影動く音
それから二日後の金曜日、Anonymous専用のケータイにメールが届いた。時刻は深夜をまわっている。
送信元は”黒犬”
誰だ?
そう思ってメールを開いた。
『今夜一緒に一仕事どうよ?
分からないと思うが、白熱も一緒だ』
メールにはそんな内容が書かれてあった。
つまり、仕事の誘いが来たのだ。
Anonymousでは、基本的に相性の良いパートナーと任務をこなし、パートナーとのコンビを磨いて任務達成率を上げるという方針だが、こうしてパートナー以外のメンバーと任務に行くことがある。
その誘いのことをAnonymousでは”シェイド”と言う。
ロールは新入りの俺がシェイドされることは無いと言っていた。
理由としては、当然だが任務成功率が下がるからだ。
だが、これはどういうことだろうか。
Anonymousに入ってからはや5日。
メンバーの仕事用ケータイの連絡先に”死音”という文字が増えたことで、俺の存在はすでに組織内に知れ渡っているだろう。
地上での事件のこともある。
そして能力を俺が持て余していることは誰もが知っているはずだ。
いや、そこもあるけど、入って5日の俺をシェイドするだろうか普通。
まだこういう単発の任務はしたことないのに。
しかもこんな時間から?
疑問は多い。
何はともあれとりあえずロールにメールして聞いてみよう。寝てるかもしれないけど。
『シェイドされたんだけど』
そんなメールを送り、俺は一息つく。
汗もかいたし、シャワーでも浴びようかな。
そう思ってるとケータイが振動した。送信してから一分も経ってない。
メールかと思ったが、電話だった。もちろんロールからだ。
俺は電話を取る。
『もしもし』
電話越しにかすれた声が聞こえてくる。やっぱり寝てたか。
「もしもし。悪い、起こした?」
『当たり前じゃない! 今何時だと思ってるわけ? 一時よ!
……まあそんなことより誰からシェイドされたの? どうせ煙とかその辺りでしょ』
寝てたのにこの反応速度か。仕事用ケータイじゃなくて、プライベートのケータイに連絡してたら反応はなかったかもしれない。
「いや、黒犬って人」
『あー、あの人か。じゃあ白熱もいっしょね。
断りなさい。いや、無視でいいわ』
そうか。まあ俺が行っても足手まといにしかならなさそうだし、そりゃそうだよな。能力だけ強くてもな。
でもこいつなら「行ってくれば?」なんて言いそうだと思った。
「わかった。んじゃ」
言って、電話を切ろうとすると、ロールの言葉は続いた。
『無いと思って警告しなかったけど、アンタはシェイドされても受けちゃダメ。まだ早いわ。危険よ。
シェイドを受けていいのは、私と一定数任務をこなして、ある程度実力をつけてから。
それまでは絶対ダメだから』
俺が行ってはいけない理由は、そういうことらしい。俺の身を案じてくれてるのか。
とりあえず逆らわない方がいいだろう。
そう思って俺は答える。
「了解」
『ん、おやすみ』
電話は切れる。
さて、とりあえずせっかく誘ってもらって無視は悪いので、黒犬さんに電話して丁重に断らせてもらおう。
俺は仕事用のケータイの連絡先から黒犬を検索して、電話をかけた。
ちょっと緊張するな。
断って怒られはしないよな?
コールが鳴り響き、しばらくすると繋がった。
『うっす。良い夜だな規格外の坊主! 来るのか!? 来るのかァ!?』
いきなり響いた大音量に、俺はケータイを耳から遠ざける。
この人との電話は耳にケータイを当てなくても良さそうだ。
それにしてもこれを断るのかよ……。
「いえ、今日はお断りさせてもらいます。誘ってくれたのにすいません」
『かぁぁー! 聞いたかよ白熱! やっぱり断りやがった!』
「すいません……」
電話の向こうから白熱という人の声が聞こえた。『代われ』だ。
『やあ、白熱だ。
断った理由を聞かせて……いや、当ててやろう。
ロールに言われたんだろう? 断われ、と』
「ええ、まあ……」
『フフ、フフフ。
フフフハハハハハハハハ!! 尻に敷かれてやがる! 女の言うなりにやってやがる! ばーかばーか!!』
「……」
……なんだこの人。
『君のことは調べさせてもらったぞ!
童貞! 彼女なし! 顔はまあまあなのに告白されたこともない!
クァーハッハッタハ!! 何を楽しみに生きてるんだアハハハハ!!』
電話越しに笑い声が聞こえてくる。黒犬さんも笑ってるみたいだ。
二人の不快な笑い声が響く。
馬鹿にしてるのではなく、本当にツボに入って笑っているのが分かった。
俺は無言で電話を切ろうとした。
ロールに言われた通り、無視した方が良かったのかもしれない。
『スタァァァァップ! 今電話を切ろうとしたな!?
クク、フヒヒ実は君のことなんて欠片も調べてない!! ククぷ……フヒッ。
とにかく! 君には熱さが足りてない! ロールの言いつけなんて破ってしまえ!
なぁに、任務でミスしても咎めはしないさ!
それに今回の任務は夜遊びみたいなもんだ!』
どうしようかな。
今の言葉でちょっとだけ、ちょっとだけこの人達と任務したら楽しそうだなんて思ってしまった。
そして、いくら挑発でも、ここまで言われてそのままでいいのだろうか。
ロールの言いつけに正直束縛力はあまりない。
未だに能力も教えてくれないし、もしかすると俺より弱いんじゃないだろうか。
ぶっちゃけると、ロールはあんまり怖くない。
……。
『おお! 君から迷いの波動が伝わってくるぞ!
