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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
四章
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夜明け前の邪悪

 都市、ニューロード。

 辺りが薄暗くなり、直に夜がやってくる頃、俺達はこの街に着いた。

 時刻は七時前。


 高層ビルが立ち並ぶ中心街から離れて、街の外れにある居酒屋で宵闇さんの目撃情報があったらしい。


 しかし、俺達は繁華街のラーメン屋で食事をしていた。

 腹が減っては戦はできぬというです子さんの意見だ。


「宵闇さんってどんな人だったんですか?」


 一番最初に食べ終えた俺は、です子さんにそんな質問を投げかけた。


 ちなみにです子さんの命令で、俺達の会話は周りには聞こえにくくしてある。

 なので、大きな声で組織の話をしても問題はない。


「あー、うん。変わってるよ。性格に難あり」


「そうなんですか」


 それはです子さんが言えたことじゃない気がするけど。


「正直私この任務やる気ないんだよね。宵闇がだれかに頼まれて復帰とかありえないし。

 まあ、やるだけやるけど」


 です子さんは背もたれに思いっきりもたれかかり、椅子をカタカタさせながら言った。


「この任務って、宵闇さんが引退したすぐ後からずっとあるわよね?」


 やがてラーメンを食べ終えたロールが言った。


 宵闇さんが引退してからって、5年前からか。

 そんなに長い間拒否されてるなら今回も望みはなさそうだ。


「うん。今回はハイドが私に行けって。素直に自分で行けばいいのにねー」


「というか、宵闇さんが引退した理由はなんなんですか?」


「ハイドと大喧嘩したのが理由だと思う。喧嘩の原因は分からないけど」


 ボスと大喧嘩って。凄まじい人だな。


「あの喧嘩はヤバかったわ……」


「あー、確かロールは数少ない目撃者の一人なんだっけ。いいなー、私も見たかったなー」


「ロールは見たのか。喧嘩ってどんな喧嘩だったんだ?」


「目撃者は私を含めて三人。火矢と詩道さんと私。

 詩道さんが私達を逃がしてくれなかったらみんな死んでたわ」


 ……そんなに壮絶な戦いだったのか。


「支部一つ消し飛んだもんね」


 早くも宵闇さんのやばい人イメージが固まりつつある。

 そんな人のところにこれから行くのか。帰りたくなってきた。


「じゃ、ロールも食べ終わったことだし、そろそろ行こっか」




ーーー



 ラーメン屋を出た俺達は、街の外れにある居酒屋に来ていた。

 ここで宵闇さんの目撃情報があったというので、情報収集をすることにしたのだが……


「ああ、彼なら毎日ここに来ているよ。うちのおでんが好物らしくてね。今や常連さんだ。もう少ししたら来るんじゃないかな」


 宵闇さんの情報は驚くほどあっさりと手に入った。

 です子さんが居酒屋の店主に聞いただけで、一発だったのだ。


 いずれ宵闇が来るというのなら、待つしかない。

 というわけで、俺達は今居酒屋の一番端の席に座っている。

 客足はそこそこで、それなりに賑わいのあるお店だ。まあまあ広くてスペースにもゆとりがあるし、悪くない。


 そんなことを考えていると、です子さんが徘徊していたホールスタッフを呼び止めた。


「あ、注文いーい? ビール3つと枝豆と、やきとりセット6人前! あと若鶏の唐揚げとささみの刺し身と〜」


 いきなりやたらと注文しだしたです子さんを俺は止める。


「ちょっとです子さん。俺お酒飲めませんよ。それにロールは飲酒運転になります」


 しかもさっきラーメン食べたのに、まだ食べるつもりなのか。


「大丈夫! 宵闇を口説いて連れて帰れば万事OKだよ!」


 あ、そうか。宵闇さんに運転させればいいのか。

 いや、無理がある。


「背水の陣ってやつね。いいわ。

 最悪詩道さんあたりに迎えに来てもらえばいいわけだし」


 なぜかロールが乗り気だったので、俺は押し黙るしかなくなった。

 まあでも、宵闇さんは怖いって話だし、シラフで会うよりかはお酒が入っていた方がビクビクしなくて済むかもしれない。

 そういうことで俺は納得することにした。



「〜以上で」


「かしこまりました」


 です子さんが注文を終えて、ホールスタッフの女性は厨房へとオーダーを通した。


 すぐにジョッキに入ったビールが俺達のテーブルに運ばれてくる。


「じゃあ、とりあえず乾杯といきますかー」


 です子さんがジョッキを持ち上げて言った。


「そうね」


「任務前、だよな……?」


「細かいことは気にせずに! 宵闇の復帰を祝して、乾杯!」


「気が早いわよ。でも、乾杯」


「か、乾杯」


 カランとジョッキとジョッキがぶつかり合い、俺はジョッキの中のビールを少しだけ飲んだ。

 そうしてジョッキをテーブルの上に置くと、俺の手前に座るです子さんと、横に座るロールの目の前に、空になったジョッキがドンと打ち付けられた。


「!?」


「ぷはー!」


「ふう」


「あれ、死音くん……?」


 です子さんは俺のジョッキに残るビールを見て、ジト目を向けてきた。


