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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
五章
62/156

主の判決

 冷蔵庫の中身が空になったので、俺とロールはアジトの惣菜屋に向かっていた。


 明後日から学校も始まる。

 始まると言っても、学内トーナメントを手早く終わらせたらすぐ冬休みに入る。

 さらに言えば、学内トーナメントに俺は関係ないので、実質俺はすでに冬休みだ。

 ロールは一応参加しておくらしいが。


 惣菜屋に向かう途中、ロールと並んで廊下を歩いていると、前方から男が歩いてきた。

 見ない顔だった。

 無精髭を生やし、みすぼらしい格好をしたおっさんだ。

 スーツはなぜかボロボロで、少し茶髪に染まった髪もボサボサ。


 その男を見てロールは声を上げた。


「アンタ、帰ってきてたの百零(びゃくれい)!」


 百零(びゃくれい)……さん? この人が?


 Anonymousの幹部7人のうちの一人。各地を放浪するだけの役立たずだとロールから聞いていたが、戻ってきたのか。


「ん? おー、ロールじゃないか。久しぶり。隣は噂のパートナーか?」


「はじめまして、死音です。よろしくお願いします」


「ああ、よろしく。俺は百零だ」


「そんなことよりアンタお金返しなさいよ! 他のみんなからも借りてるんでしょ!」


「え? 俺金なんか借りたっけ?」


「また踏み倒すつもりね……! 逃さないわ!」


 ロールは飛びつくような勢いで百零さんの方へ走り出したが、すぐに急ブレーキをかけた。


「うっ……! 魔獣の血が乾いた匂いがする……!」


「ハッハッハ。こうすると誰も近寄ってこないんだ。我ながらナイスアイデア」


 ロールは顔を引きつらせて後ずさってくる。

 百零さんが近づいてくると、俺の方にもその悪臭が漂ってきた。


 思わず顔をしかめる。


「おっと、ロールなんかに構っている暇はないんだった。

 もうすぐ会議があるんだよ」


 百零さんは腕時計を見ていった。


「……アンタそのまま行く気? シャワーくらい浴びなさいよ」


「そんなことしたらみんなのしかめっ面が見れないだろ? 久々に会うのにさ」


「……相変わらず良い性格してるわね」


「ハハハ。じゃあ、そういうことで」


 百零さんは、そう言って通り過ぎて言った。


「死音、あいつにお金貸したらダメよ。返ってこないから」


「分かった」


 幹部会議か……。気になるな。

 御堂龍帥について話すのだろう。


「なあロール。幹部会議っていつも7人全員集まるのか?」


「うーん、7人全員集まることはめったにないわ。一年に一回あるかないか。そもそも幹部会議自体そんなに行われないしね。

 いつもは大体4人。今日はです子も百零もいるから6人もいるわね」


 溜息さん、煙さん、千薬さん、です子さん、詩道さん、百零さん。

 これで幹部6人。

 あと一人は空蝉(うつせみ)さんだ。


 この人もです子さんや百零さんのように、型にハマらないと聞く。

 支部を回って仕事を来なしているらしいが、実のところは半分サボっていて、百零さんみたいに各地を放浪しているとか。



「……」


 ボスは、白熱さんと黒犬さんの死についてどう思っているんだろうか。

 さっき呼び出された時は何も言わなかったが、内心では部下を殺されて怒っていたりするのかな。

 それとも、こんなことにはもう慣れていて、そこまで悲しくなかったり。

 少なくとも御堂龍帥に対して危機感は抱いているだろうか。



 惣菜屋に着くと、俺は腹を押さえて言った。


「すまん、ロール。ちょっとトイレ行ってくる。

 買い物済んだら先に部屋に帰っといてくんね?」


「え? 分かった」


 ロールの返事を聞くと、俺は百零さんの音を追って走った。




ーーー



 会議は第一会議室で行われるようだ。

 中にはすでにボスを合わせて7人が集まっている。

 俺は部屋の外で耳を澄まして会議が始まるのを待っていた。


 今俺がしているのは盗み聞きだ。

 気づかれる訳には行かないので、さすがに中は覗けない。


 普通に盗聴するだけならこんなに近づかなくてもいいのだが、第一会議室は厳重な防音仕様になっていて、接近しないと声が聞き取れない。


「さて、会議を始めようか。……空蝉は来てないな」


 会議室の中は静まり返っていたが、唐突にボスの声がした。


「来るわけねーだろあいつが」


「……お前が言うな」


「なんだよ。俺は出席良い方だろ? というか溜息またおっぱいデカくなった?」


「……潰すぞ」


「いやいや、そんなことより百零臭すぎない!? 何考えてるの!?」


「心を読めば分かるだろ、です子」


「そういう意味で言ったんじゃない!」


「喧嘩はするなよ。私の仕事が増える」


「いきなりうるせぇぞお前ら」


