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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
四章
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止まらない邪悪

 解き放たれた大量の魔獣は四方に散って一斉に駆け出した。

 転がる死体に群がる魔獣もいたが、逃げ惑う獲物を追う魔獣の方が多い。


「なんだよ……! あれ!」


 弦気が後ろで言った。

 魔獣の数はおそらく百匹を超えている。

 しかも、通常種の中でも凶暴な魔獣ばかり。竜種もチラホラと見かける。


 百貨店は、四階層に別れる吹き抜け構造になっている。

 奴らはそれをいいことに上下の階に飛び移り、人間を狩っていった。


 早く逃げないと俺達も標的にされてしまう。

 そんな焦りが思考を蝕んでいく。

 弦気も同じことを考えているのか、後ろから俺達を急かした。


 だが、弦気も俺も、余裕はまだある。

 お互い本当に危なくなった時は能力を使えばいいのだ。

 違う点は、リスクが弦気より俺の方が高いということ。

 俺が能力を使うには、家族とも別れ、二度と学校に行けないくらいの覚悟が必要だ。

 弦気の方はよくわからないが、それほどのリスクはないはず。ただ、俺に気を使っているというくらいだろう。



 魔獣が解き放たれてから数十秒、俺はあることに気づいた。

 後ろでNurseryRhymeと煙さん達の交戦はすでに始まっている。怒涛の戦闘音と、彼らの雄叫びが聞こえてきていた。

 そんな中、煙さん達はなるべく俺達の方へ魔獣が行かないように配慮してくれているのだ。

 俺の退路を戦いながら確保してくれている。

 道理で俺達の方へ来る魔獣がいないわけだ。


 だが、煙さん達も完璧に魔獣を捌き切れるわけじゃない。しかも戦闘中なわけだ。

 あの男が放った魔獣はどれもやばい種類ばかり。

 煙さん達の牽制を掻い潜って俺達の方へ向かってくる魔獣が現れるのも時間の問題だ。

 早く逃げないといけないのには変わりない。


「はぁ……はぁ……」


 前を走る二人の息が切れてきた。

 二人とも運動神経はそれなりに良かったはずだけど、こんな状況じゃスタミナ管理もままならないだろう。


 今、このメンバーの中で一番落ち着いているのは俺だ。


 弦気は俺達をどうやって守ろうか必死に考えているようで、落ち着いている様子とは言えない。前方の凛と大橋も、おそらく冷静ではない。


 この状況における俺の最善手は、こいつらと別れること。

 そうすれば弦気も動き易いはずだし、俺も一人なら能力を使うことができる。


 だが、どのタイミングで別れる?

