表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
五章
58/156

覇の判決

 合言葉によって引き出した情報によると、集合場所は五番ゲート前のファミレスらしい。

 俺はそのファミレスの前で待機していた。


 腕時計を見ると、秒針の針が12を指し、丁度5時になった。

 すると、勢い良く曲がり角から現れた黒い車が、俺の前に荒々しく止まった。


 そして助手席の車窓が開き、運転席から黒犬さんが顔を覗かせる。


「この車なかなかだ。執行の奴段々と俺の機嫌取りがうまくなってきてやがるぜ」


「今日支給された車ですか?」


「そうだ。イケてるだろ?」


「はい」


「ハッ! 後ろに乗れ」


 言われて俺は後部座席のドアを開けると、そのまま乗り込んだ。

 足元には預けておいた俺のスーツケースが置いてある。白熱さんのもあった。


「白熱さんはまだですか?」


 俺が聞くと、黒犬さんは視線をファミレスに向けた。

 振り向くと、そこにはレジで会計を済ませる白熱さんの姿が見えた。


 白熱さんはファミレスから出てきて、ゆっくりと車まで向かってくる。

 真紅のジャケットに、白いパンツ、そして青みがかったレンズのサングラス。

 白熱さんらしい格好だ。


「死音くん、どうだいこのジャケット。いかすだろう?」


 そんなことを言いながら白熱さんは助手席に乗りこんだ。


「ええ。目立ち過ぎますけどね」


「ハハッ! 男は目立ってなんぼだよ死音くん」


 ジャケットを披露できた白熱さんは上機嫌だ。


「白熱、お勉強はもういいのか? 一応お勉強用の資料は積んできたが」


「問題ない。バッチリだ」


「本当かぁ?」


「普段使わない頭を使って知恵熱が出たけどね」


「いつも高熱じゃねーかお前は!」


「その通りだ! 行こう!」


 白熱さんがボタンを押すと、爆音でポップなミュージックが流れ出した。

 それと同時に車は発進する。



 騒がしく長い道のりが始まった。



ーーー



 夜の街ムーンロード。

 初めての任務で行った街にもカジノがあったが、こっちの街のカジノの方が大きいらしい。


 街を仕切っているのは、今回の取引相手であるドルトルシアファミリーだ。

 麻薬、奴隷などの違法取引が横行しており、ファミリーの影響で自衛軍も中々手を出せずにいるらしい。


「いい街だぞここは。プライベートでもたまに来る。

 そうだ、仕事が終わったらイイトコに連れてってやろうか死音」


 爆音で流されていた音楽は控えめになっており、きらびやかに彩られた街の中を車はゆっくりと走っていく。

 時刻は午後10時半すぎだ。


 すでに俺と白熱さんはタキシードに着替え終わっている。車内で着替えたのだ

 仮面は手元に置いて俺は深くシートに座っている。


「いや、やめときます」


 俺は言った。


 ロールの嗅覚をナメてはいけない。そういう店に行くと結構本気で怒られそうだ。

 いや、怒られる筋合いはないんだけど、嫌な思いをさせるのが分かっててするのは良くない。

 パートナーだし、俺もロールに嫌われるのは嫌だ。


「クックック、どこに連れて行かれると思ってるんだァ死音くゥん! イイトコと言ったらあそこだよなァ黒犬!」


「そうだ! あそこに決まってる!」


 うるせー。なんか段々とテンションが上がって来てるなこの人達。


「はぁ、どこですか?」


 俺は車窓に肘をかけて言った。

 

