悪の判決
御堂龍帥はボスの問いには答えず、黙り込んでいた。
その沈黙の間に、御堂龍帥はいくつもの打開策を模索して、そしてその全てが防がれていることに気づいたのだろう。
まず百零さんの能力、空間固定。
この能力があらゆる侵入者を許さない。
唯一侵入が許された転移能力者も、百零さんと煙さんがほとんど始末した。
そして発動されているのであろう、詩道さんの無限回廊。
俺達は今、広大な砂漠のど真ん中にいるに等しい。
これが百零さんの空間固定と重なり、一切の退路を断っているのだ。
さらに、無限回廊は電波をも断つ。今、御堂龍帥は外界との通信手段を持たない。
「詰み、か……」
誰もが思っていたことを彼自身も呟いた。
しかし言葉とは裏腹に、先ほどよりも増している御堂龍帥の殺気。
充満した殺気が辺りを飲み込みそうになっている。
全員が臨戦態勢なのだ。
「生け捕りにしたかったが、これでは無理だな」
ボスは言った。
御堂龍帥はこの状況でもまだ闘志を燃やしている。
勝ち目がないことは分かっているだろう。
だが、それでも彼が諦めることはない。
御堂龍帥は悪の前に決して屈しない。
なぜなら、自分が正しいから。
勘違いしてはいけない。俺達が悪で、奴が正義だ。
「そうそうたる面子だな。そんなに私が怖いか?」
御堂龍帥はぐるっと見渡して挑発した。
そんな彼に対して、ボスはマスクを外して言った。
「一つ、聞いてもいいか」
「……貴様に話すことなど何一つない」
「夢咲愛花はどこにいる」
「……」
御堂龍帥の鼓動が一瞬強まった気がした。
そのまま彼は黙り込んだ。
夢咲愛花。聞いたことのない名だ。
「です子、読めるか?」
ボスは言った。
「えーっと、夢咲愛花はセントセリア中央に隔離されてるみたい。あー、読めるのはこれくらいかな。
あと彼、真っ先に私を狙ってくるっぽいから守ってね」
「十分だ。もう少し詳しく知りたいが、仕方ない」
です子さんの心を読む能力は、完璧ではないらしい。
対象の心理状況や、自分のコンディションによってどこまで心を読めるかが変わってくる。
そして何やら制限があるらしく、滅多やたらに心を読めるわけではないみたいだ。
です子さんに関しては、どこまでできるかが知られるとまずいタイプの能力なので、彼女も俺達に能力の全貌を伝えているわけではないだろう。
それにしても心を読めるなんてどうしようもない能力だ。対策のしようがない。
戦闘には向かないが。
「……では、お別れだ。御堂龍帥」
ボスのその言葉が合図だった。ボスは再びマスクを装着する。
攻撃は溜息さんのプレスから始まった。
周辺が円状に陥没し、潰れたパイプから水が噴出した。
御堂龍帥は横に回避している。
彼が回避しながら飛ばした風の斬撃は、千薬さんの血によって相殺される。
そして回避先では百零さんの追い打ちがかかった。
空間固定は彼の右腕を捉える。
御堂龍帥はすぐさまその腕を切り離し、上空へと逃げた。
しかし空にも逃げ場はない。
詩道さんの無限回廊によって、彼は引き戻されてくる。
そこに溜息さんのプレスで、御堂龍帥は地面へと叩きつけられた。
「がっ……!」
バキバキと、あらゆる箇所の骨が折れる音が聞こえた。
ボスがゆっくりと御堂龍帥の元まで歩いていく。
御堂龍帥は、押しつぶされそうになりながら風の斬撃を飛ばした。
が、それをすり抜けるように、気づけばボスは彼の目の前に立っている。
「ぐ、ぐうぅぅおおおおお!!!」
御堂龍帥は最後の力を振り絞ってか、立ち上がってボスに殴りかかろうとした。
しかしその拳がボスに届く前に、彼は崩れ落ちる。
いつのまにかその胸にはナイフが刺さっていた。
ドサリ、御堂龍帥が倒れたその音がやけに耳に残る。
心音はやがて聞こえなくなる。
呼吸もない。
……御堂龍帥は死んだ。
「…………」
この感情は達成感ではない。
白熱さんも黒犬さんも御堂龍帥に殺され、その仇が今死んだというのに、俺はどうしてかスッキリしない気持ちになっていた。
御堂龍帥に憧れていた過去か?
親友の父が死んだからか?
