成長する音
部屋に入れてもらった俺は、大体の自己紹介を済ませていた。
散らかってこそいるが、女の子らしさを残した部屋を見渡す。
その中で、金髪の女の子はベッドに腰掛けて足をパタパタさせていた。
俺はその手前の椅子に座らされている。
実質向かい合うような形だった。
「ふーん、死音かぁ。
なんていうか、あのおっさんのネーミングセンスは相変わらずみたいね」
「……えーと、お前の名前は何て言うんだ?」
「ロールよ」
ロールか。
本名を名乗るのは禁止だからコードネームだろう。
ハーフっぽいから本名な気もする。
「これからよろしく。ロールってコードネームだよな?」
「はぁ? 当たり前じゃない。
でも、私に関してはこれ以外の名前はないわ」
これ以外の名前がない?
本名がないってことか?
なんにせよ、初対面で踏み込んでいい話じゃなさそうだ。
そう思った俺は話題を変える。
「ロールってここに住んでんの?」
「そうよ」
「へぇ……」
ここに住んでるって、家族とかは……いないんだろうか。
「とりあえず今から訓練室に行くわよ。
アンタは今、爆弾と一緒。そんなもの抱えさせられてる私の身にもなって欲しいわ。
アンタがここで暴走したら少なくとも私は絶対死ぬんだから。
こっちこそほんと頼むわよ」
ロールは立ち上がると、そう言った。
なんだいきなり、と思ったけど、どうやらパートナーらしいことをしてくれるようだ。
ロールの言うとおり、俺はいつ暴走するか分からない。抑制リングをつけてても、だ。
暴走して仲間を殺したりしたら洒落にならない。気を引き締めないと。
ボスはなんで俺みたいな危ない奴を拾ったんだろう……。
ケータイを開いて時刻を見てみると、時計の針は12時過ぎを指していた。
今から訓練か……。明日学校はあるのだろうか。
あったら間に合わないだろうな。いつ家に帰れるんだろうか。
そんなことこの状況で考えることじゃないのだが、正直色々ありすぎて疲れたってのが本音だ。
「ほら何してんの? 早く行くわよ」
「……今からやんの?」
結局そんな不満を漏らしてしまう。
怒られるかな、と思ったけど返ってきた言葉は落ち着いていた。
「発現後すぐから慣らしとかないと制御に時間が掛かる。
私がわざわざ付き合ってあげるんだから黙ってついてきなさい。
というかアンタは大きな力を持った自覚をしないといけないわ」
「あ、ああ……」
曖昧な返事をして、俺も立ち上がった。
案外まともなやつなのかもしれない。
ーーー
『どう? 聞こえる?』
「聞こえる。多分マイク使わなくてもそっちの声拾えると思う」
真っ白い密室に俺はいた。ここは訓練室という、頑丈な壁で補強されてる部屋だ。
訓練のため、抑制リングは外してある。ケータイも部屋においてきた。
超強化ガラスの向こう側にはマイクを持ったロールが見えた。
その顔は少し不機嫌そうだ。
ロールはマイクを下ろすと、口を動かした。
「このシケっ面。
どう? 完全防音なんだから聞こえないでしょ?」
「……聞こえてる」
シケっ面とは。口が悪いなこいつ。
『なんて言ったか言ってみなさいよ』
「シケっ面。悪いなシケっ面で」
『へぇ、すごいわね。でも違和感あるからマイク使うわ』
悪びれずに言うロール。
俺は「了解」と返す。
『今はなんともない?』
ロールはカチャカチャと観測室の機械を操作すると言った。
「結構な頻度で耳鳴りがしてる。あと、色んな音が聞こえてくる」
耳鳴りとノイズは本当にウザったい。
コントロールできるようになったらこれも消せるのだろうか。
『ふーん。じゃあとりあえずなんかやってみて』
先程までならそれは無茶な注文だっただろう。
無茶言うな、と返していたかもしれない。
だけど今ならなんとなくわかる。本能的に能力の使い方が流れ込んでくるんだ。
音を……操る。
そう、音を使うんだ。
非現実が、イメージできる。
瞬間、爆音が密室に鳴り響いた。
ピシィ、と超強化ガラスにヒビが入った。
その音を聞いた俺は慌てて能力を抑える。
『威力レベルA超……、化物ね。
この訓練室はもう使いもんになんないから隣行くわよ』
「マジかよ……」
俺って本当にとんでもない能力を発現させてしまったのか……。
俺達は訓練室を出ると、そのまま隣の訓練室に入った。
こっちはさっきよりも頑丈らしく、滅多なことでは潰れないらしい。
俺はまた白い密室に入る。
さっきよりも一回り広い部屋だ。
中に入ると、ドアが閉められ、プシュと鍵がかけられた。
なぜ鍵をかける必要があるのだろうか。
嫌な予感がしつつも俺はガラスの向こうのロールに視線を向ける。
『常時発動型の能力は、ある程度オンオフできるようにならないと生活もままならないわ。
音の場合は常に接触してるわけだから、慣れるのも結構早いと思うんだけど……。
まあさっきのアンタを見てる限り、私が教えなくても良さそうね。
そもそも自分の能力はあんまり人に知られない方がいいわけ。
何をどこまで出来るとかね。なるべく誰かに能力を伝える時は、嘘をつくのよ。過小評価するの。
そしたら相手は「こいつの能力は○○だから○○はできないな」ってたかをくくるわけ。
自分の能力を知られていいことなんて何もないわ。
アンタの場合は私たちに危害が加わる可能性があるから伝える必要があったけど。
