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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
五章
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陰の判決

 工場の広場にあったプレハブは瓦礫と化していた。

 その上に横たわるのが、Nursery Rhymeの団員であるセン。

 御堂龍帥はその瓦礫をバックに、俺達の隠れる物陰の方へ向かってきている。


「私が行こう」


 そう言って動いたのが千薬さんだった。

 俺が引き止める間もなく、彼女は物陰から御堂龍帥の前に姿を現した。


 千薬さんは一瞬俺に視線を投げる。

 その視線は俺を物陰に踏みとどまらせた。

 来るなという意思を感じさせたのだ。


 御堂龍帥の前に立った千薬さんは、仮面を彼の前に放った。

 そして白衣のポケットに手を突っ込み、いつもと変わらない様子で目の前の敵を見据えた。


「久しぶりだな。龍帥」


「貴様は……千地谷楠利(せんじやくすり)……!」


 二人の開口の言葉に俺は驚いた。

 千薬さんと御堂龍帥。面識があったのか。

 千地谷楠利……、それが千薬さんの本名なのだろう。


「……やはりAnonymousにいたのか」


「ああ、そうだ」


「なぜ自衛軍を裏切った……」


 眉をひそめる。

 自衛軍を裏切った……? 千薬さんは元々自衛軍の人間だったのか……?

 それがなぜAnonymousに……。

 いやでも、ボスなら自衛軍からメンバーを引き抜くくらいやりそうだ。


 俺は千薬さんに視線を向ける。表情までは伺えないが、千薬さんは黙り込んでいた。


「答えろ! 千地谷!」


 御堂龍帥の怒号が響いた。あの御堂龍帥が感情をむき出しにして怒っている。

 辺りの風がざわめいて、土煙が舞った。


「私にそんな口をきけるようになったのか、龍帥」


「……」


「私がいなければ、今の重鎮共はみんなあの世だというのにな」


 千薬さんはフッと笑って肩をすくめる。

 そして千薬さんはポケットから手を出す。するとその手にはメスがにぎられていた。

 ……やる気だ。


 御堂龍帥はさっと構えた。

 俺達と対峙した時はあんな風に構えなかったのに、かなり千薬さんを警戒しているようだ。


 ……そんなに強いのだろうか、千薬さんは。


 医療専門とは言え、千薬さんはAnonymousの幹部。弱いとは思っていなかったが、戦えるとも思っていなかった。


 千薬さんの能力は治癒加速(アクセル・ヒール)

 文字通り、治癒を加速させる能力。

 戦いには全く向いてない能力だが、なぜあんなに御堂龍帥は警戒しているのか。


 この局面、どうなるか予想がつかない。



 そんなことを考えていた時、ボスから声が聞こえてきた。


「千薬、そのまま御堂龍帥を押さえておけ。

 百零は後ろの転移能力者を殺って俺達と合流しろ。

 予定変更だ。そこで御堂龍帥を殺る。

 死音、状況の中継はもういい」


「分かりました」

  

 俺を経由して、音は千薬さんに伝わる。

 ここでやるのか……。


 近づいてくる音はいない。

 もう一人のNursery Rhymeはどうなったんだろう。御堂龍帥と戦ってたくらいだから流石に死んだか?


「まあいい。私がなぜ自衛軍を抜けたか教えてやらんでもない」


 千薬さんは再びポケットに手を収めてそう言った。

 ボスからの命令があったから、会話で時間を稼ぐことにしたのだろう。


「……」


 御堂龍帥は構えをとかない。俺はゴクリとつばを飲んだ。


「なんだ、聞きたくないのか?」


「……先ほどの占拠といい、貴様ら何か企んでいるな」


 ……これは何か感づかれたかもしれない。

 そもそもここに千薬さんがいること自体おかしいのだ。

 感づかれない訳がない。だが、御堂龍帥もそれが自分を殺すためだけの計画だとは考えられないはずだ。

 警戒されていることで一歩遅れをとるとはいえ。


「それは言えないな」


 御堂龍帥は構えをとかず、ジリジリと千薬さんに接近していく。

 千薬さんはゆっくりとポケットから手を出した。

 依然、その手には銀色のメスがにぎられている。


「思えば、今聞く必要はない。基地でゆっくりと話を聞かせてもらおう」


 そう言って先に動いたのは御堂龍帥だった。

 ゴウと風が千薬さんに吹きつけられる。


 千薬さんは紙のように宙に飛ばされた。


 そこで俺が宙に見たものは、鮮血。

 血が、舞っていた。千薬さんの持つメスは赤く染まっている。


 俺は確かに見た。千薬さんが自分の手首をメスで切り裂いたのを。


 追撃すべく、千薬さんに迫っていた御堂龍帥は、それを見て後方に大きく退き、地面にふわりと着地した。


 飛ばされた千薬さんも、遅れて地面に着地する。

 その身の回りには、先ほど自分で流した血がふわふわと浮いていた。


 なんだあれは……。


「……厄介な能力だ」


 御堂龍帥はそう呟いた。


 俺は確信する。

 あれは明らかに治癒加速(アクセル・ヒール)ではない。

 また別の能力だ。


 千薬さん、能力重複者(スキルリピーター)だったのか……!


