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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
四章
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後ろの邪悪

 目が覚めると、救護室の天井がそこにあった。

 きつい薬の匂いが鼻をつく。

 どうやら俺は助かったらしい。ここに運び込まれるのも久しぶりだ。


「んっ……つぅ……」


 激痛が走る体をなんとか起こそうとしたが、それはかなわなかった。

 予想以上に体のダメージが大きいみたいだ。

 だが、千薬さんがしっかり治療してくれたようで、色んなところが包帯でぐるぐる巻だ。


「おっと、動かないでくれよ。その足はもうダメなんだ。切除しなくては」


「え……?」


「ハハハ、嘘だよ」


 唐突に耳元で怖いことを言ったのは、案の定千薬さんだった。


「千薬さん、本当に冗談きついですよ」


 白衣を纏った彼女は相変わらず目の下にクマを作っていて、両手を白衣のポケットに突っ込んでいる。

 いつも通りのスタイルだ。


「すまないすまない。いやでも目覚めて良かったよ。体中の骨がボッキボキになってたからね死音君。

 正直治すのが面倒だった」


「すいません……。これ、どれくらいで治りますか?」


「私がつきっきりで全治一週間。つきっきりは無理だから、二週間ってところかな」


 二週間か。これは痛い。しばらく学校にも行けそうにないな。


「溜息さんですよね。ここまで連れてきてくれたのは」


「ああ。彼女もまた無茶なことを仕込んだらしいね。さっきまでここにいたんだが、どこかへ行ってしまったよ」


「そうなんですか」


 ロールは……、学校か。

 俺は救護室の時計を見て察した。針が指すのは9時半だ。

 俺が休むからといって休むわけにはいかないだろう。


「さて、他にも看ないといけない患者がいるから私はこれで。何かあったら呼んでくれ」


「わかりました。ありがとうございます」


 千薬さんは俺の返事に頷くと、救護室から出て行ってしまった。

 俺がその後ろ姿を眺めていると、ボスが千薬さんの入れ替わりで部屋に入ってきた。

 俺は目を瞑る。


「調子はどうだ、死音」


「もちろん最悪ですよ、ボス」


 そう言うと、ボスはにやりと笑って肩をすくめた。

 死にかけたというのに随分と軽いノリだが、いつも通りのやり取りになりつつある。

 最近はボスの無茶な命令や任務も増えてきた。でも黒犬さん達によると、俺は相当ボスに気に入られてるらしい。

 まあ悪い気はしない。ただ、そのせいで自衛軍の方でも名が上がってしまっているのは解せない。


「"アベック"の片割れを殺ったらしいじゃないか」


「アベック? ああ、あの二人組のことですか?」


「ああ、特に女の方は厄介で手を焼いていた。よくやった」


 ホントは任務完遂する予定だったんだけどな。

 あの男が厄介すぎた。あいつさえいなかったら確実にサディも殺れたのに。

 あの入れ替わりはどういうトリックを使ったんだ。

 あの引き出し能力の応用か?


「奴らがちょっかいをかけると言ったなら、近いうちに仕掛けて来るだろうな。

 一人欠けた程度じゃあ奴らの意思は揺るがない」


「Nurseryrhyme……。あいつらって一体どういう集団なんですか?」


「そうだな……、一言で言えば能力を使って暴れたい奴らの集まりだ。目的は不明。意味のない行動ばかりとっているから、明確な目的は無いのかもしれない。メンバーの性格からしても、行動理由が遊びやら私怨に留まる場合が多いな」


「なんだそれ……」


 クソ迷惑な集団じゃないか。


「奴らが自衛軍にちょっかいをかけている時はいいんだが、その矛先がうちに向いた場合は面倒極まりない。

 潰しておきたい組織の一つだ」


「……あいつら、魔獣を集めて何をするつもりなんですかね」


「魔獣……?」


「なんかそんな会話をしてたんですよ。奴らの中にモノを出したり仕舞ったりできる能力を持ってる人がいて、多分その人が集めた魔獣を管理してます。

 まだ足りない、容量がどうのとか言ってたので、まだ集めるつもりかと。

 と言うかこれ電話で話しましたよね?」


「……ああ、そうだったな」


 やっぱりボス……夜中だったから寝ぼけてたのだろうか。

 これ絶対覚えてないだろ。 


「なるほどな……」


「魔獣を集めてこの街にばらまくとかだったら笑えませんよね」


 この街の機能はAnonymousにとっても重要だ。この街が潰れると、組織の中枢として機能しなくなる。


「ありえるな。この情報は自衛軍にも回して対応させるか」


「というか、敵はこの街にAnonymousの本部があること知ってるんですか?」


「分からない」


 分からないって……。知られてたら結構まずくないか?

