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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
四章
52/156

舞う邪悪

 火矢さんの攻撃が途切れた時には、俺は奴が展開する壁の前に立っていた。


 火矢さんに音を届けたが、返事はない。

 気を失っているようだ。能力を限界まで使役したなら無理もないな。


 そんなことを考えていると、展開されていた目の前の壁が消えた。

 壁、というより箱に近い。

 どうやら、このように全方位を完全ガードできる高強度の箱も展開できるみたいだ。


 箱が消えて、目の前に現れた男は、俺を見て不敵な笑みを浮かべていた。


「楽しませてくれるなァ……、Anonymous。

 今度は逃げんなよ?」


 チャキと、奴の持つ刀が床にこすれる。

 そうして奴が一歩踏み出したのと同時に、俺は音撃を放った。


 轟音。

 服屋の展示物が吹き飛び、ガラス張りのショーケースが霧散して散った。


 奴は……、壁を召喚することによってガードしていた。

 箱……、ではない。壁だ。箱を展開した場合は、一気に接近して後ろから首を掻っ切ろうと思っていたが、攻撃によって使い分けてるのか。


 全方位を囲んでガードするということは、一時的に逃げ場がなくなるということ。

 奴にとってもあまり良い防御方法ではないのだろう。


 そして、やはりノータイムで俺の音撃をガードしてくる。

 殺気を瞬時に読み取り、次の相手の攻撃をだいたい予測するこの芸当。

 並の使い手ではない。


「景気いいなぁ。嫌いじゃないぜぇ」


 奴の言葉を遮るように、再度音撃。

 爆音と共に現れるのは、やはり壁。


 俺は後ろに数度飛び退き、奴との距離をとる。

 さっきの距離は近すぎた。


 音撃は優秀だ。壁を出現させて防御するしかないから弾幕になる。


 先ほど火矢さんが放った火の玉は、奴が触れることで一度回収されていた。

 俺の攻撃を壁で防御しているということは、音はさすがに回収できないみたいだな。


 火矢さんの連続射撃を箱で防いだのは、あの量の矢を連続で回収するのは厳しいからか。

 ナイフの投擲とか……、単発での攻撃は危険だな。できれば音撃を当てたい。

 ……それ以外となると、俺には接近戦しかなくなる。

 しかしその接近戦で、顔面パンチさんも煙さんもやられている。ならばこれも()けなければならない。


「無駄だぜ。まあさすがに三度も防がれたら分かるとは思うがな」


 男が壁の向こうから再び姿を現す。


 無駄……か。

 いや、無駄ではないな。数撃ちゃ当たるかもしれないし、毎回ノータイムのガードを要求されるのは、それなりにキツイはずだ。

 まあ、確かに真っ向からの音撃は無駄臭いが。


「……」


「ビビってんのかァ? なんで距離とってんだよ」


 男の声を遮断するか迷う。

 ……一応遮断しない方がいいか。


 踏み出した男に、俺は一歩後ずさった。

 まともに戦うわけがない。後退戦が吉だ。


 それに、ここだと凛も火矢さんも近くて、音撃の範囲が制限されてくる。

 なんとかここを離れたい。



 そういえば、一階にいる魔物は少ない。

 なぜか一階の人はほとんど避難できていて、獲物がすくないからだろう。

 二階三階の魔物の数は、一階に比べてかなり多い。三階で魔物が放たれたからというのもあるな。


 未だに聞こえる叫び声や、咀嚼音は痛々しい。

 だが一階に魔物が少ないのは助かる。

 戦闘不能の凛や火矢さんがいるので、戦いながら魔物を蹴散らすつもりだったが必要ないな。

 それに、魔物の数は減っている。弦気が動いているからか。


 しかし第三波が控えている可能性もある。

 それも警戒しなければ。


 クソ、考えれば考えるほど勝ち目がないように感じる。


 だが、やるしかない。



「おいおい、なんかリアクションねーとつまんねぇ、よ!」


 男がそう言って、ナイフを投擲してきた。

 先ほどまでとは違い、全身を使った投擲。


 速い……!


