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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
四章
53/156

終結の邪悪

 砂埃が舞い、天井が落下した振動で地面が揺れる。

 二階が崩れ落ちるか心配したが、それはなかった。


 これは、殺った。

 直撃をたしかにこの目で見た。

 ……だが、油断はできない。


 俺は構えたまま、ゴクリとつばを飲んだ。


 そして諸々の音が消えた後、俺は耳を澄ましてみた。

 すると、微かに聞こえる呼吸音。


 ……生きてる。


 瓦礫は直撃したように見えたが、回避したのか……?

 奴は瓦礫の中で息を潜めている。

 これはもしかすると、気を失っている可能性もある。

 いや、直撃を装って俺をおびき寄せようという作戦かもしれない。


 どちらにせよ、戦いはまだ終わっていない。


 しばらくここから様子を見よう。

 無闇に近づくのは危険だ。


 そう思った瞬間だった。


 背後に現れる音。

 冷たい刃が首筋にピタリと添えられた。


 目を見開く。


 瞬間移動か……!


「ハァ、ハァ、二度もこれを使わせるなんてなァ……。

 フー、でも、さすがにチェックメイトだろ」


 ハルは肩を上下させながら言った。

 その手にはべっとりと血がついていて、ポタポタと血が落ちる音が聞こえる。


 俺はナイフをくるりと持ち替えてそれをハルの太ももに突き刺そうとしたが、手首を捻られ軽く防がれる。


 音撃は……、無理だ。奴の回避能力の前では体力を消耗するだけ。

 だが奴は負傷している……。負傷した体でこの距離の音撃を回避できるだろうか。


 否。


 俺が音撃を放とうとした時、ハルは素早く俺の足を引っ掛け、地面に叩きつけた。

 そのまま髪を捕まれ、再び首元にナイフが当てられる。


 肩に激痛が走る。


「ぐっ……」


 殺される。そう思って目を瞑った時、ハルは口を開いた。


「てめぇ最近発現したにしては能力をうまく扱えてるな。師匠は誰だ?」


「……」


 俺が黙りこくったままでいると、ハルはナイフをゆっくりずらしていき、元々あった切り傷のところにナイフを添えた。


「お話しようぜ。師匠は誰だ?」


 一体なんの意味があるんだ。

 ナメているのか……?

 しかし、答えないと殺される。


「溜息……さん」


「おおー! 溜息さんねぇ! 敵だけど溜息さんは人殺しとして尊敬してるんだよ!」


 だからなんなんだ……? こいつ、なにがしたいんだ……。


「で、てめーの名前は?」


「死音、だ」


「死音です、だろ」


 首の傷口をナイフでぐりぐりと抉られた。

 俺はたまらず悲鳴を上げる。


「ぐぁぁ!」


「上下関係はしっかりさせとかないとな。

 で、だ。死音。話があるんだけどよ。

 お前Anonymous抜けてうちに来ないか? リーダーもてめぇのことは気にかけてたし、今殺されるよりかはマシだろ?」


「なに……言ってるんですか?」


「気に入ったから勧誘してるんだよ。俺をここまで楽しませたんだからなァ」


 この人……、マジか?

 こんなの俺がその場しのぎの嘘ついて後から逃げるかもしれないじゃないか。

 というか、できるのならそうしたい。


「というか、選択肢ないだろ? 断ったら死ぬんだからな。どうだ?」


 ここは一旦、承諾するしか生きる道はない。


 そう思って俺がコクリと頷いた時、ハルは狂気の笑みを浮かべた。


「ハハッ! 嘘だよ! 死んどけガキ!」


「なっ……!」


 ぎゅっとナイフのグリップを握る音。

 俺が死を確信したその時だった。




「白熱パンチ!!!」




 上から何者かがハルに向かってに飛来してきた。

 ハルは俺から手を離して飛び退く。


 上から飛来してきた人物は、俺の前に立ってポーズをとった。


「なんだテメェ!」


「我が名は白熱!! 助けに来たぞ死音くん!」


 俺の前に立ったのは、白いタキシードに真っ赤なサングラス……。

 そう、白熱さんだった。


「白熱さん!」


 俺は歓喜の声を上げて立ち上がった。


 白熱さんは装備していたサングラスをバッと放り捨てると、どこからか出したマスクを顔に装着する。


「新手かァ!」


「白熱さん、どうしてここに!」


「煙の救援依頼だよ。それより死音くん、怪我をしてるじゃないか」


 煙さんの救援依頼?

