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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
五章
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流れの判決

「この前は助けてくれてありがと」


 俺と凛は、昔通っていた小学校の向かいにある河川敷を歩いていた。

 太陽の光が頭上から降り注いでいる。


「うん」


 しばらく無言で歩き続けた。

 懐かしい風景、よく凛と俺と弦気でこの河川敷を走ったものだ。


「風人に助けてもらった時、なんか小さい頃を思い出した」


「……なんで?」


「弦気がいじめられてたこと、覚えてる?」


 凛は足元の石を大きく蹴って言った。


「……ああ」


 そういえばそんなこともあったな。


「いじめられてた弦気をいつも庇ってたのは、アンタだった」


 今じゃあいつがいじめられるなんて考えられないけどな。


「私がいじめの標的にされた時も、守ってくれたのはアンタだった。

 だからあの時、なんか小さい頃の風人と被ったのよね」


「そんなことあったっけ?」


「あったわよ。

 でも風人は変わった。昔はもっと、元気で、なんていうか、すごかった」


「そりゃあ小さい頃はみんなそうだろ。というかそんなんだっけ俺」


「うん。……やっぱり風人が変わったのは、能力が発現しなかったせいなのよ。

 こう言うとアンタは怒るかもしれないけど」


「……」


 確かに腹が立つ。

 そんなに変わった自覚もないし、勝手にそう思われてもな。


「風人、めちゃくちゃ正義感が強くて、ずっと自衛軍に憧れてたじゃない」


 子どもの頃なんて、色んなものに憧れるもんだろ。


 それに、もし俺が本当に無能力だったとしても、今更自衛軍に入りたいとは思わなかったはずだ。

 いや、それは確かではないな。

 俺が今自衛軍に対して抱いてる感情が、"敵意"のみだから、そう思えるだけかもしれない。


「弦気はずっと待ってる」


 凛は続ける。

 俺は聞き返す。


「誰を?」


「風人に決まってるじゃない」


 凛の口調は少し強まった。


「能力に強い憧れを抱いてたアンタを差し置いて、私と弦気は先に発現してしまった」


 蹴った石に追いついて、凛はまたそれを蹴る。


「だけど、子供ながらに風人がショックを受けると思って、私達は能力のことを隠したの。

 で、そのままずるずるいっちゃった……」


「そうか」


「昔、弦気はこう言ってたよ。風人と一緒に自衛軍に入りたいって。一緒に街を守りたいって」


「そうか……」


「今でもずっと、そう思ってる」



「……だから、なんなんだ?」


 それを今更教えられてどうしろって言うんだ。

 弦気の気持ちを知れって?


 そんなの……、もう叶うはずないじゃないか……。


「……凛は俺を説得しに来たのか?