 俺はそれを身を逸らすことによって回避する。


「へぇ……」


 ナイフをホルダーから抜き去る。

 あんなのが飛んでくるのでは、躱すよりナイフでガードした方が良さそうだ。


「俺の名前はハルだ。お前は?」


 ハル。

 そういえばそう呼ばれていたな。忘れていたが、そんな名前だった。

 しかしこいつ、戦闘中によく喋る。


 まあ……。

 じゃあ、ちょっと挑発してみるか……。


「俺の名前か」


 安い挑発に、乗ってくれればいいが。


「俺の名前は死音……。

 お前を殺す男の名前だ。

 よく覚えてろ、子犬が」


 一瞬、辺りが静まり返ったように感じた。


「ハハッ!」



 男……、ハルは一度上を見上げ、両手を広げて笑う。

 ゴクリと唾を飲み、俺はナイフを構えた。



「面白え! 後悔すんなよゴミが!」



 唐突に接近してきたハルに、俺は目を見開いた。


 純粋なスピード。


 せっかくとった距離が一気に詰められ、奴の刀が横薙ぎで俺を襲う。

 俺はそれを後ろに飛び退いて躱す。


 いや、ぎりぎりだ……!


 切っ先が俺のタキシードを僅かに切り裂き、更に刃が跳ね返ってくるように俺を襲った。


 俺は腕を一本くれてやる覚悟で手を突き出し、音撃を放つ用意をする。

 するとハルはピタリと刀を止め、俺との間に数歩の間を作った。


 そこに現れるのはやはり壁。

 音撃は放たず、俺は壁から少し距離を取る。

 危ない……!

 ハルには今、俺が音撃を放つ前に腕を切って壁を出す余裕があった。

 引いてくれて助かった。いや、奴もそれだけ音撃を警戒しているということか。



「うぜぇうぜぇうぜぇ!!」


 ハルは壁を仕舞わずに、その上から飛び下りてきた。

 俺は音によってその奇襲が分かっていたので、奴の攻撃は届かない。

 それを見て、ハルの攻撃はナイフの投擲に切り替わった。


 横転してナイフを躱し、すぐに立ちあがると、俺は一度ハルに背を向け走り出した。

 まずはこの場を離れなければ話にならない。


「逃げんなクソがァ!」


 当然奴は後ろから追ってくる。

 走りながら投擲されるナイフを躱すのは難しい。

 俺はなるべく体勢を低くして、奴との間のラインに障害物を配置するように走る。


 ナイフを投擲しながら走る奴のスピードは自然と俺より遅くなった。


 距離はだんだん開いていく。 


「殺さねぇからこっち来いよ! 正々堂々とかかってこい!」


 何言ってやがる。行くわけがない。

 触れられたら終わり、音撃もきかない。そんな相手とまともにやりあうか。


 そんなことを考えながらオブジェの植木を飛び越え、俺は曲がり角を曲がる。

 しかし、曲がったところで急ブレーキし、俺は曲がり角の死角に背を貼り付けた。


 そこで俺は曲がり角を勢い良く曲がって走り抜ける足音を作り出す。


 奴は勢い良く向かってきている。


 奴が曲がり角を飛び出した時、その脇から俺は音撃を放った。


「なっ!」


 壁が、間に合う。

 今のをガードできるなんて、なんなんだこいつ。気持ち悪いレベルだぞ。


 しかし文句は言ってられない。


 俺は音を消し、壁の右側から現れて男に再度音撃を放った。

 

