揺れる。

 目を覚ますと、俺は車の助手席に座っていた。

 車はライトをつけて夜の街道を走っている。

 俺はこの状況にデジャブを感じていた。


 隣を見ると、溜息さんが眠そうな目で運転している。


「目が覚めたか」


 今回はなぜ気絶させられたんだろう。抵抗する気もなかったのに。


「……宵闇さんの所に行くんでしたっけ?」


 俺は気絶寸前の記憶を辿って言った。


「そうだ」


 宵闇さんか……。あの人が溜息さんの師匠というのは初耳だ。


「宵闇さんが人を殺せなくなったのは知ってますよね?」


「ああ、聞いた」


「そんな人が俺の修行を見てくれるんですか?」


「それはお前次第だな。あいつが気に入れば見てくれるはずだ。一応私からも頼んでみるが、無理だったら自分でなんとかしろ」


「ええ……」


「覚悟はしておいた方がいい。宵闇の修行はかなりキツイぞ」


 溜息さんをもってしてキツイと言わせる修行……、一体どんな修行なんだろうか。


 そして内心ビビる俺に溜息さんは追い打ちをかける。


「修行というより、あれは拷問だな」


「え?」


「最悪性格が変わるかもしれない」


「……」


 そうなるとちょっと話が変わってくるんだけど。


「やっぱやめとこうかな……」


「だめだ。もうすぐ着く」


 街道の先に街が見えていた。

 あれが宵闇さんの住む街、ニューロードだ。



ーーー



 宵闇さんが住んでいるボロアパートは街はずれのところにある。

 俺は一度来たことがあったので、溜息さんをそこに案内した。


「ここか」


「はい」


 宵闇さんの部屋の前に着くと、溜息さんはいきなりドアノブを捻って中に入ろうとした。

 しかし鍵は閉まっている。


「閉まっている」


「当然ですよ」


 部屋にチャイムはなかったので、溜息さんの代わりに俺がドアをノックする。

 しばらく待って返事がなかったので、もう一度ノックすると、ドアはガチャリと小さく開いた。


 酷いくまをした顔がその隙間から覗く。


 俺は思わず後ずさった。しかし後ろの溜息さんが再び俺を前に押す。


「久しぶりだな、宵闇」


 溜息さんは言った。


「お前か、溜息。それと……死音だな」


「……はい」


 宵闇さんはあまり俺達を歓迎していないみたいだ。

 今にもドアを閉めてしまいそうである。


「何をしに来た」


 鋭い眼光で宵闇さんは溜息さんを見る。相変わらず目つきが悪い。

 白髪は前より増えている気がする。血色も前より悪い。


 そんな宵闇さんを見て溜息さんは言った。


「師匠、久々に手合わせを願いたい」


 何言ってるんだ、そう思って俺は思わず溜息さんの顔を見た。

 しかし、彼女の顔は至って真剣だ。

 続けて俺は宵闇さんの顔を見る。すると、宵闇さんはゆっくりとドアを閉めた。


 溜息さんは俺を退けてドアの前に立つ。


 いったい何をするつもりだと思って溜息さんを見ていると、彼女はドアを思いっきり蹴り飛ばした。

 溜息さんの蹴りによってドアは部屋の中に吹っ飛ぶ。


 が、その直後、吹っ飛んだドアが跳ね返ってきた。


 俺は咄嗟に回避行動をとっていた。

 溜息さんは天井に"着地"することで吹っ飛んできたドアを回避している。


 ドアの無くなった部屋の向こうからは凄まじい殺気が漏れていた。

 天井に張り付いている溜息さんは嬉しそうな顔でその方向を見ている。

 あの笑みは前にも見たことがある。俺がサバイバルから生きて帰ってきた時だ。

 なんというか、すごくワクワクしてるような顔……。


「今……何時だと思ってる」


 部屋の中から宵闇さんの声がした。

 溜息さんがスタッと天井から降りて来て答える。


「午後10時半だ」


「分かっているのか……? もう……」


「ああ。宵闇の領域だ」


 溜息さんは宵闇さんの言葉を遮って言った。


 ぞわりと、そんな音が聞こえた気がしたのは宵闇さんの部屋の奥で蠢く何かを見たからだろう。

 俺は一歩ずつ後ずさっていく。


 やがて部屋の中から宵闇さんが姿を表した。