来るか!? 来るのかい!?
どうだ男、死音! カマン! カマンベイベッ!
来るかぁ!?』
そして俺は答えた。
「……受けます。どこに行けばいいですか?」
『ぽぉぉぉぉぉぅヮ! 来たぁぁ!!
カフェの10番! 合言葉は”あいうえお”だ!
待ってるぜ! グッバイ!』
ーーー
「10番お願いします」
現在、俺はアジトのAnonymous直営のカフェにいる。
そう、いつもの入り口だ。
重要な情報はここで取引されている。
10番とは、公の場で話せない情報をカフェのマスターにあずけて、それを間接的に引き出すシステムのことだ。
「合言葉は?」
「……あいうえお」
謎チョイスの合言葉を俺は言う。
「地点A-12。5番シャッターを2回ノックだとよ」
それだけ聞くと、俺はカフェを出て聞いた場所に向かった。
もちろん徒歩だ。
Anonymousの人達は、”居場所”の情報だけはとくに厳重に扱う。
面倒臭いが、こういう徹底したところはちょっとカッコイイなんて思っている。
地点A-12は、駐車場だった。
5番シャッターの場所を二度確認して、俺は二回ノックした。
するとシャッターが勢い良く開いた。
「よく来たな死音! 俺が黒犬だ!」
「そして我が名は白熱!」
倉庫の電気がパチンと点けられ、暗い倉庫の中がライトアップされる。
まず最初に目に入ったのが、すごく速そうな車だ(車には詳しくないので名前は分からない)。
黒い車体が照らされて、怪しく光っている。
そのボンネットに腰掛けて、真っ赤なサングラスに手を当てているのが、おそらく白熱さん。
白いスーツを着ていて、見た目やばい人だった。
そしてその後ろで手をクロスさせてポーズをとっているのが、黒犬さんだろう。
服装は黒いスーツに黒いサングラス。
黒犬さんはがっしりとした体型。白熱さんはスラッとした長身だった。
「……初めまして、死音です」
「やあやあ、よく来てくれたね死音くん」
「白熱のおかげだな!」
「ああ、僕のおかげだ!」
やばい、騒がしいぞこの人達。
「さて、最初に忠告しないといけないことがある」
白熱さんはポーズをやめて、こちらまで歩いてくると俺の肩をぐっと掴んだ。
サングラスを少しあげて、俺と目を合わせる。
そして白熱さんは言った。
「このことは、絶対にロールには言ってはいけないからね!?」
「ああ、それだけは俺からも頼む」
黒犬さんの同調。
……やっぱりロールの言いつけは守った方が良かったかもしれない。
この人達の態度を見るに、やっぱりロールはやばい奴なんだ……。
「まあ君もこのことがロールにバレると大変なことになるだろうから、言えないと思うけど」
「……ロールってやっぱり凄いんですか?」
「そりゃあなァ! あいつは総合評価オールSの化物だぞ!」
マジかよ……。あいつそんなに強いのかよ。
総合評価ってのはよく分からないが怖くなってきた……。
「ロールはAnonymousの中でも第6位の実力者だからね。
とにかく! このことはロールにバレてはいけない!
絶対にだ!」
俺はビビりつつも大きく頷いた。
マジで来なかったらよかったと後悔している。
「見つかったらヤバイのに、なんで俺をシェイドしたんですか?」
黒犬がにやりと笑う。
白熱も口元をニヤつかせてサングラスをかけ直した。
「そりゃあ……」
「スリルと熱意だよ! 僕達が君と任務に行ってみたいと思ったからだ! カモンベイベッ!」
そう言うと二人は黒い車に乗り込んで、エンジンをふかした。
黒犬さんは運転席、白熱さんは助手席だ。
気づけば後部座席のドアも開いている。
しかし、とんでもなく息の合った素早い動きに俺は呆気に取られていた。
「乗りな新入り!」
その言葉でハッとなり、俺は慌てて車に乗り込む。
急発進する車。
俺は頭を窓に思いっきりぶつけてしまった。
「いてぇ……」
「さぁぁて逝くぞぉ!!」
「ちょ、任務ってどんな任務なんですか!?」
詳しい内容も聞かないまま出発してしまった。
乗せられて車に乗ってしまったのが原因だ。
もう戻れない。
「一度しか言わないからよく聞けよぉ!
今回の任務は隣街までドライブだ!
隣町の地下カジノに、ある”ブツ”が流れた! 支部の仲間がヘマりやがったらしい!
それを回収してバーン! 破壊だ! おそらく自衛軍の奴らも来てるだろうよ! 場合によれば戦闘もあり得る!
難易度は、C〜Aだ!」
「オー! アバウト! だがまあ僕達に難易度は関係ないンヌッ!!」
それを聞いて、俺は乗り出していた体をシートに戻した。
ポケットには仕事用のケータイがある。
ロールに助けを求めようか迷ったが、やっぱりやめておく。
小さくため息をついた。
明らかにスピード違反の車は、爆音を鳴らして街道を走る。
流れる景色。
俺の街はどんどん遠ざかっていく。
1時間前の俺にもしメッセージを送れるなら、「ロールの言う事は聞くべき」だろう。
「隣町にはいつ着くんですか?」
俺は脱力した声で聞いた。
「すぐ着く! 一時間くらいかな!?」
「そうですか」
諦めて任務に励むことを決意すると、俺は目をつむる。
そんな俺を阻害するかのように、車内には爆音で音楽が流れ出した。