 壁が、また現れる。


「ハァ……! ハァ……!」


 くそ、当たらない。

 それに、音撃を撃ちすぎてる。まだ余裕はあるが、そう何十発も撃てるわけではない。


 俺は壁に背を向けて、走り出した。

 奴が壁をしまった時、俺とハルの間には大きな距離が開いていた。


 ここで俺に関わる音は全て消す。

 足音、呼吸音、衣擦れの音、ナイフをナイフで弾く音。全て。


 俺は腰の射出機を手に取り、射出口を二階に向ける。

 そして親指のボタンを強く押し込み、ワイヤーを発射した。


 射出されたワイヤーは、狙い通り二階の吹き抜けを囲む手すりに巻き付く。


 俺はそのまま走りながら、余ったワイヤーを巻きつつ、柱に向かって突っ込んでいく。

 そしてそのままワイヤーをぐっと引き、俺は柱を駆け上がっていった。


 射出機だけの力では俺を二階に引き上げられない。だが、壁を蹴りながらならなんとか二階に上がれる。

 二階に上がるのは、一度奴を完全に撒く必要があるからだ。


 奴の投擲したナイフが俺のマスクをかすめた。


「待てゴルァ!!」


 俺は急いで二階に上がると、再び走り出す。

 奴は一階と二階の間に障害物を召喚して段差を作り、そのまま登ってきた。


 しかし、俺はその頃にはすでに身を隠し、陰から奴の様子を伺っていた。

 二階に上がって俺を見失ったハルは、そこで動きを止めた。


「チッ」


 舌打ちを一つすると、奴はゆっくりと歩き出す。

 これは、俺の奇襲を完全に警戒しているな。


 だが。


「後ろだ」


 人間は

 音に頼らずには、いられない。


 ハルが、"後ろから聞こえた俺の声"によって振り返った瞬間。

 俺はその後ろに躍り出て、音撃を放った。


「……!」


 が、これもまた……、壁に阻まれる。


 まあ予想通りだ。

 俺はそのまま接近し、壁の裏側に回る。


 男のナイフが俺を襲った。


 ナイフは俺の肩を掠め、後方に飛んでいく。

 俺は射出機を奴に向け、放つ。

 しかし、ハルは高速で射出されたワイヤーを手で捉えた。


「なん……!」


 俺は慌ててワイヤーを切り、音撃を放つ。

 当然壁でガードされる。


 壁は最速で消え、ハルは俺に向かって急接近してきた。


 まずい……! 逃げ場がない。

 一階に飛び降りるか……? でも……!


「ハッハァ!」


 迷ってる間に、奴は俺の首根っこを掴み、足をかけてそのまま俺を押し倒した。


「つぅ……!」


 触れられた……!

 が、奴は能力を使わず、新たに取り出したナイフを俺の首元に押し当てた。


「つぅーかぁまえたぁ」


 しまった……!


「クヒヒ、動くな?

 ゆっくりと首にナイフが刺さっていく感覚を味わえ」


「……!」


 音撃は間に合わない……!

 ならば……!


 俺は手に持った射出機を男の背の空に放ち、放たれたワイヤーを逆の手で掴むと、それでハルの首に引っ掛けてグルリと横転した。

 その勢いで押し当てられていたナイフが動き、俺の首元は深く切り裂かれた。


「っつ……」


 思わず声が出る。


 ……鎖骨辺りだな。何とか逸らせたのはでかい。


 こいつ、なぜ能力を使って俺を回収しなかったのか。

 いや、ハルの能力はものを回収するだけ。殺せるわけではないから、使う必要はないのか。



 俺は男の首を締めるワイヤーを握りしめ、ゆっくりと後ろに遠ざかっていく。

 ワイヤーを握る手に血がにじむ。


「ぐぅ……ぇ……!」


 ハルは、震える手でワイヤーを掴んだ。


 ワイヤーに触れる俺ごと回収、ってのもありえるな。

 それを考慮して、俺はワイヤーを切ってから音撃を放った。


 響き渡る轟音。

 辺りのオブジェが音撃に巻き込まれ、吹き飛んでいく。


 壁の出現は、ない……!