 煙さんは捕まったはず……。まさか、こうなることを見越して事前に救援を依頼したのか?

 それとも捕まってから?


 俺がそんなことを考えていると、白熱さんは俺の傷口に手を当てた。


「ほら、止血だ」


 白熱さんがそう言うと、俺の肩からじゅうと肉が焼ける音がした。


「あっつ!」


「バーニング!」


 なにがバーニングだ……!


 しかし白熱さんの能力。止血なんかにも使えるのか。


 熱暴走(オーバーヒート)

 どんな能力か詳しく聞いたことはないが、白熱さんの能力の名前だ。


「とうとう僕の能力を披露する時がやってきたな!! 死音くん!

 一時は死音くんが勝ってしまうんじゃないかとヒヤヒヤしたよ! いやぁ出番があって良かった!」


「ちょっと待ってください。ということはずっと見てたんですか?」


「もちろん! ギリギリに助けに入った方が熱いからだよ! というのは嘘で、死音くんがどこまでやれるか見たかったのさ! ハハハ!

 死音くん、それにしても強くなったな! 僕のおかげかァ!?」


 まあ、その点については否定できないけどもっと早く助けに入ってくれよ……。

 本当に死んでもおかしくないタイミングだったんだぞ。

 いったいいつから見てたんだろう。


「Anonymousは俺に何人撃破されたら気が済むんだァ?

 煙、顔パン、火矢、それとお前ら二人。これが構成員の質の違いって奴かねぇ……!」


 言ってくれる……。だが確かに、こいつにかなり苦戦させられてるのは事実だ。

 俺がそう思っていると、白熱さんはマスクを外して言った。


「ハハハッ! 君、煙を撃破したと思っているようだがそれは違うぞ!」


「あ? どういうことだ……?」


「煙の能力を教えてやろう! 彼の能力の名前は乖離分身(アバターズ)

 自分の分身を作り出す能力だ! つまり、どういうことが分かるかね!?」


「……なるほどなァ。俺が捕らえた煙は分身だったということか!」


「その通り! この間抜けめ!」


 そうだったのか。

 確かに、煙さんの能力からしてやられるのはおかしいと思っていた。

 なるほど。それで白熱さんに救援依頼を送るタイミングもあったわけか。

 いや、でも……。


「分身が捕まったなら本物の煙さんは今何してるんですか?」


「よくぞ聞いてくれた! 悪党! よく聞け!」


 白熱さんは両手を広げてハルに言った。

 俺達も悪党なんだけど、そこはツッコまない。


 俺はいつハルが仕掛けて来てもいいように警戒していたが、奴は攻撃して来ない。

 これは、白熱さんの波長がハルにフィットしたとも言える。

 完全に流れを持っていった。


 ハル自身、白熱さんを警戒しているのだ。

 確かに、白熱さんは攻撃しにくい。

 なんというか、纏う雰囲気というか、その余裕が相手を警戒させるのだ。


 俺は溜息さんに戦闘中は一切喋るなと教えられたが、これはこれで相性の良い敵もいるというわけか。

 煙さんが白熱さんを呼んだのもおそらくそれが理由だろう。


 そんなことを考えながら白熱さんの言葉を待った。


「煙はそもそも別の任務でここに来ていたのだよ! ある組織の令嬢がこの百貨店にいたらしくてね、その娘の救出及び、可能な限り民間人を避難させることこそが、煙の真の目的だったのさ!!」


 マジか。

 もしかして、1階に人がいなかったのは煙さんが全て避難させたから……?

 というかなんでこの人こんなにベラベラとネタバラシしてるんだ。

 挑発……ってのもあるのだろうけど、わざわざ話さなくてもいいことばかり。


「死音くん! 情報を流し過ぎでは!?という顔をしているな!

