恥じらいの重圧
サバイバル編を書くと言ったな。あれは嘘だ。
嘘です。書いてます。前話と前々話の間にいつのまにか挟まってるかもしれません。
俺の目標が変わった。
それは溜息さんに褒めてもらうことと、溜息さんを笑わせることだ。
修行が終わるまでに溜息さんのベッドに潜り込むというサブ目標もある。
ふざけているわけではない。
この過程の間に強くなるという本題が含まれているのだ。
つまり、俺は本来の目的の更に上の目標を立てているのだ。
あの後丸一日休ませてもらった俺は、修行を再開していた。
休ませてもらったとは言っても、キャンプハウスには入れてもらえず寝袋で一夜を過ごした訳だが、溜息さんが”重力結界”を展開してくれたので久しぶりにマトモな睡眠を取ることができた。
しかしまだまだ疲れがたまっているようで、体が果てしなく重い。
あとお風呂も入った。
溜息さんが沸かしてくれたのだ。
全身の傷が染みて痛みに耐える地獄の湯だったが、体の汚れが取れてさっぱりした。
ボロボロになった俺のタキシードは捨てられて、同じサイズの換えがキャンプハウスにあったので、今はそれを着ている。
さて、俺の修行は次のステップに進んでいる。
第二ステップは溜息さんの質問から始まった。
能力のことだ。
音をどこまで聞けるのか、どれくらいの音を出せるのか、10日間で出来るようになったことはあるか、とか。
音をどこまで聞けるのか、どれくらい出せるのか、という質問に対しては、俺もよく分かっていないので大雑把な回答になった。
音は本当になんでも聞こえる。
どれくらい音を出せるかは俺にもちょっとわかってない。衝撃波が生まれるくらいすごく大きい音を出せるとしか答えられなかった。
そして10日間で何が出来るようになったか。
この質問には俺もドヤ顔で答えるのを禁じ得ない。
そう、なんとこの俺、いつの間にか肌で音を感じられるようになったのだ。
聴覚が封じられている今、それくらいできないとサバイバルを生き残れなかったというのが大きい。
とにかく、肌で音を感じられるようになったことを溜息さんは褒めてくれた。
これだけで気配の察知は容易だからな。
そしていくつか質問に答え終えた後、溜息さんが出した第二ステップの修行の目標は「能力のon-offを出来るようになること」だった。
俺のような常時発動がデフォになっている能力のことを、常駐能力というらしい。
常駐能力は、本人は気づかないが体に対する負担があるらしく、on-offが出来ないままだと寿命を縮めるらしい。
だが鍛えれば基本的にon-offが出来るようになるようだ。
offの状態になれば、能力を持たない人間の状態になれる。
on-offが出来るようになると、コストパフォーマンスが良くなり、能力の質も上がるらしい。
「で、具体的にはどうすればそのon-offができるようになるんですか?」
「慣れ、だ。時間をかけて、段々と能力の切り替えができるようになる。
だが、お前の場合は少し違った方法でon-offをマスターしてもらう。三日以内にな」
少し違った方法。
溜息さんのことだからまた俺に無茶な要求をしてくるんだ。
三日以内にマスターさせようとしてる時点でそうじゃないか。
俺が警戒していると、溜息さんはキャンプハウスの中から取り出してきたマットを地面に引いて、そこに正座した。
「靴を脱いでこっちに来い」
何をするつもりなんだ?
何をしでかすつもりなんだ?
警戒しつつも溜息さんの命令は絶対なので、俺は従った。
「ここに寝転がれ」
俺がマットの上に移動すると、溜息さんはちょいちょいと自分の膝を指して言った。
驚愕。
「膝枕!?」
「うるさい。早くしろ」
「はい」
え? え?
なんで? なんで膝枕?
俺は混乱しつつもその太ももの上に頭を乗せ、マットに体を横にした。
ドキドキと胸の高鳴りを感じる。
一体何をされるんだろうか。
そう思って眼前の溜息さんのお腹あたりを凝視していると、俺の耳に何かトロッとした物が流された。
そして俺の耳の異物感が取り除かれる。
そう、耳栓を外してくれたのだ。
「おお!」
急にスッキリと聴覚が戻って俺は思わず声を上げた。
すごい。
めちゃくちゃ音がクリアに聞き取れる。
「ついでに耳掃除もしておいてやる」
「え!? マジっすか!?」
「うるさい」
なんなんだ。何が目的なんだ溜息さん!