……まあという訳で、とりあえず今日一日ここで過ごしてみなさいよ。試行錯誤しながらね。
食料等は部屋の端にあるボタンを押せば出てくる。
んじゃ、おやすみ』
最悪のパートナーだった。
言いたいことだけ言って、観察室から出ていこうとするロールを俺は焦って呼び止める。
「おい、1日って学校はどうしたらいいんだよ!」
『サボれば?』
明日学校があるかどうかは分からないが、神谷風人は地上で行方不明なわけだ。
そして規格外発現者として追われている俺も。
裏付けされてバレたらとんでもない事に……。
『ああ、言いたいことは分かるわ。
正体がバレて表で暮らせなくなることを危ぶんでいるんでしょ』
「ああ、そうだけど……」
『その時は切り捨てればいいわ。
学校も、友達も、家族も』
「何言って……」
『アンタの正体がバレて、アンタが自衛軍に殺されそうになってるって言うのなら私が命を賭けて助けに行ってあげる。他のみんなもね。
Anonymousでは、時に入りたての下っ端のために命を賭けることがあるわ。
まあ学校とかアンタの表の事情についてはおっさんとか詩道さんがなんとかやってくれてると思うけど』
なんだこいつ。
考え方がおかしいんじゃない。本気で言ってる。
第一印象はあんまり良くなくて、チビなのに。
そんな覚悟を持ってここにいるのか。
『生ぬるい世界で暮らしてきたアンタにはまだ早いと思うけど、最後に。
例えば私に10年来の親友がいるとする。
アンタと親友、どちらかしか助けられないって言われたら、私は間違いなくアンタを選ぶわ。
アンタ、その状況でパートナーである私を選べる? 無理でしょ。
早く私と同じところまで来てね、バディ』
やたら高圧的な態度で言い切ったロールは、そのまま自動ドアの向こう側へと消えていった。
なんだかんだでロールは俺のことを考えてくれてるみたいだ。
いや、それは俺の願望かもしれない。
でも、なんかやる気が出てきた。
ーーー
あれからおよそ12時間後の話だ。
俺がひたすら能力の訓練をしていると、観察室に一人の男が入ってきた。
ボスだ。
ボスはマイクを手に取り、観察室の椅子に座る。
『調子はどうだ死音』
ボスの低いけどしっかりとした声が密室に響いた。
「だいぶ慣れてきました。リングがあればもう暴走しないと思います」
『ほう、この短時間でか。それはすごい』
「でも、能力のコントロールはまだできません。
手加減ができないっていうか……。自分の思った通りにならないんです」
『それは仕方ない。時間をかければ扱えるようになる。
むしろこの短時間でそこまで扱えるようになったのは凄いことだ』
そうなのか。
でもちょっと過大評価しすぎじゃないかなボス。
これで誰かと一緒に戦ったりしたら確実に巻き込んでしまう。
『さて、ロールの奴には放置されたみたいだが、学校や家の手回しはやっておいた』
「あ、ありがとうございます」
何をどうやっておいたのだろうか……。
俺がちょっと顔を引きつらせていると、ボスの声がまた響いた。
『それで本題に入ろう。死音の現時点の戦闘力を測りたいのだが、構わないか?』
「ええ、構いませんけど、どうやって測るんですか?」
ボスと戦うとかだったら断らせてもらおう。
大佐クラスを瞬殺するボスに勝てる気がしない。
だけど、俺の能力がかなり強いことはもう自覚できている。
今、ある程度の自信があるのも確かだ。
『こいつと戦ってもらう』
ガコン。
そんな音がして俺は振り向いた。
すると、部屋の壁にはいつの間にか大きな穴が開いていて、その奥からは何やら音が聞こえた。
グルル……。
唸り声?
そしてその唸り声の持ち主は穴の奥から姿を現した。
『紹介しよう。ペットのヴォルフだ』
そこにいたのは白銀の毛を強化ガラス越しの照明で輝かせる……俺の体格の5倍はある狼だった。
「魔獣……!」
『シルバーウルフ。危険度5 。
Cランクの能力者がなんとか倒せるレベルだ。
ヴォルフはそれより少しばかし強い。
俺の言うことは聞くから安心してくれ』
いまにも襲いかかってきそうなヴォルフを見て、俺は唾をゴクリと飲み込んだ。
『危なくなったら止めてやる。どうだ、やるか?』
……正直怖い。
でも、相手は耳のある動物だ。
多分、一撃の勝負になる。あの牙に噛み付かれたら終わるだろうし、俺が先に攻撃できればなんとかなるかもしれない。
「……やります」
ボスはニヤリと笑った。
『これを受けた新入りは久しぶりだ。
どんなに強い能力を持っても、目の前の巨大さを恐れて挑めないことは多い。
お前の成長が楽しみだ、死音』
ボスは続ける。
『”よし”だ。ヴォルフ』
俺は餌かよ……!
「ガァァゥ!!」
瞬間、牙を剥いて襲いかかってきたヴォルフ。
そして俺は、パチンと指を鳴らした。
響いた愉快な音は、爆音へと変わる。
それに驚いたヴォルフは「キャぅン!」と子犬のような声を上げて、穴へと逃げ帰ってしまった。
要するに、勝負は一瞬で着いた。
ガラス越しから拍手の音が聞こえる。
『予想以上だ。死音。
威力を抑えたのはなぜだ?』
「ボスのペットだから、殺しちゃいけないと思って」
『なんだそれは』
ボスの笑い声が密室に響いた。
そして「体を休めろ」ということで、俺は訓練室から解放してもらった。