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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
五章
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日の判決

 今日は延期された学内トーナメントがやっと行われる日だ。

 しかし、わざわざ学内トーナメントを見るために学校へ赴く気にはならない。

 ロールの戦いだけは少し見てみたい気もするが、本気でやるわけがないので、それを見たところでだ。

 そのため、俺は予定通りサボることを決め込んでいる。


 サボると言っても、無能力である俺の成績にこの欠席は影響しないし、実質の休日である。




 久しぶりに自宅で眠った。

 しかし、寝不足だ。

 考え事が先行して、なかなか寝付けなかったのである。一昨日もそうだった。

 もしかしたら今や自室よりロールの部屋のソファの方が、よく眠れるかもしれない。


 俺は自室のベッドに寝転がり、天井をぼーっと眺めた。

 前と違って、最近はこの部屋にいることも少ない。

 元々両親が家にいる時間も少なかったので、その上俺も帰ってこないようになりだしたから、この家も寂しいことだろう。


 親が何も言ってこないから、俺の不良化はどんどん進んでいる。

 夜遅くにでかけたり、連絡もせずに数日帰らなかったり、最近だと土日に帰らないのは当たり前になってきている。


 久しく家族でご飯を食べていない。




 あれから2日、俺は自宅でゆっくりと過ごしていた。

 考えることが多かった。


 あの会議ではまだ作戦の方向性が決まっただけで、細かいことは話されていない。

 ボスがまた整理して幹部会議を開くらしい。


 分かっていることは、弦気が利用されるということ。

 そして作戦に俺が参加するということ。


 弦気はどう利用されるんだろうか。俺はどう作戦に役立てられるのだろうか。


 弦気に接触して父親の方だけ殺すなんてことはしないはずだ。

 つまり、弦気はこの作戦で利用され、殺される。


「……」


 そしてその作戦に俺も加担する。


 迷いがある。

 状況を飲み込めていない混乱している俺がいる一方、冷静な俺もいる。

 弦気が死ぬ。

 嫌だ。別にいい。


 分からなくなってきている。

 どう考えているのか。どう考えたいのか。どう考えるべきなのか。


 俺の中には2つの考え方がある。

 それは神谷風人としての考え方と、死音としての考え方。

 今はなぜか死音としての考え方が俺の中で少し先を行っている。 


 白熱さんと黒犬さんが死んだから?

 違う。

 優先度が変わってきているのだ。

 神谷風人としての生活の質が、Anonymousでの生活の質に劣っている。


 それ故に、俺は心の何処かで鬱陶しい日常との決別を望んでいる。


 違う。そんなはずはない。


 家族は大切だ。

 無能力のお前を放置してるような家族が?

 違う。


 弦気達といるのは楽しい。

 楽しい? 何が。


 何が楽しいんだろう。何が楽しかったんだろうか。

 俺はあのグループの中に"いるだけ"だった。


 弦気は死んでもいいと思わないか?

 そんなわけがない。親友だ。あいつが死ねば、凛も大橋も悲しむ。


 それは弦気に限った話じゃないだろ。

 なら凛も大橋も殺せばいい。


「……」


 何を考えてるんだ俺は……!


