風の判決
大変だった後処理の話をしよう。
とりあえずファフニールはツハラ高原付近の支部に送られ、数日後に処置をどうするかの会議が行われた。
そして、ボスの決定でAnonymousで飼うということになった。
会議では殺処分するべきではないかという意見も出たくらいだ。
飼うべきかどうかでの賛否は見事に分かれた。
賛成派の主張は、神話級を手懐けられたら凄まじい戦力になる、というもの。
反対派の主張は、組織に被害を及ぼすかもしれない、というものだった。この意見は当然だな。
ちなみに俺は反対派だった。
反対の理由は決まっている。
当然ながら俺が飼育係なのだ。
じゃれつかれるだけで死ぬかもしれない。
甘噛みで噛み殺されるとか、そんなの絶対にごめんだ。
それに、ファフニールを縛ってしまうという点が腑に落ちない。
これが大きい。
まあ会議で決定してしまったからには、もう世話するしかないのだが。
正直世話してみたい気持ちもあったので、嫌々というわけではない。
反対で上げた理由は確かに大きいけど、背中に乗って飛んだら気持ち良さそうだし、乗りこなせるようになれば、俺の弱点、もといAnonymousの弱点である機動性の解消にもなる。
ファフニールが俺以外に懐くかはさておき。
さて、当然アジトでは飼えない(というか入れない)ので、餌もわりかし豊富なツハラ支部で飼うことになる。
ここで発生した問題は、俺が近くにいないとファフニールが暴れだすという問題だ。
ファフニールが暴れだすと、まず止められない。檻を破壊して簡単に俺のところまで来てしまう。すでに死人が出ていて、もっと頑丈な檻が必要なのだが、そんなにすぐには用意できない。
ツハラ支部に送る時は、詩道さんと俺で円滑に連れて行くことができたが、そこにずっと俺がいられるわけではないので、俺が離れても大丈夫なように、ファフニールを躾けなければならないのだ。
ここで役に立ったのがです子さんの能力だった。
です子さんの能力は心に係るもの。
種族は違うが、彼女の能力なら心を通わせることができる。
これによって、ある程度の意思の疎通が可能になり、俺がいなくても平気ということを理解させることができた。
これはファフニールの高い知能にも助けられた。まあ、理解させるのに時間はかかったが。
だが、しょっちゅう俺が様子を見に来なければならないことには変わりない。
今は勝手に俺のところに来てしまうから檻に入れているが、そのうちちゃんと躾けてどこかで放し飼いできるようにしたいところだ。
ファフニールの生態はほとんど解明されていないので、どう育てればいいのか分からない。
しかし餌と水をやるのは俺じゃなくてもできる。
だから、その辺りはツハラ支部の人に任せることになった。
そんなファフニールについた名前は、"レンガ"だ。
名付け親はです子さん。足の付け根の鱗が煉瓦みたいだから、そう名づけたらしい。です子さんも中々特殊なネーミングセンスだな。
なぜかです子さんはレンガのことをかなり気に入っている。
です子さんによると、レンガの性別は雌だそうだ。
レンガのことは、なるべく毎日見に行ってやりたいが、詩道さんがいないと行き帰りの時間も結構かかってしまう。
そして学校もある。
だからその辺を考えて、なるべく2日3日に一回は見に行くくらいのペースにすることにした。
それはさておき、弦気や大橋、凛は無事だった。
凛はあの後、弦気達に携帯で助けを呼んで、病院に運び込まれたらしい。
俺は煙さんの工作によって、ショッピングモールで発見されて病院に運び込まれたということになっている。
肩の傷が深かったが、事前に千薬さんに視てもらったので、医療センターでは軽い手当だけで済んだ。
そしてその後、凛の見舞いに行ったらこっぴどく怒られた。
かなり心配したらしく、半分涙目で説教されたので、俺は何も言えなかった。
でもまあなんとか色々とごまかせてるようで、弦気達との関係に支障はなさそうだ。
ごまかせなかったのはむしろ弦気達の方だな。
弦気達……、というより凛か。
凛は能力を俺に見せてしまった。
だが能力が俺にバレたことで、関係が変わることはないだろう。
俺が言及しなけりゃあっちからは何も言ってこないだろうしな。