 直撃か……?



 そう思った瞬間、奴の音が後ろに現れた。


「死ねオラァァ!!」


 明らかな瞬間移動。

 廃ビルでも同じようなことがあった。


 反応、できない……!


 背後から突き出された刀は俺の肩に直撃した。

 ズブリと、嫌な音を立てて刃が貫通し、俺は目を見開いた。


 痛覚で混乱しかけたが、なんとか後ろに音撃を放つ。

 ハルは刀を引き抜き、壁を出現させて音撃をガードした。


 俺はその間に距離をとる。


「ハァ、ハァ……ハァ……」


 致命的なダメージを受けてしまった。

 くそ、いてぇ。


「フー、フー、楽しませてくれるじゃねぇか……」


 壁を消して現れたハルが言った。


「今の一撃を受けたのは痛かったなぁ……。それじゃあもう戦えねぇだろ。

 出血もまあまあしてるしなァ」


 その通りだ。

 能力も使いすぎてる。まずいな。この状況は。

 それにあの瞬間移動はなんなんだ。


 もう一つの能力か……?

 それとも、自分を回収して違う場所に出現、とか。

 若干のタイムラグがあったし、その可能性が高い。

 多用してこないのはなんらかのデメリットがあるから?


 くそ、わけわからん。


「でも、遊び足りねぇぞォ?」


 ゆっくりと近づいてくるハル。

 どうする……。本気の音撃を放つか……?

 だが、それであの壁を突破できるとは思えない。

 なんの素材でできてるのか知れないが、かなりの強度だ。


 限界まで連続で撃てばあるいは……?

 いや、無理だな。火矢さんの連続攻撃にも耐えていたし、耐久性もある。


 そんな時、俺はある案を思いついた。


 これなら……いけるか……?

 ……やってみる価値はある。


 俺は両手を前に突き出し、音撃を放つ準備をする。

 刺された左肩が激しく痛む。


「またそれか。効かねーのいい加減分かれよ。飽きたんだよ」


 音撃は、範囲を絞れば絞る程威力が低くなるのは実証済みだ。

 俺は今まで範囲を絞った上で、さらに手加減して撃っていた。


 そうする理由は、それでも十分な殺傷能力があるうえに、本気の音撃はとにかく燃費が悪いからだ。

 本気で撃ったとしてあの壁を破壊できないのは一発目でなんとなくわかっていたし。


 だが、今から撃つ音撃は範囲を広める。

 ほぼ本気の音撃。


 一般人に被害が及ぶかもしれない。


 だが、これしかない……!


「撃つのはいいが、能力の使い過ぎで自滅とかやめてくれよ?」


 奴の戯れ言を遮るように、俺は音撃を放った。

 明らかに先ほどとは違う火力。


 床にビシビシとヒビが入り、爆音が続く。


 奴は、予定通り壁でガードしている。


 ぐわんと頭が揺れた。

 限界が段々と近づいているのか。


 だがもう一発……!


「ハァ!」


 奴の召喚した壁は微動だにしない。


 もう一発……!


「落ちろォォォ!!」


 声を上げ、音撃を放つ。



 バキバキと。



 そんな音を、俺は消した。


 奴に悟られないように。


 音撃に耐えきれず、崩れ落ちてきた"それ"を見て、思わず口元が緩む。


 俺は両手を下ろし、ふうと息を吐いた。

 音撃が止まったのを見て、ハルは壁を消した。



「満足か?」



 得意げな顔でそう言ったハルに、俺は親指を突き立て、それを逆さに向ける。 


 すると、彼は「あ?」と、そんな声が聞こえてきそうな顔をした。



 その直後。



 ハルは、"上から降ってきた天井"の、下敷きになった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 壁って収納してたやつ出しただけだろ?音なのに隙間だらけのガード一切抜けないの笑えるわ
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