 俺は体を勢い良く起こし、時計を見た。

 時刻は午前10時。


 頭が痛い。

 ボスに弦気を殺さないでくださいなんて言えるわけがない。

 俺だけの問題じゃないのだ。

 ボスは最大限俺の私事を考慮してくれた。

 だからここで……。


 ……考えるのはよそう。

 無意味なことだ。考えたところで何も変わらない。

 俺が変えられることは何もない。


 ただ、命令をこなせばいい。

 俺が弦気と戦うわけじゃない、俺が御堂龍帥と戦うわけじゃないのだ。



 俺はまたベッドに体を預けた。


 その日は一日眠った。





 翌朝、俺は自室で目覚める。

 今日も昨日に引き続き学内トーナメントがある。


 携帯を開くと、一件の新着メールがあった。

 凛からだ。


『学内トーナメント、見に来ないの?』


『行かない』


 そう書いたメールを送ると、俺は携帯を枕元に置いて立ち上がった。

 服を着替えると、一階に降りて顔を洗い、歯を磨く。

 そして家を出た。


 向かう先はアジトだ。

 今日はレンガの世話をしにいく。

 ロールがいないので、溜息さんを誘おうかと思っている。


 溜息さんには予定がない。


 というのも、今現在、Anonymous本部の機能は半分停止しているのだ。

 御堂龍帥の動きの影響で、一時的に行動制限ができたからである。

 どこのスポンサーが押さえられているかわからないため、無闇に動けないのが今の現状だ。


 俺は組織用の端末で溜息さんにメールを送ってみた。


『今どこですか?』


 携帯をポケットにしまう。

 すると、数秒後に携帯が振動した。電話だ。


 再び携帯を取り出してみてみると、やはり溜息さんからの電話だった。


「はい」


『なんのようだ』


 電話の向こうから溜息さんの声。


「あの、ツハラ支部まで付き合ってくれませんか? レンガの世話をしに行きたいんです」


『それはできない』


「え? どうしてですか?」


『待機命令が出ている。状況が状況だ。死音、お前もじっとしておいた方がいい』


「なるほど」


 任務以外でもダメなのか。ツハラ支部はセントセリア方面とは真逆だし、安全な気もするが、言う通りにしておいた方が良さそうだ。

 じゃあアジトに行くのもやめようかな。


「分かりました。ありがとうございます」


『おそらく今日中にまた会議が開かれる。アジトには来ないのか?』


「うーん。行こうと思ってたんですけどやめとこうかなと」


 今日中にまた会議か。ならアジトで待機……って言ってもやることないしな。


『……じゃあ飯でも行くか?』


 時計を見る。まだ朝の8時だ。


「朝食ですか?」


『いや、昼飯だ。朝はもう食べた』

 