 能力開発を受けさせるための」


 また余計なことを言ってしまう。


「違う……! そうじゃなくて私は……」


「ごめん……。弦気を悪く思わないで欲しいんだよな。

 わかってる。俺も、違うんだ」


「うん……。風人と弦気が仲違いするのは嫌……」


 またしばらく無言になった。

 凛は必死に何か言葉を探しているように見える。

 俺はぼーっと河川敷に続く道の先を眺めていた。

 伸びた前髪が少し視界に入ってくる。


 すぐそこの階段を登って真っ直ぐ行けば、俺の家だ。

 俺は少し後ろを歩く凛を見て言った。


「俺、帰るわ。まあお前んちもこっちだけど、弦気のとこに戻るだろ?」


「……うん」


「じゃあ」


 そう言って俺が土手の階段を登ろうとした時、俺は凛に呼び止められた。


「待って」


「なに?」


「ごめん、やっぱりなんでもない」


「なんだよ」


 気になったが、あえて聞かずに俺は階段を上りはじめた。

 そこで、ふと思い出して俺はまた足を止める。

 凛は下から俺を見上げていた。


「そういえば、俺もお前に隠し事してたんだった」


「……?」


「俺、中学くらいまではお前のことが好きだったんだぜ」


 凛は弦気のことが好きだったから、すぐ諦めるハメになったんだけどな。


「じゃあまた学校で。弦気達にも謝っといてくれ」


 俺は再び階段を登っていく。

 凛は唖然として立っていた。


 なんで好きだったことをわざわざ伝えたのか。

 分からないけど、ちょっとした仕返しのつもりだったのかもしれない。



ーーー



 Anonymous本部。

 俺はロールの部屋に向かっていた。


 さっきあったことをまずロールに報告しようと思ったのだ。


 よく考えれば、さっきは感情的に動いてしまったけど、自衛軍に潜入できるチャンスでもあった。

 しかし、能力開発なんてされたくないし、自衛軍に潜入なんて危険すぎる。


 ……そうだな。

 ボスに行ってこいなんて言われかねないから、もしかするとロールにも黙っておいた方がいいかもしれない。

 今更やっぱり能力開発を受けたいなんてあいつらに頼むのは、任務であってもプライドが許さない。


 俺の足は止まっていた。


「やっぱり帰るか」


 今日はもうロールとの予定もない。

 家に帰ってゆっくりするのが吉だ。

 そう思った時、


「あー! 死音くんだ!」


 廊下で後ろからいきなり声をかけられ、俺は振り返った。

 そこにいたのは執行さんだった。


「執行さん。お久しぶりです」


 執行さんはこっちまで歩いてくると、俺の肩をバシッと叩いた。


「久しぶり! ロールから死音くんは遊びに行ってるって聞いたんだけど、ここで何してるの?」


「ちょっと予定がズレて、友達との約束がキャンセルになったんです」


「あー、なるほど! てことは今暇?」


「うーん。まあ、そうですね」


 俺がそう言うと、執行さんは手に持っていた書類をパラパラとめくり、あるところに目を止めてからまた俺に視線を戻した。


「じゃあ……、ちょっと手伝ってくれない?

 この前の一件で色々仕事が溜まってさー。消化したいんだけど人手が足りないんだよー」


「えー」


 俺今休暇中なんだけどなぁ。

 休暇と言ってもレンガの世話とかで忙しくて、まともに休めてないから帰ってゆっくりしようと思ってたところなのに。

 肩の怪我もまだ治ってないんだぞ。


「むむ。嫌そうだね。そういや死音くんも今休暇中か。

 あー困るなぁ。ボスは勝手に休暇を与えるんだから。任務捌いてるこっちの身にもなってほしいホント。

 煙がいたら楽なんだけどあいつも休暇中だしなぁ。支部の人間はなるべく使いたくないなぁ……」


 執行さんは何度も何度も溜息を吐いた。

 溜息を吐くたびに、恨めしそうな顔が俺に近づいてくる。


「あー、仕方ないですね」


 ロールに頼んでみよう。

 それであいつが良いっていうなら任務の一つくらいこなそうじゃないか。


「ちょっとロールのところに行ってきます」


「あ、ごめん。ロールはです子とくっつけてもう別の任務に行ってもらったんだよね。

 だから死音くんは誰かテキトーな人と一緒に任務に行くことになります。誰が空いてるのかな今」


「えぇ……」


「ロールとじゃなきゃ嫌? 報酬は色つけとくよ。プラスBでどう?」


「いや、お金の問題じゃなくて……」


 いくら報酬を貰ってもどうせ使い切れないんだし。

 行くならロールとが良かった。

 溜息さんは空いてるわけないし。


 執行さん。今断ってももう無理だろうな。

 もう俺に仕事与える気満々だ。


「はぁ、今誰が空いてるんですか?」


「そうだねぇ。ここに残ってるのは休暇中のメンバーくらいだから、えーと、ちょっと待ってね」


 執行さんは携帯端末を取り出して画面をスクロールしていく。


「ヒキサキ、因子、無反応、リリー……。うーん、死音くんと合いそうな人はいないなぁ。

 まあ私があえて頼んでないから残ってる人達なんだけど」


 ホントにあまり組みたくない人達ばっかりだな。

 それぞれ1,2回しか会ったことないけど、みんな第一印象が悪かった。


「白熱さんと黒犬さんは?」


「白黒コンビね。あの人らは多分受注任務に行って……ん? でもそう言えば見てないな……」


「どうしたんですか?」


「少々お待ちを……」


 執行さんはしばらく端末を操作してから、手に持ってる書類をめくって素早くそれに目を通していった。

 次第に眉間にシワが寄っていき、全ての書類に目を通した後、彼女は「あーーー!」と叫んだ。


「なにかあったんですか……?」


「あーいーつーらー! また任務履歴すり替えてサボってる!

