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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
四章
40/156

逃れる邪悪

 始末しておけとの命令を受けて、俺は奴らのいる廃ビルに潜入していた。


 この廃ビルの屋上から聞こえる音三つ。


 三ヶ月で俺はまあそれなりの経験を積んだ。一人で任務をこなしたりもしたし、色んな人の任務についていった(というか無理やり連れて行かれた)

 だから俺には多少なりとも自信がある。

 いや、自信というよりは感覚が麻痺しているんだろう。


 このビルの屋上にいる連中も、おそらく……いや絶対、対面したら殺しにかかってくる類の奴らだ。

 つまり、殺し合いになる。


 殺し合いに躊躇なしで臨めることを麻痺と言わずなんというのか。


 上の奴らは多分手練だ。少なくとも真っ向勝負で勝てる相手ではない。

 そういうのはなんとなく雰囲気で分かるようになった。外れることもまだ多いが……。


 しかし、俺の能力で真っ向勝負というのも馬鹿な話だ。


 音支配(ドミナント)

 この能力で真っ向勝負をする必要はない。

 どんなに強くても、予測していない攻撃、つまり不意打ちに対する反応を完璧にできるわけではない。

 不意打ちでも勝てない相手はもちろんいるけど、それでも優勢から戦闘がスタートするのは確実だ。


 俺の能力はそれに長けている。



 音を消しながら俺はビルの階段を上がっていく。

 当然だがエレベーターが機能していないため、階段で上がる他ない。


 このビル、何階まであるんだろうか。

 もう半分くらいまでは来たけど、中々しんどいな。


 俺はあるかわからない罠に気をつけながら、階段を淡々と上っていった。

 奴らの会話は途切れているが、まだ屋上に留まっている。

 新しいゴミなどがビルの中にいくつか転がっているのを見るに、この廃ビルが奴らの拠点と考えていいだろう。


 ここを拠点に何をしでかそうとしているのか。

 気になるところだが、俺に与えられた命は「始末」

 これから何をしでかすつもりでも、殺してしまえば問題ない。



 やがて、俺は屋上の入り口にまで辿り着いた。

 ふぅと息をついて、呼吸を整える。

 足音、心音、呼吸音、俺から発せられる全ての音は遮断している。

 敵が鼻の利く強化系だったりすると、臭いで見つかったりするんだが、ここまで来て見つかっていないとなるとその心配もない。

 鼠や犬の強化系は、俺が苦手とする能力だ。

 奴らは俺を接近させてから不意打ちの虚をついてきたりする。少し前の任務では、それで危険な目にあった。


 これに対する策は、奴らの変身をしっかりと把握しておくこと。

 能力を使用しないうちは、ステータスに変動はない。つまり臭いで察知されることもない。


 強化系の能力は、変身の際に心拍数が一定値上がる。それを聞いておけば、変身したかどうかが分かるし、自分の存在が認識される可能性を考慮できるのだ。

 予め変身されていたりすると、対処のしようがないのだが。



 あの三人の誰かが強化系で、すでに変身していないことを祈りながら、俺は屋上に通じる扉の隙間から、奴らの姿を確認した。



 まず最初に俺の瞳に映ったのは、一人の男。

 長身でど派手な格好をした彼は、長い黒髪を靡かせている。

 彼はうつむくようにして、給水タンクの柱にもたれかかっていた。


 彼の格好でなんとなく察する。

 こいつら、nurseryrhymeの連中だな。


 そこから右に視線を移すと、少年と少女が寄り添い合うようにして座っていた。二人共足を伸ばして、人形のような座り方をしている。

 吹き付ける風が彼らの髪を靡かせていた。

 何か異様な雰囲気を放つ二人組だ。



 だが、今なら確実に不意打ちができる。


 あの二人か孤立している男。

 攻撃するならどっちだ?


