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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
四章
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解き放たれた邪悪

 例の男を追いながら、俺はボスに電話を繋げていた。

 奴との距離は大体20mもないくらいだろうか。この距離なら流石に気づかれない。

 能力をONにしたので、奴を見失うこともないだろう。


「俺だ」


 端末からボスの声が聞こえて、俺は一度立ち止まった。

 その間に、男はエスカレーターを下りていく。俺はその音を追いながら返事をした。


「死音です」


「どうした?」


「NurseryRhymeの男を見つけました」


「なに? 場所はどこだ」


「中央ショッピングモールです」


「敵は男一人か?」


「はい。今のところ一人です」


「分かった。すぐに応援を向かわせる。死音は見失わないように追跡しろ。

 電話にはいつでも出られるようにしておけ」


「分かりました」


 電話が切られたのを確認して、俺は再び歩を進めた。

 俺がエスカレーターを使って一階に降りた時、男は突き当たりの角を曲がった所だった。


 出口に向かっているのだろうか。

 そう思いながら追跡すると、男はトイレに入っていった。

 トイレには男一人。俺はトイレの入り口を、斜め向かいの服屋の中に入って視界に入れる。


 すると、中から携帯を片手に男が出てきた。


「準備完了だ」


 それだけ言うと、男は電話を切って来た方向に向かって歩きだした。


 準備、奴はそう言った。つまり、トイレに何かを仕掛けたんだ。

 まずはそれを確認する。追跡の方は音だけでも十分に可能だ。


 男の姿が見えなくなった後、俺はトイレに駆け込んだ。

 俺はトイレの中を見渡す。一見変わった様子は無かったが、トイレの掃除用具入れを開けてみると、そこには黒いカバンが入っていた。


 男がトイレに入った時は、カバンなんて持っていなかったが、奴の能力は何もないところから何かを取り出したり仕舞ったりすることができる。

 奴の物である可能性は高いな。


 俺はカバンを迷わず開けると、中には黒い謎の塊が入っていた。大きさは拳2つ分くらいのサイズだ。


 なんだこれ……。

 触ろうと思って躊躇う。爆発とかしたりしたら洒落にならない。


 これは、どうするべきだろうか。男も追跡しないといけないし、これを放って置くのも良くない気がする。


 いや、自衛軍を利用するというのはどうだろうか?

