表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
五章
64/156

重い判決

 溜息さんはグルメだ。この街、スレイシイドにも彼女の行きつけの店がいくつかあって、今日はその一つのレストラン、魔獣の珍味が食べられるというお店に連れてきてもらっていた。


 溜息さんは自衛軍に顔バレしているので、街を歩くのにも警戒が必要である。

 顔バレしているメンバーは、街を大っぴらに歩けない。

 そうして目撃情報が増えたりすると、アジトの場所を特定されかねないからだ。

 対策として、Anonymousは自衛軍の目が届かないルートをいくつも用意している。

 今日はそこを通ってこの店まで来た。

 店に入ると、溜息さんと店主は顔見知りらしく、個室に案内してもらった。


 こういったコネクションが、普段の隠密行動には必須なのだ。


「何でも好きなものを頼め」


 そう言って溜息さんはメニューを俺に手渡した。


 メニューにざっと目を通したが、どれも馬鹿高い。

 何でも好きなものを頼めと言われてもこの値段はやはり遠慮してしまう。

 でもまあ溜息さんくらいになれば凄いお金を持っているのだろう。

 俺が本当に遠慮せずに頼みまくったとしても、そういうことを気にする人ではないのでここはお言葉に甘えさせてもらう。


 と、考えつつ、選ぶのに時間がかかってしまったため、溜息さんにメニューをとられ、適当に色々頼まれた。


 魔獣なんてめったに食べないから好き嫌いもほとんどない。

 だから何を頼んでも一緒だ。


「溜息さんってスーツしか着ないんですか?」


 ウェイターが去って、俺は言った。


「そうだな」


「それ以外着たいとは思わないんですか?」


 ロールなんかは結構オシャレだ。

 溜息さんとロール。同じような人生を歩んで来ているはずだが、どうしてこう違いがあるのだろう。

 似てる場所もあるけど。


「思わないな。着る必要がない」


「もったいないですね。溜息さんすごく美人なのに。スタイルもいいし、きっといろんな服が似合いますよ」

 

「……お世辞はいい」


 溜息さんは視線を逸らして言った。

 照れている溜息さんはすごく可愛い。


「いやいや、お世辞じゃないです。本当のことですよ」


「……やめろ」


 本当にもったいない。もし溜息さんが普通の生活に戻れたら、言い寄ってくる男はいくらでもいるだろう。

 顔バレしてるから、普通の生活に戻るなんて無理だけど。それこそ山奥とかに隠居しないといけない。

 でも、宵闇さんは比較的普通と呼べる生活をしていたな。



「そういや溜息さんって、いつからAnonymousにいるんですか?」


 ふと気になって、俺は聞いた。

 その時、個室の扉がノックされて開く。ウェイターが頼んだドリンクを持ってきたのだ。

 溜息さんはそれを少し飲むと、テーブルに置いた。

 ウェイターが部屋から去ると、溜息さんは言った。


「6つの時だ」


 6つ……。小学校に入るかどうかくらいじゃないか。

 溜息さんは確か25歳くらいだったから、20年近く前の話になる。


「それは……どうしてAnonymousに入ることになったんですか……?」


 ……この質問は、過ったかもしれない。

 みんなあまりお互いに触れない部分なのに、デリカシーなさすぎだろ俺。

 何故か溜息さんに対しては思ったことをそのまま口に出してしまう。


「すいません……」


 俺は無神経な質問をしたことに謝った。

 すると溜息さんはフッと笑って話し出した。


「私もお前と同じだ。発現災害を起こした」


「え?」


「発現災害というのは、能力が強ければ起きるわけではない。確かにそれも起因するが、その時の精神状態や、能力との相性が深く関わってくる」


「……」


 授業で習った。

 能力との相性が良すぎると、全くコントロールできずに暴走することがある。

 強力な能力は少しずつ発現し、開花していくパターンが多いが、精神状態が不安定だとそういうケースも起こりうるらしい。

 俺の場合もそうだった。精神状態が不安定かと聞かれれば首を傾げる他ないが。

 ただ、自覚がなかっただけかもしれない。


「……私はその発現で、辺り一面を平野にした。小さな村だった。多くの人が死んだ。

 当然、家族もみな死んだ」


 絶句した。

 そんなの、6歳の経験にしてはあまりにも辛すぎるだろ……。


 溜息さんは平然と語る。


「近づく者はみんな死んでいく。……私は一人になった」


「……それで、どうなったんですか?」


 俺と似ている。でも溜息さんの方がきっと辛かったはずだ。


「そこに現れたのが、ハイドと宵闇だ」


 ボスと宵闇さん……。宵闇さん、確かAnonymous結成時からいたんだよな。ということは、その時からAnonymousがあったってことか。


「そうして、私はAnonymousに入った。その時はまだ、小さな組織だったがな」


「へぇ、そんな前からあるんですね……、Anonymous」


「ああ。

 ……ハイドには感謝している。今こうして私が生きていられるのは、あいつのおかげだ」


「……なるほど」


 じゃあ、溜息さんがボスの無茶な命令とかに黙って従うのは、助けられたことに恩を感じているからなのか?