 やることもないし、溜息さんには少し話したいこともある。

 最近は溜息さんとあんまり話せてないからな。

 行くのは大いにありだ。というか行きたい。


「いいですね。行きましょう」


『じゃあ私の部屋に来い』


「え? 今からですか?」


 昼まではまだまだ時間がある。何か俺に用でもあるのだろうか。


『ああそうだ』


 そういえば溜息さんの部屋には入ったことがないな。場所は分かるけど。

 断る理由はない。


「じゃあ行ってもいいですか?」 


『ああ』



ーーー



 溜息さんの部屋に着いた。

 部屋をノックすると、無言で中に招きいれられた。

 溜息さんは部屋の中だと言うのにいつも通りスーツ姿だ。

 俺は部屋の中に入る。


 広い部屋で、まず最初に浮かんだ感想が「武器庫」


「……」


 部屋の壁には刀剣類が立てかけられており、色んな種類のナイフやらなんやらが壁に飾られてある。

 部屋の端には鎖やロープが山となっていて、地面には脱ぎ捨てられたのであろうスーツが複数散らばっている。

 その他にも「なぜこんなものが?」という物が多かった。


 しかし、良い臭いがする。一見火薬の匂いでもしそうな部屋だが、一応女の人の部屋らしい。


 溜息さんは飾り気のないソファに深く腰掛けた。

 ソファには毛布がかけられてあって、部屋にベッドがないところを見ると、いつもそこで寝ているのだろう。 


「……普段、この部屋にはあまり帰ってこない」


 汚いことに対する言い訳だろうか。

 それにしてもこの脱ぎっぱなしのスーツは酷いと思う。

 下着とかもあるし……。


「片付けないんですか?」


 俺は散らかったスーツを見て言った。


「まとめて捨てる。どうせ新しいのがまた支給されるからな」


 それはなんてもったいない……。

 溜息さんだから許される所業だ。そもそもスーツもアジトのクリーニングに出せば無料で綺麗にしてくれるのに。


「……」


「まあ座れ」


 溜息さんに言われ、俺はその隣に座った。すごく弾力のあるソファだ。

 溜息さんはソファの上で横になると、俺の膝の上に足を乗せた。


「で、なんの用だ?」


「え?」


 部屋に呼び出したくらいだから溜息さんの方こそ俺に用があると思っていた。


「なんだ。用があるからツハラに連れて行けと頼んできたんじゃないのか」


「今日はロールがいないから溜息さんに連れて行ってもらおうかなと」


「そうか」


 溜息さんは少し声のトーンを落として言った。


「それに、最近溜息さんとは全然話してなかったし」


「……私の方が忙しかったからな」


 溜息さんは、なんだかんだで真面目だ。

 いや、真面目という言い方はどうなのだろう。

 ただ、こんな性格なのに百零さんやです子さんとは違って、すごい仕事量をこなしている。

 最初に会った時はバカンス中だったし、結構縛られないタイプの人かと思っていたが、そういうわけではないようだ。

 縛られているというわけでもないのだろうが。


 ただ、ボスの命令に忠実なのである。

 

「まあでも、話があるってのは当たりですよ」


「そうか。なんだ」


 溜息さんは俺の上においていた足を組み替える。


「俺、もうすぐ冬休みなんですけど、また修行つけてくれませんか? 御堂龍帥の件が終わってからの話です」


 俺の学校の冬休みは長い。

 学内トーナメントのあれこれが冬休みに食い込むから、その処理分で長くなっているらしい。


「……私は、お前はもう一人で強くなれる段階だと思っている。同じ能力者ならいくらでも助長することができるが、私とお前の能力は違う」


 俺には俺の成長の仕方がある。

 特に音支配(ドミナント)は俺だけの能力だから、応用段階になると溜息さんが手伝えることもなくなってくる。

 それは分かってる。


「でも、足りない……。俺もっと強くなりたいんです。

 なんでか、全然強くなってる気がしない……。トレーニングも毎日欠かさずやってるし、組手も色んな人に相手してもらっている。それは満足してるんです。

 だけど、能力が追いついていない。音撃の火力は段々落ちてきてるし……」


 戦闘の強弱は、やはり能力に依存してしまう。


「それは能力のコントロールがまだ不安定なだけだ。焦るな。

 お前にはまだまだ伸び代がある。むしろ凄いスピードで成長している。焦る必要がどこにある」


「それでも遅いんです!」


 溜息さんは頭の後ろに手を回してゆっくりと目を閉じた。

 そして深い溜息を吐く。



 生き延びるためには強くなるしかない。

 俺は今を生きたい。もっと強くならないと、今を生き抜けない。

 自分を守るために、もっと強くならないと……。


 周りは勘違いしてくれるだろう。

 白熱さんと黒犬さんが死んだから、それで俺は強くなろうとしているのだと。

 きっかけは確かにそうだ。

 でも、その理由は"危機感"。復讐とか、他の誰かがまた死なないようにとかではない。


 あの二人のように殺されないために、俺は強くなりたい。

 こんな風に考えるのは恥ずかしいことだろうか。

 俺を守って死んだ二人に対して失礼だろうか。

 

 でも、辿り着いた本音なんだ。


「……考えてやる。御堂龍帥を消した後でな」


「本当ですか……!」


「期待はするな。考えるだけだ」


 溜息さんは言った。

 溜息さんも溜息さんで今は余裕がないということか?

 いや溜息さんに限ってそんなことはない。

 意地悪な人め。


「このっ!」


 俺は溜息さんの足の裏を思いっきりくすぐった。


「ぅ……ふっ……!」


 俺はその足でソファから蹴り落とされる。

 そしてそのままマウントを取られたが、溜息さんの変な声は聞き逃さなかった。


「溜息さんって結構くすぐったがりですよね」


 その後、死ぬほどくすぐられた。


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