 しかしあれはどういう能力なのだろう。

 見た感じ、血を操る能力っぽいが。


 でもそれだけで御堂龍帥があそこまで警戒するだろうか。


「こっちの能力を使うのは久しぶりだよ。

 随分となまっている」


「よく言う……」


 突如、御堂龍帥の背後から風が吹いた。それによって瓦礫が弾丸のように千薬さんへと放たれる。

 土煙と共に放たれた瓦礫の弾丸は、逃げ場のない弾幕となった。


 その時、千薬さんの前に広がったのは赤い膜。

 血のシールドだった。


 あんなもので防げるのかと思ったが、血の膜に直撃した瓦礫は全て砕けて地面に落ちていった。

 なんて強度なんだ。


 しかしその間に、御堂龍帥は千薬さんの後方に回っている。

 あの瓦礫の攻撃はただの目くらましだったらしい。


 彼はそこで大きく手を振り上げ、また後方に下がった。

 俺は御堂龍帥がその瞬間に風の斬撃を放っていたことに遅れて気づいたが、千薬さんはその時すでに回避行動を見せていた。


 斬撃は地面を切り裂きながら、千薬さんの元へむかう。

 千薬さんは飛び上がり、斬撃を躱す。

 御堂龍帥は遠距離から続けて斬撃を放っていく。


 宙に浮いた千薬さんは、綿の様にひらりひらりと斬撃を躱していく。

 

 躱しきれなかったらしい斬撃が千薬さんの頬を刻んだ。

 その血の飛沫は空中で分裂し、形を変え、やがてメスとなった。

 空から血のメスが、御堂龍帥の元へ降り注ぐ。


 御堂龍帥はそれを宙に舞って躱した。

 千薬さんは着地すると、空に浮いた御堂龍帥に再び無数のメスを投擲する。

 投擲されたメスが御堂龍帥の元へ届くことはない。

 御堂龍帥は風でメスの軌道を逸し、回避したのだ。


 御堂龍帥は空から風の斬撃を放ってくる。

 その斬撃を、千薬さんは腕に受けた。


 千薬さんの片腕がくるくると宙に舞う。大量の血と共に。

 千薬さんは切り離された腕を掴み、そのまましゃがんだ。


 そこにすかさず追撃の斬撃が飛んでくる。今度は全方向からだ。

 それを千薬さんは、しゃがんだまま血の膜で球体を作り全て防いだ。

 無数の斬撃に、球体はビクともしない。血の量が増えたからか。


 しばらくして斬撃が止むと、球体がどろりと崩れ落ちそこに千薬さんの姿が現れた。

 千薬さんは手に持った片腕を御堂龍帥に向けて勢い良く振るった。


 ザンと、それによって切られた血が斬撃となって飛んで行く。


「……っ!!」


 御堂龍帥はそれを既のところで躱す。

 後ろの工場が縦に両断された。


 その斬撃で飛んでいった血が地面から御堂龍帥に飛んでいく。

 散弾のように飛んでいった血は、御堂龍帥が放った突風により散らされる。


 千薬さんは切り離された右手を肩にくっつける。

 そしてしばらくしてそれを離すと、彼女の右腕はくっついていた。


「これだけ血を使ってもダメか。どうやら私はお前に勝てないらしい」


 彼女は頬に残った血をすくって言った。

 彼女の頬の傷もすでになくなっている。

 指に付着した血は空気に滲むように千薬さんの手を離れ、宙に浮いた。

 斬撃によって散った血も、彼女の元へ集まってくる。


 御堂龍帥はその姿を上から見下ろしている。


「いい加減殺しに来い、龍帥」


 ……そうか、御堂龍帥は千薬さんを生け捕りにしようとしてるのか。

 ということはその分ハンデを背負っている。


「私は本気だ」


 御堂龍帥の言葉に千薬さんは肩をすくめる。

 表情は余裕そうだが、かなり大量の血が外に出ている。

 あの能力、自身にかなりの負担をかけてそうだ。


「分からない」


 御堂龍帥は続けた。


「何がだ」


 千薬さんは少し笑みを見せた。おそらく、御堂龍帥が会話に乗ってきたからだろう。


「それほどの力をなぜAnonymousで使う。最強の軍医と言われたお前が、なぜ自衛軍を裏切った」


 最強の軍医。

 確かにそう呼ばれるのも今の戦いを見たら納得だ。


「逆だよ。私はこの力を自衛軍で使うことに疑問を感じたのだ」


「なぜだ。Anonymousにいて、お前に何が得があるのか?」


「確かに、この力で救える人間は多い。事実、私は多くの命を救ってきた。

 だがそれだけだ」


「それだけとはなんだ。それにこそ、意味があるのだろう」


「損得の問題ではないぞ龍帥。そして物事の善悪も関係ない」


 辺りが段々と暗くなってきている。壊れた工場の灯は点かない。



「私が私であるために、私はやりたいことをやる」


 静寂が場を支配した。

 御堂龍帥はゆっくりと地に降り立った。


「人間が生きていくには、最低限、決められた秩序やルールを守らなければならない。

 決して無理を強いている訳じゃない。

 にもかかわらず、それができない奴はまとめて死に値するクズだ」


 御堂龍帥は言った。

 彼の殺気が徐々に高まっていくのがわかる。

 俺はゴクリとつばを飲んだ。



「そうやって貴様ら(アノニマス)は、これからも大勢の人々を殺していくのか?」


「それはハイドに直接聞いてくれ」


 千薬さんが手をポケットに入れるのが見えた。


 ハッとして俺は辺りの音に集中する。

 すると聞こえる6つの鼓動。


 宵の工場街に、彼らが集結していた。


 Anonymous、幹部。

 空蝉さんを除く6人と、その首領であるボス。

 ……コードネーム、ハイド。


 崩れた塀の上に、両断された工場の屋上に、プレハブの瓦礫の上に……彼らは御堂龍帥を囲むように立っていた。



「この腐りきった世界でルールとか秩序とか、笑わせちゃうよね」


 です子さんの声が響く。


「……そうか、貴様らの目的は」


 次に御堂龍帥の声が響いた。その声は少しだけかすれていた。



「最後に質問があるなら聞こう。御堂龍帥」



 そしてボスの声が響いた。


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