「カラオケだよカラオケ! 任務後はカラオケで発散だな!」


 カラオケか。この人達たしかに好きそうだ。


「それは……、悪くないですね」


「だろォ? ちゃっちゃとこんな任務終わらせちまおうぜ」



 車内は無言になる。

 街に入ってから、二人の雰囲気はすでに違っていた。

 この前百貨店で助けてくれた時の白熱さんはあんまり仕事モードって感じがしなかったけど、パートナーである黒犬さんと一緒だと引き締まるようだ。


 車の上を無駄に光装飾された看板達が通り過ぎていく。

 やがて左折して、俺達の車は裏通りに入っていった。

 表とは一転して人がいなくなる。明るい雰囲気もすぐに消えた。街灯すらあまりない通りだ。


「結構時間ギリギリですけど大丈夫なんですか?」


 俺は腕時計を再び見る。

 時刻は10時40分。そろそろまずいんじゃないだろうか。


「焦るな焦るな。早くつきすぎても足元見られるんだよ。

 遅刻しないギリギリくらいにつくのが丁度いい」


「相手はマフィア。でもこちらはAnonymousだ。チンピラ共に下手(したて)に出るわけにはいかないのだよ」


 そんなものなのか。こういう任務は初めてだから分からない。

 二人に任せるか。


 車は暗い路地を走っていく。

 しばらくして、車はある駐車場に停められた。


「死音、音を頼む」


「分かりました」


 俺はすでにonにしている能力で、辺りの音を再確認する。

 周辺には誰もいない。


「大丈夫です」


 俺がそう言うと、白熱さんと黒犬さんは仮面をつけて車を降りた。

 俺もそれに倣って車を降りる。


 裏通りの駐車場は静かだ。

 停まっているのは俺達が乗ってきた車だけ。


 仮面の位置を調節しながら先を進む白熱さん達に続くと、後ろで車がロックされた音が聞こえた。


「ドルトルシアファミリーの拠点はここから歩いて10分程度だ。死音、一応辺りの音に気を使ってくれ」


「分かりました」


 10分程度か。

 本当にギリギリに着くつもりなんだな。


 白熱さん達は話さない。

 やがて俺達は少し大きめの通りに出た。

 先程の歓楽街とは違ってどこか殺風景な通りだ。


「こっちだ」


 黒犬さんが先行した。

 俺と白熱さんはその後をついていく。


 通りの坂を登ると、そこにあったのは豪邸だった。

 詰め並んでいた建物は消え、一見して空は広くなる。


 豪邸を囲む塀。正面には門が見えていて、4人の見張りが立っている。

 塀の中で、更に豪邸を囲むように木々が生えていて、その全貌は見渡せない。


 すごいですね、と言いかけて飲み込んだ。

 そんな雰囲気じゃない。


 黒犬さんと白熱さんが前を歩き、俺はその後ろをついていく。

 こういう時、二人の背中はデカイ。


 門の前まで行くと、黒服の見張りが近づいてきて言った。


「Anonymousの人間だな」


「見ればわかるだろう」


 これから取引をするというのに、黒犬さんは随分と高圧的な態度だ。


「……アレを見せてもらおうか」


 言われると、黒犬さんはポケットから何かを取り出した。

 なにやら指輪のようなものだ。取引相手だと分かる目印みたいなものだろうか。


 黒服の男はそれを受け取って確認すると「ついてこい」と言って門の中に入っていった。

 俺達はその後をついていく。


 門扉を過ぎて、敷地の中を歩くと、やがて豪邸の扉の前で男は立ち止まった。

 振り返って言う。


「一応、武器を預からせてもらう」


「全員丸腰だ」


 事前に言われていたので、ナイフや射出機は置いてきてある。

 白熱さん達も武器は車の中に残していた。


 俺と黒犬さんは手ぶら。

 白熱さんのみが資料やらが入ったカバンを持っている。


「カバンの中を見せろ」


「信用ないねぇ」


 白熱さんはやれやれといった様子でカバンを開いて中を見せた。

 男はその中に手を突っ込んで武器の有無を確認する。


 能力者相手に武器を奪っても大差はない気がするが、できるだけ攻撃力を落とすことに意味があるのだろう。

 相手の能力に応じて武器が必要な場合もあるしな。


「……いいだろう。そういえば、今日はいつもの男じゃないな」


「煙か。奴は今別の仕事だ」


「そうか」


 休暇中だけどな。

 煙さんはいつもこういう仕事を一人でこなしてたんだろうか。だとしたらすごい。

 まああの人、分身を向かわせることができるから、あまりプレッシャーとかないのかもしれない。


 身体検査が終わると、俺達は豪邸の中へと案内された。


 中は豪華絢爛な造りだ。

 天井にはシャンデリア、壁に等間隔で下げられた絵画と、掃除が大変そうな石細工の装飾。

 しかし、思ったより広い間取りではないようだ。


 あまりキョロキョロしてもみっともないので、なるべく前を向いて歩く。


「ここがボスの部屋だ」


 俺達は連れてこられた一室の前に立つ。

 男がコンコンとドアをノックすると、中から「入れ」と声が聞こえてきた。


 黒服の男がゆっくりとドアを開けると、部屋の奥で、プレジデントチェアに腰掛ける白髪の老人が見えた。


 今度は白熱さんが先頭で部屋に入っていく。

 最後に俺が入ると、後ろの扉が閉められた。

 男はそのまま扉の隣に立つ。


 部屋にはドルトルシアの護衛が合計で五人。警戒されているな。