 いや、燃費は考えるべきではないな。油断は禁物だ。

 三人同時に攻撃しよう。最高の威力で。

 不意打ちこそ本気で攻撃をしなければならないと溜息さんが言っていたじゃないか。


 タイミング的にはいつでもいい。

 音撃により、ビルの外へふっ飛ばす。これが俺の狙いだ。


 比較的吹き飛ばす能力に長けた俺の"音撃"

 ここだとビルの屋上だから、弾き出して落とす。この高さから落下したら死は免れないだろう。

 丁度ビルの屋上だというのにフェンスがない。

 取り去ったのだろうか。なんにせよ好都合だ。


 やるか。


 その前に、シミュレーションしよう。

 まず奴らの俺の地点とは真逆の場所に音を発生させ、そっちに注意を向ける。

 この際に、あの座って寝てる二人には立ってもらいたい。

 そしてその隙に後ろから音撃を叩き込む。


 よし。


 俺は息を吐くと、俺の位置とは正反対の場所に音を発生させた。

 パシュッと、不可解な音がなったことにより、男が反応した。

 彼は組んでいた腕を解いて、音の鳴った方向を視線を移す。

 対するあの二人組も、同時にのっそりと立ち上がって音の鳴った方に歩いていった。


 予定通り。


「なんの音……?」

「わからねぇ」


 今だ。

 そう思った俺は、渾身の音撃を三人に向けて放った。

 指向性を持たせた"音撃"

 三人まとめて吹っ飛ばせるように範囲を限定する。


 ――音撃


 轟音が響く。


 が、驚くべきことが起きた。


「……!」

「なっ……!」


 三人のうちのあの長身の男……、奴は音撃を躱し、そしてモロに受けた二人組の少女の方が、少年を突き飛ばすことによって彼を脱出させたのだ。


 少女の方はそのまま吹き飛ばされて、ビルから落ちていった。

 彼女はやがて地面に叩きつけられ、グチャリと嫌な音を立てる。


 それまでの動きは、俺の追撃。

 しかし二度目の音撃は、男が生み出した謎の壁によって阻まれた。

 この時点で俺は態勢を立て直すべく階段から飛び降り、ビルを駆け下りて行く。

 そして2階程降りると、そこで息を潜めた。


「あ"ー!! 鼓膜逝ったァァ!! 死ね死ね死ね! 誰だよクソ!」

「ユイイイイイイイ!! あ"あ"あ"あ"あ"!!!」


 上からそんな叫び声が聞こえる。

 クソ、二人も仕留め損ねた……!


 もう少し範囲を広めた音撃なら……いや、違う。あれは確実に格上だ。

 俺が漏らした殺気を察知して、攻撃を避けた。

 俺に油断はなかった。


 そしてモロに受けたのにもかかわらず対処したあの少女……。

 あれを殺れたのは幸いだった。だが上の慟哭を聞くに、片方だけしか殺れなかったのは痛手だ。

 俺を殺すためにどんな手段でも使ってくる可能性が高い。


 落ち着け。

 奴らの動きは完全に把握できる。そしてこの暗闇。俺が圧倒的に有利な地形。


「どぉーこだぁぁぁぁぁ!!! でてこぉぉぉぉぉい!!!」


 少年の叫び声だ。

 まずいな。あんなに大人しそうだったのに、この豹変。

 まあ相方らしき人を殺されたらこうなるのも当たり前か。

 可哀想だけど仕方ない。ボスの命令だ。


 さて、どうしたことか。

 奴らは俺の位置を把握していない。この広いビルの中、一階一階探しに来るとも思えない。

 撤退しそうな奴らでもないし……。


 俺は耳を潜めて上の様子を伺いながら考える。



「落ち着けサディ。怒れば敵の術中にハマるばかりだ」

「これが落ち着いてられるか! ユイが! ユイが死んだんだぞ! ずっと一緒だったのにぃぃ!!」

「鼓膜が破れてうまく聞き取れないが、言いたいことは分かる。だが、俺のいうことを聞け」

「うるっさい! 離せぇ!」

「聞けっつってんだろガキ!」

「……」

「いいか? 俺達が接近されていることに全く気付かなかった相手だ。

 そしてあの攻撃……。リーダーが言っていた音の能力者に違いない。むやみに追えば闇に乗じて殺られるのは確実。こちらの動きも完全に把握されてるはず。

 だから、俺のペットを貸してやる。こいつについていけ。

 俺は下のユイを回収してくる。もしかしたらまだ助かるかもしれないからな」

「分かっ……た」

「よし、行け」


 そんな会話の後に、新たな心音が二つ増えた。

 唸り声と共に。


「……!」


 なんだ。これは、ペットとか言っていたし魔獣か何かか?

