出会いの音
御堂弦気は夜の空を駆けていた。
彼は完全に出遅れていた。親友の誕生パーティのせいではない。
本部まで制服を取りに行くことがなければ、彼は真っ先に現場について対象を殲滅していたはずなのだ。
緊急事態と言えど、制服での活動を原則とするのが自衛軍。
たまたま休暇中で、制服を本部に置いたままだったのは彼の不運だった。
学生としての生活もある彼にとって、平日の緊急事態に素早く反応するのは難しい。
弦気は発現地に集まった自衛軍の人員の元に降り立った。
彼は書類へ色々と書き込む凛を見つけると、隣まで進んでいく。
「酷いなこれは……。一応”対象”による被害を教えてくれ」
「見ての通りよ……。
中居中佐が意識不明の重体。宮城少尉と志木島大佐はたぶん……。
市民の被害も計り知れないわ……。
”対象”は行方不明。目撃者もいないわ」
凛は目を伏せて言った。しかし、感情は表に出さない。
「そうか……」
目の前に地面に広がる亀裂。
規格外の発現とは言え、過去に例をみないような甚大な被害がそこにあった。
ふと彼の携帯が振動した。
彼はポケットから仕事用の携帯を取り出すと、電話に出る。
画面には、大橋少佐と表示されてあった。
「もしもしヒトミ」
『もしもし弦気?
調べてみると、Anonymousが介入したみたい。”対象”はAnonymousに保護された可能性が高くて、上から引き上げ命令が出た』
「分かった、ありがとう」
電話を切ると、携帯を白い制服のポケットに仕舞う。
彼は亀裂の入った地面の元まで歩いていく。
”対象”がAnonymousに保護されたのなら、深追いはさらなる被害を出すことになるだろう。
彼が本部に送った瞳の仕事も増えそうだ。
しかしこれだけの発現をした能力者を保護する意味がどこにあるのだろうか。
そんな疑問を抱きながら、弦気は地面の亀裂に触れる。
「……なんの能力なんでしょうね」
そんな弦気をみて、近くの調査部隊は声を漏らした。
「……波動系……、いや、分からない……」
目撃者がいなければ、”対象”の能力は予測の範囲を出ない。
唯一の目撃者である中居中尉も意識不明の重症だ。
しかし、規格外だということは分かる。
Anonymousに保護され、そのまま敵になれば厄介な存在になることも。
ふと弦気は親友の風人のことを思い出した。
彼の家はここから近いが、ギリギリ被害は受けていないはずだ。
おそらく無事……。そう願いたい。
弦気はプライベートの携帯で風人にメールを送ると、踵を返した。
3つの星、銀の色をした彼の中将バッヂが怪しく光った。
ーーー
ーーー
ゴゥン、ゴゥン、と音を響かせ、エレベーターが地下に向かって降りていく。
俺は隣に立つボスを見る。
まさかこの人がAnonymousの首領だったとは。
そんなことを考えていると不意に携帯が鳴ったのに気づいて、俺は画面を見た。
弦気からのメールだ。
『凄いことになってるけど大丈夫?』
そんなメールに『大丈夫、家でじっとしてるから』と返した。
それにしてもここ電波通ってるんだな。
俺は現在、ボスに連れられてAnonymousのアジトに向かっていた。
場所は街外れにあるカフェの地下。
自衛軍の奴らもまさかこんなところにAnonymousのアジトがあるとは思わないだろう。
アジトに繋がる入り口は複数あって、定期的にその位置を変えるらしい。
体が痛む。
だけど傷は応急処置によって一応なんとかなってる。
アジトに着いたら治療能力持ちの人が治してくれるとボスは言っていた。だからもう少しの辛抱だ。
一緒にいたアノニマスの女とは先ほど別れた。
俺の身元がバレないように後処理をしてくれているらしい。主に血痕などの痕跡処理と、情報攪乱をするみたいだ。
どうやるかは知らないけど。
「少年、自分の能力が何か分かるか?」
唐突にボスの声がエレベータの中に響いた。
驚いたが、俺は答える。
「……なんとなく、わかります」
「そんなかしこまらなくても、タメ口で構わないぞ」
この人がAnonymousのボスと聞かされて、そんなことができるだろうか。
否、できない。
命の恩人でもあるのだ。
「それはできません」
「そうか、……まあいい。
それより能力だ」
俺は中指に嵌めた指輪をそっとなぞる。指を少し締め付ける慣れない感覚に、俺は違和感を感じていた。
これはAnonymousが秘密裏に開発している能力抑制リングの試作品。
だいぶ落ち着いたけど、俺の能力がまたいつ暴走するか分からないので、能力を制御できるようになるまでこれを着けておくよう言われたのだ。
まだ試作品の段階なので、望める効果は薄いらしい。
俺の能力。今ならはっきり分かる。
「俺の能力は……、多分、音です」
「そう、お前の能力は音だ。
お前は世界で初めて音支配の能力を発現させた。
支配系自然系能力の中でも最上位クラスの能力だ」
俺も音を使う能力者なんて聞いたことがなかった。
そんなにすごい能力なのか。実感がわかない。
ボスの能力はなんなのだろう。