 今回はピンポイントでこの街を狙ってきてる訳だし、バレている可能性がある。


「まあ、奴らが予兆なしでいきなり攻撃してくるのはいつものことだ。今回は初めて本部の所に来たが、おそらく偶然だろう。

 そう簡単にこの拠点が割られてたまるか」


「ですよね」


「この件に関しては適当に対応しておく。お前は早く傷を癒せ」


「分かりました」


「じゃあな」


 ボスは黒いコートを翻して部屋を出ていった。


 バタンと閉まる扉。

 途端に静かになった救護室。

 動けないので何もすることがない。


 昔一度怪我して入院したことがあるが、やっぱり暇なんだよな。

 この部屋にはテレビがあるが、腕一つ動かないのでつけられない


 寝よう。

 そう思って目を瞑った時、またも部屋に来客が現れた。

 その人は俺の部屋の手前からいきなりダッシュで近づき、扉を勢い良く蹴り開けてこう言った。


「トドメを刺しに来たよ! 死音くん!」


 面倒な人が来てしまったなぁ。


 思わずため息が出る。


 この人は自由すぎて対処できない。苦手ってわけじゃないけどこの状況で相手をするのはぶっちゃけしんどい。


「です子さん。帰ってはくれませんよね?」


「もちろん! 私は死音くんに二週間じゃ治らない程の致命傷を与えに来たのだ!」


「やめてくださいね、マジで」


 本当にやりかねない。


「それは死音くんの態度次第だよ?」


 なんでだよ。


「そんなことしたら絶交ですからね、絶交」


「ええ!? 絶交!?」


「はい。だからやめてください」


「うーん……、分かった。絶交は嫌だし」


「じゃあもう帰ってください。俺は見ての通り、です子さんと遊べる状態じゃないので」


 俺はです子さんをなんとか帰らせようと誘導したが、やはり無駄のようで何を考えたのかです子さんは俺のベッドの中に潜り混んできた。


 マジで何してんだこの人。


「……何してんすか」


「もうすぐ溜息が来るから、隠れる」


「溜息さんが?」


「うん。私がいること言ったらダメだよ。言ったら腹パンだからね?」


 またイタズラするつもりか。

 まあ溜息さんなら軽くあしらってくれるはずだし、別にいいか。


「分かりました。付き合いますけどそれ終わったら帰ってくださいね?」


「りょーかい」 


 俺は再度溜息をついて、目を瞑った。

 しばらくすると、本当に溜息さんが部屋に現れた。


 彼女は片手にスーパーの袋を下げており、珍しく私服だ。

 長い黒髪は高いところで結ばれていて、いつもより打点の高いポニーテール。

 サラサラの黒髪がテンポよく揺れて、どこか上機嫌に見えた。


「おはようございます」


「ああ。……ん? です子の匂いがするな。ここに来たのか?」


「ええ」


 今も気配を消して布団の中に隠れてます。

 というか匂いでそんなこと分かるなんて、さすがパートナーと言ったところか。


「溜息さん、昨日は助けてくれてありがとうございました」


 昨日っていうか、さっきか。


「気にするな。良い判断だった」


「溜息さんもよく間に合いましたね」


「たまたま外にいたからな。流石にアジトにいたらもう少し時間を貰う」


「さすが師匠です。ところでその袋は?」


 なんかキャベツとかネギとか見えるけど……。


「ああ、これか。これは食材だ」


 溜息さんは言いながら、袋から肉やら何やらを取り出して、それを部屋の冷蔵庫に入れていった。


「……? 何してるんですか?」


「お前の怪我が治るまで世話をしてやる」


「え、いいんですか!?」


「ああ。私はしばらく暇だしな」


 マジか! 怪我してよかった!


 ……いや、待てよ。

 それだとロールが怒りそうな気がする。どうしよう……。ロールは溜息さんのことをあんまりよく思ってないみたいだからな。


「とは言ってもロールが学校に行ってる間だけだ。

 一人だと暇だろう?」


 それはとても魅力的な提案だ。一人は本当に暇だから、話し相手になってくれるだけで助かる。

 俺がその提案を飲むべく口を開きかけたとき、布団の中に隠れていたです子さんがいきなりわざとらしい咳払いをした。


「ごほん! ごほん!」


「……」


 溜息さんの鋭い視線が突き刺さる。彼女は俺のベッドに近づくと、布団を一気に引き剥がした。

 すると、そこに裸のです子さんが現れた。


「あぁ! 私達の関係がとうとうバレてしまうのね!」


 なんて質の悪いイタズラなんだ。なんかゴソゴソしてると思ったら脱いでたのかこの人。


「お前達……」


 混乱するように目をキョロつかせた溜息さん。

 俺はそんな溜息さんの誤解を解くために、溜息さんの目を見てゆっくりと話した。


「違うんですよ。溜息さん。

 分かってると思いますけど、です子さんが勝手にやったことなんです。

 この通り、俺は怪我で全く動けませんし。信じてくれますよね? 師匠」


「……だろうな。分かってる」


 溜息さんはそう言って、です子さんの首根っこを掴んで持ち上げた。


「いででででで! いたいいたいいたい! ごめんなさいごめんなさい!」


 溜息さんはです子さんを部屋の外に投げ捨てると、バタンと扉を閉めて部屋に鍵をかけた。

 扉の向こうから「バーカバーカ」なんて聞こえて、です子さんはどこかへ走り去っていった。


 溜息さんはしばらく扉の向こうを睨んでいたが、やがて振り返って俺の方にゆっくりと歩み寄ってきた。

 その妙な威圧感に俺はゴクリと唾を飲む。

 この人に無言で近づかれると何かされそうて怖い。


「まだ10時か。12時までは昼寝だな」


 俺の目の前まできた溜息さんは、そう言ってゴロンと俺の隣に寝転がった。


「な……!」


「お前も寝ろ。……よしよし」


 溜息さんは優しい手つきで俺の頭を撫でた。


「……!」


 これは甘えていい時の溜息さんだ!

 

 そう思って俺は溜息さんに抱きつこうとしたが、激痛と体中の包帯が邪魔をして、動けなかった。






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[一言] おいっ‼︎主人公今だけそこ代わって‼︎
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