 まずいな。臭いでこっちを探るつもりか。

 だけど、あの男の能力は大体分かった。

 先ほど俺の音撃を防いだ壁といい、おそらくどこかからモノを引き出す能力……!

 最初に容量がどうのとか言っていたから、自分だけが扱える空間を所有しているのか?

 魔獣もそこから取り出した、と。


 というよりあの男、この短期間で冷静さを取り戻したのか。

 そして少年の怒りを抑える程の殺気……ではなく上下関係。


 とりあえず奴らが二手に別れてくれるなら好都合だ。

 一人ずつ殺れる。


 俺は階段を下りてくる魔獣とサディと呼ばれた少年に備えて扉の後ろに張り付いた。

 ホルダーからナイフを取り出し、構える。

 音撃による攻撃は悪手。この廃ビルの耐久性は不明。ひらけた屋上なら良かったが、ここだと天井落ちて来たりするかもしれない。

 それに、訓練の後というのもあって、繰り出せる音撃は後3発がいい所。厳密には2発。3発目は行動不能を意味する。

 最終手段にとっておこう。


「殺す……絶対殺す、殺す殺す……」


 ブツブツと物騒なことを呟きながらサディの足音と魔獣の唸り声は近づいてくる。

 サディの能力は不明。そして連れてる獣がどんな魔獣なのかも不明。


 だが、ナイフで十分だ。

 まず最初に魔獣の方を殺る。それから奴の方だ。

 いや、順番はどちらでもいいな。殺りやすい方から。


 足音からして、おそらく小型の魔獣だ。

 これくらいならナイフ一本で十分。


 サディを殺せば、後は魔獣を殺すだけ。

 魔獣を殺せば、後は隠れるだけ。

 サディは自力では俺の位置を割り出せない。

 いける。


「ここかぁ……?」


 やがて俺のいる階に下りてきたサディは、ひたひたと俺のいる大きな部屋に近づいてきた。

 もう扉のすぐ向こうだ。


 唾を飲む。

 奴が扉を開けたのと同時にナイフで首元を裂く。

 確実に。


 俺がそんなイメージを浮かべてナイフを握り締めると、俺の背中に衝撃が走った。

 吹き飛び、俺は部屋の壁に叩きつけられる。


「見つけたぞぉ……!」


 こいつ、扉ごと吹き飛ばしてきやがった……!

 ということはある程度火力のある能力か。まずい。

 それに加えてあの魔物。血塗犬(ブラッドドッグ)……!

 血の匂いに敏感で、素早さだけならAクラスの魔獣だ。


 俺が切れた頬から流れた血を拭いてゆっくりと立ち上がると、血塗犬が俺目掛けて猛突進してきた。

 が、そんな血塗犬をサディは思いっきり蹴り飛ばし、そして壁にぶつかって動かなくなった血塗犬を、そのまま窓からビルの外へ投げ捨てた。


「ダメ、だろ……。僕の……、獲物なんだから!」


「……!」


「さぁて、どうやって殺されたい?」


 血走った目。どうしたことか。

 どう応戦するにしても、この状況だと多少分が悪い。

 もう一度引くべきだな。


 俺は隣にある窓をちらりとみた。

 このビルは19階建て。上がってくる時に数えた。

 そして2階降りたからここは17階……。

 飛び降りたら確実に死ぬ。

 

