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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
四章
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失われた邪悪

 顔を上げると、宵闇さんと目が合った。


 彼の容貌は、聞いていた通り、千薬さんより酷いくまを目の下に作っていて、目つきが凄く悪い。

 そして白髪混じりの黒髪が片目を隠しており、薄い唇と白い肌が特徴的だ。

 身長は俺より少し高いくらいで、痩せていた。

 歳はボスより一回り、二回りは上のようにみえる。

 正直、あまり強そうな見た目ではなかった。


 だが、この人はやばい。そう直感させられるオーラがある。


「です子にロールか。あと、このガキはなんだ」


「新人の死音くんだよ。そんなことより宵闇、老けたね」


「何をしに来た」


「もちろん、連れ戻しに来たの」


 いつにもなく真剣な表情のです子さん。

 この任務はやる気がないんじゃなかったのか。


「雑魚三人で俺を説き伏せに来たのか。何度も言わせるな。俺は組織には戻らない」


 宵闇さんがそう言った瞬間、ロールが俺を抱えて後ろに飛び退いた。

 体を揺らされて、また吐きそうになる。怪我の痛みと相まって色々最悪だ。


「……良い反応をするようになったな、ロール」


「それはどうも」


 この人の殺気が異常だから、お酒の力で緊張を緩和させようという理解不能だった魂胆が、今になってやっと理解できた。


 俺はロールから離れ、ふらつく足でなんとか立つ。

 飲み過ぎた。ほろ酔いくらいでよかったじゃないか。


「宵闇は相変わらず喧嘩っ早いなぁ。私達は別に戦いに来たわけじゃないんだよ?」


「そうか。なら帰れ。俺を力でねじ伏せることができたなら、組織に戻ってやってもいい」


「じゃあ遠慮なく」


 ダン、と。です子さんが地面を蹴った音がして、気づけば彼女は宵闇さんの背後に回り込んでいた。

 です子さんが放った正拳突きは、宵闇さんの脇腹にクリーンヒットしたかと思われた。


 が、打撃の音がない。


「……俺の能力を忘れたか、です子」


 です子さんの腕は、宵闇の腹部に現れた謎の黒い"もや"に飲み込まれていたのだ。


「全然衰えてないじゃん」


 です子さんは、突きを放った姿勢で止まっていた。

 否、捕えられていた。


 宵闇さんは、掴んだです子さんの腕に手刀を振り下ろした。


「マズい……!」


 動いたのはロールだ。

 ロールはすぐさま捨て猫モードになって、宵闇さんに飛び蹴りを放つ。

 矢のように飛びかかったロールを、宵闇さんは少し身をひねるだけで躱した。


 その隙にです子さんは宵闇さんの拘束から逃れ、距離をとった。 

 そのまましばらく宵闇さんを睨んでいたです子さんだったが、唐突にすっと構えを解いた。

 宵闇さんの後ろに着地して、低い体勢を保っていたロールも諦めたように構えを解いている。


「分かっただろう」


 宵闇さんの声が響く。


「ロールで5回、私で9回、宵闇がその気なら死んでいたね。本気ならいつでも殺せるんだろうけど。

 わかってたけどやっぱり強いなー」


「ハイドにビビってないで直接来いと伝えておけ」


「いいよ。でも、今の宵闇じゃハイドには勝てないと思う」


「……なんだと?」


「ちょっと戦って分かったけど、やっぱり宵闇衰えてる。

 組織を出てからずっとぬるま湯に浸かってた? 気持ちよかったでしょ。

 道理で脆弱になったわけだ。"悪魔"と恐れられた宵闇の心も」


 ……なんで挑発してるんだ。


 宵闇さんの背後に見えるロールは、猫耳をピンと立ててです子さんを危うげに見ていた。


「相変わらず見透かしたようなことを言う」


「見透かしてるんだよ。宵闇、今のあなたの心なら能力を使わずともたやすく読めてしまう。

