すれ違った邪悪
宵闇さんと会ったあの日から一週間と少しが経った。
俺の怪我はほぼ完治して、訓練も昨日から再開した。
今日、学校で能力測定が行われる。
自衛軍の強化パトロール週間はまだ続いているが、NurseryRhymeの動きは見られない。というわけで、各校の能力測定に当てる人員くらいは割こうという話になったらしい。
ボスから聞いた情報だ。
学内トーナメントが延期されると直後に控える冬休みにも影響がでる。
能力測定から学内トーナメントまでの期間が切迫してしまっているので、周りの生徒達の雰囲気は、かなりピリピリしていた。不満を漏らす生徒も多い。
でもまあ学内トーナメント不参加の俺としてはどうでもいい話だ。
無能力の俺は当然、能力測定も辞退できる。
なので、現在俺は無能力者達が集まる教室で、自習課題をさせられていた。
まあ本当に自習をしている真面目な奴なんていなくて、ほとんどの奴が周りとペチャクチャ喋っているわけだが。
俺もその一人で、弦気と大橋で、固まって談笑していた。
ロールは一応能力測定を受けるらしい。どんな検査をするのか見て、来年の俺の能力測定にいかすと言っていた。
ロールも能力を隠さないと正体がバレる可能性があるが、そのへんは大丈夫なんだろうか。
「はぁー、終わったー」
ふと、真面目に自習課題に取り組んでいた凛が顔を上げてそう言った。
彼女は数枚のプリントを弦気に手渡す。
「おお、ありがとう。じゃあこれちゃっちゃと写して遊びに行こうぜ」
弦気がプリントを俺と大橋にも手渡した。
この自習は、出された課題を終わらせた奴から帰っていいということになっている。
じゃんけんで負けた凛が、その課題をやっていたという訳だ。こういうので負けるのはいつも俺だったのだけど、今日は勝てた。
さて、あとは俺達がこれを写して帰るだけだ。
自習を終えた後、弦気達と遊びに行くことは、ロールにも伝えてある。
どうせロールの方が時間がかかるだろうから、そんな報告いらなかっただろうけど一応だ。どこへ誰と何しに、この報告は常に怠らない。パートナーにおいてお互いの位置情報を把握するということは重要らしい。
「凛、字汚いなお前」
「急いでやったんだから仕方ないでしょ。嫌なら見んな」
「すいませんでした」
弦気達とは、前と変わらない距離感で接するよう心がけている。いきなり妙な距離感を作って悟られるのもまずいからだ。
本音としては、普通に今まで通り仲良くできたらな、と思っている。
立場が変わればその時は仕方ないけど、今の俺は「神谷風人」だ。
その辺の理解はロールもしてくれている。
それからしばらくして課題を写し終えると、大橋と弦気もほぼ同時に写し終えたようで、筆記用具やらなんやらをかばんの中にしまい始めた。
「じゃあ俺まとめてみんなの分提出してくる。校門で待っといてくんね?」
弦気がそう言ったので、俺達は自習課題を弦気に手渡した。
弦気に一時の別れを告げ、俺達は校門へと向かう。
「風人さ、最近ロールとどうなの?」
校門までの道のりで、凛にそんな質問をされた。
始まったか、そう思いつつも俺は答える。
「別に、普通だけど」
「出たその答え。ヒトミどう思う?」
「神谷くんはロールちゃんと付き合い始めてからなんか変わったよね」
変わったってどういう意味だ。
「どんなところが?」
俺は大橋に視線を移して聞き返した。
「うーん。まず、鍛えるようになったでしょ。なんか前と比べてかなり筋肉質になったような」
「あー、それはロールが鍛えろって言うから」
「へー、やっぱり鍛えてたんだ」
というかそんなに変わったかな俺。筋肉は結構ついたと思うけど、服の上から分かるほどではないと思う。
「あと、成績もよくなった」
「それはもう高2だからなぁ。必然だろ」
「教えてもらってるんでしょ?」
