苦しみの重圧
第3ステップのサバイバルはまた高難度なものになりそうだ。
溜息さんと一緒にサバイバル。そのことにテンションが上がっていた俺だったが、どうやらこのサバイバルにおいて溜息さんは足枷にしかならないらしい。
というのは、溜息さんを守りながらサバイバルをする、というのが第3ステップの修行の内容だからだ。
溜息さんは、このサバイバルでは一切の能力を使わず、完全にoffにして挑むらしい。
か弱い女の子と化した溜息さんを守りながらサバイバル。
これってなかなかキツイんじゃないだろうか。
溜息さんがだるそうにしてる時は、地球の重力を普通に受けている時らしい。
すでにoffにしてるみたいで気だるそうな溜息さんを見て、俺は思わずため息をついた。
俺も修行の疲れで日に日に体が重くなる一方だし、溜息さんを守りながらのサバイバルとか無茶すぎる。
てっきり守ってもらえるとか思ってた俺は馬鹿だった。
やっぱり溜息さんの考えることだった。ホントろくなことがない。
「サバイバルは9日間行う。
私は完全に足手まといになるから守り切れ」
「足手まといって、どれくらいの足手まといになるつもりなんですか?」
「食事を与えられなければ餓死するつもりだし、魔獣に襲われれば抵抗なく食われるつもりだ。
全力で足手まといになる」
えーっと……、何考えてんだこの人。
赤ちゃんかよ。
俺の唖然を無視して溜息さんは続ける。
「今回のサバイバルでは、自分のことだけではなく、私の事も考えてもらう。
気にかける範囲を増やすことによって、お前の集中力、反射神経、動体視力を磨くわけだ」
「えぇ……。もっと違うやり方ないんですか?」
それならまだ溜息さんにひたすらいたぶられ続けるとかの方がいい。
それはそれでキツイんだろうけど、溜息さんが足手まといになるって言うんだから本当に足手まといになるつもりなんだろうなぁ……。
乗り切れる自信がない。
「お前が命をかけてるんだから、私も命をかけて修行に付き合うのが道理だろう?」
なんの道理だ。
そもそも死なないために修行するわけなのに、修行で命を落とす危険があるって本末転倒な気がする……。
リハーサルの意味あるのか。
……まあそんな文句を溜息さんが聞いてくれるわけもなく、俺達はすでに北の樹海に到着していた。
例の図鑑によると、北の樹海は湖のほとりの近くに凶暴な奴らが集まるらしい。
だから俺はほとりから少し離れたところにテントを張った。
四人用のそれなりに大きいテントだ。キャンプハウスにはこれしかなかった。
テントなんて贅沢、溜息さんは許してくれないかと思ったけど、すべての荷物を自分で運ぶ代わりに、何を持っていっても良いということになった。
俺が持っていった荷物は、前に持ってった荷物一式と、ありったけの携帯食料、空のペットボトル、テント、寝袋だ。
北の樹海までの道のりでは、俺は合計20kgのかさばった荷物を運びながら歩くことになったが致し方ない。
運が良かったのか、それとも俺がうまく回避したからか、道中魔獣との交戦はなかった。
苦労した分だけあって、食料もしばらく困らない。これだけあれば5日は持つだろう。
今回のサバイバルでは俺にも考えがある。
食料はOK。水も近くの湧き水を汲んでこればいい。
そして魔獣の接近は俺の索敵能力があれば簡単に察知できる。
つまり、これで5日はテントの中に引きこもってられるわけだ。
というわけで、溜息さんはテントの中に居てもらうことにして、俺はまず水を汲んでくることにした。
最初の10日でお世話になった今やボロボロのリュックを片手に、俺はテントを出る。
湧き水はここに来るときに見つけたので、難なくそこまで辿り着くことができた。
音で魔獣の位置は完全に把握しているので、鉢合わせることはない。
空のペットボトルに水を汲み終えると、俺はテントへと帰る。
あとは5日間テントに引きこもるだけ。