 しかしノープロブレム! なぜならば、そこに立っている彼は今ここで死ぬからだッ!」


 白熱さんは、効果音が聞こえそうなくらいビシッとハルを指差した。


「言ってくれるじゃねぇか! ならトークショーはもういいだろ? 始めようぜ」


 ハルは刀をぬらめかせ、ゆっくりと一歩踏み出した。


 ハルと白熱さん。

 能力相性的にはどうだろう。同系統能力の火矢さんは、ハルに手も足も出なかった。

 白熱さんが能力を使ってどんな戦い方をするかはわからないが、厳しそうに思える。

 これは……、連携が大切になってくるな。


 そう思って構えると、白熱さんは俺の前に手を出して制止した。


「死音くん、ここは僕に任せてくれ」


「どうしてですか? 二人でかかった方が……」


「なぜかって!? そりゃあ僕一人で十分だからさ! それに、僕はパートナーである黒犬以外との連携戦闘はしないと決めているんだ! どうだいこの信念ッ!」


「そんなこと言ってる場合じゃ……!」


「うるさい! 手を出したら絶交だぞ!!」


「なっ!」


 一人で戦うならほとんど状況は変わらないじゃないか!

 クソ、煙さんが白熱さんを呼んだのはやっぱり失敗だ!


「ハッハッハ! 舐め腐ってんなァテメェ!」


 そう言ってハルが飛び出した。

 とっさに俺は叫ぶ。


「白熱さん! 気をつけてください! そいつの能力は……!」


「煙から聞いている! 触れられるといけないんだろう?」


 ハルが向かって来ているのに、白熱さんは俺に余所見してそう答えた。

 この人は……!

 そう思って俺がハルに音撃を放とうとした時、白熱さんから熱気が放たれた。

 その熱気があまりにも熱かったので、俺は数段後ろに飛んで回避した。

 ハルも同様に距離をとっている。



 見ると、白熱さんの体には真っ赤な炎が纏われていた。


「どうだい? 

 熱すぎて、触れないだろう?」


 すごい……。


「あ、そうそう。このタキシードは葬竜の皮でできた特注品でね、これくらいなら燃えないのだよ。

 さて、始めようか」


 白熱さんはポキポキと指を鳴らし、ハルに向かっていった。

 ハルは一歩だけ後ずさったが、牽制のナイフを一本投擲する。


 白熱さんは片手を前に出し、炎を放った。

 すると、ごうという音と共にナイフは消し炭になった。


「チッ、なんて威力だ……!」


「ハハハ、これでもかなり調整できるようになったのだよ。僕の能力は火力が出過ぎるのが問題でね。器用な技は使えないんだ。だから、実のところ実用性に欠ける能力だ。派手すぎてね」


 白熱さんは言いながらハルとの距離を詰めていく。

 ハルにとって、相性は最悪だった。

 白熱さんと火矢さんで違うのは、まず纏う炎と、白熱さん自身接近戦が得意という点だ。

 そもそもの火力の差もある。


 予想外の展開だった。


 結果、ハルは後退戦を選んだ。

 俺が奴の立場でもそうしただろう。


 ハルが背を向けて走り出したところに、白熱さんは業火を放った。

 ぼぼぼと音を立て、直線上に向かっていく炎に、ハルは例の壁で対応する。


 出た。あれだ。あの壁が火力を圧し殺す。


 が、白熱さんが放った炎が壁に直撃することはなかった。

 躱したのだ。壁を。


「ハッハ! この程度の芸はできる!」


「畜生が!!」


 ハルに回避する術はない……!


 しかし確信は早かった。

 バシャンという音。一面に水が広がり、白熱さんの炎は消えた。

 やはりあらゆる物を保持できる分、対応手が多い。


「ハーッハッハ! 面白い!」


 白熱さんは手から噴出させていた炎を消し、壁に向かって歩いていった。

 ハルは壁の向こうに張り付いてこちらの様子を伺っている。

 この状況。奴に攻撃手段はない。


 チャンスだ。

 俺は地面に落ちていたナイフを拾い、音を消して走り出した。


「死音くん!?」


 白熱さんのそんな声も、消す。

 水浸しになった地面を蹴る。ハルの元へ向かう。

 奴は壁に張り付いている。


 このままこの壁に至近距離で音撃を叩き込めば、そこにいるお前はどうなる?

 距離がなければ、多少威力が落ちるとは言え、攻撃力はある。


 ここで俺の攻撃は予想してなかっただろ!

 食らっとけ!


 ――音撃


「ぐぉ……あ!?」


 口角が上がる。確かに聞こえた悲鳴。

 直撃。モロだ。


 バタリと、壁の向こう側でハルが倒れる音が聞こえた。


 俺は素早く壁の向こう側に回り込み、倒れているハルのマウントをとった。


 音撃でトドメを刺すか? いや、もう俺もほとんど限界だ。


 ハルは気を失っている……! このナイフでトドメを刺してやる!


