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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
五章
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月の判決

「月離……さん? どうしてここに……?」


「いいから立て」


 首根っこを掴まれ、俺は半ば無理矢理立たされた。

 そしてわけもわからないまま引きずり歩かされる。


「能力をoffにしろ。今は奴の音を聞くな」


「なん……」


 なぜかと問おうとした時、俺の能力はすでに使えなくなっていた。

 能力施錠(スキルロック)。月離さんの技の一つだ。

 月離さんの能力は、あらゆるものを施錠解錠することができる。


 月離さんは俺の胸ぐらを掴みながら、乱暴に通りを横切る。


「次の角を右だ。もっと早く歩け」


 言われて、傷ついた体を俺はなんとか奮い立たせた。

 後ろから御堂大将が来ていないか気になるが振り向かない。

 怖くて振り向けなかった。



 白熱さんと黒犬さんの顔が脳裏に浮かんで涙が出そうになる。

 二人は俺を守って死んだんだ。


 御堂大将に対しての怒りはあるかと問われればある。

 だがやはりそれ以上に恐怖が強かった。

 死ぬかもしれないと言う恐怖。

 だから俺は感情的になって御堂大将に向かっていくことなんてできない。

 そんな自分が恥ずかしかった。



 角を右に曲がると、月離さんはすぐそこの扉を開けて俺をその中に入れた。

 俺は埃の被ったソファに投げ出される。

 切り裂かれた体が激しく痛み、血がソファに付着した。

 意識も少し朦朧としている。血が足りてない。


「ここは……? 安全な場所ですか?」


「そんなわけない。血痕が残ってるからすぐに見つかる」


 月離さんは着ていた上のコートを脱ぎ捨て、部屋に置いてあった唯一誇の被っていないスーツケースに手を伸ばした。

 その中から出てきたのは、長袖の服、赤い女物のコートと白いズボン。

 あとカツラだった。


 月離さんは俺に近づいてきて、着ていたタキシードをナイフで切り裂いた。

 上半身の服を取り除かれ、御堂大将にやられた傷口が露出する。

 それを見て月離さんは軽く舌打ちをした。


「一時的に傷を施錠する。痛むぞ」


 体中を激痛が襲った。


「ぐ、ぁぁぁぁ……!」


 小さく悲鳴を上げる。

 腕を見てみると、深く切れていた傷口がゆっくりと閉じていった。


「これで血は止まったな」


 月離さんの能力、こんなこともできるのか……。


 やがて痛みは少し引き、月離さんは言った。


「血を拭いてこれに着替えろ。靴も脱げ」


 投げ渡して来たのは先程スーツケースから取り出した女物の服だ。一緒にタオルも投げてきた。


 変装か。

 確かに、今のままでは面が割れてしまうかもしれないし、このボロボロのタキシードのままじゃ御堂大将に見つかってしまう。


 言われた通り、俺はそれに着替えた。

 着替え終えた俺に、月離さんはカツラをかぶせ、俺の唇に紅を塗った。

 ファンデーションも塗りたくられ、俺はされるがままになっている。


「よし、悪くない」


 俺の女装が完了すると、月離さんは俺を抱き上げた。

 横抱きにされた俺は、一瞬抵抗しそうになったがやはりされるがままになる。


「僕の首に手を回せ」


 これも言われたとおりにする。

 俺を助けようとしてくれているのだ。従わない術はない。

 月離さんは俺を抱えたまま、さっき入ってきた裏口ではなく、表口から廃屋を出た。

 また歓楽街のチカチカとした景色が目に入ってくる。

 視点は違う。俺は月離さんに抱えられたままだ。


「分かってると思うが、この街はすでに包囲されてる。

 ドルトルシアが死んで、街のガサ入れが始まる。お前は誰とも目を合わせるな。目を瞑っててもいい」


「……分かりました」


 月離さんは歩き出す。いつのまにか能力が戻っていたが、御堂大将の位置はすでにわからなくなっていた。


「どうやって、……ここから逃げるんですか?」


「なんとかして街を出て、詩道さんと合流する。詩道さんの到着はおよそ30分後だ」


 詩道さんが向かってきてるのか。

 合流すれば逃げ切れられる……。


 

