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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
四章
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凍った邪悪

 セントセリアでも俺のことを知っている奴は少なくない。

 宵闇。組織で勝手に売れたこの名前は、引退しても簡単に忘れ去られることはなかった。


 故に、俺のことを嗅ぎつけて来て殺しの依頼をしてくる奴はそれなりにいた。

 俺はマスクをつけて仕事をするのを嫌っていたから、裏を知る大抵の奴は、俺の顔に見覚えがあったはずだ。


 そんな中、セントセリアの暮らしは息苦しかった。

 でもそれは最初だけだ。自衛軍の奴らは俺が引退したことを知り、特に動きを見せないことから、俺を放置することに決め込んだらしい。

 俺に無理に関われば自衛軍側に被害が出ると考えたのだろう。

 Anonymousを抜けた俺に一々構っていられるほど奴らは暇じゃない。


 もちろん、目的もない殺しなど俺はしなかった。

 自衛軍の中には顔見知りもいるし、中央となると厄介な奴も多い。

 放置されているが、セントセリアで問題を起こせば俺もただではすまないだろう。

 単騎で勝てる見込みは0だ。



 さて、そんな俺に転がり込んできたある依頼の話だ。

 その依頼が来たのは、Anonymousを抜けて大体一年が経った時だった。


 依頼主の名は棺屋万里(ひつぎやばんり)。裏では名のしれた殺し屋だ。


 殺し屋は、信頼できる仲間との間で依頼を回したりすることがある。

 女子供を殺せない奴は、殺せる奴に依頼を回し、ターゲットとの能力相性が悪ければ、相性の良い奴に仕事を回す。

 そうしてできあがった殺し専門の組織というのも少なくない。

 棺屋は群れない殺し屋だった。


 奴とは敵対したこともあったし、共に仕事をしたこともあった。


 そんな棺屋が、偶然ダブルブッキングしてしまった依頼の片方を、俺に持ちかけてきたのだ。

 依頼内容は、自衛軍に保護されているある少女の暗殺。

 難易度はSS。

 少女の護衛に御堂龍帥(みどうりゅうすい)という男がついていて、その男が厄介だった。

 いや、御堂龍帥を知らない者はほとんどいないだろう。正義を語る奴の姿は、テレビでも度々見かける。


 自衛軍七大将のうちの一人、御堂龍帥。

 史上最強の風能力者と言われている男……。

 奴とは何度か対峙したことがあるが、決着がついたことはない。



 ――報酬を見ても、割に合わない依頼だった。

 おそらく棺屋もそう考えて俺に流してきたのだろう。ダブルブッキングはおそらく嘘だ。

 本来なら受ける依頼ではないが、棺屋にはちょっとした借りもあったので、俺は受けることにした。

 風能力者とは相性も悪くない。その上、暗殺は俺の得意分野だ。

 丁度、組織(Anonymous)からの使者もうざくなって来た。この依頼が済んだらセントセリアを出よう。


 そう思って、俺は一年ぶりに殺し(しごと)をすることにした。




 結論から言えば、俺は御堂龍帥に護衛された少女を殺すことができなかった。

 御堂龍帥を退け、確実に少女を殺れるタイミングが数回あった。

 だが、殺せなかった。特に理由というものはない。

 ただ、上げた手をそのまま振り下ろす作業ができなくなっていたのだ。



 俺は前まで、必要なら女も子供も赤ん坊も年寄りも、躊躇いなく殺すことができた。

 一切の躊躇いもなく。


 なのに、俺はその少女を殺すことはできなかった。

 すぐに察した。人を殺すことができなくなっていることを。

 殺しが作業ではなくなってしまったことを。


 その時、俺の頭に浮かんでいたのは、見ず知らずの、俺とは全く関係ない少女に対する同情。

 いや、殺す相手への同情なら昔もしていた。

 同情ではない。

 その時の俺は、その少女のことを考えていたのだ。


 暗殺依頼なんて出されているからには、普通の少女ではない。

 でも、こいつが死んだら悲しむ奴がいるのでは?