分からない。どうしようもなかった。
「フー」
俺は微妙な心持ちのまま、とりあえず作戦が完遂されたことに安堵の息をつく。
案外あっさりしていた。
史上最強の風使い。風神と恐れられた男も、これだけの実力者に囲まれると手も足も出なかったみたいだ。
過剰戦力だった気もするが、ボスは御堂龍帥を侮らなかった。
ボスはしばらく御堂龍帥の死体を見下ろしていたが、きびすを返して数歩進んだ。
「この街にも痕跡が溜まってきたな。そろそろアジトを移すべきかもしれない」
「そうだな」
瓦礫の上で終始傍観していた煙さんが頷く。
「百零はまたアジトのある街忘れちゃうんじゃないの」
です子さんが百零さんに茶々をいれる。
「馬鹿にしすぎだろ」
「ハイド、そこに転がっているセンという女だが、持ち帰ってもいいか? 神話級の強化型だ。面白い素材になる」
千薬さんが瓦礫の上の裸体を指差して言った。
「構わない」
「ハイド、解散でいいな?」
しばらくの沈黙の後、溜息さんが言った。
そして俺が物陰で立ち上がろうとした時……。
その男は現れた。
――その時はまだ、この空間は、絶対不可侵の領域であるはずだった。
詩道さんの無限回廊も、百零さんの空間固定も解かれていなかった。
だが、その男は現れた。
誰もがその凄まじい殺気に振り向いていた。
否、この中にいる誰もが、そいつが現れるまで気付かなかった。
まさに、音もなく現れたのだ。
今は、彼の荒い息遣いが聞こえてくる。
「お前らは紛れもない悪だ」
声が聞こえた。
暗がりで顔はよく見えないが、小さく聞こえる嗚咽。彼は泣いていた。
そして自衛軍の制服がかろうじて見えている。
月夜に3つ星のバッジが淡く照らされる。
俺はそれが誰なのか、すぐにわかった。
彼はゆっくり歩いてくる。強く地を踏んで、御堂龍帥の亡骸の前に立った。
彼の名前は御堂弦気。
俺の親友だ。
「お前らは屑だ……! ゴミだ、糞だ、塵だ! カスだ!」
思いつく限りの罵倒を、弦気は目の前のボスに叫んだ。
「おいおい、酷い言われようだな。てかどうやって入ってきたんだよお前」
百零さんが一歩前に出る。それをボスが片手で制止した。
「お前か。御堂弦気」
「お前らは罪のない人々を殺して、平和を脅かしている。
一人のために大勢を殺す? 黙れ。好き勝手やってるだけじゃないか」
弦気はボスの声を無視して言葉を続ける。
「お前らは……、一体、何がしたいんだよ……。
何が目的で、こんなことをするんだよ……!」
怒りに震える声がこちらまで伝わってくる。
俺は物陰から弦気の様子を見ていた。
「良い目だ」
ボスは弦気を見て言った。
「俺はお前らを絶対に許さない」
「許さないだけか?」
「……いや、殺す……! 一人残らず殺す……!
全員俺がぶっ殺してやる!!!」
「御堂弦気。その憎しみこそがこの世界の真理だ。
そしてお前には冷静さが足りなかったな」
ボスは漆黒のコートを一度羽織りなおした。
「殺っとくか?」
百零さんが再び前に出る。
「いや待て。別れの挨拶をさせてやろう」
ボスさんがそう言った時、弦気は父の亡骸の前に一度しゃがみこんだ。
ボスの今の言葉は弦気に言ったのではない。俺に言ったんだ。
最後に、弦気に言うことはないかと。
俺はそれに対して静寂で答えた。
何も言うことはない。
今はそういう場面ではない。こうしてボスが俺に気を使ったのも、少し野暮ったく感じた。
この状況において、俺は弦気と他人だ。そう決めていた。
「うっ……くっ……、父さん……」
弦気は父の手を少しの間だけ握ると、やがて立ち上がる。
涙を流しながらも、彼は殺す目をしていた。
弦気は胸のボタンをいくつか引きちぎり、自衛軍の制服を乱す。
あんな弦気は初めて見る。
「……別れは済んだか?」
ボスの念押しに、俺は再び静寂で答えた。
弦気は何も言わなかった。
「なら死んでもらおう。百零、溜息、俺の掩護をしろ」
「は? 掩護?」
百零さんの素っ頓狂な声が上がった時、弦気は動いていた。
ボスは懐からナイフを出し、突っ込んでくる弦気にそのまま投擲する。
しかし、そのナイフは例のごとく、逸れる。
弦気はボスの懐に入り、そのままホルダーのナイフを抜き去り、それで下から切り上げた。
ボスは当然回避している。
「ハイド、避けろ」
溜息さんの声がした。
ボスは瞬時に横に飛ぶ。
すると、ズドンという音と共に、辺りに振動が走った。
プレスが弦気に直撃する。
地面に押しつぶされ、赤い花を咲かせた弦気を想像した者が大半だったのだろう。
一瞬だけ、張っていた気が解かれた。
が、陥没したサークルの中心に無傷の弦気を見た時は、誰もが再び臨戦態勢に入った。
「おいおい、どうなってやがる……!?」
百零さんが言った。
弦気は依然血走った目でボスを睨んでいる。
「ハァ、ハァ、お前らは……俺がいつか必ず殺す……」
弦気はそう言って、一歩後ずさる。
口からは血が垂れていた。
「父の無念は必ず晴らす!!」
弦気は拳を握り、肩を上下させながら叫ぶ。
ズン、と。溜息さんのプレスが再度弦気に浴びせられた。
またしても、弦気にダメージはない。
弦気は構わず叫び散らす。
「お前らみたいな悪は、俺が全て淘汰してやる……! 絶対だ……!!
覚えていろ! 俺が必ず……!」
そこで声が途切れるのと同時に、弦気は姿を消した。
「消えた……?」
煙さんがつぶやく。
「地面の中に逃げたんだろう。奴は以前も壁をすり抜けて行った。
逃げるという選択肢があるくらいには冷静だったらしい」
「追うか?」
「いや、これ以上の深追いは無意味だ。奴の能力のことも分からないしな。
撤退しよう」
五章終