 死音くん、行くぞ!」


 俺は執行さんに手首を掴まれ、ぐいぐいと引っ張られていく。

 廊下を曲がり、エレベーターで二つ上の階に移動すると、ある部屋の前まで連れて行かれた。


「ここって……」


 白熱さんと黒犬さんの部屋だよな。


 執行さんはドアに耳を当て、中の音を聞こうとした。

 残念ながら、執行さんじゃあこの部屋から音を聞き取れないと思う。

 この部屋は白熱さん達が勝手に内装工事をしたので、防音仕様になっているのだ。


 俺は能力を一瞬onにして、中の音を聞いてみた。

 中からは、何やら騒がしい音が聞こえてくる……。

 爆音で音楽でも鳴らしてるんだろうか。


「何も聞こえないなー。死音くん。どう?」


 すいません白熱さん黒犬さん。裏切るわけじゃないんです。


「……います」


 俺の言葉を聞くと、執行さんは躊躇いもせずにドアノブを捻った。

 しかし開かない。


「鍵、閉められてますね」


「ふふふ、死音くん。これはなんだと思う?」


 そう言って執行さんがポケットから取り出した物は、以前ロールと俺が喧嘩した時も見せびらかしてきたアレだった。

 そう、マスターキーである。

 なるほど、これなら開けられるのか。


 執行さんはマスターキーを鍵口に差し込み、扉を開けた。


「よっし!」


 ズカズカと部屋の中に入っていく執行さんに、俺も続く。

 そして執行さんはリビングの重そうなドアを開けた。


 その瞬間、解き放たれる爆音。

 部屋の中には、アンプに繋いだギターを掻き鳴らす白熱さんと、ベースの黒犬さんがいた。


 滴る汗、熱気。

 彼らは完全に自分たちの世界に入っている。


 思わず立ち尽くす執行さんを見て、俺は無言で白熱さん達の音楽を消した。

 俺の能力によって音は響かなくなる。


 そこでやっと白熱さん達はハッとなった。

 彼らは手を止め、俺の隣にいる執行さんの方を見る。


「げ、執行!」


 黒犬さんは執行さんの姿を見て一歩後ずさった。


「君達……、なにをしてるのかな?」


 執行さんは言った。


「し、執行くん。違うんだこれは……。そう、任務前の士気上げというかね?」


「じゃあ書き換えられたあの任務履歴はなんだろう」


「それは……」


「ギルティ。これから死音くんと一緒に任務に行ってもらうからすぐ準備して。キリング5分」


「Oh……」



ーーー



 ここは白熱さんたちの部屋。

 部屋の真ん中に置かれた丸テーブルを囲み、俺と白熱さんと黒犬さんが座っている。


「今回の任務は取引だ。ムーンロードまでお得意先のマフィアに機材を売り込みに行く。

 アポは午後11時に取ったらしい。

 正直乗り気はしないが、気を引き締めていくぞ。お得意先とは言っても、やつら気性が荒い。ゴリゴリだ。戦闘も十分にありうるからな」


 黒犬さんは書類に目を通しながら言った。

 白熱さんはやるせなさそうにタバコの煙を吐いた。黒犬さんはスーツだが、白熱さんは私服だ。

 俺もまだ着替えなくていいと言われた。


「普段こういう仕事をやってくれてる煙の有り難みが分かるなぁ」


 白熱さんはしみじみと言う。


「この任務、機材を運ぶんですか?」


 俺は黒犬さんに質問する。


「いや、それは俺達の仕事じゃない。俺達の仕事は取引を成立させること。金やブツの引き渡しは詩道辺りがやるんじゃねぇかな」


「なるほど」


「じゃあ一旦解散だ。午後5時にまた集まろう。合言葉は"ライブ"だ」


 そう言って黒犬さんはごつい体を立ち上がらせた。

 俺は端末で時間を見る。まだ二時ちょっとだが、ムーンロードだと5時に出てもギリギリなんじゃないんだろうか。

 

「今から行かないんですか?」


 俺は隣に立つ白熱さんに聞いた。 


「できるなら今から出発したいところだが、僕はこれからお勉強の時間だ」


「勉強って?」


「自分達が売る物の知識がないなんて、取引が成立するはずないだろう?」


「ああ、なるほど」


「その間黒犬は情報整理。死音くんは……、まあテキトーにぶらぶらしててくれ」


 俺だけぶらぶらしてていいのか。

 なんか申し訳ない。かと言って俺にできる仕事もないしな……。

 あれ?じゃあ俺何のために行くんだろう。


「……この任務、俺必要ですか?」


 俺は率直に聞いてみた。

 すると白熱さんは悪びれずに言った。


「当然! 自分だけサボろうなんてそうは行かないぞ」


 よく言えたなホントに。


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