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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
四章
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反撃の邪悪

 魔獣が増えた。それも先ほど放たれた数とおそらく同じくらい、また一斉に放たれている。

 俺は音の方角を見詰めながら考えていた。


 先ほどの倍。

 こうなってくるといくら煙さん達でも処理しきれなくなるし、弦気達も危ない可能性がある。

 くそ、最悪の状況だ。


 煙さん達の戦闘音は未だに激しい。

 多分、煙さん達が優勢だから、奴は魔物を放たざるをえない状況になったのだ。


 そういえばあいつ、前に100匹で容量の1/3とか言ってたよな……。

 今で200匹放ったのだとしたら、もう100匹控えている可能性が高い。

 しかも、集めた魔獣は人間を見たらすぐ襲いかかってくるような危険種のみ。


 あの男の能力は生き物を含む「もの」を、どこからか取り出したりしまったりできる能力でほぼ間違いない。

 前も壁を出したり仕舞ったりしてたしな。

 容量ということは、どこかに仕舞ったものを管理できる空間があるのか?

 もし人間も取り込むことができるのなら、それも警戒しないといけない。

 どういう条件があって、他にどういう使い方ができるのかは分からないが、かなり厄介な能力だ。

 煙さん達が倒してくれることを願おう。



 俺は靴のコーナーにあった椅子を2つほど抱えて、急いで先ほどの場所に戻った。

 すると丁度凛も椅子を持ってきたところで、タイミングよく3つの椅子が揃った。


 俺はそれを積み上げ、その上に登る。

 通気口にはギリギリ手が届く。凛の身長では届かないだろうから、俺が先に上がって引き上げてあげなければならない。


 俺は通気口の鉄格子を内側からなんとか外すと、俺はその鉄格子を床に放った。


「行けそう?」


「ジャンプすれば上がれそうだな。先にあがって凛を引き上げるのがいいと思う」


「のぼれる? あんた鈍くさいから落ちそう」


「馬鹿にしすぎだろ」


 凛を見下ろして言う。

 こそこそと近づいてくる複数の足音に気づいたのはその時だった。


 おそらく群れるタイプの魔獣だ。

 こんなに接近されるまで気づかなかったのは、増えた魔獣のせいで、聞かなければならない音が増えたからだ。

 足音も小さい。


 俺は「靴紐を結ぶ」と言って、椅子の上から降りた。

 そして辺りをぐるっと見渡す。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」


 どこかでそんな断末魔が上がった。

 凛が驚いて、音の方向に振り向いた。


 この店に隠れていた人間を襲ったのか。


 数は4匹。並ぶ服の死角から襲ってくる可能性が高い。位置はだいたい把握できた。


 大きい魔獣じゃないな。

 時々小さく聞こえる鳴き声と、小さな足音からして、そう推測する。

 くちゃくちゃという咀嚼音。その嫌な音を遮断した気持ちを抑えながら俺は息を吐いた。


「今のって……」


「……魔獣だろうな」


 俺は立てかけられていた傘を手に取り、それを開いて骨組みをむりやり分解し、軸棒だけ抜き取った。

 心細いが、一応武器になる。


 そんな俺の前に立ったのは凛だった。


「無駄よ……! そんなものが魔獣に通用するわけない。早く通気口に上がったほうがいい」


「それは悪手だろ。椅子に登れば奴らの目に止まって、標的になる可能性がある。通気口の中に入れたとしても中まで追ってきたら?」


「……」


「だろ?」


「……そうかも」


 さて、どうやってこの場を切り開こうか。

 次々と王手がかかっていく。


 時間も敵だ。こちらの方へ来ている魔獣はまだ少ない。

 奴らのテリトリーはどんどん迫ってくるが、まだ逃げ道は通気口だけというわけではない。


 そういえば弦気と別れた先ほどの場所には大量の服がある。

 今あそこには魔獣もいないし、あの服を一階に落とせば同じように一階に降りられる。

 23番出口は塞がれていないはずだし、直に自衛軍の救助が集まって来たら、そこからの侵入が期待できる。



 その旨を凛に伝えると、凛は頷いて、走り出した俺の後についてきた。

 凛と俺が発する音はすべて遮断し、魔獣に気づかれないようにする。


 やがて先ほどの地点に到着すると、すぐに俺と凛は作業を始めた。

 服を一気に掴み、一階に落としていく。


「あんた妙に落ち着いてるわね。こういう時もっとあたふたするイメージがあったのに」


 ふと凛がそんなことを言ったので、俺は少しだけドキッとした。


「凛も冷静じゃないか。こんな時はキャーキャーうるさそうなイメージがあったけど」


「なによそれ」


 話しながらも必死に作業していると、すぐに一階に服の山ができた。


 しかし、二階から一階に服を落とす作業は、アクションが大きすぎたようで、ひらひらと落ちていく服は魔獣に対しても目立ち、遠くでこの様子を見ていた魔獣を引き寄せてしまった。


