心の判決
餌の時間になると、レンガをツハラ高原に解放する。
すると、解放されたレンガの咆哮が平原に響き渡り、一帯に生息している魔獣達の逃亡が始まる。
これを繰り返すことによって、ツハラ高原は完全にレンガの縄張りになり、魔獣の数が減ってきた。
数が減ってもレンガの狩りにはほとんど影響しないのだが、完全にツハラ高原から魔獣が消えてしまうとまずい。
だから、それを考慮してレンガの狩場を分けることにした。
ローテーションで狩場を回せば魔獣達が減るのを防げるかもしれないと思ったのだ。
ずっと檻の中に閉じ込めておくつもりはないので、これでしばらくの時間は稼げると思う。
俺がいない時はレンガを解放できないので、支部の人が檻の中に餌をやっている。
じゃんけんで負けた奴がレンガに餌をやるらしくて、みんな相当怖がっているみたいだ。
まあ俺でも怖いし仕方ない。
「うおぁぁぁぁぁ!!! 止まれ! 止まれレンガ!!」
というわけで現在、俺とロールはレンガの背中に乗って大空を飛翔中だ。
俺は叫びながら、バシバシとレンガの鱗を叩く。
レンガがはしゃぎすぎて、俺達は後ろで振り回されているのである。
ロールは俺の背中にしがみついて、俺はレンガの首にしがみつく。
鱗の間に指を入れると挟まって肉が千切れるため、気をつけなければならない。
俺にかかる負担がやばい。
「死音見て! すごい景色!」
「それどころじゃない!」
ロールはこの絶叫マシーンを堪能しているようだ。
レンガの背中に乗って飛ぶことになったのも、ロールの提案からである。
昨日からやってるが、やっぱり怖い。
「レンガ! とまれって!!」
「ギャウ!」
能力で大きくした声は、やっとレンガの耳に届いたらしく、レンガは高度を下げて地上の平原へと着地した。
俺はレンガの背中から飛び降りて、地面にへたり込む。
レンガはへたり込んだ俺に鼻を擦りつけてくる。
ゴリゴリして痛い。
「そんなんじゃ乗りこなせないわよ」
続いてレンガの背中から降りてきたロールが俺に言った。
「こんなの乗りこなせるわけねー」
「情けないわね」
乗りこなせて移動に使えるようになったら楽なんだろうけど、それはもう少しレンガが大人になってからの方がいいかもしれない。
今は遊びたい盛りでとても扱い切れそうにないからな。
ふうと息をついて、俺は腕時計で時間を確認する。
時刻は午前九時を指していた。
「もう九時か」
「そういやアンタ弦気達と昼から約束してるんだっけ」
「ああ」
「じゃ、そろそろ帰ろっか。レンガも良い運動になったと思うし」
2日もツハラ支部に泊まって遊んでやったからな。
支部の人達にも迷惑をかけているし、できるだけ世話をしてやりたかった。
「そうだな」
その後、俺達はレンガをツハラ支部へと帰し、街へと戻った。
ーーー
「実は俺達、自衛軍に所属しているんだ」
それは突然の告白だった。
行きつけの喫茶店。弦気、俺、凛、大橋と、いつものメンバーで食事を済ませ、デザートでも頼もうかと考えていた時だった。
「ずっと黙っててごめん」
どう反応しようか迷っているその間の表情が、偶然それらしいものとなった。
ロールはいない。
学校では五人で行動することも多いが、学校の外に出て5人で遊ぶということは滅多にないのだ。
弦気達は、ロールと俺が付き合っていると思っているため、遊ぶ約束をする時はいつもロールを一緒に誘うのだが、大体ロールは断っている。
今回のブッキングでロールを誘わなかったのは、この告白を俺にだけするためだったのか。
凛と大橋は俯いていて、弦気は真剣な表情で俺の瞳を真っ直ぐに見つめていた。
しかし、どこか不安げな雰囲気もある。
時刻は昼下がり。
行きつけの喫茶店は決して流行っているとは言えず、俺達の周りに客はいない。
聞こえてくるのはマスターが流すそれっぽいBGMと、向かいの道路を走る車の走行音だけだ。
とりあえず最初に出てきた疑問は、なぜこの告白したのか。
しかしその質問を最初にするには、冷静すぎる。
俺は初めてこの事実を知ったはずなのだから、もっと違う反応をしなければならない。
「……マジで?」
