表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
二章
25/156

故意の重圧

 ポイズンバタフライの毒による発熱は、対処が遅くなると高確率で死に至る。


 ポイズンバタフライの鱗粉をモロに吸い込み、現在顔を真っ赤にして横たわっている溜息さんを見て、俺はかなり慌てていた。

 表情こそまだ余裕があるように見えるが、俺は知ってる。

 めちゃくちゃ辛いんだポイズンバタフライの毒は。脈が早いのも聞こえてるし。

 俺は少量しか吸い込まなかったから一人で対処できたけど、溜息さんの症状を見るに、これは相当吸い込んでる。


「溜息さん、水飲んでください!」


 ポイズンバタフライの鱗粉を吸い込んだ時の対処法は水を大量に飲むこと。図鑑にそう書いてあるのだ。

 俺の時もそうした。


「……飲めない」


「飲んで、ください!」


 俺は溜息さんの上体を抱き起こして無理やり水を飲ませる。

 溜息さんの口端から水がいくらか溢れる。


「解毒薬調合してくるからここで待っててください!」


 俺は溜息さんを二人分の寝袋でグルグル巻ににしてテントを飛び出す。

 ポイズンバタフライの毒は、生物の抗体を利用したいやらしい毒だ。

 多量の病原体として体内に入り込み、発熱を起こさせて対象をしに至らしめる。

 そこで重要なのが解毒薬の調合。発熱を抑える効果のあるヒイラギ草と、発汗作用のあるアセカキ草を水分を加えながらドロドロの液になるまですりつぶし、それをコップ一杯分くらい飲まなければならない。


 ヒイラギ草とアセカキ草は割とそこら辺に生えてるので、俺はすぐに見つけ出してありったけ摘んだ。

 ヒイラギ草とアセカキ草を抱えてテントに戻ると、空いた缶詰を軽く洗い流してその中にヒイラギ草とアセカキ草の葉を詰め込む。

 その中にペットボトルの口を突込み、たまに携帯食料の中に紛れていたラム酒を混ぜつつグリグリとかき混ぜる。


「ハァ……ハァ……」


 溜息さんの荒い息を聞いてるとパニックになりそうだ。

 絶対わざと毒吸い込んだだろこの人。

 

 一旦深呼吸して再びグリグリと回し続ける。テントの外の警戒も緩めない。


 しばらくしてどろどろになってきた缶詰内。異臭というか青臭い匂いが漂っている。

 しかしもう飲めるだろう。

 俺は溜息さんを抱き起こして缶詰をその口につける。


「……私はもう、ダメだ」


「何言ってるんですか! これ飲んだらなんとかなりますからしっかりしてください!」


「体に力が入らない……。限界を求めすぎた……」


 やっぱりわざとかこの人!

 てか、喋る余裕があるなら飲めよ!


 俺は溜息さんにグイグイと薬を押し付ける。

 しかし溜息さんは口を真一文字に結んで開かない。

 もしかしてこの人……飲みたくないだけとか、ないよな?


「なんで飲まないんですか!? 不味そうだとか言わないでくださいね!」


「不味そうだ。そんなもの私は飲めない」


 くそ!そうだと思ったよ!

 つーかこの人実はけっこう余裕なんじゃ?

 いやいや、そんなはずはない。ポイズンバタフライの鱗粉を少量でも俺は死にかけたのに。


 実際溜息さんの息は荒いし脈も早い。

 なのになんでこんなに余裕あるんだ。

 溜息さんパワーで飲まなくても助かるってことはないよな?


 ない。

 飲ませた方が絶対にいい。

 死にかけてるのに何なんだ本当に。


「お願いだから飲んでください!」


「飲まない」


「……。

 そうですか、なら……」


 こっちにも考えがあるぞ。


 俺はドロドロの解毒薬を自らの口に含み、そのまま溜息さんの口に俺の口を重ねた。


 そう、口移しだ。

 これで無理やり飲ませてやる。

 後で怒られたらそれはもう仕方ない。


 ああ、俺のファーストキス……。

 なんたってこんな……。溜息さんもファーストキスだったりするんだろうか。

 はぁ……。


 結構ロマンチストなのだ。


「んぅ……ふ……!」


 目を瞑って口を真一文字に結んでいた溜息さんだったが、俺の口移しに驚いて目を見開く。

 ビクンと驚いた体と、脈動を早める心音。

 溜息さんの唇は暖かくて柔らかい。

 吐き気がするほどの苦さと口の中の流動体がすべてを台無しにしているけど。


「ん……ぅぅん……」


 溜息さんの鼻息が頬をくすぐる。

 抵抗こそしないものの、一向に解毒薬を受け入れる気配がない。

 そっちがその気なら俺もとことん付き合おうじゃないか。

 解毒薬が苦いだけでそれ以外はご褒美みたいなもんなんだから。



 しばらくすると、いつまで経っても諦めない俺に、溜息さんが折れた。

 苦い解毒薬を受け入れ、飲み込み始める。


 注入……って言い方も少し気持ち悪いが、とりあえず口の中の解毒薬を全部注入すると、俺は口を離した。


「……ハァ、……ハァ……お前」


「あと2口分はありますよ! 失礼します!」


「んぅ……!」


 もうやけくそである。

 俺はもう一度口移しで溜息さんに解毒薬を飲ませる。

 溜息さん目を閉じて顔を歪めながらそれを飲み干す。


「ハァ……、ハァ……。

 分かった、私が悪かった……。だからもっとゆっくり……、ゆっくり飲ませてくれ……」


 溜息さんの顔は発熱で赤い。

 心臓もこれでもかってくらい激しく脈打ってる。

 重症じゃないか。

 早く飲ませないと。


 再び口移しを迫る俺。


「……待て死音。待ってくれ……」


「なんですか?」


「……恥ずかしいから、お前も目は閉じてくれ……」


「分かりました」


 なんて嘘だ。

 溜息さんの可愛い顔をここまで至近距離で見ることができるのはおそらくこれが最初で最後だ。

 見逃す手はない。


 俺は最後の一口を口に含み、溜息さんに薄く目を開けたまま口づけをする。溜息さんは目を瞑むってそれを受け入れた。

 ゆっくりと言われたのでゆっくりと口の中の解毒薬を溜息さんに流し込む。


 溜息さんは解毒薬をゆっくり飲み込んでいたのだが、何を思ったのか俺の背に手を回してきた。

 単に体を支えられなくなっただけだろうか。こんなシチュエーションのせいで、ロマンチックでもなんでもない。

 