 弦気は俺の別行動を許さないだろう。


 考えながらしばらく走ると、前方に人だかりが見えてきた。


「なにあれ……!」


 凛が声を上げる。


 あれは……、おそらくあそこで行き止まりなんだ。

 エスカレーターも階段も全部壊されているから、あれ以上先に進めない。


 俺は後ろを振り返る。

 追ってきている魔獣はいない。それぞれ獲物を捕まえて食事の最中なのだろう。

 魔獣の咀嚼音があちらから聞こえてくる。

 食べられている人達には申し訳ないが、彼らが時間稼ぎになってくれているのか。


 だからといってここで止まっていると、奴らが再び動き出した時、袋のネズミになってしまう。


 俺達は人だかりまで到着すると、一度立ち止まった。

 ここで止まっているということは、これ以上進む手段がない人たちの集まりだ。

 つまり、無能力者や、能力的に強くない人達の集まり。


 魔獣からしたら餌が集まってくれてるようなものだ。


「どうする……?」


 俺はとりあえずそんな疑問を弦気に向けた。女子二人は走り疲れたのか、膝に手をついて息を整えている。


「ここにいるのはまずいだろうな……。逃げるにしても、この人達を置いていけない」


「……」


 これは自衛軍思考が出たな。無意識だろう。

 弦気的に置いていけないのは分かるが、だからといって俺達にできることがあるかと言ったら否だ。

 弦気は眉を寄せて俯いている。打開策を必死に探っているのだろう。


「……そんな余裕、あるか?」


 遠慮がちに俺は言ってみた。

 中将というその肩書きを俺に披露してくれるのなら可能なのかもしれないけど、そうしない限りはここにいる人達を救えない。

 弦気が正体を隠している訳は分からない。でも、その事情とやらと大勢の人の命を天秤にかけられるだろうか。


 弦気の返事は早かった。


「そうだな……。別の逃げ道を探そう」


 この答えには内心驚く。

 弦気自身、どうあっても全員は助けられないと判断したのだろうか。

 まあこの人数だ。避難させるにしても道を作らなければならないから、助け出す道としては魔獣の殲滅が確実になってくる。

 しかし弦気の能力は、おそらく火力の出るタイプではない。

 つまり、あの数の魔獣を撃退するのはいい案ではないはずだ。


「とりあえず下の階に下りる方法を考えないと」


 ロープか何かあればいいんだが、そういうのを売ってる店は二階にあって、三階にはない。

 何か良い案はないだろうか、そう思って辺りをキョロキョロしていると、俺は接近してくる魔獣の音に気がついた。


 百貨店の内部は、緩やかにカーブするような形の構造になっていて、先ほど俺達が逃げて来た方向は見えない。


 時間がない。


「服……、服をたくさん二階に落とせばそれをクッションにして飛び降りられるんじゃないかな」


 大橋が周りを見渡しながら言った。俺達は服屋に囲まれている。


「なるほど、ありだな」


「よし、それでいこう……!」


 弦気の言葉と同時に、俺達は作業に取り掛かった。

 俺達が手当たり次第商品の衣服を二階に落とす作業をしていると、それを見ていた周りの人達も、俺達の意図を理解したのか同じ作業を始めだした。

 そのおかげで、すぐに二階の床には衣服の山ができた。


 魔獣が放たれた場所から、ここは一番距離がある。二階に魔獣の姿は見えないので、飛び降りても大丈夫そうだ。


「じゃあ順番に行こう。俺から行く」


 弦気がそう言った丁度その時、曲がり角の陰から姿を現した魔獣によって、後ろの人だかりから悲鳴が上がった。


「あれは……!」


 あれはバサラ樹海にも生息している魔獣……、俺は遭遇しなかったが、遭遇しないことを切に願った魔獣の一つだ。


 デスバサラゴリラ。

 凶暴な性格をしており、縄張りに入った外敵を許さない。

 草食だが戦闘を好み、狩りを楽しんだりする高い知能を持つ魔獣。


 体長は2m半ほどで、無能力者にまず勝ち目はない。

 俺は反射的にゴリラから目を逸らした。デスバサラゴリラは、目の合った者に攻撃を仕掛けると図鑑に書いてあったからだ。


 俺は目を伏せたまま、他の三人に声をかけた。


「……せーので飛び降りよう」


 三人はうなずき、俺はすうと深呼吸した。


「せーの!」


 デスバサラゴリラが動き出したのは、俺達が三階から飛び降りたのと同時だった。

 そして、最初に動いたのがいけなかったのか、俺達は見事にデスバサラゴリラを引き付けるハメになってしまった。


 二階の衣服クッションにバラけて着地すると、俺は衝撃を逃すために一回転して受け身を取り、立ち上がる。


 しかし次の瞬間、俺達を分かつように着地したデスバサラゴリラによって、俺達は二分してしまった。


 大橋と弦気、凛と俺で、デスバサラゴリラを挟み込む形になっている。

 頭上の人々は、デスバサラゴリラが俺達を追ったことによって、飛び降りて来なかった。


 デスバサラゴリラは品定めするようにゆっくり俺達を見回して、一度ブルンと鼻を震わせた。

 凛が一歩後ずさり、俺は小さく息を吐いた。

 この場を切り抜けるには、誰かが囮にならなければならない。


 俺がやるか……?


「二手に別れよう!」


 そう叫んだのは弦気だった。


 デスバサラゴリラは声を放った弦気に標的を定め、そのまま突進していく。

 弦気はそれを転がって回避し、大橋を連れて俺達とは反対の方向へ駆け出した。


「弦気!」


 あいつ、デスバサラゴリラを引き付けるために、わざと声を出しやがった……!

 いや、俺から離れればあっちで能力を使うことができるのか。

 なるほど。わざわざ魔獣が待ち構えている方に逃げたのも、そこで魔獣を食い止めて俺と凛を逃がすためか。

 大橋を連れて行ったということは、大橋も戦えるということか?


「逃げるわよ、風人!」


「でも弦気が……!」


 俺は一応演技をしておく。

 普通は心配するだろうからな。中将だと知ってるから安心だが。


「弦気なら大丈夫だって!」


 凛は根拠もなくそう言って、俺の手をとった。


「おい……!」


「行くわよ!」


 凛は俺の手をとったまま走り出すと、2階突き当りの洋服屋に入っていった。

 そこは中々に広く、至るところに人が隠れている。


 逃げるより隠れた方がいいと判断したのだろう。


「1階には降りないのか?」


 俺の手を引いて前を走る凛に尋ねてみる。


「もしかしたら通気口から脱出できるかもしれない」


「通気口? あんなとこ通れるのか?」


「多分。そういうふうに設計されてるはず」


 凛はズンズンと進んでいき、やがて通気口のところまで来た。

 通気口は天井に設けられており、侵入するには脚立か何かがいりそうだ。


「どうする?」


「うーん。椅子を積み上げれば届きそう」


 凛は俺から手を離して言った。


「やってみるか」


 俺と凛が椅子を探しに二手に別れた時、俺は煙さん達が戦っている方角に新たな異変を感じた。


 それは波のように押し寄せる足音……。


 しかし、いきなり現れた音だ。


 俺はすぐに状況を把握した。あの長身の男が、魔獣軍隊の第二波を放ったのだ。


 つまり魔獣が増えた。



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