 勘弁してくれよ……。


「です子さん。先言っときますけど、俺を酔わせたら後悔しますよ」


「どういうふうに?」


「すごくハイテンションになるらしいです」


 中学の頃、凛の家で飲まされて、すごい粗相をやらかしたことがある。

 壷は割るわ凛に襲いかかるわゲロは吐くわ、それはもう酷かったらしい。

 それ以来お酒は絶対に飲まないようにしていたのだが、こんなところで危機(ピンチ)と巡り合わさるとは。


「死音くん! そんなこと言われたら酔わせたくなるでしょ!」


「私も、それはちょっと見てみたいわね」


 ……どうやら回避は難しいみたいだ。


「……知りませんからね。」


 俺はそう言って、ビールを勢い良く呷った。

 そして空になったジョッキをテーブルの上に置いた。


「にが……」


「さすが! どんどん頼んでいいからね死音くん!」


 相変わらずビールの美味しさはわからないな。

 苦くて喉を通ると吐き出しそうになってしまう。もっと年をとれば飲めるようになるのだろうか。


「とりあえず宵闇が来るまでテキトーに飲もう。んで、来たらしっぽり飲んで、宵闇が店を出たら追撃ね!」


「ここで話すわけじゃないんですね」


「だってここで暴れられても困るでしょ? だから宵闇が店を出たら後を追うの。それまで楽しく飲もう!」


「そんなの酔っててできるんですか?」


「大丈夫! 私お酒強いし。あ、すいませーん、瓶ビール一つ! あとグラス人数分お願いしまーす」


 大丈夫なのかなこれ。

 俺が心配そうな目をです子さんに向けていると、ロールは言った。


「ふざけてるんじゃなくて、ある程度お酒入れて気を散漫させとかないと、宵闇さんと対面した時大変なのよ。

 あの人の殺気は別格だから、シラフじゃ耐えられない」


 殺気で受ける緊張を、お酒の力を借りて緩和するっていうのは溜息さんから聞いたことがある。

 もちろん飲み過ぎは良くないが、今回はそれを実行するみたいだな。


「へぇ」


「ま、です子の任務だし気楽に行きましょ」


 それにしてもなんか緊張感ないな。





ーーー1時間後




「ハハハー! 酒もっと持ってこーい!!」


「あはは。いいねー死音くん!」


 すごく楽しい。お酒を飲むのがこんなに楽しいことだとは思わなかった。

 別に酔っているわけじゃない。ちゃんとまともな思考はできている。

 1+1=2だ。


 宵闇さんはまだ来ていない。明日も学校だから、ちゃっちゃと連れて帰りたいところなのに。


「うーむ。来ないなー、宵闇。死音くんはすっかりできあがっちゃったし」


「俺全然酔ってませんよほら!」


 俺はテーブルの上に手をパーにして置き、カバンから取り出したナイフで指の間をトントンと刻んで見せる。

 黒犬さんから教えてもらった芸だ。

 酔ってたらこんなことはできないはずだ。


「ほらほら! すごい速さでしょう!? どうだロール!」


「ちょ、アンタ酔い過ぎよ。目立ってるからナイフしまって。というか危ないって」


「そんなこと言ってるロールも顔が真っ赤かじゃないか」


「私は顔が赤くなりやすいだけで、そこまで酔ってないわ」


「リンゴみたいで可愛いな。抱きしめたくなってくる」


 俺はロールのほっぺたに手を添えて顔を寄せる。

 目が青くて綺麗だ。肌は透き通っていて、なんだか見てるとクラクラしてくる。

 いや、流石に酒が回ってるのかな。


「な、何して……」


「吸い込まれそうな程綺麗だ。天使でも嫉妬してしまいそうなくらい可愛いよロール」


「なに月離みたいなこと言ってるのよ……」


「ちゅーしちゃえ!」


 です子さんに後ろから背中を押され、俺はさらにロールと接近した。

 このままキスできそう。そう思って唇を近づけたけど、ロールの頭突きを食らって俺は後ろに倒れた。


「いってぇ……!」


 頭がガンガンする。

 待って、これヤバイ。


「調子にのりすぎ」


「おぉぅぉえ……」


「やばい、死音くんが吐く……!」


「え、嘘でしょ……?」


 ヤバいと思った俺は、口を抑えて居酒屋の出口までダッシュした。

 音撃で扉を吹き飛ばそうか迷ったが、流石に不味いと思って扉を蹴り開ける。


 そして居酒屋の外に飛び出すと、俺はその先にいた誰かとぶつかった。

 倒れそうになったところをその人にしがみついて持ちこたえる。


 しかし、もう間に合いそうにない。

 俺はそのまま足元に嘔吐物をぶちまけた。


「おええええ!」


「大丈夫!? 死音くん!」


 後から出てきたロールとです子さんが俺の元まで駆け寄ってくる。

 つーかやべぇ、全然知らない人の靴にゲロ吐いちまった。


「もう、大丈夫? 飲みすぎるからよ……」


 ロールが俺の背中を擦りながらそう言った。


「馬鹿言うなよ。俺はまだ飲めるぞ……。仕切り直しだ……」


 いや、そんなことよりこの人に謝らないと、そう思って顔を上げた時、後ろからです子さんの声が響いた。



「あ、宵闇じゃん。おひさ」



 思わず振り返ってです子の視線の先を確認した。

 視線は、俺が今しがみついているこの人に向けられている。


「え……?」


 この人が宵闇さん?


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