 俺はナイフをハルの首元に向けて勢い良く振り下ろす。

 そんな時、熱気を撒き散らしながらやってきた白熱さんの声が耳に入った。


「待つんだ!」


 ハルの首元ギリギリのところで、俺はナイフをピタリと止める。


「なぜです!」


「よくも横取りしたな!

 いやそうじゃなかった! そいつを殺したら、捕らえられた顔面パンチくんはどうなるんだい!?」


「……!」


 あ、そうか。

 すっかり忘れていた。


「起こして聞いてみるべきだな」


 俺の素っ頓狂な顔を見て察したのか、白熱さんは言った。


「いや、待ってください。死んだこともないのに、保持してるものがどうなるとか、本人にもわからないと思うんですよ」


「それはそうだね。でも生きているなら、保持してるものを自在に出すことができるんだろう?

 顔面パンチくんを救出するにはそれが確実だ」


 確かに……。


「分かりました。起こします」


「うむ」


 俺はナイフをぎゅっと握り、ハルの手首に突き刺した。


「あ゛っ、ッ!!」


 ハルの意識は一瞬で覚醒し、彼は声にならない悲鳴を上げた。 

 俺は続けて両方の太ももと、もう片方の手にもナイフを突き刺し、ハルから距離をとった。

 ハルの悲鳴は、辺りに聞こえないように消した。


 さて、これでもう動けないはずだ。


「おい」


「あがぁぁ……! くそぉぉ゛!」


「お前が死んだら、保持してるものはどうなる?」


「ハァ……、ハァ……。俺は……、殺さない方がいいぜ……。死んだら、……保持して、る

、魔獣とか、全部……でてくる」


 力のない声でハルは言った。


 これは本当だろうか?

 いや、嘘じゃないなこれは。嘘をつくなら、殺せば保持してるものも消えるという嘘をつくはずだ。そうすれば顔面パンチさんを人質として持つことができ、すぐに殺される確率も低くなる

 そこまで頭が回らなかったのか?


 まあどちらにせよ、殺したら魔獣がでてくるというデメリットはある。

 ならば今殺すより、どこかに移動させてから殺した方がいい気がする

 出てきた魔獣を、白熱さんと、ほとんど限界の俺で対処しきれるとは思えない。

 ここは一旦生かしておいて……



 いや、殺そう。



 100の魔獣より、こいつの方が害になる。回復の時間を与えてしまうかもしれないし、今殺すのが確実だ。


「やっぱり、殺します。魔獣が出てくるので、準備しててください」


「オーライ!」


 白熱さんの返事を聞いて、俺はハルの喉に刃を突き刺した。

 ハルは抵抗しようとしたみたいだが、ボロボロの体は非力で、抵抗にならなかった。


「か……ふっ!」


 ハルの瞳から涙が溢れる。

 苦しいからか、死の恐怖からか。分からない。


 そのまましばらくすると、ハルは動かなくなった。

 ハルの呼吸も心臓も止まったのを確認すると、俺は立ち上がって構える。


「出てきませんね……」


 上から大量の魔獣……の死骸が降ってきたのは、俺がそう言ったのと同時だった。


 白熱さんと俺はそれをとっさに回避して、その惨状を視界に収めた。


 山ができたのだ。


 魔獣の死骸、岩やら水やら壁やら武器やらとにかくいろんなものが降ってきて、山ができた。

 それを唖然として見ていると、その山の中から誰かが出てきた。


「ふう」


 あれは……。


「顔面パンチくん!」


 真っ先に声を上げたのは白熱さんだった。


「やあやあ、随分とドロドロじゃないか! イイね! この魔獣は全部君が?」


 顔面パンチさんは山から降りてきて、白熱さんの前に立った。

 魔獣の血ですごい臭いがしている。


「そうだ。奴の内部は全部つながっててな、魔獣は野放しになってた。

 それより煙はどこだ。あの野郎また俺をハメやがったんだ。

 聞いてねぇぞこんなの。能力者はお前らが倒したのか」


 もしかして、顔面パンチさんは囮に使われたのだろうか。確かに煙さんがやりそうなことだ。

 こういった動きができたということは、煙さんはハルの能力を知っていたのだろうか。

 見てから動いたという可能性もあるな。


 まあ、どうでもいいか。とりあえず23番出口の件は後で文句を言わないと。 



 それにしても、この量の魔獣を一人でやったのか顔面パンチさん……。すごいな。


「あの男を倒したのは死音くんだ。すごいだろう?

