優しい重圧
修行編短縮のためサバイバルをカットします。
読みたかった!という方は感想で教えてください。
ーーー
ーー
ー
10日間の時を経て、俺はあのキャンプハウスへと帰ってきていた。
服装なんかはもう浮浪者となんら変わりないものになっている。
体中どろどろで、変わり果てた姿だ。
やっと。
やっと、だ。
やっと帰ってこれた。
本当に長かった……。
地獄のような10日間だった。
俺は涙ながらに10日間の出来事を振り返る。
思えばジムキングスパイダーに追われて方位磁石を落としてしまったところから始まり、それからなんとか逃げ切ったと思えば本来砂漠にしか生息しないはずのサンドワームの巣に引きずり込まれそうになったり、甘い匂いに誘われてデビルプラントの餌になりかけたり、フラッシュモンキーにリュックを盗まれ、取り返したかと思えばポイズンバタフライの鱗粉を吸い込んでしまって解毒薬の調合をするはめになったり、カッターバードに体中を切り裂かれ、ズタズタに切り裂かれた傷を激痛に耐えながら自分で縫ったり、泥沼にハマって溺れかけたり、ホワイトブラッドバッドがうじゃうじゃいる洞窟の中で息を潜めて寝たり……、魔獣の死肉を喰らったり、サウザンドゴリラとドラミングで威嚇の攻防を繰り広げたり、人食いカンガルーに頬をなめられたり、サンダーフィッシュに感電死させられそうになったり、バサラスネークに丸呑みにされたり……。
死にかけた数を数えるとキリがない。
そんな決死の10日間を語ってしまえば、一体文庫本何冊になってしまうことやら……。
本当によく生きて帰ってこれたな、俺。
誰か俺を褒めてくれ。
……さて、こんな偉業を成し遂げた俺にはご褒美が必要だとは思わないか?
俺は必要だと思う。
俺は、俺がこうして帰ってくることができたのは、運が良かっただけじゃないと思ってる。
精神論。
目標があったのだ。
サバイバル当初の目標は、無事帰還して溜息さんの風呂を覗く、だった。
しかし、そのうちそれじゃ割に合わない気がしてきて、俺の目標はどんどん上方修正されていった。
そして行き着いた先は、無事帰還して溜息さんのあの豊満な胸を揉む、という目標である。
ボコボコにされる覚悟ありきだ。
もうこれくらいの仕返しをしないと俺の心は耐えられない。
俺はそんな熱い執念を燃やしながらずんずんとキャンプハウスに近づいていく。
まだ朝方。
鳥がチュンチュン言い出すくらいの時間だ。
もしかすると溜息さんは寝ているかもしれない。
そうだ。それなら寝込みを襲えばいい。
寝込みのおっぱいを揉んでやるんだ。
現在俺の頭は煩悩で埋め尽くされている。
それだけを希望に俺は地獄のサバイバルを生き延びてきたんだ。
俺は音を完全に消してキャンプハウスのドアノブを捻ろうとする。
しかし、ドアノブに触れた瞬間俺はドアの向こうの気配に気づいた。
それとほぼ同時に、ドアが俺目掛けて勢い良く開く。俺はそれを素早く後方にバックステップして躱した。
そして身構える。
開かれたドアの向こうに立っていたのは溜息さんだった。
ボサボサの髪、寝起きの姿で溜息さんはそこにいる。
そして俺の姿を見て口を開いた。
「……10日か。随分と遅かったな。
どこをほっつき歩いてたんだ」
どこほっつき歩いてただって?
アンタのせいだろ!
俺の中に沸々と怒りが込み上げてくる。
なんてったって地獄に落とされたんだからな。
「……聞きたいですか?
俺がどれだけ辛い目にあったか!」
「いや、いい。確かめさせてもらう」
そう言って、溜息さんはおもむろに俺に向けてナイフを投擲してきた。
俺はそれを少し身を避けるだけで躱し、ずんずんと溜息さんの元へ進んでゆく。
「ほう」
遊んでいる場合ではないのだ。
とんでもない目にあったんだぞ。見返りのひとつくらい必要だろう!