 あーあ、戻ってほしいなー。昔のカッコよかった宵闇に」


「うざいな。殺した方がいいか?」


 宵闇さんがです子さんに向けて一歩踏み出した時、ロールは再び構えた。

 しかし、宵闇さんに一睨みされ、彼女は動けなくなる。


 俺が行くしかない。そう思って音撃を放つべく宵闇さんに手をかざした時、です子さんは変わらず明るい声で言った。

 その声はよく響く。


「ところで宵闇、ここでの生活は結構長いみたいだね。大切な人なんかもできた?」


「……」


「あそこの居酒屋のホールスタッフの娘、可愛いよねぇ。

 店長の娘なんだって? 宵闇は良くしてもらってるみたいだね。たくさんの人をぶっ殺して、血でまみれて、溝のような宵闇みたいな人でも優しくしてくれる。

 人の温かい心に触れちゃった?」


「殺されたいらしい」


 パチンと、

 です子さんが指を鳴らした。

 すると居酒屋の扉が開き、店主が虚ろな目でフラフラと出てきた。


 開いた扉の隙間から中を見ると、店内の人間はみんな倒れていて、意識がない様子だった。


 これは……です子さんの能力。


 "心層操読(マインドリード)"

 条件付きとは言え、人の心を読み、操ることもできる能力。

 しかし、本当にそういう能力なのかは分からない。

 彼女が自分の能力についてどこまで本当のことを言っているのか、教えているのかは分からないのだ。

 対コミュニケーションにおいて最強の能力。


 です子さんに対してなんの警戒もしていない人は、彼女にいいようにされてしまう。

 子どものような見た目だから、一般人はなおさら彼女に対して無力だ。



「これで私ごと殺されるようならもう宵闇は諦めるけど……、ちょっと試しにこの人殺してみてもいいかな?」


「……やってみろ」


「あ、いいんだ。オッケー」


 です子さんがそう言うと、居酒屋から出てきた店主はガクリと膝を落とし、その場に倒れた。


「あ……!」


 俺は思わず声を上げたが、すぐに気づく。

 死んでいない。ちゃんと呼吸もしてるし、心臓も動いている。

 だけど宵闇さんの距離から見れば、死んだ様に見えるだろう。


 俺はです子さんの容赦の無さに圧倒されていた。

 これが、Anonymousの幹部たる所以なんだろうか。

 溜息さんのパートナーであるです子さんの実力。


「はい次」


 間髪入れずにです子さんがそう言うと、次に居酒屋からでてきたのは先程のホールスタッフの女性だ。

 先に出てきた店主と同じように、虚ろな目をしている。

 この人もです子さんに操られているのだ。


「……」


 宵闇さんは口を閉ざした。


「殺るよ? いい?」


「……」


 宵闇さんは無言のままだ。


「……なるほどね」


 しばらくしてそう呟くと、です子さんは再び指をパチンとならした。

 それを合図に、ホールスタッフの女性の瞳に光が戻る。


「あれ、私……?」


 近くに倒れていた居酒屋の店主もむくりと立ち上がった。


「あら? 何してんだ俺」


 二人は不思議そうな顔をしながら、俺達のことなんか気にも留めずに居酒屋の中に戻っていった。


 どういうことか分からずに、俺はロールに視線を投げかけた。

 しかしロールも状況が分かってないようで、フルフルと首を横に振る。


「……」


 です子さんの眼光に先程の鋭さはない。


「……」


 宵闇さんは、殺気を解いて諦めたような顔で立ち尽くしていた。その姿に力強さはなく、気力を失った廃人のような感じがする。


 そんな宵闇さんに、です子さんはゆっくりと近づいていく。


 俺もロールもわけがわからないままだ。


 やがて宵闇さんの前で止まったです子さんは、先程と変わらないトーンで言った。



「宵闇、人を殺せなくなったんだね」



 長い沈黙の後、宵闇さんはやるせなさそうな声で答えた。



「……ああ」




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