唐突に始まった耳掃除に俺のテンションはあがる。
しかもこれ、気持ちいい。
……。
あれ? やばい……。
眠くなってきた……。
「起きろ」
べシンと結構強く頬を叩かれて俺の意識は覚醒した。
口元のヨダレを吹く。
そこで溜息さんのズボンに俺のよだれが少し垂れてしまっていることに気づいた。
「す、すいません。ヨダレが……」
「はぁ……。
いいから逆向け」
言われて寝返りをうつ。
そして反対の耳栓をとってもらって耳掃除もすると、一時の至福は終わった。
名残惜しい溜息さんの太ももに別れを告げて俺は立ちあがる。
すげえ。音が何でも聞こえる。
溜息さんの心音。木々がざわめく音。空高くを飛ぶ鳥の羽ばたく音。
魔獣の鳴き声。
大地の脈動。
「本当なら一ヶ月間ずっと着けさせるつもりだったが、もう必要ないだろう」
「これでどうするんですか?」
正直必要ないからといって外す必要もなかった。
一応外したのには意味があるはずだ。
「とりあえず、能力を限界まで使ってもらう」
「なるほど。
むりやり能力をoffの状態にするんですね。
無理です」
俺が背を向けて逃げ出して、速攻で溜息さんに捕まるという一連の動作が一瞬で行われる。
「逃げるな」
「ほんとに死んでしまいますって。
能力を限界まで使うのは死ぬ可能性があるから気をつけろってロールに教わりましたもん」
「関係ない。やれ」
「俺が死んだらどうするんですか?
元も子もないですよね?
第二ステップは時間をかける方向で行きましょう」
「死んだら困る。だから死ぬな」
この人無茶苦茶言ってる!
「お前ならできると信じている」
……。
クソ……、そんな目で見られると困る。
期待を裏切れないじゃないか。
「分かりましたよもう……。やればいいんでしょ?」
「良い子だ。それでいい」
そう言って溜息さんは少し微笑み、俺の頭を撫でた。
こういう表情仕草をいきなりされるとドキッとするからやめてほしい。
溜息さんの笑顔って、まだ二回しか見てないな。
もう溜息さんの仏頂面には慣れて、結構優しい人だってことも知ったけどやっぱりもっと笑ってほしい。
笑顔を褒めると良く笑ってくれるようになる。
俺の親友のイケメンはいつかそんなことを言っていたな。
イケメンの特殊能力だろうけど……。
よし、俺もちょっとやってみよう。
褒められて悪い気にはならないはずだ。
「溜息さんって、笑うとめちゃくちゃ可愛いですよね。全然笑わないけど」
「……、……そうか?」
……あれ? ちょっと照れてないかこれ?
俺は溜息さんの目がほんの一瞬だけ、確かにほんの一瞬だけキョドったのを見逃さなかった。
「溜息さんは美人だからもっと笑った方がいいと思うんですよね。
せっかくの美人が勿体ないっていうか……。
というか、ずっと思ってたんですけど髪めちゃめちゃサラサラですね」
いけると思った俺はさらに押す。
そして溜息さんの心音に耳を傾けると、ちょっとだけ鼓動が早くなってた。
顔を見ると、少しだけ耳が赤い。
これはやはり……照れている……!
てか……、この人褒められるのに弱い感じの人だ!
でもそうだな。
溜息さんが結構優しい人だってことはAnonymous内でもあまり知られてなさそうだし、あんまり人と会話自体してなさそうだ。
ロールですら少し距離があるような言い草だったくらいだし。
「あんまり……、からかわないでくれ……」
耐えられないと言った様子で俺から目を逸らした溜息さん。
意外な一面。
褒め言葉もクールビューティーに受け流すイメージだったが、そんな可愛いところがあったのか。
溜息さんの思わぬ弱点を見つけて俺の修行のモチベーションは上がった。
頑張ろう。




