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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
四章
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錯誤の邪悪

「……ハイドと仲違いして、組織を抜けた後、俺は色んな街を回った」


 静まり返った部屋にかすれた声が響く。

 町外れのアパートにある宵闇さんの部屋は、テーブルと椅子、あと木製の古ぼけたベッドしかない殺風景な部屋だった。

 用意された3つの椅子も、被った埃を取り除かなければ座れなかった。

 生活感は恐ろしいほどない。


 俺達はそんな部屋で、ポツポツと話し出した宵闇さんの話に耳を傾けている。

 こうして宵闇さんの話を聞くことになったのは、です子さんが聞かせてくれと頼んだからだ。

 わざわざ話を聞くのは、宵闇さんがAnonymousに帰ってこれるかどうかを判断したいというのと、

もしかするとです子さんは、俺やロールに「人を殺せなくなった人」の話を聞かせたかったのかもしれない。

 それとも自分が聞きたかったのか。


 どちらにせよ、ボスに匹敵する程の力を持ち、当然多くの人間を殺したはずの宵闇さんが、どうして人を殺せなくなったかは俺も興味があった。


「……最初に俺が向かった街は、セントセリアだ」


 セントセリア。自衛軍の本山が置かれている大都市だ。

 俺が修行の締めとして溜息さんに連れて行かれたジーザ山を超えたところにある街。


「セントセリアなら、……組織の人間も安易には、近づかない。俺はそこでひっそりと暮らすことにした。

 幸い……、金は腐るほどあった」


 Anonymousの任務で稼いだお金か。

 俺も定期的に使い切れない額のお金を貰う。今でも結構溜まってしまってるから、宵闇さんが腐るほどお金を溜めていてもおかしくはない。というか、勝手に溜まる。


「……しばらく、俺はセントセリアで暮らした。

 セントセリアは、自衛軍の本部が置かれているだけあって、平和な街だった」


「うん」


 です子さんが相槌を打つ。


「"殺し"が日常だった俺は……、当然ながらそのギャップに圧倒された。

 飲まれたんだ。表の世界の光に。裏の世界の闇の中で生きてきた俺には、眩しすぎて、抗えなかった」


 ギャップ……。平和と、"殺し"のギャップ。


 俺もそれを知っているはずだ。

 いや……、知るはずだった。


 俺がこっちの世界に来た時には、明確なギャップを感じることができなかった。

 余裕がなかったからだ。

 だから俺は、宵闇さんのように本来感じるべき何かを、ショートカットしてしまっている。

 生きるために、すがりつく。

 自分のために、あらゆる思考を停止した俺は、もうその何かを取り戻すことはできないのかもしれない。


 そう考えると少し悲しい気持ちになる。


「俺は後悔した。人を殺しすぎた俺には、もう人を殺し続けることでしか、……生きることはできなかったのに」


「宵闇さんは、何のために人を殺してたんですか……?」


 俺は思わずそんな質問をしていた。

 ロールの視線がこちらに向いた。です子さんは宵闇さんの目を見たままだ。


「殺しの理由か……」


「はい」


「Anonymousに所属しているからという理由で、殺しをする人間は少なくないはずだ。

 組織の人間は……、任務でのみ人を殺す」


 ……確かに。Anonymousという組織に所属している以上、半ば殺しは強制される。

 でも任務だから殺すという"理由"を聞きたかったわけじゃない。もっと根底にある話だ。


 質問を間違えたのかもしれないな。

 なぜAnonymousに入ったのかを聞いたほうが良かった。


「任務でのみってことはないよ。それは一部を除いた話」


 です子さんが補足する。


「……そうだな。

 構成員は、末端を除いてハイドが連れて来た奴がほとんどだ。路頭に迷っている奴や、生き方を失った奴。

 追い詰められ、(ハイド)が味方をしないとこいつに味方はいない……、あいつはそういう奴を拾ってくる」


 沈黙が生まれる。


「私も、そうだったわ」


 ロールが呟くように言った。


 俺もそうだった。溜息さんもそうだったらしいし、黒犬さんとかもそうだと聞いた。


「Anonymousの存在意義は、そういった面にあった。

 組織なしでは生きられない人間がたくさんいる。それだけで十分に存在している意味があるだろう。

 だから、創設時から組織にいた俺にとって、"殺し"は自分(アノニマス)の価値を守る仕事であって、それ以外の意味なんて必要なかった」


「……なるほど」


 宵闇さんは話すのが苦手なのか、言葉はとぎれとぎれ。

 言葉を切るタイミングもおかしくて、次の言葉を発するまでの間隔が異様に長いこともある。

 でも、その度俺に考える時間を与えてくれているような気がして、言葉に重みを感じた。

 

