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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
五章
66/156

千の判決

 状況は展開された。

 四つのポイントに現れた自衛軍は、めまぐるしく動き出す。

 まず、百零さんとの位置関係もあって、人質はあっさりと奪い返された。


「B、D隊は人質を確保して転移しろ! 孤立している人質もうまく避難させろ!

 A、Cは敵の殲滅だ! まとめて叩く、総員私の掩護に回れ!」


 御堂龍帥の声が劇場に鋭く響く。

 自衛軍は、NurseryRhymeという不測の事態に即座に対応していた。


「百零、予定通り撤退しろ。作戦に変更はない。

 煙、転移先で標的を殺せ。死音、お前は転移に巻き込まれずに、状況を中継しろ」


 ボスは言った。

 視線を移すと、百零さんはすでにセンを振り払って動いている。

 煙さんは人質に紛れ込んでいるらしいが、どれかわからない。


 そして俺にだけ下された無茶な命令。

 この状況、俺の位置は非常に不安定だ。

 一応、俺も人質という立ち位置だが、NurseryRhymeの出現で予定が狂った。

 いや、だからこそボスはそういう命令を出したのだろう。


「B、D隊! 転移します!」


 自衛軍の誰かが声を上げた。

 そして百零さんが固まらせた人質はまるごと転移する。


 百零さんは御堂龍帥の位置とは真逆の方向にある4番扉へと向かっていた。

 そしてセンともう一人の金髪はその後を追って、さらにその後ろを御堂龍帥が追う形。

 この形になるまで数秒もかかっていない。


 しかし御堂龍帥は劇場の中間で進行を止めた。

 NurseryRhymeも同じく動きを止める。

 空間固定、百零さんの能力だ。彼らはあれ以上進めない。


「葉月! 奴を追え! 近づきすぎるな! 追うだけでいい!」


「ハッ!」


 御堂龍帥に命令されて、一人の女が固定された空間の壁を超えていった。

 御堂龍帥はNurseryRhymeに視点を変え、風の斬撃を放つ。


「うそん!」


「やっべ!」


 センが盾となり、金髪の男は逃亡を開始した。

 その時、奴の目に入ったのが俺だ。


 奴は俺めがけて走ってくる。おそらく、御堂龍帥からは逃れられないと判断し、俺を人質にとる算段だろう。

 これは好機だ。


「う、うわぁぁぁ!!」


 そう叫んで、俺は3番扉に振り返り走り出す。

 この状況なら逃げてもおかしくない。今のも迫真の演技だったはずだ。


「ちょ、嘘だろ待てや!」


 後ろからそんな金髪の声が聞こえた。


 俺は扉を勢いよく開けて出ると、そのまま目の前の階段を飛び降り、音を消しつつ市民会館ホールを出た。

 

 そしてすぐさま百零さんの音を追う。

 百零さんは予定通りのルートに持ち直している。

 後ろの金髪とセンは自衛軍との交戦を始めたらしい。追ってきていない。


 俺が正確に音を聞ける範囲は半径1km程度。この範囲の中に百零さん達を収めなければならないので、俺は丁度いいポイントに移動する必要がある。

 

 俺の他に、百零さんの後を追う音が一つあった。

 葉月と呼ばれたあの転移能力者だ。彼女は百零さんに近づきすぎず、適度な距離を保って追跡している。


 転移能力者は空間が固定されていようがその先に飛べばいいので関係ない。


 俺はそのさらに後ろから百零さんを追っていた。

 後ろの戦闘音は激しい。Nursery Rhymeを上手く自衛軍に押し付けることができたみたいだ。



 突如、背後で爆発音がした。


 振り返って見ると、市民会館ホールから火が上がっている。

 ……いや、火ではない。


 全身に炎を纏い、真っ赤に燃える双翼。

 市民会館ホールの真上に立ち昇ったのは、不死鳥(フェニックス)だった。


 あれは、おそらくセンだ。

 強化型ということだけあって、変身もできるのか……!