 そして彼は靴のつま先を地面にトンと落とす。

 その瞬間、辺りを照らしていた電球が消える。

 ……消える、ではない。闇に飲まれたのだ。


 そう、宵闇さんの能力である。


 一切の光が絶たれたその時、ズンという振動で建物が揺れた。

 同時にこの真っ暗な空間に光が差し込んだ。

 見ると、壁に穴が開いている。

 溜息さんはアパートの壁をぶち破って外に出たらしい。


 闇が引いていき、ボロアパートの廊下に光が戻った。

 俺は宵闇さんに視線を向ける。

 宵闇さんは部屋に戻ろうとしていたが、ふと振り返って呟いた。


「……遊んでやるか」


 そして宵闇さんは溜息さんの開けた穴から夜の街に飛び出していった。

 取り残された俺も、遅れて二人の後を追った。

 




 夜の街に戦闘音が響いていた。

 俺は自衛軍が駆けつけて来ないよう、溜息さんと宵闇さんについて回って出来る限りその戦闘音を消している。

 二人の近くに行けば戦闘音を完全に消すことも可能なのだが、追いつけないのと、近づきすぎると巻き込まれるという点でそれは難しくなっていた。


 その戦いが終わるのも早かった。


 二人の音がある場所で止まる。

 決着が着いたに違いない。そう思って俺は二人の場所まで急いだ。



 二人は公園にいた。

 溜息さんは地面に大の字になって寝転んでおり、その少し前に宵闇さんが立っている。

 二人は何やら話をしている。


「ハイドは……、私はもう宵闇を超えていると言っていた」


 溜息さんは体を起こして言った。彼女は後ろに手を着き片膝を立てる。


「……」


「だが、未だに私は宵闇に勝てるビジョンが見えていない」


「そんなことはない」


「……そんなことはないだと? 甘くなったな、宵闇」


 負けたのか、溜息さん。


 宵闇さんは何も答えなかった。溜息さんも宵闇さんを見据えたままだんまりとなる。

 そのまましばらく無言が続いた。居心地の悪い無言ではなかった。


「……久しぶりに楽しかった、宵闇」


 溜息さんは言った。


「ああ」


 その言葉に頷くと、宵闇さんは踵を返した。しかし、そんな宵闇さんに溜息さんは「待て」と言った。

 宵闇さんは足を止める。


「今日来たのは、私が久しぶりに宵闇と戦いたかったというのもあるが、それとはまた別にもうひとつある」


「何だ」


 そこで溜息さんは公園の入り口にいる俺を指差した。


死音(あいつ)を一ヶ月程見てやってほしい」


「……」


「私の弟子だ」


「ならなぜ……、お前が見ない?」


「忙しいからだ。それに、宵闇が見たほうが強くなる」


 宵闇さんは考え込んでいるのか分からないが、しばらく黙ったままだった。

 しかし


「論外だ。悪いが、俺も忙しい」


 宵闇さんは突っぱねるようにそう言って、俺とは逆の出口から公園を出ていった。


 俺は溜息さんの元へ駆け寄る。


「大丈夫ですか……!」


「あとは自分でなんとかしろ」


 溜息さんはそう言って立ち上がる。そしておしりの土を払った。


「え?」


「背中の土を払ってくれ、死音」


 言われて、俺は溜息さんの背中についた土を手で払う。


「宵闇はああ言ったが、あれは脈アリだ。修行をつけてもらえるかもしれない」


「本当ですか?」


「ああ。だから私は帰る」


「いや、ちょっと待ってくださいよ」


「なんだ」


「これで本気で拒まれたら俺どうすればいいんですか?」


「部屋の前でひたすら待っていればいい。宵闇が折れるまでな」


「ええ、そんなことしないといけないんですか……」


「私は7歳で10日耐えたぞ」


「そんな過去聞いてませんよ」


「大丈夫だ、今の宵闇ならすぐ折れる」


「えぇ……」


「お前ならできる」


 最後にそう言って俺の頭を一撫ですると、溜息さんはどこかに飛んでいってしまった。

 取り残された俺はしばらくその場に佇んでいた。

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