「生きるために殺しが必要になるならば、それは悪ではない。

 ただの本能だ。……豚を殺して食うのと同じ」


 その言葉は俺を肯定してくれているように思えた。


「殺された方はたまったもんじゃないけどね。それも豚と同じ?」


 言いながら、です子さんはテーブルに肘をつく。


「……殺されるために生まれてきた家畜と同じは言いすぎたな。だが、似ている」


 沈黙が生まれる。

 です子さんだけは宵闇さんの言葉に納得できないような顔をしていた。


「宵闇さんには、生きる目的とかってあるんですか?」


「……それは、なぜ生きているんだという質問か?」


 遠回しに聞いて伝わるかと思ったが、直球で返ってきた。


「……平たく言えば、そうですね」


「ああ……。……何のために生きてるんだろうな、俺は……」


 そうか。宵闇さんは、最終的に達成したい目的があって生きていたわけではないのだ。

 俺も生きて達成したい目的があるわけではない。ただ死にたくないないだけだ。


 なのに、夢があるかもしれない人達を殺して生きている。


 今更こんなことを考えることになるなんて。

 でも、宵闇さんの言葉は俺にとって重すぎる。考えてしまうじゃないか。


「ロールは? 夢とかってあるのか?」


「……ないわね」


 言い方は悪いけど、ロールもただ生きてるだけか。

 別に目的がなくても人は生きていい。

 でも人を殺してまで生きる意味ってなんなんだろう。今更すぎるけど、死にたくないというだけで、人を殺している俺はなんなんだ。

 罪悪感? 違う。

 何か、目的があった方がいい気がするのだ。


「……です子さんは?」


「私はあるよ」


 です子さんにはあるのか。

 普段あんなにふざけてるのに。


「……そもそも、殺しに善悪なんてあるの? あるとしたら、誰が決めたの?」


 ふとロールがそんなことを言った。

 ロールは幼い頃からこの組織で暮らしていたらしい。

 ロールは宵闇さんと同じだ。人を殺してずっと生きてきたんだから、人殺しが明確な悪であることを理解できない。

 法律や、道徳的に殺してはいけないことはわかっているはず。

 でも、もっと深いところで理解していないのかもしれない。

 というか、理解が自己の否定に繋がってしまう。


「みんなが決めたんだろ。殺されたくないから、殺しは悪であった方がいい」 


「殺しが善の場合もあるじゃん。

 というか、話を戻そうよ。私は宵闇がなんで人を殺せなくなったのか知りたい」


「ああ、話がズレたな」


「すいません」


 話をずらしてしまった俺は謝る。


「どこまで話したか」


「後悔したところ」


「そうだったな。

 俺は組織から抜けたことを後悔した。いろんな奴に引き止められたが俺は考え直すことができなかった」


「……」


「お前らは勘違いしてるみたいだが、俺はハイドを憎んではいない。むしろ、今でも相棒だと思っている」


「じゃあ仲直りして戻って来ればいいのに。喧嘩した理由はなんだったの?」


「喧嘩した理由か……、それは忘れたな」


 忘れた?

 5年前の話で、すごい大喧嘩をしたなら忘れるはずはない。


「やっぱり教えてくれないんだね。ハイドも宵闇も」


 ああ、ただ教えてくれないだけか。


「心を読めばいいだろう」


「読めないの。ハイドも宵闇も奥にしまいすぎて」


 宵闇さんとボスの間に、何かがあったのだ。

 それが喧嘩の理由。です子さんが読めない程心の奥に仕舞っているのなら、二人にとっては人に教えられない理由なんだ


「とにかく、組織を抜けて、俺はしばらくお前の言うぬるま湯に浸かって過ごした」


 宵闇さんはです子さんを見て言う。


「殺しは一切しなかった。

 だがある時、俺に一つの依頼が来た。殺しの依頼だ。

 あれは、4年前だったか―――」



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