面倒なことになるので、これは触れないが吉だ。
そういえばロールの方の能力測定も無事に終わったらしい。
しかし、学内トーナメントはまた延期されたようだ。そのまま学校もしばらく休み。
これはやむを得なかっただろう。
ショッピングモールでの一件が大きく報道されたのだ。
その内容が自衛軍にとってかなり都合の悪いものだった。
ショッピングモール内の民間人をほとんどAnonymousが救助して、自衛軍は全く役に立たなかった、的な内容だ。
これにより、その処理で今自衛軍は忙しい。
……それくらいか。
「あー、傷が痛む……」
俺は肩を抑えて言った。
そしてロールのベッドにゴロンと寝転がる。
また少し痛みが体に響いた。
「千薬さんに治してもらえばいいのに」
ロールはナイフの手入れをしながら言う。
俺もそうしたいところだが、残念ながらそれはできない。
だっていきなり怪我が治ったりしたらおかしいじゃないか。
ロールはバレないと言うが、俺に怪我人を演じられる演技力はない。
弦気とかなら見破ってきそうで怖いしな。
「学校っていつまで休みなんだっけ?」
「今週いっぱいまでよ」
今週までか。
ロールも俺も、ボスから休暇を貰っているので、それまで暇ということになる。
やることと言えば、レンガの世話。
あと、明後日は弦気達と遊ぶ約束をしている。
あいつら、俺と遊んでる暇なんかあるんだろうか。
休みなのに俺がアジトにいる理由は、これからロールと一緒にレンガのところに行くからだ。
そうじゃなくても多分一緒にいるんだろけど。
レンガのいるところ……、ツハラ高原までは片道2、3時間かかって、結構遠い。
だからその道中、俺はロールに車の運転を教えてもらうことになっている。
「そろそろ行く?」
ロールは時計を見て言った。
時刻は12時前。昼飯時だ。
「そうだな。途中でご飯食べていこう」
「そういえば行ってみたい店があるのよ」
ーーー
大都市、セントセリア。
人口約200万人。うち約5万人が自衛軍所属の人間であり、ここに防衛組織の主力が集中している。
街の中枢には自衛軍の総本山が置かれており、高くそびえる外壁が要塞として街を守っている。
合計24個のゲートには、それぞれ常に一個小隊以上が配備されていて、外敵の侵入を堅固に防ぐ。過去30年間、街のゲートは一度も強制突破されていない。
街は、ジーザ山から流れるローズリンス川によって大きく二分され、東の居住区と西の居住区と分かれている。
当然ながら年間の犯罪件数は少なく、治安は自衛軍によってほとんど完璧に守られている。
そんな大都市セントセリアの中心で、一人の男が声を荒げていた。
「これ以上奴らの好きにさせてはならん!」
ここは自衛軍総本山、中央第二会議室。
机をバンと叩き、そう言い放ったのは自衛軍七大将が一人、如月大将だった。
ここでは彼が議長を務めている。
如月大将は白髪がかった坊主頭をしており、巨漢だ。その隣には書記がビクビクとしながら座っていた。
会議テーブルの上にはる重鎮達の顔がずらりと並んでいて、重々しい雰囲気が漂っている。
「奴らと言うのはAnonymousですか? それともNursery Rhyme?」
如月大将の目が一人の男に移った。
男の名前は一ノ瀬空刃。
齢29にして、大将の地位を獲得した男だ。彼は今32歳だが、それでも七大将の中では最年少である。
彼の体は如月大将とは違い、痩躯だった。
「両方だ!」
如月大将が叫ぶと、書記の男がビクビクしながらノートに進行を書き進める。
「なるほど。しかし今回の件では、メディアの報道も間違ってはいませんよ。
我々は役に立たなかった。
むしろ僕は、Anonymousが迅速に対処したことで犠牲者を減らせたのではないかと思っています」
「それは奴らが支部を抑えていたからだろう!」
「いえ、それは違いますよ。
Anonymous幹部の、煙と言う男が優秀だった。
彼がほとんどの民間人を避難させたらしいじゃないですか。
うちの人員が救助にかけつければ、混戦となって犠牲者はさらに増えていたでしょう。
結果論とは言え、奴らが活躍したのには変わりませんよ」
「それがいかんのだ! メンツというものがあるだろう!
自衛軍の信頼が損なわれたら、この先守れる命も守れん!
