破壊の回転
夏休み最終日ということで、宿題を終わらせた俺は昨日、ロールと繁華街で買い物をする約束をした。
待ち合わせ場所は例のカフェ。俺はいつもより気合の入った服装で向かっていた。
この俺のお気に入りの服。凛にはダサいとよくバカにされたけどあいつのセンスは当てにならない。ロールなら分かってくれるはずだ。
そんなことを考えながらカフェに着くと、俺は組織専用の方の携帯にメールが入っていることに気づいた。
『ごめん。ちょっと私の部屋まで降りてきて。面倒な人が来た』
面倒な人が来た?
どういうことだろう。まさか月離さんが帰ってきたとかじゃないよな。
もしそうだったら本当に面倒だけど……。まあ行ってみたら分かるか。
俺は携帯をポケットに入れる。そしてロールの部屋に向けて地下へと降りて行った。
ロールの部屋に着くと、そこにはロール以外に一人の女の子がいた。
ロールの部屋は酷く散らかっており、戦闘した形跡が見られる。
テーブルは倒れ、ベッドもひっくり返っていて、壁にはいくつか穴が空いている。
俺はおそらくロールとバトったのであろう見知らぬ女の子に視線を下ろした。
彼女は茶髪の頭をツインテールで結んでいて……、ロールに腕を決められ床に押さえ付けられていた。
「紹介するわ死音。ですとろいちゃんよ」
ロールは女の子の頭を押さえつけながら言った。
「ですとろい……ちゃん?」
「そう。周りからはです子とかで呼ばれてる」
なんともまた奇抜な名前だが、これもボスが付けたのだろうか。
そういえば組織端末の連絡先一覧に「ですとろいちゃん」の名前があったな。
「ですとろい」ではなく「ですとろいちゃん」で登録されていたから目に止まった覚えがある。
俺が組織に入ってから2ヶ月以上経つけどまだまだ見たことない人も多いし、顔と名前が一致しない人がほとんどだ。
「で、これは一体どういう状況?」
「見たらわかるでしょ。押さえつけてるの」
ですとろいちゃんは、ロールに押さえつけられて苦しそうに呻いていた。
「いやいやいや、全然状況が飲み込めないんだけど」
俺がそう言うと、ですとろいちゃんは唐突にロールの拘束からするりと抜けて、俺の方に飛びついてきた。
「死音くん助けて! ロールが私をイジメる!」
しかし俺に触れる手前で、彼女はロールに捕まって再び地に伏すことになる。
「アンタは動くな」
「いたい!」
体格が小さくて、顔も幼いですとろいちゃんは明らかに年下だ。
そんな子にロールがここまで容赦ないとは、おそらく相当な問題児なのだと推測される。
「えーっと、そのですとろいちゃんはなんでロールの部屋に?」
「勝手に入って来たと思ったらいきなり暴れだしてこれよ。というか、です子は今朝本部に帰ってきたばっかりなのに」
「そうなのか」
じゃあ支部から帰ってきたのかな。それとも長期任務からの帰還とか。
「帰ってきたって言っても、です子は今までマフィアに拉致されてただけで、なんの仕事もしてないわよ」
「はい?」
「です子は多方面に喧嘩を売るせいでよく拉致されるの。命も色んなところから狙われてる」
ロールはですとろいちゃんの両手を後ろで縛りながら言った。
「まあ、いつも勝手に帰ってくるし、です子には保険みたいなのもあるから、誰も助けに行かないんだけど」
「酷い話だよね」
両手両足を縛られ、体をロープでぐるぐる巻きにされたですとろいちゃんはにぱっと笑って言った。
ですとろいちゃんはイモムシみたいになっていて、ツインテールが触覚のように見える。
ここまで拘束する必要はあるのかと思ったが、ロールはそれでは飽き足らないらしく、さらにですとろいちゃんの口にガムテープを貼り付けた。
「むぐっ……!」
「ちょ、ロール……、やりすぎじゃ……」
「やり過ぎじゃないわよ。
先に言っておくけど、です子の能力は"心層操読"って言って、簡単に説明したら相手の心を読んだりできる能力なの。
色々条件があるとはいえ、鬱陶しい能力だから喋らせるとロクなことにならないわ」
言いながら、ロールはですとろいちゃんを部屋の隅から取り出してきた台車に乗せる。
「ふーん」
心を読む能力……。そんな強い能力を持った人もいるのか。
確かに厄介そうな能力だな。というか心を読めるってことは組織内の重要な情報とかも結構知ってるはず。
そんな子が拉致されまくってていいのだろうか。存在自体が色々まずそうだ。
「こんな見た目だけど一応組織の幹部で、しかも溜息さんのパートナー。
あと、年齢は……」
ロールが言いかけた時、ですとろいちゃんがいきなり目にも止まらぬ速さで台車から転げ落ちた。
そのまま転がって部屋の壁にぶち当たったかと思うと、彼女を縛っていた縄がまるで意思を持ったかのようにするりと解ける。
ロールはですとろいちゃんを捕まえるべくすでに動き出していたが、ガムテープをびりっと口から外したですとろいちゃんの制止によって止まる。
「ストップ!」
「し、しまった……!」
ロールはまるで急に金縛りにでもあったかのような体勢で動きを止めている。
ですとろいちゃんはゆっくりとロールに近づいていくと、ロールの腰に手を這わせた。
そしてですとろいちゃんは心底楽しそうな顔で指をワキワキさせる。
なんだこれは……。能力は心を読むだけじゃないのか?
