無垢なる重圧
魔獣には大きく分けて2つの種類分けがされている。
一つは”通常種”
これは一般人でも簡単に倒せる魔獣から、隊を組んで挑まなければならない魔獣までピンキリだ。
通常種はここからさらに細かい種分けがある。この樹海に住む魔獣は基本的に通常種だ。
そしてもう一つが”竜種”
名の通り竜を体現した魔獣だ。
こちらも危険度はピンキリだが、基本的に凶暴かつ害のある魔獣が多い。
前にロールと倒した葬竜や、刃竜などが竜種だ。
……さて、例外として、このどちらにも当てはまらない魔獣がいる。
それが”神話級”。
これの強さもピンキリである。
人間に害を及ぼさない神話級も多い。
が、皆等しく神話に名を残す程度にはやばい魔獣だ。並の通常種や竜種とは、まず比較にならない。
もちろん個体数も少ない。
俺は静かに戦慄していた。
唐突に目の前に現れた圧倒的な上位個体は、いつか本で読んだことのある魔獣、神話級だった。
獅子の下半身と、鷲の上半身を構え、鋭い眼球が俺を捉えている。
背中には闇夜に紛れる漆黒の双翼。
その体格は俺の5倍はある。
グリフォンだ。
グリフォンは尻尾をゆらゆらと揺らめかし、俺をあらゆる角度から覗き込む。
圧倒的威圧感。
俺は立ち尽くしていた。
溜息さんの重力結界を簡単に突き破ってきた時点で、俺が敵わない相手なのは分かった。
そもそも限界近くまで削ったこの体力では何も出来ない。
瞬時に下した判断は、溜息さんに助けを求める、だった。
「た……ぁ……!」
口を開いた時点で気づく、声が出ないことに。
体力がほとんど限界に近いから?
違う。
威圧感だ。
グリフォンが目の前に存在しているという事実だけが、俺を圧倒している。
気づけば俺はへたり込んでいた。
これは体力が底をつきかけているのも起因しているはずだ。
威圧感はきっかけ。
身体に力が入らない。
グリフォンはのそのそと俺の元まで歩み寄ってくる。
逃げないと……!
思考とは逆に体は動かない。
動け……!
動け!
俺に掛けられた威圧と言う名の鍵は唐突に解けた。
パチンという音を立て、体の何かが弾けるのと同時に俺は走り出す。
が、気づけば俺は重力結界を突き抜け、巨木の幹に押さえつけられていた。
背中に衝撃が走り、後頭部が幹に叩きつけられる。
打ち付けられた背中が痛い。グラグラと視界が揺れている。
『ギャァァァァァァ!!』
グリフォンが咆哮をかますと、くちばしの間から喉の奥が見えた。鷲の顔が目の前にある。
グリフォンの爪が幹に食い込んでいくのと共に俺の体は締め付けられる。
「ぐ、ぐぁ……」
10日間サバイバルした時は、こんな危機的状況に陥ってもくぐり抜けてきた。
だけど今回だけは違う。
無理だ。
神話級となると偶然でも生き延びる手段はない。
……いや、諦めるな!
今回も同じだ。
サバイバルで切り抜けてきた危機的状況となんら変わりはない。
俺は片方だけ自由な手でホルダーからナイフを取り出し、思いっきりグリフォンの腕に突き立てた。
が、ナイフは浅く刺さっただけでそれ以上は進まなかった。
グリフォンは微動だにせず、俺をギリギリと押し付ける。
苦しい。潰されそうだ。
能力はギリギリまだ使える。
せめて追い払うくらいの音なら出せる。
しかしここは重力結界の外。
ここで力尽きると結果的に死ぬ。
だがその前に死んでも意味がない。
もうこれは力を振り絞って賭けるしかない……!
