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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
三章
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頼りの回転

 御堂弦気。あいつを逃がしたとはいえ、任務を達成した俺達はアジトに帰って来ていた。

 時刻は18時30分。敵の撤退もあって、かなり早く帰ってこられた。帰り道は詩道さんが能力ですぐだった。


 俺は今、ボスの部屋にいる。詩道さんも一緒だ。

 ロールに帰ってきたことをメールで伝えたが、ボス達との会合があるからまだ部屋には戻れない。

 任務の反省会……いや、弦気に対する情報整理と言った方がいいか。


 ボスはいつもの高そうな椅子に座り、オフィスデスクに肘をついて何やら書類に目を通していた。詩道さんはその隣の壁に持たれかかって立っている。

 そんな中、俺はソファに座って二人の話を聞いていた。


「名前不明。所属不明。階級は中将。

 戦闘履歴が数回あるが、全員ことごとく殺られている。

 ……ほとんどデータがないな」


「あの能力でそれはおかしいわね。若かったから?」


「それもあるだろうが、自衛軍側が奴を隠していたというのもありえる。

 とにかく、メンバーには注意を喚起しておかないとな。あの能力……、まだ詳細は分からんが危険度が高い」


「ええ。最後に壁をすり抜けた……、あれで能力の正体が分かったわね。

 透過能力……。物体に限らず、能力も透過できるなんて、厄介極まりないわ」


「いや、決めつけるのは早い。透過能力では説明できない点も多かった。

 振り下ろしたナイフの軌道が歪んだりするのは、透過能力では説明がつかない。

 それに、あえて攻撃を受けるような場面も多かった」


「ふぅん。それは確認できなかったわ。

 まあ撤退したということは、無敵の能力ってわけじゃなさそうね」


「そうだな」


 二人の会話を聞きながら思う。

 弦気は強かった。少なくとも、俺の目には、あのボスと互角に打ち合っているように見えた。


 そして俺は考えていた。

 弦気のことをボス達に話すべきかどうかについて。


 実際に殺し合っていた先程とは違い、こうしてゆっくり考えてみると落ち着いた思考ができる。


 弦気が俺と同じ学校にいるという情報をボス達に話せば、奇襲なども可能になるだろう。

 俺やロールを使った情報収集も可能かもしれない。

 しかし、話すべきかどうかで迷っている俺がいる。

 Anonymousのためを思うなら、話すべき。だけどAnonymousに入る前からずっと俺はあいつと仲良くやってきた。

 気に食わないところもあるし、喧嘩をしたこともある。正直言って消えてほしいと思ったこともあったが、それでも、親友なんだ。あいつは俺のために色々してくれた。

 あいつを売るという話ではないのはわかっている。

 でも弦気の不利になるようなことを言っていいのかどうかで、俺の心にブレーキがかかっているのだ。



 弦気が正体を隠しているということはやっぱり親友にも話せないことだったのだろうか?

 もし何も知らない俺が、あいつに自衛軍の中将だと弦気に打ち明けられたら、どんな反応をしていた?

 無能力という共通点を失ってがっかり、ということはなかったはずだ。

 もともと俺と弦気には色々差があった。今更劣等感なんてないし、びっくりはしても嫌いになるなんてことは絶対にない。


 でも弦気なら、俺が嫌な気分になると考えたのかもしれないな。

 あいつは優しいからそう考えても仕方ない。


 まあなんにせよ弦気は悪くないと俺は思う。

 あの年で自衛軍なんだから素性がバレると困ることもあるだろう。

 俺だって隠していることがあるじゃないか。

 隠し事は誰にでもある。同じだ。


「……」


 でも、それなのになんなんだ……。

 この裏切られたっていう気持ちは……。


 頭で分かっていても、なぜかそういった気持ちが湧いてきてしまう。

 俺も裏切ってると言えるじゃないか。


「死音、どうかしたのか?」


 そんなボスの声で俺はハッとして顔を上げた。


「いえ……、なんでもありません」


 俺は平静を装ってそう言った。


「そうか」


「死音君は今日頑張ってたし、疲れてるのかもしれないわね。

 私達の反省会に付き合わせるのは悪いわ」


「そうだな。

 死音、もう帰っていいぞ」

 

 ボスと詩道さんにそう言われて、俺は少し考えてから立ち上がった。


「すいません。ではお言葉に甘えて失礼させてもらいます」



ーーー



 ボスの部屋を出た俺は早足でロールの部屋へ向かっていた。

 肉体的疲れはそれほどではないが、精神的な疲れがどっと押し寄せて来ている。

 