 目の前から敵はゆっくりと迫ってきている。

 考えてる暇はないな。


 俺は足に力を込めて、後ろの窓に飛び込む。


「なに……!」


 ビルから飛び出し、宙に舞ったところで俺はホルダーの射出機に手を伸ばした。

 射出機を空中で取り出すと、俺は屋上の突起に向けてそれを発射する。


 射出されたワイヤーの先端にあるカギは、ガキンと音を立てて屋上の突起を絡めとった。成功だ。

 がっしりと射出機を握り、俺はビルの屋上からぶら下がる。

 だが、この状態だと無防備なだけ。


「逃がすかぁ!」


 案の定追撃に来たサディに俺は音撃を浴びせた。

 俺から引き離され、部屋の隅まで吹き飛ぶサディ。


 まだ息はあるな。

 だが、ここでの深追いは危険だ。


 そう思った俺は射出機のワイヤーを登り、飛び出た窓から一階上の窓を蹴破って、新たな一室に出た。


「ふぅ……」


 首から流れた血がシャツに浸透している。結構深く切ったな。痛い。

 下のサディは動かないが、呼吸はしっかりしている。

 俺に逃げられたと思っているのかもしれない。

 様子を見てみるか。


 俺は部屋から出て階段を登り、再び屋上に向かう。

 もう一人の男はいつの間にか地上まで下りているな。


 俺もここに留まる訳にはいかない。動かないならサディの止めを刺しに行くか。


 そう思った時、丁度サディが動き出した。

 奴は足を引きずるような音を立てながら、こちらに屋上に向かって階段を登り始めた。


 どうやらダメージを負ったらしい。

 あれだけモロに音撃を受けたら当たり前か。死ななかったのはビルの崩壊を恐れた俺が手加減をしたから。


 まあ、こんな状態なら容易く殺れるだろう。

 俺は新たなナイフを取り出して、奴が現れるのを待った。


 そして、屋上の扉に手がかかる。


 現れたのは長身の男の方だった。


「なっ……!」


 入れ替わった……!?


「クク、まんまと引っかかったなぁ! 馬鹿め!

 まーお前のせいで俺今耳聞こえないし、種明かしをしてやるつもりもないが!」


 俺は音撃を繰り出すべく身を構える。

 が、目の前の男は手で静止してきた。


「やめとけ。殺すぞ? つーかその技は対処するのが面倒くさいからやめてくれ」


 確かに。さっきの壁が屋上にないということは、こいつが再び仕舞ったということだろうか。

 あれであと二回の音撃を防がれたら終わりだ。


 ヤバイ……。ピンチだな……。


「さて、お前を殺す方法なんだが、魔獣達に任せようにもあの技で一掃されそうだし、近づいたら近づいたであの技のガードが間に合いそうにないし……。

 だからこのビルごと爆破してもいいよな?」


「……」


 ゴクリと唾を飲む。

 どうやらボスの命令は全うできそうにない。というか、元々無理があっただろこれ。

 明らかに俺の手に負えない敵だ。


「で、最後に言い残すことはあるか? 俺お前のせいで耳聞こえないけど聞いてやる」


 ヘラヘラと笑いながら男は言った。


「言い残すことか……。最後に話したい人がいるんで、電話かけてもいいですか?」


「いいぜ!」


 聞こえてるんじゃねーか。いや、読唇術か。

 まあいい、助かった。ありがたく電話させてもらおう。


 俺は溜息さんにショートカットキーで電話をかけた。


「私だ」


 いつも通りワンコールで出た溜息さんに、俺は告げる。


「かなりやばい状況なので、アレ使います。10秒後くらいです。ポイントはH-7辺り。間に合いますか?」


「ギリ、だな」


「ではフォローお願いします。死んだらごめんなさい」


「分かった」


 溜息さんの返事を聞いて、俺は電話を切る。

 ちなみに今の会話、口元を隠したから、目の前の男には悟られてないはずだ。

 内容を知られたら警戒されるしな。


 俺は心の中で10秒をカウントしながらそんなことを考える。


「もういいか?」


「……はい」


 5、4……


「じゃあ死のうかー」



 3、2、1……よし



「死ぬわけないだろ馬鹿が!」



 ――そんな悪態を吐いて、俺は自分自身に音撃を放った。




 これは俺が溜息さんにむりやり練習させられた荒業だ。

 俺の能力の弱点、機動力を補う技。

 名づけて「緊急脱出"音撃"」


 どうしても相性の悪い能力者と相対してしまった時や、絶対のピンチの時のみ使えと言われた技。


「が……は……!」


 眼球が飛び出そうな感覚。地面が一気に離れ、俺は口から宙に血を舞わせた。

 ミシミシと体中の骨が悲鳴を上げている。


「てっめぇ!! そんなんありかよクソが!」


 男の驚いた声が聞こえる。


 まだ勢いが足りてない。


 再度己に向けて、音撃。


 吹き飛ぶ俺の体は加速した。

 途切れそうになっている意識。薄れ行く視界の中で、遠ざかっていくビル。

 よし、奴は追いつけない。


 まあ……、溜息さんのフォローが間に合わなければ、着地で確実に死ぬんだけどな。


 頼みますよ、師匠。

 そう願って、俺は意識を手放した。

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