俺は目を血走らせてずんずんと進む。
溜息さんは懐からナイフを取り出してまたも投擲してきた。
俺は即座に相棒のサバイバルナイフを腰から抜き、迫るナイフを撃ち落とす。
それを追うように次々と飛来してきたナイフを全て撃ち落とすと、俺は更に前進した。
が、その次に放たれたナイフが予想外の重さで、俺はサバイバルナイフを弾いてしまう。
とっさに後方に下がる。
得物なしでの接近は危険だ。
距離が開いて、その隙に次々と飛んでくる投擲ナイフ。
ナイフは回転しながら俺の急所を確実に狙う。
だが俺はその投擲間隔の隙間を縫い、それらを紙一重で躱していった。
そこでやっと気づく。
あれ? なんでこんなの躱せてるんだ俺。
ナイフが遅い?
いや、錯覚だ。飛んでくるナイフはちゃんとめちゃくちゃ速い。
そうか。分かるんだ……。
どうすれば攻撃を回避することができるかが。
それに気づいた時、丁度溜息さんの投擲が終わった。
どうやら弾切れらしい。
溜息さんは地を蹴って俺に急接近する。
そして俺の右側に踏み込み、視界の外から拳を繰り出してきた。
「ふっ!」
俺は身をそらしてそれを避けると、そのままバク転し、溜息さんから距離を取る。
そして溜息さんを睨んだ。
「……!」
そこで俺は驚愕した。
なぜならば、溜息さんが嬉しそうに笑っているからだ。
そう、笑顔である。
なんだあの無邪気な笑顔……。
仏頂面でだるそうな表情の溜息さんしか知らない俺は、溜息さんのその表情に戸惑いを隠せなかった。
ていうか……、笑うとめちゃくちゃ可愛いじゃないか溜息さん……!
だが、どうやらそんなことを考えている場合ではないらしい。
溜息さんがトンと地面を蹴ると、地面に落ちたナイフがふわりと宙に浮いた。
数は12本。
全てのナイフは溜息さんに吸い寄せられるように集まり、やがて綺麗に整列して溜息さんの両手に収まった。
また投擲してくるのだろうか。
そう思って身構えていると、溜息さんはナイフを仕舞ってゆっくりと俺の元まで近づいてきた。
そして、やがて目の前まで来た溜息さんは右手を振り上げ…………俺の頭を、優しく撫でた。
「へ?」
思わず俺はまぬけな声を出してしまう。
「すごいぞ死音。凄い成長だ。
こんなに成長して帰ってくるとは思わなかった。
素晴らしい成果だ」
予想外の溜息さんの行動に戸惑っている。
あれ? あれ?
なんだこれ……。
なんか……、すごい嬉しい。
もし俺が犬ならば、尻尾を振り回して溜息さんの周りを駆け回ってることだろう。
なんでこんなに嬉しいんだ。
「……でしょう? めちゃくちゃ頑張ったんですよ俺」
にやけそうになるのを堪えながら俺はそう言った。
もっと褒めてほしい。なでなでしてほしい。
何なんだ溜息さんのこの魔力は。
俺は当初の目的を見失って、どうしていいか分からず視線をキョロキョロさせる。
すると、次に溜息さんは俺を優しく抱きしめた。
「……!?」
またも驚愕。
何が起きているというんだ。
「な、なにを?」
「辛かっただろう。
よく頑張ったな、死音。
私ももしかすると死んでしまったんじゃないだろうかと心配していた」
「……」
10日間の辛い出来事を思いだす。
くそ、今そんな優しい言葉をかけられると涙が……。
「今日はゆっくり体を休めろ」
優しく髪を撫でられ、俺は溜息さんの胸の中で段々と微睡んでいく。
心地良い……。
ああ、なんていうか……、頑張ってよかった。
こうして飴と鞭を使い分けられ、俺は溜息さんの従順な弟子となっていくのであった。