それを尋ねようとするとボスの言葉で遮られた。
「そう言えば名前を聞いてないな少年」
「神谷、風人です」
「なるほど、良い名だ。
だが、Anonymousでは本名を名乗るのを禁止している。基本的に個人の情報を扱っているのは俺だけだ。
つまり、今後もお前の本名を知っているのは俺だけということになる。
だからお前には新しくコードネームを授けよう」
そしてボスは続けた。
「これからお前の名前は、死音だ」
死音、その名を聞かされたのと同時に、エレベーターがチーンと到着を告げた。
エレベーターの扉が開く。
「行くぞ、死音」
「了解、ボス」
少し生意気な返事をして、俺は踏み出したのだった。
ーーー
俺は治療を受けた後、ボスの部屋に来ていた。
マスクを外したボスの素顔は20代後半くらいに見えたが、実際はもっといってるらしい。正確な年齢は当然教えて貰えなかった。
「さて、とりあえずはAnonymousにようこそ。歓迎しよう」
豪華な回転椅子に座るボスはそう言った。
「Anonymousの一員となったからには、もちろん死音にも働いてもらわなければならない。
だが、まずは能力をコントロールできるようにならないとな」
「はい」
「そこで、お前にはパートナーを一人つける。
これを受け取れ」
ボスは俺に向かって何かを投げ渡した。
片手でキャッチすると、それは鍵だった。
「お前の部屋の鍵だ。パートナーと部屋を共有してもらう。
我が強い奴だが、実力はある。年はお前と同じで、こっちの世界は長い」
「ちょっと待ってください。俺、ここで暮らすんですか?」
「ああ、勘違いさせてしまったか。
それは違う。
死音にはちゃんと学校に通って貰う。もちろん能力のことは隠してな。
働く、ということだから給料も発生する。とりあえず月給45万だ。
個別報酬が発生する任務を受ければ、それに留まらないだろう」
月給45万……。
お父さんの給料より高いんじゃないだろうか……。
「なにか質問はあるか? 答えられないことは多いがあるなら聞こう」
質問ならいっぱいある。
資金源とか、真の目的とか。
でも、それはこの際もういい。
俺はもうAnonymousの一員だ。
ここで、生きるために戦ってやる。人を殺してしまったのだから、前までの日常はもう望めない。
明るみに出たら、責任を問われる……。
そんな理不尽な死は嫌だ。
キーンとまた少し耳鳴りがした。
興奮すると能力が暴走しやすいのだろうか。
落ち着け俺。
「質問は特にありません」
俺は言った。
ボスは口角を少し吊り上げる。
「そうか。分からないことはパートナーに教えてもらえ」
「はい。
では、失礼します」
そう言って俺はボスの部屋を後にした。
ーーー
Anonymousのアジトは広かった。少なくとも、迷子になりそうなくらいには広い。
いろんな設備も整っており、まさしくアジトという感じだ。
そして俺は今、ボスに渡された鍵を持って自分の部屋の前に立っていた。
なんとかここまでたどり着いたのだ。
中からは音が聞こえる。
おそらく俺のパートナーが中にいるのだろう。
ゴクリと唾を飲み込む。
俺のパートナーはどんな人なんだろうか。
少し緊張する。
こうしていても仕方がないので俺は部屋の鍵を開け、扉を開いた。
まず最初に目の前に飛び込んできた風景に俺は驚いた。
質素な部屋なのかなと思ったら、生活感がありすぎる。
そして凛の部屋みたいな女の子の匂いが鼻孔をくすぐった。
「ちょ、誰!?」
そんな声が中から聞こえてきた。
ドタドタと音を立ててこちらまで走って来たのは、金髪の女の子だった。
「誰よアンタ、……なんで部屋の鍵持ってんのよ!」
金髪の女の子は俺を睨む。
染めてる……わけではなさそうだ。地毛なのだろうか。
それにしても結構かわいい顔をしてるな。
身長は低いけど。
俺と同い年なんだっけ。
「ボスに言われて来たんだよ……。俺のパートナーじゃないの?」
「はい? あの人また勝手なことを……。私にパートナーなんていらないの」
バタンとドアが閉まる。
困ったな。どうしよう。
というかパートナーが女って、大丈夫なのか。
つかあんなパートナー嫌だぞ。
俺とパートナーになることも伝わってなかったみたいだし、ボスは間違えたんじゃないだろうか。
そんなことを考えていると、部屋の中から電話の音が聞こえてきた。
ガチャという音。おそらく中の彼女が電話をとったのだろう。
「もしもし。
勝手なことしないでくれる?」
「無理無理、絶対に無理」
「そ、それは……」
「はぁ、わかったわよ。しょうがないわね……」
それにしても俺はかなり耳が良くなってしまったようだ。
このリングを着けていても、集中すれば色んな音を拾える。
隠密行動とか向いてるんじゃないだろうか。
「はい、はい、わかりました。
分かったって!」
電話が切れる音。
どうやらボスとの電話は終わったらしい。
しばらくして、部屋の扉が開いた。
「入っていいわよ。
仕方なく、パートナーになってあげるわ」
面倒な奴が俺のパートナーになったみたいだ。