溜息さんとテントの中で世間話でもしながらダラダラと携帯食料でも食べて、のんびりとした5日間を過ごす。
俺もそう毎回命の危険のある修行を馬鹿正直にやるほど真面目じゃないのだ。
そもそも、サバイバルなわけだ。
サヴァイヴ。そう、生き残る。
溜息さんは特に俺に課題を与えた訳じゃないから、俺はいくらでも工夫してこの修行をイージーにすることができる。
強くなりたい。その気持ちはもちろんある。
だけど今回は溜息さんの設定ミスだな。
俺にテント等を運ばせたのは失敗だった。
高難度鬼の修行かと思われたが、今回ら難なく終えることができそうだ。
そんなことを考えながらテントに戻ると、そこには携帯食料を食い散らかす溜息さんがいた。
「何してるんですか!?」
「腹が減ったから飯を食っている」
そう言った溜息さんの近くには空になった缶詰の缶が5、6個転がっていた。
嘘だろ? このペースで食われたら3日も持たない。
俺は溜息さんを睨む。
溜息さんは眉を額に寄せながら再び口に缶詰の中身を詰め始めた。
この人……、むりやり食ってやがる……。
くそ、俺を困らせるためだ。修行の難易度は下げさせてくれないらしい。
「やめてください太りますよ!」
「そこらの女と一緒にするな。私は動く」
溜息さんの手は止まらない。
この人……! せっかく俺が苦労して持ってきた食料を!
言ってやる……!
俺だってもう溜息さんにやり返せない訳じゃない……!
憎まれ口のひとつくらい言える。
「ふ、太っちまえグータラデブ!」
俺が吐いた暴言に溜息さんは俊敏に反応した。
俺も即座に逃げようとしたが、あえなく捕まる。
テントの中で足をかけられた俺はそのまま転がり、溜息さんはその上に跨がった。
「すいませんごめんなさい調子乗りました」
こうなると俺はもう謝ることしかできない。能力が無くても溜息さんは普通に強いことを忘れていた。
「私はデブじゃない」
俺の頭にゴツンという音が響く。
結構強い。
ーーー
さて、食料はもう無い物と考えることにした。溜息さんが全部食べてしまうだろうから。
そして溜息さんはテントの中でじっとしててくれる訳じゃないらしい。
外の空気を吸いたいだとか新鮮な水が飲みたいだとか太陽の光を浴びたいだとか色んな理由でテントから抜け出す。
どうやら本格的に俺の足を引っ張っるつもりらしい。
溜息さんがテントの外に出たらそれはもうすごい警戒しなければならない。
さっき一度魔獣が現れたんだが、その時の溜息さんは本当に何もしなかった。
俺が慌てて音で追い払わなければ溜息さんは今頃魔獣の胃袋で消化されていたことだろう。
それを見てとうとう俺は溜息さんが本気で足を引っ張りに来てるのを理解した。
自分の命を守る必要最低限のことはするだろうと思っていたけど、それすらせずに命をかけて足手まといになりにかかってる。
このサバイバルにおける敵は暗闇に牙を剥く魔獣ではなく、溜息さんのようだ。
どれだけ溜息さんに意識をおきつつ、自分の身を守ることができるか。
それが俺の課題らしい。
まだこの修行を開始して少ししか経っていないけど、俺はロールにすごい迷惑をかけていたらしい。
擬似的とはいえ守る立場になって分かった。
自分以外にも意識を置くのは大変なことだ。
修行は今のところは問題はない。
ちゃんと辺りに集中して、接近してきた魔獣をいち早く追い払えば溜息さんに危害が加わることはない。
9日間ずっと気を張っていなくちゃならないけど、まあこれくらいならまだやれる範囲だ。
溜息さんが自ら何かしてこない限りはもう型にはまってる。
そう思っていた俺は甘かった。
溜息さんが倒れたのだ。
ポイズンバタフライという虫がいる。
そいつの毒鱗粉を吸ってしまうと、たちまち熱が出て、一日もすれば死に至るという厄介な虫だ。
俺も一度こいつにやられた。
そんなポイズンバタフライの毒鱗粉を、溜息さんは吸ってしまった。