 月離さんは歓楽街のど真ん中を俺を抱いて堂々と歩いた。

 誰とも目を合わせるなと言われたが、やはり進む道は気になる。


 チラホラと自衛軍の姿を見かける。俺を探しているようだ。

 歓楽街を抜けると、明るい雰囲気は消えて普通の街並みになった。


 しかし丁度その時、道の先に御堂大将の姿が見えた。

 奴はこっちを向いている。


 思わず目を見開く。すると月離さんは「チッ」と舌打ちを一つして、路地に曲がった。

 音は当然聞いてしまう。御堂大将はこっちに向かってきていた。


 気づかれたのか……? そんな、どうして……?


「少しの間我慢しろ」


 路地を少し行ったところで月離さんはそう言って俺を地面に立たせた。

 そして俺の唇に思いっきり自分のそれを重ねてきた。


「んん……!?」


 流石に抵抗する。

 しかし月離さんは、抵抗する俺を眼力で黙らせた。


「……」


 カツカツと軍靴の音が近づいてくる。

 御堂大将は、俺達のいる路地の先で止まった。街灯が奴の姿を照らしている。

 あっちからはこちらの姿はよく見えないはずだ。


 月離さんは身じろぎして、俺から顔を離す。

 そして御堂大将の方を睨んだ。


 何しているんだと思ったが、これも演技か。普通キスをしているところをガン見されたら睨み返すかなんかする。


 すると、御堂大将は路地を通り過ぎていった。


 御堂大将が完全に離れていくのを待って、俺はふうと息を吐いた。

 へたり込みそうになった俺を、月離さんがまた横抱きにした。


「今から奴の音を把握しろ」


「……分かりました」


 俺は御堂大将の音を追った。これで奴の位置を把握すれば、見つかることもないし、遭遇を回避することもできる。

 なぜ一度能力をoffにさせられたのかは分からないが、これでひとまず安心だ。

 音を聞けるというのはでかい。


 月離さんは淡々と路地裏を進んでいく。



「俺だけ助かって、いいのかな……」


 月離さんに抱えられながら、ふと、そんなことを言った。会話するつもりはなかった。

 だが、口に出してしまったのだ。

 助かりたい。その気持ちは強い。

 だけど、それに背徳を感じている。


 唐突に、俺は地面に投げ出された。  


「なっ……!」


 背中から落ちて、かろうじて受け身をとったが痛みが走った。

 地面に這いつくばる俺の腹を、月離さんは思いっきり蹴る。


「ぐぅっ!」


「お前だけ助かっていいのかって?

 いいわけないだろうがッ! 今、助けられるのがお前しかいないんだ……!

 お前なんか見捨ててもいいくらいなのに……!」


 月離さんの声は震えていた。

 俺は地べたから月離さんを見上げる。

 月離さんは涙を流していた。


「ウザかったけど、いい人達だった……。白熱さんも黒犬さんも……」


 月離さんは倒れ込んでいた俺を再び抱き上げて、歩きだした。


「こうして仲間が死ぬのは初めてか……?」


「……はい」


「……こんなこと、この世界では日常茶飯事だ。支部ではもっと人が死ぬ。

 非情になれる奴だけが生き残っていく」


「……」

 

「お前は生き残っていくタイプだ。

 他人の情を受け、自分だけ生き残っていくタイプ……」


 返す言葉はない。そうかもしれないと、自分でも思ったからだ。


「自分だけ助かっていいのかなんて、心にもないセリフ吐きやがって……」


 俺はただ黙り込むしかなかった。

 失言だった。白熱さん達に対しても。



 路地裏を通ってゲート付近まで辿り着いた。


「この先を抜ければゲートだ。ここからは自分で歩け」


「はい」


 しばらく歩いてゲートが見えるところまで来た。


 この街のゲート管理は甘い。

 自衛軍もほぼ配備されていなかったし、そのまま通れるくらいだ。

 しかし、包囲されている今は違った。


 ゲート付近には自衛軍のパトカーが数台停まってある。

 敵の数は十数人。

 それを月離さんは路地の陰から観察していた。

 