「……」


「今日は賑やかな会議になりそうね」


 会議を始めるとボスが言った途端、みんなして一斉に話し出したので、俺は驚いた。

 号令があるまで話してはいけないルールでもあったんだろうか。

 ずっと無言で、険悪なムードでも漂っているのかと思っていたのだが。


「今回集まってもらったのは」


 ボスのその言葉で、会議室の喧騒は収まった。

 全員がボスに注目しているのがわかる。


「他でもない。白熱と黒犬が、御堂龍帥にやられた件についてだ」


 その言葉に対しての反応はなかった。

 昨日のことともなれば、もう全員に情報が行っていたのだろう。

 幹部だしな。


「この件で問題視しているのは、御堂龍帥が大将から中将に降格した点だ」


「なに?」


 煙さんの声だ。


「奴は先の件で、あえて責任を負い、自ら降格した。

 そして現在、セントセリアの配属から外れている」


「……だから昨日動けたのか」


 観測者の伝達もギリギリだった。

 いや、それは御堂龍帥の移動速度が速すぎたということか?


「そうだ。そして調べによると、今、うちと繋がりのある組織を片っ端からガサ入れしてるらしい。

 その中で、買収または脅されて寝返りつつある組織も多い。昨日のドルトルシアファミリーはその一つだった」


 ドルトルシアの断末魔を思い出す。

 約束が違うだのどうだの言っていたな。

 ということはドルトルシアファミリーも騙されて、俺達をはめることになったのか。


「裏切った組織をピックアップしておけ。私が行く」


 ガタと、席を立つ音が聞こえた。

 溜息さんの声だ。


「待て溜息。今回はそうじゃない」


「……なに?」


「やーい、溜息の早とちり!」


「うるさいです子」


 俺はボスの声に集中する。

 どういうことなんだ。


「俺はずっと大きな障害物を避けてきた。

 戦っても中将。敵の主力は観測者(オブザーバー)に監視させ、常に裏をかいて動いてきた」


「……」


「当然それは俺の意向だ。俺は決定的な犠牲を恐れていた。

 ……しかし、ここにきて奴らの動きもまともになってきている。

 大きく動くならここだ。危険を顧みない賭けをする必要がある」


「それはつまり?」


 煙さんが言った。



「御堂龍帥を消す」



 会議室の中を、静寂を支配した。

 その空気に耐えかねて口を開いたのはです子さんだ。


「私はパス。あんな化物と殺り合うなんて正気の沙汰じゃないよ。言ったら宵闇クラスだよ? 私暗殺は得意だけど全く殺れる気がしない。

 真っ向で挑んで勝てる可能性があるのは、この中でも溜息かハイドくらいじゃん。あとギリ百零」


「ギリかよ俺」



「そうだな、前衛は俺と溜息と百零と詩道だ。です子と煙には後方支援及び過程を作ってもらおうか。千薬には当然医療班としてきてもらう」


「え……?」


 です子さんと同じく、俺も声がでかけた。


「幹部総出で殺るの?」


「そうだ。最初は俺が一人で行こうかと思ったが、やはり慎重に行きたい。

 だから、全員で奴を叩く。どちらにせよ、御堂龍帥は放置できない」


 マジか。

 だが、相手があの御堂龍帥ならそれくらい慎重になってもおかしくない。

 宵闇さんでも互角。互角ということは、やられる可能性もあるということだ。


「ハメ殺すってことだな。それだけなら俺とハイドと詩道と溜息で、ほぼ確実に殺ることができる」


 百零さんの声。


「その状況に持っていくことが難しいということでしょ。相手は逃げるかもしれないんだから。

 過程ってのはそういうこと。百零は馬鹿だなぁ。臭いし」


「何言ってる。詩道の"無限回廊"を使えばいいじゃねーか」


「詩道の能力は、詩道にしか扱えない。みんなが詩道のイメージ通り完璧に動けるなら苦労しないよ。詩道の負担も考えてないし、やっぱり百零は馬鹿だなぁ」


「言うねぇ」


「確かに、詩道の能力で奴の動きを制限しても、それに合わせられなければこちらの動きも制限されることになる……」


「半端な連携は逆に足枷になるかもしれないわね。私の負担は考慮に入れなくていいわ」


 段々高レベルな話になってきた。


「それに、私達はあんまり行動を共にすることもないから、個の実力はあってもチーム力に欠ける」


「このメンツだと、チーム力はそこまで影響しないように思えるがな。

 どこまで奴を封じるパターンを組み込めるかが問題だ」




「というか、この会議室が張られてるのにお前ら気づいてる? 今更だけど」




 そんな百零のさんの言葉を最後にして、時間が止まったように会話も止まった。


 俺は目を見開いた。


 今のは、俺のことだ。

 ちゃんと音は消していたし、その上、中は防音仕様だから俺の存在が悟られるはずはないのに……なぜバレた。


「百零……、ホント空気読めないね」


 俺が逃げようとした時、です子さんがそう言った。

 俺は動きを止める。

 どういうことだ……?