 俺はその存在に気づいてはいたが、それなりに距離があったから放置していたのだ。

 まさか飛んでくるとは。


 遠目で魔獣の種類を見極められなかった俺の失態だ。


 フライ・トロルキャット。

 背に翼を隠し持ち、遠くから一気に接近して獲物を狩る魔獣。


 高速で接近してくるそいつを視界に入れながら、俺は叫んだ。


「まずい! 凛! 飛び降りるぞ!」


「……!」


 凛は俺の声を聞いてとっさに体を動かし、一階へ飛び降りた。


 その瞬間、俺はすぐさまフライ・トロルキャットに向け爆音を放つ。


 フライ・トロルキャットにのみ聞こえたその爆音は効果抜群だったようで、魔獣は空中で方向転換して逃げていった。

 俺はそれを見送ると、凛の後を追って一階に飛び降りた。


 一階の物陰で待機していた凛は、引き返していくフライ・トロルキャットを見て言った。


「なにしたの……?」


「いや、何もしてない。なんか勝手に引き返していった」


「そう、助かったわねそれは。というかなんで一緒に飛び降りなかったのよ。あんた、囮になろうとしたの?」


 凛は怒気混じりの声色で言った。


「それは……ビビって飛び降りられなかっただけで……」


「……死んだらどうすんの?」


 俺が言い終わる前に凛はそう言った。

 「悪い」と俺が謝ると、凛は俺の腕をガシっと掴み、出口に向かってまた進んでいく。

 凛は23番出口から脱出できることを知らないから、俺が誘導しなければならない。


 でも今のところその方向に向かっているので、問題はないだろう。

 後ろの魔獣も近づいてくる様子はないし、このまま行けば脱出できる。



 そして、俺達は23番出口に着いた。


 が、そこにあったのは、他と同じ瓦礫によって塞がれている出口だった。


「ここもダメ……」


 なんでだ……。煙さんは23番出口だと言ったよな?

 まさかいい間違えた? いや、煙さんに限ってそんなことはない。

 

 何か理由があるはずだ。


 周りをよく見ると、一階には人がいない。出口の爆破に巻き込まれて死んだ人はそこらに転がっているが、生きている人がいないのはおかしい。

 ということは、なんらかの脱出経路があったのか。


「ここで救助を待った方がいいのかも……」


 凛が弱々しく呟いた。

 俺もそっちのほうがいい気がしてきた。流石にそろそろ救助が来るはずだし、これ以上動いても魔獣とのエンカウントを増やすだけだ。


 そう思いながら俺は一度煙さん達の様子をうかがって見た。

 すると、戦闘音は移動しながら未だに展開されているが、ちゃんと音を聞いてみると、人数が減っていた。


 3人しかいない。ということはあの中の誰か1人が脱落したのか。


「そうだな」


 とりあえず凛の言葉に返事して、俺は出口付近の壁にもたれかかって座り込んだ。


「弦気達、大丈夫かな」


「大丈夫よ。あっちもあっちでなんとかしてるはず」


「つーかこれ、一体何が起きてるんだよ。アイツら一体何なんだ……」


 俺は本来なら口に出しそうなセリフを言ってみる。


「多分、テロリストかなんかよ」


「……テロリストか」


「怖い?」


「そりゃあな」


 不自然だな。お互いに。

 普通ならそこらに転がる死体を見て発狂してもおかしくない状況なのに。

 凛も凛で感覚が狂っているのだろうか。


 そんなことを考えていると、上の階から大きな爆発音がした。

 爆発音の後、瓦礫と共に、二階から降ってきたのは二人の人影だった。


 とっさに俺と凛は瓦礫の影に隠れた。


 人影の正体は例の男と、火矢さんだ。

 二人は着地して、睨み合う。


 余裕は男の方にあった。


「勝った! 煙に加え、顔パンも捕らえた……! サディは死んだが仕方ねぇ! 必要な犠牲だった!

 あとはお前だけだぜ火矢ァ……!!」


「タイマンで私に勝てると思ってんのかよ雑魚が!」


 火矢さんはそう言ったが、男がジリと一歩踏み出すと、思わず後ずさりしていた。

 それを見た男は口角をさらに吊り上げる。


「ハハハ! 俺の能力とは相性が悪かったな! お前らの敗因は俺に当てる人選ミスだ!」


 火矢さんは手に纏った炎を振るい、その炎撃を男に向かって飛ばす。

 男がそれに手をかざすと、炎は一度消え、再び現れたと思えばそれは火矢さんの方に向かって飛来していった。


「無駄だァ!」


「クソッ!」


 火矢さんはその炎を手で散らすと、走りながら叫んだ。


「シオォォォォォォン!! まだかァァァ!!」




「え?」


 思わずそんな声が出た。


「どうしたの?」


 隣の凛が首を傾げて言った。

 俺は「なんでもない」と言って誤魔化し、火矢さんが俺を呼んだ理由について考えた。

 なぜ……?


 俺に助けを求めただけか?

 俺を逃がそうとしてたのに?


 ……違う。


 俺は23番と書かれたマークを見る。

 そもそも、23番出口という煙さんの言葉、これが俺を逃がすためのキーワードではなかった。


 俺は煙さん達に任せてさっさと逃げていいと思っていたが、それが間違いだったのだ。


 そしてその時、視界の隅にあるものを見つける。


 そこには俺のスーツケースがあった。





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