 歓楽街から三番目に近いゲートを選んだのは、そこが手薄になると踏んだからだろう。


 ゲートの様子を確認すると、月離さんと俺は一度引き返した。


「あの程度なら突破は簡単だ」


 言いながら、月離さんは路上に停まっていた車の鍵を能力で開け、その中に無造作に乗りこんだ。


「隣に乗れ」


 頷いて、俺も助手席に乗り込む。

 エンジンキーが月離さんの能力によって回り、エンジンがかかった。

 

 車は発進し、ゲートへ向かった。


 ゲート周辺まで進むと、自衛軍の人達が車を囲うように集まってきた。

 俺は俯いて、顔が見られないようにカツラの髪を垂らした。


「ここ通れないんですかー?」


 車窓を開け、顔を出して月離さんは尋ねた。

 一般人を装っている。


「すいません、今封鎖してるんですよ」


「なら死ね」


「は……?」


 月離さんは一旦車をバックさせ、一気に加速前進した。

 反動で体が大きく揺れる。


 車は自衛軍の数人を轢き、パトカーを押しのけ、ゲートを突破した。 


「よし」


 パトカーのサイレンが鳴り響き、奴らは後ろから追ってくる。

 俺は車のドアを開け、その隙間から音撃を放った。

 その衝撃波により、追ってきていた三台のパトカーは横転する。


 同時に、御堂大将の音が動いた。

 今の奴らが無線で俺たちのことを報告したのだ。


「月離さん……! 奴が動きました!」


「焦るな。もう少しで合流地点だ」


 月離さんはさらに速度を更に上げた。

 が、接近してくる奴のスピードはそれを遥かに超える。


 車窓を開けて振りかえると、後方の上空に奴の姿が見えた。


「やばい……!」


 パシュンと、車のタイヤがパンクする音が聞こえた。

 御堂大将の真空波だ。


 車はガタガタと揺れ、それでも進む。

 が、大幅にスピードは落ちてしまった。


「チッ……!」


 月離さんの頬に一筋の汗が流れる。


 急接近してきた御堂大将は車の前に降り立った。そして強風で車の進行を止め、ゆっくりと車に近づいてくる。


 終わった。


 そう思った瞬間、御堂大将の音が遥か後方に移動した。


「……!」


「これは……!」


 そして隣には……


「おまたせ死音君、月離」


 詩道さんがいた。


「詩道さん……!」


 俺と月離さんは声を揃えて言った。


「話してる暇はないわ。また奴が来る。車から降りて」


 言われた通り車から降りると、猛スピードで再び接近してくる御堂大将に気付いた。

 その殺気でどうにかなってしまいそうだったが、詩道さんが俺の手を引いて、俺は一歩前に進んだ。


 すると、景色が一瞬で変わった。


「……!」


 御堂大将の音は更に遠ざかっていて、奴は俺達を見失っている。

 詩道さんの能力……、"虚理使い(ディスダンサー)"

 一時的に距離という概念を支配下に置く能力。

 それで一歩の距離を伸ばしたんだ。


「これで撒いたわね」


 詩道さんは言った。


 撒いたんだ……。やっと。


「よくやったわ、月離」


 詩道さんにそう言われ、月離さんは嬉しそうに頭を下げた。


「お褒めに預かり光栄です」


「死音君も、頑張ったわね」


「……」


 何も、頑張ってなんかない。

 俺は逃げただけだ。

 しかもそれすら自分の力じゃない。


 俺は、……なんなんだ。


「それも経験よ。気に病むことはないわ。今回は運が悪かっただけ」


「詩道さん、こいつに励ましの言葉はいりませんよ。こいつは……」


「黙りなさい」


「……」


「月離、人によって抱えることは違う。あなたもそうでしょう?」


「……はい、すいませんでした」


 詩道さんは俺がかぶっていたカツラをとって、俺の顔をまじまじと見た。


「ふふ、酷い顔」


 そう言って、詩道さんは俺を抱きしめる。


「……全部踏み台にして、乗り越えなさい。この先こんなことはいくらでもあるわ」


 詩道さんはそれだけ言うと、俺から離れた。

 詩道さんが離れても、しばらく俺は立ち尽くしていた。


 体の傷が痛んだ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 白熱さんたちとの絡みをもっと読みたかったです。
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