 やがて口の中の流動体が全て溜息さんに移ると、俺は顔を離した。

 溜息さんは力尽きたようにばたりと体を倒す。


「死音……お前……。やってくれるな……」


 テントの屋根をぼやけた視線でみつめながら溜息さんは言う。

 相変わらず顔は赤いし脈も早い。すぐに解毒できるわけじゃないからな。


「すいませんでした。でもあとは体を温めて安静にするだけです。

 汗めちゃくちゃかくと思うからダッシュで水汲んで来ます。体ももっと温くしないと」


「分かった……」



ーーー



 一段落して、溜息さんの熱は下がってきた。

 すごい汗をかくので俺がつきっきりで汗を拭いてあげる。体は怒られるので首筋と顔の汗だけだ。


 汗もまた二時間くらいでやがて止まり、少しだけ元気になった溜息さんには着替えてもらった。

 もちろん俺が着替えを拝める事はなかった。テントの外だ。



 次は発汗とヒイラギ草の副作用による寒気が症状に出てきたので、溜息さんには寝袋に入ってもらう。

 予め持ってきておいた俺の着替え等もできるだけ着てもらって、完全装備だ。


 そんなこんなでもう夜。

 多くの魔獣が活発になりだす時間帯だ。

 ここで俺は辺りに警戒しなくてはならない。

 テントは枯葉や葉っぱでカモフラージュしたので、魔獣が近づいてきても襲われることは無いと思う。明かりもつけてないし。

 でも警戒に越したことはない。 


「寒いな。寒すぎる」


 テントの端で身を縮め、辺りを警戒していると、溜息さんがそう呟いた。


 あんなに着込んだのにまだ寒いのか。

 砂漠地帯の夜だから冷え込むってのはあるけど、ヒイラギ草の副作用が結構でかいみたいだ。

 配分多すぎたかな。直に寒気も消えると思うけど。


「死音」


「はい」


「寒いからこっちに来い」


「はい?」


「お前も入ってこい」


「寝袋の中にですか? 二人はきついでしょ」


「詰めれば入る。来い」


「えぇ……」


 それはあんまり乗り気じゃないな。

 だって俺には溜息さんが寝てるベッドにこっそり忍び込むという目標があるのだから。


 真っ暗で溜息さんの顔は見えない。


「早く来い」


「わかりましたよ」


 俺は溜息さんの元まで屈んで進む。


「入れ。見えるか?」


「見えません」


「ここだ」


「あー、分かります。って、これ入れないでしょ。

 一人用に二人は無理ですよ」


「入れる。早くしろ。寒い」



 なんとか寝袋の中に入ると、寝袋の中はぱんぱんで、俺と溜息さんはこれでもかってくらい密着していた。寝返りなんて絶対に打てない。


 溜息さんの柔らかい体が絡みつくようで気持ちいい。

 めちゃくちゃ暖かいし。汗で少し湿ってるけど。


「お前温いな。良い抱きまくらだ」


「熱いくらいですけどね」


 溜息さんに軽く抱きしめられて、俺は滾る海綿体を抑えるのに必死だ。

 溜息さんの抱きまくらになら喜んでなりたい。



「……死音、お前随分と簡単に私に口移しをしたが、そういう経験はあるのか?」


「ないですよ。ファーストキスだったんですから」


 ノーカンにしたいところだ、アレは。


「そうなのか。私もだ。

 いや、人工呼吸なら何度かしたことがある。

 女とだが」


 溜息さんはあんまり男っけのない人生を歩んできたらしい。

 まあ怖いからな、溜息さん。

 俺はなぜかすぐに打ち解けることができて、怖いのは怖いけどもうそんな感じじゃない。


「ファーストキスをよく私に捧げる気になったな」


「緊急事態でしたからね。そうじゃなくてもご褒美みたいなもんですよ」


「……もしかしてお前、私のことが好きなのか?」


「え? そりゃあもちろん大好きですよ?」


 色々教えてくれるし、たまに優しいし、美人だし。

 死と隣合わせを強要させられるけど、本当にいい師匠だと思う。


「そうか、大好きか……」


 心なしか溜息さんの抱きしめる力が強まった。


「寝ることにする」


「わかりました。おやすみなさい」


 俺は眠れない。外を警戒しないといけないからな。

 こんなに温かくて気持ちいいというのに眠れないのはなかなかの拷問だ。


 しばらくすると、溜息さんから寝息が聞こえてきた。

 俺を抱きしめたまま眠っている。


 俺は何とか寝返りを打って、仰向けになる。

 そして眠っている溜息さんのおっぱいをいくらか揉ませてもらった。


 今日の看病代と迷惑料だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おや、師匠の好感度が一定値を超えるかもしれない。 自衛軍所属のイケメンエリートハーレム鈍感羨ま野郎に負けないハーレムが出来るのか⁉︎ [一言] 最後のもみもみ草ァ‼︎
[良い点] この溜息さん回が1番好き。溜息さんかわいい。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