とりあえず、そう聞き返しておいた。
というか、実は自衛軍なんだとだけ言われても困る。
もっといろいろあるだろ。隠してた理由だとか、そういう詳しい説明が。
……それをしなかったということはこいつらなりの誠意というか、そういうものの表れなのだろうか。
まあいい。
別に俺は怒っているわけじゃないのだ。
ただ突然の告白に混乱している。
でも、これでもし俺が本当に無能力者で、こいつらが自衛軍だということを事前に知らなければ、そうじゃなかったかもしれない。
「本当だ……。階級は言えないけど、特別な形で自衛軍に所属している。
それで、俺達は全員、能力者だ」
特別な形、か。
まあボスが持ってたリストにも乗ってなかったみたいだし、やっぱりかって感じだな。
「……なんで、隠してたんだ……?」
「風人が、能力を持ってなかったから。……引け目を感じさせたくなかった。
自衛軍の都合で、言えなかったというのもあるけど」
「じゃあなんで、今更言おうと思ったんだ?」
「それは……」
弦気が言葉に詰まる。
すると、今度は凛が話し始めた。
「それは、風人、私の能力を見たでしょ……? だから……」
「ああ」
なるほど、それでもう隠せないと思ったのか。
なんとか気づかないフリをしたつもりだったけど、流石に無理があるよな。
でも、それだけじゃないな。
「その反応、やっぱり薄々は気づいてたんだよね……」
大橋が言った。
なんか勝手に良い方向に解釈してくれている。
本当はこの問題を解決するのが面倒だからスルーしていただけなのに。
「……風人、怒ってる?」
隣に座る凛が恐る恐る俺にそう聞いてきた。
「いや、怒ってないよ」
俺はあっさりと答える。
すると、弦気達は驚いたような顔をした。
「本当に? 俺はお前に殴られるくらいの覚悟はしてたんだぞ?」
「そんな大袈裟な。
だって、お前らが自衛軍だったところで、俺達の関係には影響しないだろ?
まあ大橋の言うとおり、何か隠してることに薄々気づいてたってのもあるけど」
こんなセリフを言えるなんて、我ながら良い奴だなと思う。
しかしそれは、俺が事前にこのことについて整理できていたからだ。
あと、俺にもある引け目のせいでもある。
そう、Anonymousのこと。
俺の場合はこんな風に打ち明けられない。
知られるということは、決別を意味するのだ。
決別はこいつらとだけじゃない。
家族とも。学校のみんなとも。
完全に、向こう側に行ってしまうことになる。
いつかはそうなる日が来るのだと思う。
そうなった時の覚悟は、できているのだろうか。
「でも風人は……」
言いかけて、凛は口を閉ざした。
「なんだよ凛。俺だけが無能力だからって。
確かに多少ショックなのは認めるけど、仕方ないじゃないかこんなの」
「違う、そうじゃなくて……、いや、そうなんだけど」
変な沈黙が生まれる。
なんだ? 何が言いたい。
「風人は、将来何になるんだ?」
弦気が唐突に口を開いた。
俺は弦気の目を見る。
急に話が変わったな。
そういやこいつ前も聞いてきた。「前も」っていうか、こいつはよく俺の将来のことを聞いてくる。
何になりたいんだとか。将来どうするつもりなんだとか。
毎回テキトーに公務員だとか色々答えてるけど、なんでそう何回も聞いてくるんだろう。
無能力だから、俺の将来を心配してるんだろうか。
……だとしたら、それは余計なお世話だ。
さすがにそういった同情はいい気分がしない。
というより悲しい。
無能力者にとってそれは、数ある苦痛の一つだ。
そうか。こいつらは元々共感なんてしてなかったんだな。
無能力であることについて色々語り合ったことがあるけど、無能力者の気持ちなんて分かってなかった。
ただ、親身になって俺の心配をしてくれていただけなのだ。
「将来か。何になろう。というか、何になれるんだろう」
俺はいつもとは違う答え方をしてみた。
すると、弦気は手元のコップに入った水を飲み干して、言った。
「風人、子どもの頃の夢ってまだ覚えてるか?」
子どもの頃。一体いつの話だ。
俺と弦気が出会ったのは小学校一年くらいの時だったよな。
その頃くらいか?