「お初にお目にかかります。ドン・ドルトルシア。わたくし白熱と申します」


 白熱さんは軽く会釈して言った。


「今日は煙じゃあないのか……。まあ座れ」


 ドルトルシアがそう言うと、白熱さんは用意された椅子に座って足を組んだ。


「失礼」


 ドルトルシアの隣に立つ男が少し前に出たのを、ドルトルシアが止める。

 俺と黒犬さんの椅子も用意されていたが黒犬さんが座らなかったので俺も座らなかった。


「いつも思うが、その仮面はなんとかならないのか」


「トレードマークでしてね。これのせいでタバコも吸いにくい」


「灰皿はいるか?」


「いえ、お構いなく。タバコを吸いに来たわけではない」


「そうか。

 ……煙なら世間話に付き合ってくれたのだがな」


「それは気が利かなくてすみませんでした。慣れないもので」


「まあいいだろう。さっそく本題を聞こうじゃないか。

 今日は何を売りに来た?」


 待ってましたとばかりに白熱さんは立ち上がり、カバンの中の資料を取り出した。


「2つありましてね。まずは幻妖花の葉です。

 ご存知とは思いますが、開花時に強い幻覚作用のある幻妖花の葉は、良い麻薬になる。

 麻薬として取引することはできませんが、素材がまあまあ手に入ったので、お買いにならないかと。

 中々手に入りませんよ?」


「現物は?」


「こちらです」


 白熱さんはカバンから小さなプラスチックケースを取り出した。

 そしてそれをドルトルシアに手渡す。


 ドルトルシアはそれを一瞬開けて中の匂いを嗅ぐと、白熱さんにプラスチックケースを返した。


「買いだ」


「ありがとうございます。こちらはサンプルとして差し上げます。素材として扱えなさそうなら、後日のトレードまでにキャンセルしてもらっても構いませんよ」


 そう言って白熱さんはプラスチックケースを再度手渡す。


「分かった。もう一つは?」


「トルク波受信能力感知器。略称TAD(タッド)です。現物はありません」


「なんだそれは」


 俺も聞いたことがない。

 白熱さんは新たに取り出した紙の資料をドルトルシアのデスクの上にすっと置いた。

 ドルトルシアはそれを手にとってパラパラと目を通す。


「トルク波とは、人間が能力を発動させた時の脳の電気活動。つまりその周波数成分の名称です。

 TADは、能力者の活動を感知することができる」


 ドルトルシアの取り巻きが少しざわついた。

 信じられないと行った様子だ。

 俺も信じられない。


 しかし、ありえないことではない。

 Anonymousの中枢機能を担う"観測者(オブザーバー)"はそれを生身(のうりょく)で行っているという。

 "観測者(オブザーバー)"を基礎にして研究したのなら実現してもおかしくない。

 "観測者(オブザーバー)"は名前を聞くだけで、実際に見たことはない。長年Anonymousにいるロールもそうらしい。

 というかこれって他に漏らしてはいけない技術なのでは……?

 Anonymousでなぜ独占しないんだ。

 情勢や力関係が簡単に崩れうる技術なのに。


「……そんなものをなぜマフィアなんぞに売ろうとする?」


「反社会勢力に売ることに意味があるのですよ。

 とは言っても、現段階のTADは実用段階ではない。

 つまりトレードも先になる……」


 白熱さんはそこで口をつぐんだ。

 ドルトルシアはデスクをトンと指先で叩く。


「……なるほど、出資金を出せということか」


「話が早くて助かりますよ、ドン・ドルトルシア」


「実用段階に至れば、TADはドルトルシアファミリーの技術にもなるわけです」


「嘘じゃないのなら悪くない話だ。ただ、信じられないな」


「こればっかりは現物を持ってくるわけにもいけません。質問はいくらでも受けますが、それで信じていただけないなら他を伺うしかありませんね」


「ほう」


 ドルトルシアはひげに手を当てる。

 そして唸った。


「きみらはこの話を他のどこに持っていくつもりだ? それ次第では出資はできない」


「……それはお応え出来かねます」


 白熱さんがそう言った時、コンコンとノックが鳴って一人の男が部屋に入ってきた。


「失礼します」


 男はドルトルシアの隣まで歩いていくと、その耳に国を近づけた。


「奴が動きました」


 小声のつもりだったのだろうが、当然俺には聞こえる。

 ドルトルシアが手を払うと、その男は部屋を退出した。


「何だ?」


 黒犬さんがそう小声で聞いて来たので、俺は男の一言を、小さく口を動かして白熱さんと黒犬さんに届けた。


「すまん。話に戻ろうか」


 ドルトルシアは一度椅子に座り直した。

 若干雰囲気が変わる。

 奴とは誰だ……?

 俺達とは関係ない話かもしれないが、気になる。


 そんな時、ズンチャカと白熱さんの携帯端末から場違いな音楽が鳴り響いた。


 白熱さんはドルトルシアに視線を向ける。ドルトルシアが頷くと、白熱さんは「失礼」と言って電話に出た。


「はい白熱」


 電話の向こうから慌てた声が聞こえてきた。


『白熱!? こちら執行! 今すぐそこから逃げて!

 "観測者(オブザーバー)"から伝達、御堂大将がその場所に向かってる! ドルトルシアファミリーが情報を売ったの!』


「……!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