断念する重圧
修行は続行された。
溜息さんの妨害は7日に渡ってきっちりと続き、俺は溜息さんを守りきった。
一番辛いのがポイズンバタフライの鱗粉だ。
溜息さんが自ら吸い込みに行くもんだから回避のしようがない。
7日間で合計3回の解毒を行った。3回目に関しては抗体ができたのか、溜息さんはそこまで辛そうじゃなかった。症状もすぐに軟化するようになったし。
だから、次わざと吸ったら絶対に手当てしないと宣言してある。
この睡眠時間だけがゴリゴリと削られる修行はあと2日続く。
中々にきつい。
というかあの口移し以来、溜息さんがやけにベタベタしてくる……気がする。
かといって視線があったら逸らしたり、変な部分ではっきりしなくなった。
この感じ……、もしかして俺に惚れちゃった?
……まあさすがにそれはないだろうな。
俺みたいなガキに惚れるような溜息さんじゃないし、そもそも惚れる要素がない。
まだ知り合ってから日も浅い。そんな濃い絡みをしてるわけでもないからな。
溜息さんってもしかして俺に惚れてます?
なんてそんな自惚れたことを聞いたりしたら殴り飛ばされかねない。
一方俺はもうあと一押しくらいでハートを奪われそうだけどな。
モテない男に溜息さんの大人の魅力は辛い。脅威だ。
勘違いしてしまうぞ。
でも、師弟関係で師匠として俺に注いでくれる愛は全身でちゃんと感じている。
ここまで生き延びて、俺は確実に強くなった自信がある。
能力も結構できることが増えたし、なにより忍耐力とメンタル強度がアップした気がする。
死と隣合わせの状態を強いられていたら当然か。
それもあって、俺の身体はすっかりボロボロだ。
溜息さんが休ませてくれないせいで、全然回復しない。
歩くのがきついくらい身体は重いし、とにかく身を削ってる。
さて、そんな第三ステップもあと2日、そして休みの日を挟んで第四ステップでまた何かやらされて、そこから帰りの道のりまで2日。
つまりあと少しで修行は終わる!
やったぜ……。
帰ったら帰ったでいろいろ不安要素があるけど。
まず弦気達とした遊ぶ約束は全てほったらかしたわけだし、黙って一ヶ月も家に帰ってないわけだし……、夏休みに出た課題なんかもほとんど終わってない。
ちゃんとその辺りはなんとかしてくれてるのかなぁ、ボス。
そしてなにより忘れてはならないのがロールの存在だ。
ロールはやばい。
毎日行くよ、からの黙って一ヶ月放置。
こんなの俺でも怒る。
ロールに一言送ろうと、何度溜息さんの端末を盗もうとしたことか。
でも俺も強くなって帰ってくるわけだから、ロールも喜んでくれるよな?
もしかすると俺が勝手に修行に連れて行かれたことが伝わっているかもしれないし。
とりあえず謝罪の言葉は今のうちに考えておこう。
ロールならきっと許してくれる。
さて、そんなあらゆる面で俺に打撃を与えた修行。
あと少し頑張ろう!と意気込んでいたところだったが、どうやら第3ステップは残すところ2日のところで終わってしまうらしい。
第三ステップは後半端折って第四ステップに行くのかなと思っていたのだが、そうではなかった。
修行自体を終了にするらしい。
「いやいや、俺はここに残って修行を続行しますよ。
中途半端なのは嫌いなので。
どうせならやりきりたいじゃないですか?」
「だめだ。修行は終わった」
現在俺は巨木にしがみついていた。
「無理ですって! 溜息さん一人で行けばいいじゃないですか!」
「なら帰りは迎えに来なくていいんだな?」
「くっ……、卑怯ですよ!」
「おとなしくついてこい」
状況はこうだ。
第3ステップの途中、溜息さんの端末が樹海に似合わぬ着信音を鳴らした。
ボスからのコールだったと言う。
内容は任務依頼だ。
支部の物資車の隊が自衛軍から攻撃を受けたらしい。
開発拠点に向かうはずの物資がここで潰されるのはAnonymousにとって痛手、場合によれば開発拠点を抑えられる可能性もある。
よって、溜息さんは至急増援に向かい、物資車の掩護をする。
難易度はS+。
溜息さんは基本的に自由で、依頼された任務しかこなさないらしい。自分から任務を受けに行くことはまずないと本人が言う。
そして溜息さんにA以下の任務は来ない。
もちろん俺なんかが行っても足手まといにしかならないし、一人で修行頑張るから溜息さんお一人でどうぞ的な感じだったのだが、何を思ったのか溜息さんは俺をシェイドした。
シェイドっていうか、強制的に俺を連れて行こうとしてる。
「ほんとに勘弁してください。
やっぱり修行は最後まで続けたいじゃないですか?
半端なのは好きじゃないんです」
「じゃあ最後のステップは”私の任務について来る”でどうだ?
これなら問題ない」
あぁ、もう、これどうやっても連れてかれるやつじゃん。
はぁ、溜息さんに抵抗は無駄か。
「……分かりました。行けばいいんでしょ」
「それでいい。
一度キャンプハウスに戻るぞ」
ーーー
キャンプハウスに戻ると、溜息さんと俺は風呂にさっと入り、新しいタキシードに着替えた。
溜息さんはすぐに準備を終え、荷物をアタッシュケース一つにまとめていた。
「支部の交戦地は砂漠を抜けた先のジーザ山の山道だ。
ゲリラ戦だろうな。本部からは一番近い私達が救援に向かう。
他からも救援が向かっていて、直に到着すると思うが、私達がつく頃には制圧されている事も考慮した方がいい。
山道を抜けてトンネルに入るまで物資車を守り切るか、自衛軍を殲滅するかで任務は達成だ」
「はい、その辺は任せます」
「馬鹿か。全部お前が片付けろ。
ゲリラ戦ならお前の右に出る奴はいないだろう。
私がやるより効率がいい」
「ちょ……!」
ガシっと腕を掴まれ、俺は大きく空に出た。そして遥か遠くに見えるジーザ山に目がけて前進。
というか落下していく。重力のベクトルをあっちに向けたのか。
もうこれくらいじゃ驚かない。溜息さんのアクロバティックな能力浮遊だ。
「大丈夫だ。やばくなったら助けてやる」
「やばくなる前に助けてください!!」
「任務達成に支障が出そうになったら私も動く」
「だから……!」
溜息さんはスピードを上げる。
驚いた俺は溜息さんの腰にしがみつく。
くっそ!
いつも通りまるで聞いちゃくれねぇ!
ていうか風やばい!
溜息さんだけなんかゴーグルつけてるし、なんだよそれ俺にもよこせよ!
くそ、目が開けられない。
こうなったらもう溜息さんのお腹に思いっきり顔を埋め込むしかない。
匂いとかも嗅ぎまくってやる。
「風呂上りの溜息さんいい匂いしますね!」
顔を埋め、溜息さんのお腹でスーハーする俺。
ささやかな抵抗だ。
「やめろくすぐったい」
溜息さんのお腹に思いっきり暖気注入。
流石にこれは殴られた。