 センはくるくると回りながら空高くまで昇ると、一度そこで止まって、俺のいる方向へ向きを整えた。

 そして彼女は、燃える翼から火の粉を散らしながら、俺の元へ滑空してくる。


「なっ……!」


 なぜ俺が狙われている。一瞬そう思ったが、奴の標的は俺ではなかった。

 そう、彼女の標的は俺ではなく、俺の直線上にいる百零さんだ。


「死音、下から撃墜しろ。あれは厄介だ。そこから近いのは千薬だな。死音の掩護に回ってくれ。死音はしばらく足止めを頼む」


 そんなボスの声が聞こえた。

 どうやらボスの位置からもあの不死鳥が見えているらしい。


「分かりました」


 そして俺は反射的に返事をしてしまう。

 音撃であれを堕とせるだろうか。


 ……返事してしまった以上やるしかないのだが。


「死音、御堂龍帥は?」


「まだ市民会館の中です。おそらくもう一人のNursery Rhymeと交戦中かと」


 飛翔してくるセンを見据えながら俺は答えた。

 彼女は速いが、レンガに比べれば速度は劣る。 つまり、捉えきれない速度ではない。

 

 ボボボと、炎の翼が空を切る音が近づいてきている。

 俺は手を空にかざし、センが頭上に通過するのを待った。


 そして丁度上空を通過した時、俺は地上から全力の音撃を放った。


 轟音が空に響き渡る。

 音撃は見事センにクリーンヒットした。


 口角が吊り上がる。


「ピィィィィ!!」


 センは悲鳴を上げながら先の工場に墜落していく。

 俺はセンが落ちていった方に走った。


 工場の塀を超え、中に入る。


 辺りに人の気配は感じられない。

 今日はこの辺りの工場全て休みなのだ。

 被害を減らすため、ボスが手配したらしい。


 センが落ちた所からは、火が上がっていた。

 そこまで行くと、丁度全裸のセンが瓦礫の中から姿を現していた。


 彼女の表情は怒りに染まっており、今にも飛びかかってきそうだ。


「てめぇ……、さっきの……。なるほどな。お前もAnonymousかぁ。

 名前はなんて言うんだよ」


「死音だ」


「死音……。死音?」


「……ああ」


「……なるほどなぁ。てめぇが死音かー。ハルを殺したっていう……」


 センの殺気混じりの怒気が強まった。


「……」


 これは名前を言わない方がよかったか……?

 いや、ビビることはない。

 この場所なら俺も気兼ねなく能力を使える。

 勝機は十分に……。

 何言ってんだ。無理だ。相手は不死身じゃないか。勝機は元よりない。


 というか俺は千薬さんが来るまで足止めするだけでいいんだよな?

 足止めするだけなら、戦う必要もない。


 ということは、適当に質問やらなんやらして時間を稼ぐのが得策だ。

 センがハルの仇である俺とまともな会話をしてくれるかどうかはさておき。


 そう思って俺は口を開いた。


「お前らの目的はなんだ。なんで邪魔する」


 ゴクリと唾を飲む。


「目的ねぇ……。目的ってのは特にないかなー。強いて言うなら、ハルの仇を討つため。あと楽しいから」


 センは歩を進めながら言った。

 俺は後ずさりたい気持ちを抑えてさらに問う。


「……俺達が市民会館を襲うことを知っていたのか?」


「知りたい?」


 昨日の今日で、情報が漏れるなんてあり得えない。

 組織内にスパイがいるのか?

 それとも、敵に情報面に長けた能力者がいるのか?