「うーん」
普通は覚えてそうなものだけど、あんまり思い出せない。
なんだっけな。結構わんぱくこぞうだったよな俺。
虫博士だっけ?
色々あった気がするけど……。
「なんだっけ。覚えてないな」
「そっか」
弦気はあからさまに声を落とした。
そんな反応をされると気になる。
「俺の子どもの頃の夢って?」
「嘘でしょ。アンタ幼稚園の頃からずっと自衛軍に入りたいって言ってたじゃん」
凛が少し身を乗り出して言った。
「あー。そういえば言ってたなぁそんなことも。
今じゃおこがましい話だけど」
「全然おこがましくなんかない……!」
弦気の少し力の入った言葉に、俺は思わず黙り込んだ。
またも沈黙が流れる。
「風人、無能力で自衛軍に入るのは正直言って厳しい」
弦気は言った。
「何言ってるんだ?」
話が見えない。
どうしたんだこいつら。
「……自衛軍に、無能力者の能力開発を研究する部署があるんだ」
「うん」
そういう研究はAnonymousでもやってるらしいしな。
自衛軍でやっててもおかしくない。
「その研究が人体に対する実験段階に入りつつあって、今無能力の被験者を募集してる。
……成功すれば、能力を発現させることができるかもしれない。
お金もでる」
「……」
「風人がもし望むなら……、まだあの頃の夢を忘れてないなら……」
弦気はそこで言葉を止めた。
恐る恐るといった様子で俺の目を覗きこんできている。
俺はどうしてか立ち上がっていた。
そういうことか。
俺に正体を明かしたのは、この提案をするため。
俺に能力者になってほしいのか?
どうして?
……やはり同情だ。
無能力者というハンディキャップ。
こういうのもアレだが、ぶっちゃけ無能力は障害にも近い。
なぜ怒ってる俺。
怒ることはないだろう。
俺は能力者だ。
こんな俺に対する同情も、無意味なのに。
実は能力持ってるんだぜって、内心で笑っとけばいいだろ?
いや、笑えはしないな。
この能力は、本当に必要なものではなかったから。
いらなかった。
ならば俺は"能力"を憎んでいるのだろうか。
ずっと能力に憧れていたのは覚えている。
でも、いつしか諦めていた。
「風人、能力があれば」
俺は弦気の言おうとした言葉を遮って言う。
「能力能力って、能力がそんなに大事なのか?
弦気お前、無能力でも頑張ろうっていつか俺に言ってくれたじゃないか。
あれはなんだったんだよ……」
「……!」
言いたくなかった。
こいつらが俺のことを考えていてくれた分、俺も弦気達が言い返せないことは言いたくなかったのだ。
でも、つい言ってしまった。
「能力はいらない。俺はこのままでいい。
自衛軍に入りたいとも、思ってない」
そう言って、俺は机の上にお金を置き、店を出た。
早足で店から離れていく。
「クソっ」
俺は最低だ。
本当はあいつらの気持ちも分かってるのに。
人殺しの自分のことを棚に上げて、クズじゃないか。
それに、これはロールとの長期任務にも影響が出そうだ。
やってしまったな……。
「風人!」
呼ばれて振り向くと、そこには凛がいた。
追いかけてきたのか。
俺は立ち止まって凛を見る。
凛の息は上がっていた。
「ごめん。私達、風人を傷つけるかもしれないって、分かってた。
でも、そんなつもりじゃなかったのよ……」
「分かってる」
そんなこと言われなくても。
しばらくお互い無言になった。
俺も謝りたかったが、俺自身、この怒りがなんなのか分からなかったので、言葉に出来なかった。
俺が俯いていると、凛は言った。
「……ねぇ、ちょっと歩かない?」