「はぁ」


 溜息さんも呆れたように溜息を吐いた。


「みんなわざと気づかないフリしてたのに」


「あ、やっぱりそうなのか。言うかどうか迷ってたんだよ」


 俺の盗聴、……バレてたのか。

 この人達相手にこの距離は、音がなくても気づかれてしまうようだ。

 なんで気づかないフリなんかしてたんだみんな。


「死音、入ってこい」


 ボスの声が聞こえて、俺は立ち上がった。

 そして会議室の扉を開ける。


「すいません……。盗み聞きしてました」


「途中までは良かったが、聞くことに集中しすぎたな。存在感を出しすぎだ」


「……はい」


 溜息さんのダメ出しに俺は頷いた。


「なぜ盗み聞きしようと思った」


 ボスが言った。


「それは……、御堂龍帥についてどんなことが話されるか知りたくて」


「そうか」


 嘘だ。

 本当は、聞きたいことは聞けなかった。

 白熱さん達の死について、会議でどれだけ触れるのか気になったのだ。

 だけど、会議は思っていたより作戦的だった。


 それもそうだ。


 今大切なのは白熱さんと黒犬さんの死を嘆くことではない。

 みんなすぐに切り替えができたんだ。

 俺だけがまだ引きずっている。


 まだ……?

 昨日のことだぞ。

 そんなに早く切り替えられるわけがないじゃないか。


「空いてる席があるだろう、そこに座れ」


 ボスはそう言って溜息さんの隣の空席を指差した。


「え?」


 会議に参加してもいいってことか……?


「早く座りなよ死音くん」


 です子さんが机をバンバンと叩いた。


「……いいんですか?」


「ハイドがいいって言ってるんだから」


「ありがとうございます」


 俺はボスにお礼を言うと、俺は席についた。


 机は、八個の椅子がゆとりを持って並べられる大きな円卓で、俺の両端は溜息さんと煙さんが座っている。

 そして向かいには百零さん。その両サイドにはです子さんと千薬さんだが、です子さんと百零さんの間は大きく空いている。

 臭いから距離をとっているんだろう。

 千薬さんは気にならないようだ。


 それにしても俺のこの場違い感……。


「丁度いい空気の入れ替えになったな」


 ボスはにやりと笑って言った。

 隣の溜息さんがフッと笑う。


「さて、話の続きだが、良い案を思いついた」


 ボスはニヒルな笑みを張り付かせたまま言う。


「この作戦に、死音を加えよう」


「え?」


 何言ってるんだ……?


「実は、俺達の中で顔バレしていないのが俺だけという問題があった。

 しかし俺は顔を晒す訳にはいかない。

 だが、死音はどうだ。まだ入って日も浅く、一般人としての匂いも残ってる」


「まさか、死音を軸に囮作戦を組むつもりか……?」


 煙さんは言った。

 俺はボスに恐る恐る視線を戻す。


「そうだ」


「本気?」


 です子さんが言う。ボスは無言で肯定する。

 この空気で無理だなんて言う度胸は俺にはなかった。


 ボスは続ける。


「……そしてもう一つ、有益な情報がある。

 これは間接的に、死音から得た情報だ」



 間接的に俺から得た情報……。なんだそれは。



「御堂龍帥……、奴には息子がいる」


「……!」


 それは、俺があえてボスに伝えなかった情報だ……。

 弦気は自衛軍。しかし父親が自衛軍の大将だということは、伝えなかった。

 弦気が自衛軍であることは弦気自身の問題だが、父親が自衛軍であることまで伝えるのは、曲がりなりにも親友の俺にはできなかった。

 その父親が、大将だとしても。


 俺の方にいかなる理由があったとしても、弦気が問答無用で狙われることがわかっていたからだ。


 ボスは弦気を調べたのか。

 思えば、必然的に手に入る情報だ。


 弦気のことを教えたのは三ヶ月以上前。


 ということは、その情報を知っていながらあえてボスは弦気に手を出していなかったのか。俺のことを考慮してかどうかは知らないが……。

 しかし、このタイミングとなるとそうはいかない。


 文句なんて言えるはずがない。




「名を、御堂弦気。死音のクラスメートでもある。

 俺はこいつを利用しようと思う」



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