心に干渉して感覚を支配したとかそんなのだろうか……?
恐ろしい。
「油断にしても、ロールはまだまだ心に隙が多いなぁ。
というか、私の年齢は内緒のはずだよね?
またお漏らししたいの?」
「ちょ、その話は……!」
「死音くん聞いて! ロールったら昔私に……」
「あああああ! ごめんなさいごめんなさい! 私が悪かったから!」
俺は二人のやりとりを呆然と見ているしかできなかった。
というかですとろいちゃん……、いや、ですとろいさんが溜息さんのパートナーってマジか。あの人パートナーいたんだな。
……全く合わなさそうだ。
しかも幹部ときたか。
ロールのですとろいさんに対する敬意が感じられなかったからそんなすごい人とは思わなかった。
現在のロールの劣勢を見るに、幹部の実力はあるみたいだ。
「ノンノン。ロール、違う。
謝るときは許してニャンって言わないと。私何回も教えたよ」
「く、この……」
「ほら早く。許してニャンは?」
「そ、そんなの……」
このやりとりには俺も注目した。なんだこの俺得な展開は。
ロールの許してニャン……、見てみたすぎる。
「死音くんも見たいよね?」
「見たいです」
「ほら!」
「死音、アンタ……」
「早く言わないとあることないこと死音くんに教えちゃうよ」
いやいや、あることないことって……。
「ゆ、許してニャン……」
「おお……!」
恥じらいつつもそう言ったロールに俺は思わず声を上げてしまった。
だけどですとろいさんは顔をしかめている。
これで何か不満なんだろうか。
「耳と尻尾が出ていない。やりなおし」
「いい加減に……!」
「死音くんあのね、ロールって実は……」
ですとろいさんが言い終わらないうちにロールの頭に猫耳がピョコンと現れた。
「ふふふ、いい子よロール」
ですとろいちゃんはそう言って背伸びし、ロールの猫耳をさわさわし始めた。
ロールは赤くした顔を歪ませていたが、動けないらしく唇を噛んでいた。
「死音くんも触って見る?」
「……」
やばいすげぇ触りたい。でも今触ったら絶対後で怒られる。
抑えろ。抑えろ、俺。
「……やめときます」
「えー、触り心地最高なのにもったいない。
はい、じゃあロール。許してニャンいってみよっか」
ですとろいさんはロールに向き直って言った。
俺は息を呑み、ロールに注目する。
ロールはしばらく渋ったが、やがて意を決したようにボソリと言った。
「ゆ、許してニャン……」
それを聞いたですとろいさんはパァとした表情になり、ロールに抱きついて顔をスリスリした。
「やっぱロールかわいいー! 死音くんもそう思うよねー?」
「これは可愛いです」
「死音……!」
やばい。怒ってる。
ロールにひと睨みされた俺はビビって口を真一文字に結んだ。
「死音くん、これはロール怒ってる風に見せかけてるけど実はめちゃくちゃ嬉しいんだよ! 照れ隠し照れ隠し」
ですとろいさんは顔を逸らそうとしたロールの顔をニヤニヤしながらのぞき込んだ。
「です子、もういいでしょ……。降参、降参するから……。もう拘束解いてよ……」
「ダメー。だって今拘束解いたら絶対殴られるもん。
てゆーかもうそろそろ自力で抜け出せそうだし、腕とか折られる前に逃げなきゃ」
「……」
ロールはですとろいさんを鋭い目つきで睨みつけて、ギリッと歯を食いしばっていた。
相当の屈辱を味わったんだろうけど俺としてはラッキーな出来事だった。
そんなことよりロールをこんなに長い間拘束できるなんてやばすぎる能力なんじゃ……。
でもこんな人が味方だとなんか心強いな。
「もう少しロールを堪能したいところだけど、そろそろ行くね私。
じゃあ死音くんもまた……ん?」
俺の顔を見て手を振ったですとろいさんだったけど、何が気になったのか唐突に俺に近づいて目をのぞき込んできた。
「……ふむ」
なんだろう。
まさか心を覗かれてるとかだろうか……。いきなり人の心を覗くってのも失礼な気がする。あまり気分が良くないな。
「うむ、見えないぞ。
初対面の人には心を開かない。いいねいいね」
ですとろいさんはそう言って俺の頭をこつんと叩き、ロールの部屋から出ていった。
俺がぽかんとして開きっぱなしのドアを見ていると、動けるようになったらしいロールもですとろいさんの後を追って無言で部屋を飛び出していった。
部屋に取り残される俺。
買い物は……?




