相まみえる回転
御堂弦気。俺の十年来の親友だ。
同じ趣味を持っているわけでもない。めちゃくちゃ気が合うわけでもない。人間性的にも、正反対とまでは言わないが決して似てるとは言えない。
それでも、親友だった。
俺は開いた口を閉じて、顔のマスクに一度触れる。
なぜ弦気がここに?
もはやシュールとも言える疑問が、まず頭に浮かび上がっていた。
他にも数多の疑問が頭の中で渦巻いている。
目の前にいるのは御堂弦気か?
あいつは家族と水入らずの旅行に行っているはず。大橋も言っていた。だからこいつは弦気に似てるだけで、違う人なんじゃないか?
違う。
目の前にいるのは弦気だ。見間違えるはずがない。こいつと何年つるんできたんだよ。
でもそのバッチはなんだ? 中将?
ありえない。そんなこと聞いたことがない。弦気が自衛軍なんて……、親友の俺に話さないわけがないだろう。それに、弦気は無能力者じゃないか。無能力で中将? ありえるのか?
自衛軍の制服を着ている。
俺を殺そうとする自衛軍……。
……俺を、騙していたのか?
混乱する俺に喝を入れたのは、他でもない弦気の殺気だった。
この突き刺すような殺気は出会い頭からずっと俺に向けられている。
弦気の殺気。弦気が俺に殺気を向けているのだ。
お前そんな怖い顔できたのかよとか、そういう一歩遅れた思考は全て切り替わり、瞬時に俺は目の前の存在を敵と認識した。
この状況。悠長に状況を整理している場合ではない。
考えるな。
少なくとも弦気は俺を、Anonymousの死音……そう、「敵」として認識している。
考えなくていい。必要な情報はそれだけだ。
「ボス、詩道さん。奴と遭遇しました。先ほどのT字路です」
俺はボソリと呟いて、あの二人に声を送った。
弦気、いや御堂中将と鉢合わせてからおおよそ10秒。
10秒でこの判断ができて良かった。言い換えれば、遭遇から10秒間も戦闘が始まらなかったことに助けられた。
視線は目の前の敵から逸らさない。
口の中に唾が溜まっていく。相手は格上。自衛軍中将。殺気からもそのことは分かる。
ボスと詩道さんの位置はまだ離れている。
中将クラスなら二人の到着までに俺を殺すことは可能だろうか?
十分に可能だろう。
俺は不知火との戦いを思い出す。中将クラスといえばあの実力だ。
多少強くなったとはいえ、俺がまだ踏み込んでいない領域。能力の相性にもよるが、手も足も出ないかもしれない。
……まず弦気の能力はなんなんだ?
おかしなことに目の前の弦気からは音が聞こえない。心音も、呼吸も。
確実に弦気は呼吸をしているし、生きているんだから心臓も動いているはずだ。
だけど、その音が聞こえない。いや、聞けない?
ボスから逃げた時も、俺はこいつを感知できなかった。
ボスの場所からここまで。全力で走ったにしても速すぎる。
でも、目の前にいて、俺が音を聞けないというのは転移能力では説明できない。
一体何の能力なんだ。
どうする。攻撃してみるか?
……逃げられないのは分かっている。戦って勝てる相手ではないことも。
中将だ。それもボスが仕留め損ねる程の。
能力が分からないまま挑むのには、経験も実力も足りてない。
だが現状、弦気が俺を警戒してるなら、引いて後手に回るより一か八か先手をとった方がいいのでは?
俺の能力なら一撃で殺れるだけの威力はある。
勝機はゼロではないはずだ。
殺れるか? 俺が、弦気を。
違う考えるな。
敵だ。目の前にいるのは敵。弦気じゃない。
何も考えるな……!