 怒り狂って俺を殺しに来る奴がいるはずだ。

 今までも、俺に復讐しに来た奴は腐るほどいる。しかしそれはそういうものだと考えていた。



 俺は怯える少女を見て思った。


 仮にこの少女が天涯孤独だったとしても、死んでそれだけの存在なら、こいつはなんのために生まれてきたんだ?



 ――たった一年の空白が、俺の心を弱くしたのだ。

 殺しのない軟弱な暮らしが、俺を変えてしまった。


 これが人殺しができなくなったきっかけというわけではない。

 その時、殺しができないことに気づいただけで。


 人の言う、いわゆる平和を知らなかった俺が、それを知ってしまったから。

 それだけで、強固だと思っていた俺の心は、いつしか今にも崩れ落ちそうなほど弱々しいものになっていた。



 俺にもう人は殺せない。

 だが、俺は罪滅ぼしがしたいわけじゃない。

 人をたくさん殺したが、贖罪は不要だと思っている。

 過去を後悔したり、やり直したいと思っているわけではない。

 そう、決して。


 人を殺せなくなった……、それだけの話だ。

 


ーーー



 宵闇さんは、人を殺せなくなったのに、明確な理由があるわけではないと言った。

 俺はそのことについて考えていた。


 てっきり、宵闇さんは何か痛烈な出来事を経験したんだろうと思っていたのだ。

 それで人を殺せなくなったんだと。


 でも実際は違った。宵闇さんのように人を殺し続けて、大勢の人を殺した人が、たった一年一般人と変わらない暮らしをしたからって、殺しができなくなるものなのだろうか。

 それとも、宵闇さんだからそうなったのだろうか。

 俺にわかるはずもない。


 ただ、時々俺達は、殺しの意義を見つめ直さないといけないのかもしれない。

 殺しは作業だったと宵闇さんは言っていた。

 宵闇さんはある意味ぶっ壊れている。同じ道を進むべきではないと、宵闇さんは俺達に示唆してくれたように思えたが、俺の場合は元々のレールが違う。



 車窓から、流れ行く夜の景色を眺める。


 ロールは運転、です子さんは助手席で携帯端末を弄っている。


 宵闇さんの話にはみんなそれぞれ思うところがあったらしい。


 です子さんに関しては、あまり納得のいっていないようだった。

 結構宵闇さんの話に噛み付いていたし、いつもとは違って不機嫌そうな顔をずっとしていた。


「任務失敗かー」


 いつの間にか端末をしまって、コンビニで買ったポテトチップスの袋を開けていたです子さんが言った。


「もうこの任務もなくなるんでしょうね」


「んー、宵闇があんなんじゃ戻ってきてもらっても意味ないし、そうなるのかな。とりあえずハイドに報告」


「ボス、ショックを受けるかもしれませんね」


「私も少し、宵闇に幻滅したかも。いや、幻滅じゃない。

 なんていうか、不良仲間が急に心を入れ替えて真面目に生きていくのを見て寂しくなる感覚。裏切られたって感じなのかな。まったく、的外れな感情」


「具体的な例えですね」


「まあ、昔の宵闇さんを知ってるです子からしたらそう感じるのも仕方ない気もするわ。

 本当に怖かったからね、宵闇さんは」


「そうなのか」


 確かに、最初の一瞬は怖かったけど、です子さんに悟られてからは全く怖くなかった。

 宵闇さんか。

 あの人、これからどんなふうに生きていくんだろうか。

 また会って見たい気もする。


「あー、任務失敗したし、アジト戻ったら飲み直す? ロールの部屋で」


 です子さんが助手席から振り返ってそう言った。


「明日俺ら学校ですよ?」


「そうよ。無理」


「えー、一日くらいサボってもヘーキでしょ! 二人とも成績いいんでしょ?

 ねぇ! ねぇ!」


 です子さんが運転するロールの腕を引っ張ってゴネる。

 もう先程の真面目なです子さんじゃなくて、いつものふざけたです子さんに戻っていた。


「無理よ。ってか邪魔!」


 ロールはです子さんの頭を抑えて突き放す。


「えー」


「…………」


 こんなやり取りをする二人も人殺しなんだよな。普通の人達に見えるのに……。いや、それは俺もか。


 なんかまた悩みの種が増えた気がする。




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