 百貨店の中もうろついてる自衛軍なら、トイレに不信物があると伝えれば対処してくれるはずだ。

 黒いカバンがこのトイレにだけ設置されたとは思えない。

 とにかくまずボスに報告するか。


 俺は再び端末を手にとってボスに電話をかけた。


「どうした」


 ボスはすぐに出た。

 俺はボスに状況を説明して、判断を仰ぐ。自衛軍を利用するのはどうかという案も出してみた。


「煙達をそっちに向かわせている。その辺の判断は現場を見る煙に任せた方がいいな」


「了解です」


「あと、お前は今Anonymousとして動けない。煙達が来たら、バトンタッチして撤退しろ」


「分かりました」


 そこで電話は切れる。

 煙さん達が来るまでは俺があいつを見張ってないといけない。

 ボスがAnonymousとして行動できないと言ったのは、俺は今学生服で、変な動きを見せたら身バレするかもしれないからだろう。

 まあ俺としてもあんな奴と戦闘するのはごめんだし、好都合だ。


 男を追って俺はエスカレーターを上がっていった。

 男の音は俺が先程いたフードコートで止まっている。どうやら他のメンバーと合流したらしい。

 声からしておそらくあいつだ。あの時仕留めそこねた少年。名前は……確かサディ。

 前の戦闘の時はマスクをつけていたから、顔を見られても俺だと気づかれることはないだろう。



 俺が3階のフードコートに着いた時、プライベートの方の携帯からメールの着信音が鳴り響いた。

 俺は携帯を手にとって、メールを開く。

 弦気からだった。


 内容は『さっきのフードコートの向かいの服屋にいる』というものだった。

 振り向くと、そこには弦気と、いくつかの服を手にとった大橋と凛がいた。


 あいつら……、引き返してあそこ店に入ったのか。

 正反対の方に歩いて行ったからこっち側にはいないと思っていたのだが。

 これはちょっと動きにくいな。


 俺が眉を寄せると、今度は組織用の端末がバイブレーションした。

 電話だ。


 画面を見ると、煙さんだった。

 俺は下りのエスカレーターに乗り込んで、電話を取る。


「もしもし、死音です」


「着いたぞ。状況説明よろしく」


 開口一番そう言った煙さんに、俺は状況を説明した。

 煙さんは火矢さんと顔面パンチさんを連れてきたらしい。

 なんでその二人なんだ……、というメンツだ。まあここから先は煙さん達の仕事なので、俺には関係のない話である。

 そう考えて俺は、弦気達の元へ戻った。


「トイレ長かったな」


「ああ、大の方だったからな」


「汚いって」


 NurseryRhymeのあの二人が何をしでかそうとしてるのかは分からないが、何かをしでかそうとしてるのは分かる。

 つまり、近くにいて良いことはない。


 俺はフードコートのテーブルでアイスを食べるサディと、考え込むようにして座っている男を見やった。

 動く気配はない。


 今のうちにここから避難したいんだけど……。

 どうやってこいつらを百貨店の外に連れ出したことか。

 大橋と凛は弦気に着せる服選びで夢中になっている。


 最悪俺一人で抜けるのもありだ。

 そもそも俺より強い弦気の心配というのも間違ってる気がするしな。

 俺がいない方が、何かあった時こいつらも動きやすいかもしれない。



「キャァァァァァァァ!!」


 唐突にあがった悲鳴が、そんな俺の思考を止めた。

 目の前の弦気が、俺の背後を見て、目を見開いた。

 大橋と凛も、手に服を持ったまま固まっている。


 俺が恐る恐る振り返った時、悲鳴により一瞬鎮まりかえった辺りに、悲鳴が伝染していった。


 状況はこうだった。

 フードコートにいた例の二人が、隣の席に座っていた男女のカップルを殺したのだ。


 長身の男は両手を広げて声を上げた。片手にはどこから取り出したのか、刀がにぎられている。


「今からこの建物の中にいる人間片っ端から殺していきまーす!! お前ら頑張って逃げろー!!」


「はははははは!!」


 フードコートにいた人間は、悲鳴を上げながら雪崩のように外へと押し寄せてきた。

 が、その人混みの中で爆発が起きた。

 人混みは肉塊となって霧散する。壁に大量の血が付着し、俺達の方まで肉片が飛んできた。


「……」


 今ので……、何人が死んだ……?


 奴らは今の爆発で死に損なった怪我人に止めを刺しつつ、逃げ惑う人間を追いかけた。

 まるで狩りでもしてるようで、彼らの表情は楽しそうだった。

 NurseryRhyme……、殺し自体が目的の行動をよく取ると聞いていたが、これもそうなのか……?


「逃げるぞ風人! リン! ヒトミ!」


 そんな弦気の言葉で俺はハッとなる。

 奴らと俺達の距離はそれなり。近くの人間から標的になっているから、俺達に標的が移るのも時間の問題だ。


 弦気は大橋と凛を先頭にして走り出した。殿(しんがり)は弦気。

 もし奴らの攻撃が飛んできても、例の能力で防ぐつもりなのだろう。

 

 ありがたい。

 自衛軍中将の弦気が後ろを張ってくれるなら、安全に逃げ切れることができそうだ。

 俺は弦気の能力に気づかないフリをしながら逃げるだけだ。


 そう思ってエスカレーターに乗り込もうとした時、向こうの方で爆発音が鳴り響いた。

 何事だと思ってそちらの音に意識を傾ける。すると、「エスカレーターが爆発した!」なんて叫び声が聞こえてきた。


 驚いた俺は先にエスカレーターに乗り込もうとする凛と大橋の手を思いっきり引いて、「あっちから逃げよう!」と声を上げた。

 二人は何言ってるんだという顔をして一瞬戸惑ったようだが、近づいてくる後ろの惨状を見て進行方向を変えた。


 俺達がそこから離れた直後、先ほど乗り込もうとしていたエスカレーターが爆発した。

 走りながら振り返った凛と大橋の顔は青ざめている。


「ハッーハッハ!! 退路には爆弾が仕掛けてあるぞー!!」


 男が後ろでそう叫んだ。

 やっぱりあれは爆弾だったのか。出口にも爆弾は仕掛けられている。

 爆発によって出口が塞がれることもあり得るな。

 むしろそう計算されてるかもしれない。


 俺は走りながら振り向いた。

 無謀にも奴らに挑んでいく一般人もいたが、その勇気も虚しく殺されてゆく。

 駆けつけてきた自衛軍も返り討ちにあっていた。


「振り向くな!」


 弦気がそう言ったので、俺は前を向いて走った。

 だけど、逃げ場ないだろこれ。

 エスカレーター、もエレベーターも階段も全部壊されている。

 浮遊持ちの能力者や、強化系の人達は、飛び降りることができるが、俺達には無理だ。

 弦気なら可能かもしれない。でも俺は無理だ。

 射出機も持ってきてないし、飛び降りるにしても3階は流石にきつい。


 煙さん達は何をしてるんだ。

 あの人達が奴らを抑えてくれればかなり避難は楽になるのに。


「やばい! こっち来てる!」


 弦気が叫んだのと同時に、目の前で、下の階から何者かが飛び上がってきた。

 漆黒のスーツを着崩して、Anonymousのシンボルである例のマスク。

 煙さんだ。

 その後を追うように下の階から飛び上がってきたのは、顔面パンチさんと火矢さんだった。


「Anonymous……!」


 弦気が後ろでにがにがしげに呟いた。


 大橋と凛は一瞬走るスピードを緩め、立ち止まりそうになるが、俺が後ろから「止まるな!」と叫ぶと、煙さん達を無視してそのまま突っ切った。


 すれ違いざま、煙さんがポツリと呟いた言葉を俺は聞き逃さない。


「23番出口だ」


 なるほど。

 つまり、そこから逃げろということだな。おそらく退路の確保のため、爆弾を事前に処理してくれていたのだろう。


 俺は煙さん達を尻目に走る。



 そんな時、またも男が後ろで叫んだ。


「待ってたぜぇ! アノニマス!

 魔獣共! 餌の時間だ!」


 そして、大量の魔獣が彼から解き放たれた。



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