俺は潰されそうな中、なんとか空気を吸い込み……そして音を増幅させて叫んだ。
「た、助けて溜息さん!!!」
俺の声が樹海に響き渡り反響する。
少し怯みこそしたものの、結果的に俺の音はグリフォンには効かなかった。
死んだ。
そう思ったが、グリフォンは俺を押さえつけている手を離し、ゆっくりと後ろを振り返った。
巨木に押さえ付けられていた俺は地面に落下し、そのまま力なく横たわる。
次の瞬間だった。
最初に俺の視界に映ったのは、視界の外へと吹っ飛ぶグリフォン。
次に映ったのが黒い髪を靡かせて、鮮やかに着地した溜息さんだった。
溜息さんは倒れた俺を見て駆け寄ってくる。
「怪我は?」
「……溜、息さん、来てくれたん、ですね……。さすが、師匠……」
「簡潔に答えろ。どこが痛む?」
「大きな、怪我は、して……ません。たぶん……」
「そうか。良かった……」
ふうと息をつくと、俺の側に屈んでいた溜息さんは立ち上がる。
そして暗闇の向こうをキッと睨んだ。
「そこにいろ。すぐ戻る」
それだけ言うと、溜息さんは闇夜に向けて歩き出した。
嘘だろ? あれと戦うつもりなのか?
溜息さんがグリフォンを追って闇夜に紛れた後、樹海のあちらこちらで轟音が響いた。
あっちで響いたと思えば次は後ろ、後ろで響いたと思えば次は上。
どんな激しい戦いが繰り広げられているのだろうか、てんで想像がつかない。
何本かの巨木がミシミシと音を立てて倒れていく。
そしてやがて轟音は鳴り止むと、樹海の奥から息一つ乱していない溜息さんが戻ってきた。
「グリフォンの肉は不味いから残してない。
だが爪は良い素材になる。明日の朝拾いに行くか」
やっぱり倒してきたのか。
すげぇ師匠。惚れそう。
「グリフォンにじゃれつかれるとはな。よく生きてる」
じゃれつかれてただけかよあれ。迷惑なやつだな。
溜息さんは俺を抱きかかえると、ゆっくりとキャンプハウスに向けて歩き出す。
俺は溜息さんの肩にぐったりと頭を乗せて目を瞑る。体が密着して暖かい。
目を少しだけ開くと目の前に髪の毛があったので匂いを嗅いでおいた。
うん、いい匂いだ。
ーーー
満身創痍の状態で修行は続行された。
体中の傷には薬を塗り込まれ、一晩休まされると修行は再開だ。
相変わらず重い体と少しだけ回復した体力を駆使して俺の修行は続いた。
それから2日経つと、on-offはある程度できるようになって、後は慣れるだけなので次のステップに進むことになった。
「第三ステップではお前の動体視力、反射神経を限界まで鍛える」
だそうだ。
第三ステップではこれの動体視力と反射神経を限界まで鍛えるらしい。
「お前はあらゆる音を察知できるが、察知した後が遅い。
脳の認識があって、判断と対処を早くできる能力。
これが足りていない。
誰より早く音を聞けても反応できなければ意味がないだろう」
「なるほど」
サバイバルで結構鍛えられたと思ってたんだけど、やっぱりまだ足りてないか。
でも、どうやって鍛えるんだろうか。
動体視力の鍛え方として、すれ違う車のナンバーを瞬時に覚えるとかはよく聞くな。
動くものを見続けるんだろうか?
「動く溜息さんを見続ける修行とかなら嬉しいんですけどね。
それだったら溜息さん可愛いからやる気も出ますし」
「……そんな鍛え方はしない」
またちょっと照れてる。かわいい。
あれから俺はちょくちょく溜息さんをこうしてつついてる。どうやら溜息さんは美人とか綺麗って言われるより可愛いって言われた方が嬉しいみたいだ。
普段修行で辛い目にあってるからこれくらいいいよな?
「じゃあどうやって鍛えるんですか?」
「お前にはまたサバイバルをしてもらう」
「……、嘘ですよね?」
俺は絶望する。
「ただし、今度は私も一緒だ」
「え!?」
マジで!? やった!
「お前が飛んだ西の樹海は比較的弱い個体の魔獣が固まって生息している。
次ははそれなりに骨のある魔獣が多い北の樹海に行く」
「えぇ……」
修行終了まで15日。まだまだ修行は長い。