 俺はボス達に話すより先にロールに話すことを決断していた。

 一人で考えるのは少し難しそうだ。こんな時のためのパートナーだろう。


 ロールなら、親身になって考えてくれるはずだ。


 俺は勢いよくロールの部屋の扉を開けて、部屋の中へ入っていった。

 ロールは机の上にナイフを並べて何かの作業をしていたが、部屋に入ってきた俺を見て動きを止めた。


「おかえり。ど、どうしたのよ……」


 俺の尋常ならざるを見て、ロールは少し焦った表情でそう言った。


「ロール、聞いてくれ」


「何かあったの?」



 俺はロールに先程の任務での出来事を話した。

 弦気が自衛軍の中将であること、あいつの能力のこと、強かったこと、ボス達とやりあって逃げ延びたこと。

 全てなるべく事細かく話した。



「……それ、本当なの? ボス達には話してないのよね?」


 俺の話を聞いて、ロールは最初にそう言った。

 俺は至って真剣な顔で答える。


「ボス達には話してない。ボス達より先にロールに相談するべきだと思った」


「そ、そう。それは嬉しいけど、中々シビアな問題よね」


 ロールは顎に手を当てて言う。


「ああ……」


「というより、弦気が自衛軍(てき)ってことは、凛と瞳も自衛軍の可能性があるんじゃない?」


「え?」


「だってそうじゃない。あの三人は常にと言ってもいいほど一緒に行動してるし、同時に学校を休むこともある。

 行き過ぎた愛情では説明できない同調性があるわ」


 なるほど。そうかもしれない。


「あくまで可能性だけどね」


「そうなると俺は完全にのけ者だったわけだな……」


 無能力同盟ってなんだったんだよ。

 こんなの、俺をはめるためにあったようなもんじゃないか……。

 違う。

 そうじゃない。そんな考え方をするのはよそう。

 あいつらが人を貶めて喜ぶような奴らじゃないのは俺もよく知ってる。


 だから、そうじゃないんだ……。


 俺がまた無限回廊に入ろうとした時、ロールがそっと俺の手をとった。


「大丈夫よ。死音には私がいるじゃない」


 その言葉を聞いて、俺は思わず顔を上げる。

 やばい、ロールが女神に見える……。


「その顔は何よ。不満なの?」


「いや、抱きしめてもいいか?」


「は、はい? なんで?」


「信頼のハグだよ」


「執行みたいなこと言うのね……。

 ち、ちょっとだけよ?」


 返事を聞いて、俺はロールを抱きしめた。

 決して下心があるわけではない。こうしていると安心するのだ。


 俺の肩に顎を乗せているロールからは、いい匂いがする。


 しばらくロールと抱きしめあっていると、他のことなんか忘れてずっとこうしていたくなる。


「も、もういいでしょ……」


「もうちょっとだけ」


「……仕方ないわね」


 俺は目を瞑って考える。

 弦気は敵だけど、親友だ。他に何を考えることがあるんだ。


 あいつは俺の正体に気づいてない。

 もし弦気が俺の正体を知ることになったら、どうするんだろう。


 いや、どんな理由であれ殺すとか言ってたな……。


「なあ、もしロールが俺で、同じ状況だったなら、どうする?」


 沈黙を破って、俺はロールに聞いてみた。

 ロールからは少しした後に声が返ってきた。


「そうね……。

 私なら、多分ボスには話さない。いつも通りにしてるはずよ」


「なるほど……」


「でも弦気が自衛軍として、私がAnonymousとしてまた巡りあった時は、多分ためらいなく殺すと思うわ」


「……」


 ロールはこっちの世界が長いから、そういう割り切った考え方ができるのか。

 俺にはまだできそうにないな……。


「ロール、ありがとう」


 俺は名残惜しいがロールから離れてそう言った。


「パートナーだもの。当然よ」


 真夏の季節に抱き合ったせいか、ロールの顔は赤くなっていた。


「顔が赤い……。ごめん、暑苦しかったよな」


「これは、その……。そう、暑かったの。

 ……嫌じゃなかったけどね」


 ロールは自分の顔をペタペタと触って、顔を背けた。

 俺も気恥ずかしさからか、ロールの顔を直視できなかった。


「まあ、少し一人で考えてみたら?

 私は相談に乗るけど、どうすればいいかなんてわからないわ」


「ロール、ありがとう。

 でもやっぱり俺、ボスに言う事にするよ」


「……どうして?」


「この情報がなかったせいでうちに被害が出たりしたら、それでまた負い目を感じることになるかもしれない。

 それに、ボスだって俺の境遇ことを考えてくれるはず。

 だから弦気のことを話した上で、俺に任せてくれと頼むことにする。

 そうすれば何かあった時にも対応できるだろ?」


「それが一番良いかもしれないわね。

 でもあの人なら、死音に内緒で闇討ちしたりするかもよ?

 案外容赦ないから、あのおっさん」


「それも考慮した上で話す」


「まあ、死音がそれでいいなら私も文句はないわ。

 とりあえずお腹減ったしご飯いかない?」


「そうだな」



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