「ああ」


 俺が頷くと、センは言った。


「私を倒せたら教えてやるよ!!」


 話はやっぱり無理か。


 全身から炎が吹き出し、彼女は不死鳥へと変貌する。

 燃え盛る神話級(アミュートス)の巨体は、俺の元へ突っ込んできた。


 すでに熱が伝わってきている。

 俺はひるまず音撃を放つ。

 一度の音撃で、不死鳥はのけぞった。


 すかさず俺はそこに追撃の音撃をお見舞いする。


 一度は耐えたセンだったが、二度目の音撃は耐えられなかったらしく、彼女は瓦礫の奥へと吹っ飛んでいった。


「やるなぁ! 一回死んだぜ私!」


 センの復帰は早かった。


 俺はすぐさま駆け出した。


 不死身なんて相手にしてたらジリ貧で、最終的には俺が殺られる。

 時間を稼ぐだけ……、時間を稼ぐだけでいいんだ。


 だから攻撃の隙を与えない。


 そう思ってセンに接近し、音撃を放とうとした時、真逆の方向から歩いてくる千薬さんが俺の目に入った。


「戦うのは随分と久しぶりだ」


「千薬さん!」


 彼女は白衣をひらつかせながら、センを挟んで俺とは反対側の位置に立った。

 両手はポケットの中。彼女は瓦礫に埋もれるセンを見下ろしている。


「誰だお前」


 センは言った。


「知る必要はない」


 千薬さんの啖呵に内心驚く。と言うかこの人、戦えるんだろうか。


 御堂龍帥の方はまだ交戦中だ。しかしいつこっちにやってくるかわからない。

 まだ交戦中ってことは、あの金髪の方もすごい使い手だったのか。


「そう言ったからには楽しませてくれるんだろうなあ?」


 センはそう言って瓦礫から這い上がってくる。


「千薬さん気をつけてください! そいつ不死身です!」


「ああ」


 千薬さんの生返事に俺は少し焦った。


 不死身……。そんな相手をどうやって攻略するつもりなんだ千薬さんは……。

 そう思った時、千薬さんはすでにセンの後ろに回り込んでいた。


「……!」


 センは素早く反応するが、間に合わない。

 千薬さんの殴打を思いっきり後頭部に受けて、彼女はその場に崩れ落ちた。


 千薬さん、強い……!


「ぐぅ……!」


 千薬さんは地面に伏したセンの髪を掴んで持ち上げると、どこからか取り出したピックのようなものでセンの目をえぐった。


「あああああああああああ!! いっでぇえええええええ!!」


 センは目を押さえて叫ぶ。千薬さんはセンの髪から手を離して言った。


「不死身ならわざわざ殺す必要はない。

 死音君、そこにある鉄パイプをとってくれ」


 千薬さんに言われた俺は、鉄パイプを拾って彼女に手渡す。

 千薬さんは鉄パイプを手に取ると、それで何度もセンの頭を殴打した。


 その殴打によって、やがてセンは意識を失った。


「すごい……」


「不死身だと、やはりダメージを前提にしてしまうようだな」


 ……今のはただ成す術がなかっただけのように思えたが。

 それにしても千薬さん戦えたのか。しかもすごく強かった。


「ハイド、この娘をうちで回収したい。良い素材になりそうだ」


 千薬さんの声を、俺はボスに伝える。


「構わんが後にしろ。死音、御堂龍帥の方はどうなってる」


「市民会館で未だ……、いえ、今出てきました。すごい勢いでこっちに向かってきてます」


「まずいな。身を隠せ」


 言われて、俺と千薬さんは素早く物陰に隠れた。

 するとその後すぐに、御堂龍帥は横たわるセンの近くに降り立った。


 俺は音を消して陰から御堂龍帥の様子を伺う。

 その時、彼を中心に風が吹いた。


 その風に当てられ、髪の毛がなびく。


「見つかったか」


 ふと千薬さんがそう呟いて立ち上がった。


「え」


 俺がそんな気の抜けた声を上げた時、突き刺さるような殺気が俺を襲った。

 見ると、御堂龍帥がこちらに向かってきている。

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