「……まあ」
「ロールの及ぼしてる影響は大きいってことね」
凛が肩を竦めて言った。
「それは認める」
「ぶっちゃけロールとはどこまで進んだの?」
「それは答えかねますね……」
「教えなさいよ!」
「私も知りたい!」
そんな話をしていると、後ろから弦気が追いついてきた。
「なんの話?」
「どこに遊びに行くかって話だよ」
「ん? 百貨店だろ? リンとヒトミの買い物。俺たちは荷物持ち役」
「それはお前一人でやれ」
ーーー
街の中心にある大きな百貨店は、学校前に停まるバスに乗っていけば15分ほどで着く。
百貨店は、うちの学生達が放課後に寄る定番の場所にもなっていて、俺達もよく遊びに来たりする。俺もこの前ロールと来たばかりだ。
時刻はまだ昼前、お腹も減ってきたところで、俺達はまず昼食を食べることにした。
各々が好きな食べ物を買ってきて、フードコートのテーブルを囲んでいる。
いつも放課後は学生達で溢れるフードコートだが、奴らは今能力測定をしていて、制服を着ているのは俺達くらいだった。
「風人って、将来何になるんだ?」
弦気がそんな話題を俺に振った。
「勉強して大学にいこうかなと思ってる」
「公務員は? やっぱり大学に行くことにしたのか?」
「うん。やっぱ無能力だと選択肢も狭まってくるよな」
そう言うと、弦気達は複雑そうな顔した。
俺のことを心配してくれているのかもしれない。
だが心配しないでほしい。自衛軍に潰されない限り、俺はAnonymousで生きていくことができるから。
大橋と凛も、おそらく無能力と言って偽っている。
こいつらは俺が無能力なことに対して内心同情しているのだろうか。
だとすれば、俺が発現させれば喜ぶかもしれない。
そうあってくれた方が好都合だな。俺の心情的に。
俺はこいつらの隠し事を知っているが、こいつらは俺の隠し事を知らない。
俺は隠さざるを得ない状況だし、こいつらにも話せない理由があるに違いない。
だから、俺が優勢である分、今はなぜかこいつらを騙しているような感じがするのだ。
「弦気は将来どうするんだ?」
ずっと自衛軍で働き続けるんだろうな。
将来的には正義の味方として有名になってるかもしれない。今も中将だけど、自衛軍が弦気の存在を隠しているみたいだから、その存在を知ってる人は少ないし。
「俺は、そうだな……、旅人にでもなろうかな。自由に色んな街を旅して回りたい」
「お前はイケメンだから芸能界に入るのもありだと思うけど」
俺がそういうと、女子二人が反論してきた。
「何言ってんのよ。そんなことしたら弦気に群がる邪魔な女が増える」
「それはやめてほしいなぁ」
談笑しながら食事を終えると、俺達は凛と大橋にメンズファッションの店が集まる階に連れて行かれた。
話の流れで最初に俺たちの服を見繕ってくれることになったのだ。
でもそれは建前で、お前ら弦気を着せ替え人形にしたいだけだろ。
俺は奴らの本心を見抜いていたが、いつものことなのでそれに付き合うことにした。
大橋と凛が先頭を歩き、どの店に入るか吟味している。
俺はその後ろを弦気と喋りながらついていっていた。
そんな時、ふと俺はすれ違った長身の男に見覚えを感じた。
俺は立ち止まって振り返る。
しかし後ろ姿じゃ分からない。でもあれはNurseryRhymeの男に見えた。
見間違い……、ではないはず。確かハルと呼ばれていた男……。
なぜこんなところにいるんだ。
「どうしたんだ?」
弦気が立ち止まった俺を見て聞いてきた。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってきてもいいか?」
「ああ。分かった。どの店に入ったかメールしておく」
「頼むわ」
俺は早歩きで弦気達から離れ、あの長身の男を追った。