思考とは反対に、先に動いたのは弦気の方だった。
動いたと言ってもほんの一息。
ふぅ、と、能力無しでも聞こえる息を吐いただけだ。
が、それは俺に先手を取らせるには十分なアクションだった。
無音にも感じたこの空間で、やっと聞こえた弦気の音に、俺は仕掛けるなら今だと確信した。
目を見開き、俺は弦気に片手をかざす。
俺の最大火力の技である"音撃"は、溜息さんとの修行で指向性を持たせることができるようになった。
この位置関係ならボスと詩道さんにも被害はいかない。
繰り出される"音撃"
爆音と共に衝撃波が発生し、コンクリートの壁に無数の亀裂が走る。
が、俺の"音撃"をモロに受けたのにも関わらず、弦気は微動だにしなかった。
それどころか、"音撃"を繰り出した俺の後隙を狙って距離を詰めてきている。
俺の驚愕など無視して、懐へとあっさりと踏み込んで来た弦気は、渾身の拳を俺の腹へ叩き込んだ。
俺は何とかそれを左手で受け、大きく後ろに後退する。
弦気は追撃するべく再び踏み込み、俺の顔めがけて拳を突き出してきた。
それを上半身を逸らして回避すると、俺は弦気の腹部に向けて蹴りを放つ。しかし、一旦距離をとるべく放ったその蹴りは、弦気に受け止められてしまった。
弦気は軸足となった俺の右足へ払いをかけ、俺は地面に転ばされる。
その時にナイフを振り回したので、弦気は俺から手を離した。
そして俺はその隙になりふり構わない全力の"音撃"を繰り出すべく指を鳴らした。
ボスと詩道さんはまだ遠い。この距離ならギリギリ被害はないはず。
"音撃"……!
地面に転がる俺を中心に、再び亀裂が広がる。
反響する爆音。揺れる基地内。パラパラと亀裂の入った天井から落ちてくる砂埃。
周辺の壁や床は、今にも崩れるんじゃないかというくらいボロボロになっている。
が、またしても弦気にダメージはなかった。
衝撃波で吹っ飛ぶこともなければ、鼓膜が破れるわけでもない。
完全にノーダメージ。俺の攻撃なんてなかったと言わんばかりに動き出す。
弦気は俺に思いっきり蹴りを加えた。
「がっ……は……!」
鳩尾に加えられた蹴りによって、俺は思わずナイフを手放してしまう。
息が、できない。
なんとか立とうと……、いや、防御姿勢をとろうと俺は膝を抱え込むようにうずくまった。
「あ……がっ……!」
「音の能力者……。あの時の規格外……」
呼吸を整のえる。大丈夫、怪我はしていない。生きてる。
なぜ攻撃が効かないんだ。おかしい。
そういう能力なのか……?
俺はなんとか立ち上がって、目の前の再び弦気を見据えた。
弦気は構えを解いて、なぜか突っ立っていた。
なんのつもりだ……こいつ。
俺が弱いから舐めてるのか?
そう思って拳を握り締めると弦気は口を開いた。
「あなたには謝らなければいけません。先の発現、完全に上の判断ミスだ。
発現で人を殺してしまっても、償うチャンスは与えられるべきだったのに……。
被害が大きすぎて判断を誤ってしまいましたが、他の対処もありました。
自衛軍を代表して謝らせてください。本当にすいませんでした」
そう言って頭を下げた弦気。隙だらけだ。
そして、誠意を持って謝っているのが伝わってきた。
俺はこいつが弦気本人であると再確認する。
こういう奴だった。弦気は。
思わず笑みが零れそうになる。
だけど、こいつは何を言ってるんだ?
今更……、今更の話じゃないか。俺はもう謝罪なんか求めてないし、Anonymousの一員だ。
人だって自分の意思で殺した。もう悪に成り下がっている。
そんな俺に、謝りたいから謝るってのはどうなんだ。自分勝手すぎないか?
ごめんで済んだら、自衛軍はいらないだろ……!
俺は頭を下げている弦気の顔面に思いっきり膝蹴りを放った。
膝蹴りは弦気の顔面にモロ入って、彼は後ろに倒れ込む。
倒れ込んだ弦気の鼻からは血が出ていた。口の中も切れたらしく、唇の端に血が覗いている。
「……」
「……そうですよね。
でも、例えどんな理由があろうと悪に成り下がったのなら……、俺は殺さないといけないんだ」
弦気はゆっくりと立ち上がって言った。