犠牲の大きい小ないは関係ない! 我々が民間人を救わなければならなかったのだ!」
一ノ瀬大将は反論しようと何かを言いかけたが、口を閉ざした。
自衛軍として、どちらも正しい意見であったため、言い争いは無意味だと悟ったのだ。それは理想の違いであって、決着がつくことはない。
一時の沈黙が空間を支配した。
「感じるのは……、セントセリアに主力を集め過ぎているのではないか、と」
沈黙を破ったのは女の声。
視線が一斉にそちらへ向かった。
女の表情は、それにより少し強張る。
「本部には、七大将のうち4人が配属されています……。中将も4割近い。
Anonymousに限った話ですが、奴らは常に主力を回避して行動しており、各地の人員では対処できないケースが多いです」
「戦力を分散しろと? それとも経費か?
無理だ。拡大計画に影響が出る」
「ですが、移住してくる人はそれほど多くない。
やはり、皆わざわざ堅苦しい街に引っ越して来ようとは思わないのです。
セントセリア拡大計画は、移住してくる人への補助金が嵩張るだけで……」
ごほんと、誰かから大きな咳払いが聞こえた。
女はハッとした表情になり、「失礼しました」と言って顔をうつむかせた。
「戦力を分散したところで、問題の解決にはならない。
Anonymousには観測者という、高性能な感知能力者がいる。
こいつが厄介で、主力の動きはほぼ筒抜けだ。
奴らを潰すには、まずこいつを捕らえるか、アジトを突き止めるか、だ」
「AnonymousよりNursery Rhymeを先に叩くべきなのでは?
Anonymousは我々の障害にこそなるが、一般人への被害はそこまでではない。
しかし、NurseryRhymeは好き好んで殺しをやっている節がある」
「少しでも一般人に被害があれば、それが問題だ。
Anonymousは力をつけすぎている。そろそろ本格的に対応していかなければ、どんどん調子に乗る。NurseryRhymeとは潰し合わせればいい」
「そろそろ? いつから言ってるんだそれは」
「まともな対策ができていないのはどこの部署も同じだろ」
会議室の中が徐々に騒がしくなっていく。
ヒートアップしていった男達は立ち上がり、互いに唾を飛ばしあった。
そんな時、会議テーブルの奥から強風が吹いた。
ゴゥという音と共に机の上の書類が吹き飛び、ヒートアップしていた男達の熱が下がっていく。
次第に静まっていった会議室に、重い声が響いた。
「静まれ」
今度はそちらに視線が行く。
その視線の先には、只者ならぬオーラを纏わせて座る男がいた。
男の名は御堂龍帥。
史上最強の風能力者……、通称"風神"と呼ばれている男。
「スレイシイドで起きた今回の事件は、私が責任をとろう。
そして、Anonymous対策部署の全権を酒井中将から私に移してもらう。
これからのAnonymousに関わることは一切私が取り仕切る」
御堂大将がそう言い切ると、会議室の中が少しどよめいた。
「しかし龍帥殿、それではセントセリアでの仕事が」
「伝わらなかったか? 私は大将を降りる。丁度降格の理由があるからな。
空いた席は適当に埋めてくれればいい」
「龍帥!」
立ち上がろうとした御堂大将を呼び止めたのは如月大将だった。
「なんだ」
「そんな勝手は許さんぞ。お前が退いて空く席は大きい。他の者に務まるとは思えん」
「それは知らん」
きっぱりと御堂大将は言う。
如月大将は言葉に詰まった。
「確かに、御堂大将が手軽に動けるようになるのは大きいですね。対策としてはいいかもしれない」
その間を繋いで、一ノ瀬大将は言った。如月大将は一ノ瀬大将をぎろりと睨む。
「何か具体的な策はあるのか……?」
視線を御堂大将に戻して、如月大将は聞いた。ギリと歯を食いしばっている。
「私の息子が段々と実り始めていてな。そろそろ本格的に使ってやりたい」
御堂大将は、斜め前に腰掛ける青年を見て言った。
如月大将もそちらを見る。
「……わかった。報告しておこう」
しばらくの沈黙の後、如月大将はそう言って座り、隣の書記に何か指示をする。
「行くぞ、弦気」
御堂大将は、彼の息子、御堂弦気にそう指示すると、今度こそ立ち上がって部屋を去っていった。