 そういうふうに育ってきたんだ。そうすることで、自分の存在意義を再確認しているというのもあるかもしれない。


 溜息さんにしかわからないことだけどな。


 今、溜息さんは生きてて楽しいのかな。

 そんなこと流石に聞けやしないけど。


「考えれば、結成時から生き残っているのはハイドと宵闇と煙くらいだな。

 私が入った頃は、毎日人が死んでいた。私はまだガキだったから、その時は守られてばかりだった。だから……お前の気持ちもよくわかる」


 溜息さんは目を細める。


 黒犬さん……、白熱さん……。


 溜息さんにも、二人のような存在がいたのだろうか。

 きっと、俺の何十倍もこの悲しみ、恐怖、怒りを経験して、今の強い溜息さんがあるんだ。


「……」


 ボスは、色んな人を拾って回っている。

 でも、その人達も結局死んでゆく。

 結局死ぬのなら、なんのために助けたのかとは思わないのかな。

 ボスは何を考えて、この組織を作ったんだろう。

 一人のために、多くを犠牲にする。

 ボスはそう言った。

 でも、その一人も死んでいく。


 今は組織として成り立っているけど、助けた人より、死んだ人の方が何倍も多いんじゃないか?

 この事実をボスはどう受け止めているのだろう。


「どうしてボスは、Anonymousを作ったんですかね」


 ボスくらいの実力があれば、自衛軍に入ってそういう人達を助ける仕事にも就けたはずだ。

 そうした方がより多くの人を助けられたと思う。

 Anonymousじゃなきゃできないことがあるのか?


「理由か……。奴には、色んな建前と、考えがあるんだろう。出会ってからもう二十年は経ちそうなのに、私はあいつのことを何も知らない。

 いや、知る意味もないな。

 あいつのおかげで生きていける奴が少なからずいる。それだけでいい」


 その言葉の意味について、俺は深く考えた。

 そうしてしばらく無言になっていると、個室の扉が開いて料理が運ばれてきた。


 せっかく食事に来ているというのに、なんかあまり楽しくない話になってしまってたな。俺が変なことを聞くからだ。

 でも、溜息さんと楽しく盛り上がれる話というのも思いつかない。

 一緒にいて楽しくないって訳じゃない。


「ほら、食うぞ」


「いただきます」


 魔獣の料理は美味しかった。

 


ーーー



 その夜、幹部会議が開かれた。

 空蝉さんの席には俺が座っている。居心地の良いとは言えない空間だ。


「会議を始めよう」


 ボスの言葉で会議室の空気が揺らいだ。


「まず、現状報告だ。

 この3日で、支部の連中を少し大げさに動かしたところ、7件中5件が御堂龍帥に押さえられた。これにより、組織は下手に動けない」


「5件かー、そりゃ厄介だな。その俊敏性はなんなんだ」


 百零さんは円卓に足を乗っけて言った。


「遠距離専門の転移能力者(テレポーター)を側に置いてるみたいだな。これは詩道対策にもなっていて、非常に面倒だ」


「へぇ、敵も馬鹿じゃないみたいだ」


「百零は馬鹿だけどね」


 視線を二人に向ける。まるで緊張感がない。

 それにしてもです子さんと百零さん、なんか仲良いな。


「わざわざ大将から降りてきただけあって、本格的に俺達を潰しに来ている。

 奴はAnonymousの対応をメインとする部署を管理しているようだ。おそらく、ほとんど機能していなかった酒井中将の部署を受け継いだのだろう」


「そんなのもあったな」


「そして奴の行動範囲。

 御堂龍帥はセントセリアを大きく囲む七大都市の枠内でしか行動しない。観測者(オブザーバー)の伝達を見てもそれは明らかだ。

 これはおそらく、うちとの総力戦を想定してセントセリアからなるべく離れないようにしているのだろう」


「そしてそれが転移能力者(テレポーター)の限界転移距離みたいね」


「ああ、この範囲内で奴を回避しない目立った動きをすれば、ほぼ確実に駆け付けてくる。まあ、ハメるのには好都合な条件だ。

 ただ、転移能力者を御堂から引き離す必要がある」


 そこでボスは煙さんを見た。

 煙さんはやれやれと言った様子で両手を上げる。


「確かに、それは一番リスクの薄い俺の役目だな。だけど一人じゃないんだろ? 転移能力者は」


「正解だ。複数抱えていると見ていい。正確な数は分からないが」


「こりゃまとめて暗殺だな。転移能力者の暗殺はただでさえ難易度高いってのに」


「御堂龍帥相手にするよりは楽そう。私もそれ手伝うよ、煙。

 どうせ戦闘じゃ出る幕ないしね」


「じゃあ頼んだです子」


「はーい」



「そっちは二人に任せる。

 さて、俺、溜息、百零、詩道、この四人で奴を叩く最低条件は、奴が単独で行動していること、民間人に被害が及ぶ位置での戦闘に持っていけること、この2つだ。

 そしてできればなんだが……奴を生け捕りにしたい」


「あ?」


「はい?」


「何考えてるボス」


「……最後ので一気に条件がキツくなったな。なぜ生かす必要がある」


 みんなが口々に言った。


「引き出したい情報がある。当然、情報を引き出した後は殺す」


「無駄だ。拷問しても吐くような男じゃないぞ」


「です子にやらせればいい」


「えー、私ぃ……?」


「……流石にキツくねーか? 生け捕りとなれば四人でギリギリだぜ。殺すのとは訳が違う」


 四人でギリギリ……。

 その四人でギリギリなのかよ。


「だから、できればでいい。難易度が跳ね上がるからな。

 その辺は状況を見て指示する」


 ボス、これは最初から生け捕りを狙っていた臭いな。

 殺すだけなら四人もいらないと溜息さんも言っていたし。

 そうまでして引き出したい情報があるのか。


「なんか策とかあんのか?」


 百零さんが言った。


「死音を使う」


 みんなの視線が俺に移った。

 ここで俺か。


「死音には、俺達の人質となってもらう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