 煙は今外で色々動いているみたいだ。彼も面倒な任務ばかり押し付けられて大変だなぁ!

 しかも煙はこれからこの件の後処理だよ。僕達はNurseryRhymeを倒せばアジトに戻れとの命令されている。おっと、火矢ちゃんも忘れてはいけないね!

 とりあえず、男が死んだことを煙に伝えておくよ」


 そう言って白熱さんはポケットから携帯端末を出した。

 アレ、壊れてないのだろうか。


「あ、壊れてる。顔面パンチくん、代わりに連絡してくれ」


 あ、やっぱり壊れてるんだ。


「また壊したのかよお前。仕方ねぇなー」



 それにしてもアジトに一旦戻るのか。

 俺はどうしよう。凛や弦気達もまだこの百貨店内にいる。

 弦気達はいいとして、怪我をしている凛を放ってはおけない。


 このまま姿を消せば、まだ残ってる魔獣に手負いの凛がやられる可能性もあるし、俺自身怪しまれる可能性もある。


 戻ったら戻ったで、その傷なんだっていう話になって、誤魔化すのが面倒になる。


 うーん。

 凛の近くに魔獣はいないし、自衛軍が駆けつけてくるまで持つとは思うんだが、心配だ。

 かと言って戻るわけには行かない。


 携帯はスーツケースの中だしなぁ……。


 これは仕方ない。大人しくアジトに戻ろう。変なことしないほうがいい気がする。

 言い訳は後で考えればいいし。

 スーツケースの後処理だけ煙さんに頼んでおこう。


「じゃあ一旦ここから出るか」


「はい」


 顔面パンチさんの言葉に返事して、俺は歩きだした白熱さんの後についていった。


 そんな時、ふとある脈動音に気がついた。


 ドクン、ドクン、と。何かが脈打っている。


 これは……、なんの音だ?

 音は、ハルが作った山から聞こえていた。


 俺は立ち止まって振り返る。


「どうした?」


 そんな俺を気にして顔面パンチさんも立ち止まった。


「なんか、音が……」


 俺は山に向かって歩いていく。

 この音はどこから聞こえてくるんだ。そう思って探してみると、俺が見ていた山の反対側に、大きな岩があった。

 デスバサラゴリラよりふた周りくらい大きいサイズの岩だ。


「この岩からだ……」


 なんだこの岩。音が鳴ってるぞ……。


「死音くん、その岩がどうかしたのかい?」


「なんか、音が鳴ってるんです。この岩から」


 気づけば後ろに立っていた二人に俺は説明した。


「気のせいじゃないのか? 行こうぜ」


 顔面パンチはそう言って踵を返した。白熱さんは興味深そうに岩を見つめている。



 気のせいってことはないのだ。今も聞こえてるから。


 俺はその岩に耳を当てて、コンコンと拳で叩いてみた。


 すると……

 岩にピシピシッとヒビが入った。


「え」


 岩に入った亀裂はビシビシと広がっていく。

 俺は一歩後ずさった。


 白熱さんも唖然とした顔でそれを見上げている。


 やがて走る亀裂は止まり、一瞬の沈黙が辺りを支配した。


 そして。



 その岩……、いや、卵の殻を突き破って、獰猛な竜頭が現れた。

 真っ黒な瞳に、深緑の皮膚。


 見たことのない竜種の魔獣だ。

 だが焦ることはない。竜種は凶悪な魔獣だが、白熱さんも顔面パンチさんもいる。

 それに、生まれたての赤ちゃんだ。


 俺が音撃で先制すれば、後ろの二人がテキトーに追撃してくれるだろう。



 俺が無言で音撃を放つべく手を前にかざすと、白熱さんは俺の手を引っ張って走り出した。

 俺の首ががくんと揺れる。顔面パンチさんも走り出していた。


「全速力で逃げるぞ死音くん!」


「ど、どうしたんですか!」


「こんなの聞いてねぇぞ煙ィ!」


「な、なんでですか!」




「あれは! 神話級の魔獣ッ! ファフニールの赤ん坊だ!」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 全員の能力がちゃんと考えられてて面白い [気になる点] ハルの能力燃費良すぎませんかね…? 200匹の魔獣出して手練れ3人と連戦、他人の能力吸収までこなし異常な強度の壁を何度も出しつつ自分…
[一言] んーファフニールとか神話も神話、頂点レベルじゃないですかやだー
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